怪盗少女の鬼退治
みなさま、いつもお読みいただきありがとうございます。
本作の外伝作品として「魔女の末裔、婿が必要なので魔法で婚活してみた」を本日公開しました。(2026年2月6日)
シリーズページ、もしくは私の作者ページからどうぞ。
彗と宵の両親である秋奈と昴の馴れ初めを描いた物語です!
(秋奈はやばい女だった……!?)
よろしくお願いします!
「一番の問題は、あの赤鬼面の男……あのバケモンをどうするかや……」
突入前日の作戦会議。
竜司と宵は頭を抱えていた。
動画に映っていた赤鬼面の男は、少し映っている動きだけでも凄まじい迫力で、途轍もない剣技と力を持っていることは明らかだった。
「あの。さっき見せてくれた拳銃……月竜会のみなさんで一斉に発砲すれば倒せたりしませんかね?」
宵がおそるおそる発言すると、竜司は「いや」と首を振った。
「あいつはいくつもの極道の事務所に乗り込んでるんや。恐らく、一斉に拳銃で撃たれたこともあるやろ。でも今も生きてる。ということは……」
「あっ……そっか。弾を避けられるか、当たっても効かない……ってことですかね」
「そういうことや。ほんま、厄介なバケモンやで……」
二人は頭を抱えた。
他がどうなろうとも、この赤鬼面の男に暴れられてはどうしようもない。
結局、この男をなんとかしない限りは月竜会に勝利はないのだ。
「──私が、倒すよ」
二人が振り返った視線の先にいたのは、彗。
「私がやっつける。この赤鬼マンを。鬼退治だね!」
彗はおどけたように笑い、剣を持って素振りをするような動作をした。
「あのなぁ、魔女の姉ちゃん。姉ちゃんみたいな可愛い女の子がこんなバケモンに挑んで勝てるわけ……」
「ダメだ!」
優しく諭すように話す竜司の声を遮るように、宵が声をあげた。
「彗、こんな男に挑んだら殺されるぞ!?それにお前は魔女だ!魔法を使いながら周りをサポートする方がいいに決まっている!」
「『魔女』だからだよ!」
必死に止めようとする兄に、彗は強い剣幕で言い返した。
「私は、『月詠の魔女』だよ!そして月詠の神器を使って、ヤクザの人たちの世界を荒らしてる悪い魔女がいる!それなら、私が倒さなきゃだめじゃん!!」
「ぐっ……でも……!」
彗の目に宿る意思は使命と覚悟を帯びている。宵は言い返すことができなくなった。
「なるほどなぁ。魔女には魔女、かぁ。確かに月竜会じゃ、あのバケモンの相手は荷が重いかもしれん。冷静に考えれば、姉ちゃんの魔法だけが頼りやわ」
竜司はソファに身を投げ出すように反り返り、天井を見上げた。
「うん。夏波は月詠家から出した悪い魔女。それなら月詠の魔女である私が倒すのが……『スジ』ってもんだよね!」
彗は極道のような言い回しを決められたことを喜び、ニヤリと笑った。
「ぐっ……」
宵は妹への心配が強かったが、竜司が言う通り、この赤鬼面の男に勝てる可能性があるのは銃火器ではなく魔法だろう。
「わかった。でも絶対無理はするな。殺される前に逃げるんだぞ」
満月鏡は『逃げる』となればとても強い神器。
宵はその点を信頼し、彗に任せることにした。
「よっしゃ、ほなこれ貸したるわ姉ちゃん」
竜司はそう言って立ち上がり、壁にかけてあった一振りの日本刀を彗に渡した。
「え?あ、これ、もしかして本物の刀……」
「当たり前やろ。あんなバケモンに送り出すんや。武器ぐらいこっちで用意するわ。あ、拳銃のがええか?」
竜司の言葉に対し、彗はゆっくり首を振った。
「あ、あの、この状況でこんなこと言うのはおかしいかもしれないんだけど……私、人を殺すのは……嫌で……」
竜司は彗の言葉に「はぁ?」と声をあげたが、すぐに「……いや、そりゃそうか」と言い、一人で奥の部屋へと入っていった。
この少女は怪盗で、魔女。一般人ではない。
だが話しててわかる通り、まだ女子高生の子供なのだ。
たとえ魔法という圧倒的な力を持っていても、その幼く綺麗な心に殺人などという泥を被せるべきでない、と竜司は判断した。
「これ、持ってきィ」
竜司がそう言って彗に渡したのは、先ほどのものと似たような日本刀だった。
「え?あの、これ……」
「安心しィ。元々は日本刀やが、刃は引いてある。今は何にも斬れへん。威嚇用の玩具みたいなもんや」
彗は鞘から刀を抜き、触ってみた。
竜司が言う通り、指が切れることはなかった。
「こんなんでも頭をぶっ叩けば気絶ぐらいはさせられる。絶対勝ってくれや、魔女の姉ちゃん」
竜司はそう言った後、「いや、キミらは二人で一つか」と笑い、小さく咳払いした。
話を聞く限り、この二人は魔法なしで最初の神器を別の魔女から取り返し、その後も多くの修羅場を潜ってきている。
あの赤鬼面の男と魔女との決着は、この兄妹にしか任せられない。
「頼んだで。怪盗兄妹!」
──────────────────
「はははははっ!!どうした!!怪盗!!そんなものかぁ!!!」
「ッ……!!!」
彗は、うなじに冷たい汗が流れるのを感じた。
赤鬼面の男は、彗の想像を超えた強さであった。以前剣道で勝負をした東条刑事の5倍は強いように思える。
仮に、これがただの真剣の斬り合いならとっくに自分は死んでいる。魔法を織り交ぜながら戦っているから、ギリギリ殺されずに戦えている、という感触だ。
(まあこれ真剣じゃないんだけどね……!)
