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魔女の末裔、怪盗となり月夜に舞う  作者: ぽよみ30号
ジンギなき戦い

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報酬は百合の花

「まさか中村助手が小型犬に敗北を喫するとは思わなかったぞ」


「面目ない……」


宵が樋口教授の犬(名前:トランプ)に手を噛まれて敗北したあと、倒れている宵の網を掴んだ明智は見事に犬を捕獲し、教授に引き渡した。


「我々には怪盗Witch Phantomと戦う日も来るだろう。その日に備えて体を鍛えておきたまえ」


「……えっ!?あ、あの……アレと、俺も戦うんですか!?」


「当然だろう、私の助手なのだから」


宵は血の気が引いた。

そしてカクテルドレスを着てマスカレードマスクを付けた彗に、自分が首を掴まれて持ち上げられたり、投げ飛ばされたり、ドロップキックを喰らっている姿を想像した。


「む、無理です!奴と戦うのだけはやめましょう!命がいくつあっても足りませんよ!?」


「む?Witch Phantomについて何か知っているのか?」


宵は「しまった」と思い、慌てて首を振った。


「い、いえ、奴は……その、急に消えたりして怪しい技を使うので、俺も消されちゃったりしたら嫌だなー、とか思って……」


「ふ、安心しろ。彼奴きゃつはそういったことは出来ない。奴の恐ろしい点は、むしろその恐ろしいまでの身体能力にある」


(知ってるよ。誰よりも)


怪盗の兄である宵は思ったが、当然口には出さない。


「以前は私が紙一重で敗れたが、リターンマッチの準備は上々だ。次は確実に勝利を収めてみせるさ」


(紙一重……?)


宵は、明智が彗にドロップキックを叩き込まれた後に麻酔銃を奪われて撃たれていたことを思い出した。

それはとてもじゃないが紙一重とは言えず、圧倒的な敗北だったように思えた。


「そんなことより、ほら、動画の解析が終わったぞ」


明智はそう言うと一枚のレポートをプリントアウトし、宵に渡した。


そこには動画についての詳細な情報が項目別に書かれている。

最初の項目には「撮影場所」として詳細な住所が記載されていた。


「えっ……撮影場所まで!?」


宵が驚いていると、明智は「当然だろう」と鼻を鳴らした。


「動画で部屋の窓から映った空と、当日の気象記録を照らし合わせておおよその位置を確認。そのあとは映った看板や建物から、住所が割り出せる」


しかし明智の得意顔はそこで終わり、彼は少し申し訳なさそうな目を宵に向けた。


「その下に書いてあることなんだが……すまない。何もわからなかったのだ」


宵がレポートの下部に目をやると、そこには「フェイク動画の可能性……0.01%以下」、「AI生成の痕跡……なし」と書かれている。


「その動画は投稿者が動画内で言っている通り、間違いなく『本当に撮影されたもの』だ。しかし、刀から黒い刃が出る原理は……私には解明できなかった。申し訳ない」


(『本当に撮影されたもの』だが、『原理不明』……間違いない、これはやっぱり魔法なんだ!!)


明智の言葉を聞き、宵は口角をあげて思わずニヤリと笑った。

明智はすまなそうにしているが、彼は宵が本当に欲しかった答えをちゃんと与えてくれたのだ。


「い、いえ!ここまで調べていただきありがとございます!あの、これは報酬です」


宵はそう言って、カバンの中から茶封筒を取り出した。

その中には表紙から百合の花が咲き乱れる、怪盗Witch Phantomの同人誌が入っている。


「おお、怪盗の資料!それを早くみたくて徹夜で作業を進めたという甲斐があったというものだ!早く見せてくれたまえ!」


宵は帰る準備をしながら「どうぞっ」と素早く茶封筒を明智に渡し、慌てて建物から逃げるように退散した。


「な、な、な……なんじゃこりゃああああああああああああああああああああっっっっっ!?!?!?!?」


宵が「ミステリーサークル研究会」の部室棟から離れると、明智の断末魔とも言えるような絶叫が背後から聞こえた気がしたが、宵はそれを気のせいだと思い込むことにして足早に家に帰った。


改めてレポートを見ると、撮影場所は関西の歓楽街であった。


「関西か……現地を調べれば何かわかるかもしれない。少し遠いが、行ってみるかな」


─────────────────


宵が探偵からレポートを受け取った日、彗は高校の武道場で部活動に参加していた。


「えー、というわけで本日は主将の東条玲香のお父様であり、現役の刑事をやってらっしゃる東条忠雄とうじょうただお先生に来ていただいた!しっかりと鍛えてもらうように!」


顧問の田中が紹介すると東条は「よろしく」と頭を下げ、玲香むすめの方を向いてニヤリと笑顔を浮かべた。


それを見て玲香は「チッ」と舌を打っている。


(え!?東条刑事!?)


彗は驚いた。

数日前、玲香から「父が部活に来るのが嫌だ」と相談されていたのだが、彗はその時ほとんど話を聞いていなかった。


(よく会うなあ……この人……!)


まさか本当に、しかもこんなに早く来るとは思わなかったのだ。


「……そういえば強いの?玲香のお父さん」


「……強いなんて、もんじゃないよ」


稽古が進み、部員が順番に東条に並んで稽古を付けてもらう時間となり、彗は並びながら玲香に話しかけた。


「六段で、元・特連とくれん。今は抜けてるけどね」


「とくれん?」


彗は聞き慣れない言葉を聞き返した。


剣道をやってはいるものの「目の前の敵をこの棒で倒したら勝ち」ぐらいの認識しかない彗は、そういった専門用語を何一つ知らない。


「警察の中の剣道強化選手……要は剣道のプロ選手だったってこと」


「えええ!?」


そう説明されて、彗は始めて東条の凄さを理解した。


確かに、東条に挑んでいった部員がことごとく吹き飛ばされている。


東条は弱小高校の部員にも容赦がない。


部員たちは次々と打ち込まれ、東条が軽く押すと簡単に吹き飛び、床や壁に叩きつけられている。


「スイ、あんたも剣道強いんだから警察に就職してプロになれば?」


「いや、私は将来お母さんみたいな看護師さんになるって決めてるから」


「……意外と可愛い夢なんだね?初めて聞いた」


玲香が彗から将来の夢を聞かされたところで、玲香の順番がきた。


二人以外の部員は全て片付けられ、残るは玲香と彗だけだ。


「じゃあ、行ってくるよ」


玲香と東条は互いに礼をし、稽古を始めた。


玲香は必死に打ち込むが、東条はそれを簡単にさばき、その隙に何発も打ち込む。


それでも諦めずに必死に向ってくる玲香に、東条は楽しそうにボコボコと竹刀で打ち込んでいた。


その光景は、彗にとっては虎と子猫がたわむれているように見えた。


「さあラスト!中村さん!かかってきなさい!!」


玲香との稽古が終わり、娘とじゃれあって楽しんだ東条はニコニコと笑いながら彗に声をかけた。


「ふえー……」


東条との接触はなるべく避けたいと考えている彗は、東条の呼びかけに抜けた声で返事をし、礼をして構えた。


その瞬間、部員全員と顧問の田中の視線は二人に強く注がれた。


信じられないほどに強かった玲香の父親と、同じく信じられないぐらいに強い我らが中村水エース


この二人が立ち会うなら、勝つのはどちらなのか。


剣道の基礎や経験で言えば圧倒的に東条が勝るが、その身体能力と型破りな動きで、中村水が格上の相手に劇的な勝利を飾るのを彼らはずっと見てきた。


誰もがその勝負を楽しみにし、彗に期待の目線を向けていた。


─────────────────


稽古が始まった瞬間、部員たちは気がついた。


東条が自分たちにはいかに手加減し、優しく打ち込んでいたかということを。


六段という高段者かつ人格者の東条は、望が丘高校剣道部の部員たちの力量を正確に測り、彼らに合わせて適切な手加減を行っていた。


しかし、中村水との打ち合いだけは違った。

二人の竹刀が見えない。東条も、中村水も、互いを強者と認めて本気で打ち合っている。


激しい気勢と素早い動き、強力な打突の応酬が延々と続く。


部員達には東条が虎、中村水が竜のように見える。


「ハァーッ!ハァーッ!ハァーッ……!!」


彗は激しく息切れし、目の前の男に驚いていた。


(つっっっっよっっっっっ!!!)


彗は独断と偏見で、目の前の人間の強さを数字で示す癖がある。


自分を100とし、玲香が10、宵が3程度で、東条はゆうに200はある。


しかもまだ余裕が見えるので、本気を出せば300も超えてくるかもしれない。


圧倒的な強者である東条との稽古は、岩を相手にぶつかり続けるような感覚だった。


(なにこの人!?バケモン……!?)


部員は東条と彗の勝負を互角だと認識していたが、彗は東条を自分より強者だと明確に認めていた。


(打ちが……重いっ!!)


打ち込んでくる東条の竹刀を受け止めるだけで、ものすごく力を込める必要がある。


かといって簡単に避けられるスピードでもないので、竹刀で受け止めるしかない。


彗は防御をするだけで体力がどんどん削られていくのを感じた。


(ダメ、短期決戦!)


彗はそう決意をした。


基本的に他人よりも体力や運動能力が勝る彼女だが、相手の能力を正確に見極め、自分の不利を認めてすぐに戦法を変える判断力もある。


これが、彼女の強さの一つでもあるのだ。


「なっ……」


(ほう……)


彗の動きに部員は驚き、東条は微笑んだ。


彗はなんと構えを完全に解いて竹刀を左手一本で持ち、その剣先を地面スレスレまでおろしてしまった。


これでは、東条が打ち込んできたときに防ぐ手立てがない。


完全な「捨て身」──


彗は覚悟を決め、東条と対峙した。



☽ あとがき ☾


宵からとんでもないものを渡されてしまった明智は、彼が生来持っている知的好奇心からその本を熟読しました。


読み終わった彼は、未知との遭遇によって自分の中の「何か」が大きく歪むのを感じたそうです。


そうです。玲香さくしゃの愛は怪盗本人には届かずとも、こうして誰かには届きました。


「創作」とは空に向けて矢を放つようなもの。


いずれ、誰かには刺さるのです。



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