彗は冷や汗まみれになりながら、乾いた笑いを漏らした。
「………………」
ギィン、ギィンと鬼坊と怪盗少女の刀が何度も打ち交わされるのを、夏波は黒いベール越しに見ていた。
(それで、『誰』なのかしら……?)
目の前で鬼坊と戦っている女は、月光色の魔力光を放ちながら魔法を使っている。
秋奈や千夜と同じ、間違いなく「月詠の魔女」だ。
だが秋奈ではない。秋奈は運動神経が悪かった。鬼坊と刀で打ち合うなんて絶対にできないはず。
無論、千夜でもない。
何より、二人とも10年前に自分たちが殺している。
(春姉の言う通り、別の家の魔女……?でもそれはやっぱり考えにくい……)
夏波は二人の戦いを眺めながら、静かに考えていた。
たった一つの可能性を自分が見落としていることに、気が付かないまま──。
───────────────────
「ははは!どうした!?怪盗!!」
「くっ……!!」
鬼坊に斬られる直前に、彗はマントを翻しながら月光色の光に身を包み、姿を消した。
刀だけで戦っている鬼坊とは違い、自分には魔法がある。
しかし有利というわけではない。
これまでの剣道の心得と魔法を組み合わせて、ようやくこの男に殺されずに戦うことができる、という状況だ。
自分とこの男の戦闘力には、それほどの差がある。
『彗、分身をたくさん作って一斉に斬りかかれ!そうすれば相手も対応できないはずじゃないか?』
イヤホンから聞こえた宵のアドバイスを彗はすぐに受け入れた。
怪盗Witch Phantomの幻影を3体作り、自分は同じ格好でその中に紛れ、四方から同時に鬼坊に斬りかかった。
「むっ……魔法か」
鬼坊はそう言うと静かに目を伏せ、床の音に集中した。
幻影は足音がしない。音がする方向にいる者が本体だ。
ギィン!!
「くうっ……!!」
あっさりと作戦は破れて彗の刀は受け止められ、そのまま信じられないほどの力で彗は弾き飛ばされ、道場の壁に叩きつけられた。
『彗ーーーーー!!!』
「ったぁ……!」
彗が後頭部を押さえながら立ち上がると、もう鬼坊は間合いを詰めてきており、刀を振りかぶっている。
ギィン!!
「んぎっ……!!」
彗はなんとか振り下ろされる刀を受け止めたが、彼の一撃は腕が折れるのではないかと思うほどの重さであった。
彗は受け止めきれず、そのままゴロゴロと横に転がって鬼坊の一撃の威力を逃がしつつ、距離をとって刀を構え直した。
「はぁっ……!はあっ……!」
まだ数分しか経っていないはずなのに、肺が焼けるように痛む。
一瞬でも気を抜いたら、死ぬ。
打ち合う度にそれを思い知らされる。
この戦いは彗が経験したこともないほどに過酷なものであった。
「そんなものか?怪盗!ほら、もっと楽しもうぞ!!」
鬼坊は、楽しかった。久方ぶりの魂が震えるような真剣勝負。
ここ数年、自分に挑んでくる物はいなかった。
泣くか、逃げるか、小便を垂れるか、命乞いをする者しかいなかった。
こんなにも楽しかったのはいつ以来だろうか。
60年前、高校生のときに剣道の全国大会を制覇したときだろうか。
50年前、警察官として全日本を制覇したときだろうか。
それらは全て遥か昔。
彼がまだ、「鬼坊」ではなかった頃。
「大西椿」という名前で、己の剣のみを信じて生きてきた、一人の剣士だった頃の話だ。
☽ あとがき ☾
彗は自分が「月詠の魔女」であることに強い誇りを持ち、そして大きな責任を感じていました。
何故なら彼女は秋奈や千夜が責任を持って魔法を使い、一生懸命人々に貢献してきた姿を忘れていないからです。
「月詠の魔女」はただの称号ではありません。
1000年続く月詠家の誇りと責任……その全てを背負う魔女だけが名乗れる、特別なものなのです。




