私は大学生探偵
今回の彗と宵の合流地点は、ショッピングモールの立体駐車場の屋上であった。
深夜ということもありショッピングモールは閉まっているが、管理があまり厳しくないこともあり駐車場は深夜でも開放されている。
宵はそこに目をつけ、ここを今回の彗との合流地点としたのだ。
またここは現在行われている警察の検問の外側なので、途中で止められることもなくそのまま帰ることができる。
「お、あったあった。あそこだね」
彗は立体駐車場の屋上まで登りきり、遠くに停めてある宵の車を見つけた。
他にも何台か車は停まっているが、白い軽自動車はその一台だけ。彗はそちらに向かってまっすぐ歩き始めた。
「……ん?何これ」
彗は、地面の感触がおかしいことに気がついた。
立体駐車場はコンクリートで出来ているため、当然足元は固いはず。
しかし今の足元の感触はまるで深く積もった埃や、降ったばかりの新雪を思うような、粉っぽい何かを踏んでいるような感触だった。
ふと振り返ると、自分が歩いてきた足跡がここまで続いている。
「え?」
今日は9月。雪はあり得ない。
だとすれば、これは───
「そこまでだ。怪盗Witch Phantom」
彗が顔を上げると、そこには茶色いトレンチコートを着て、頭に鹿撃帽を被った男が立っていた。大きな眼鏡をかけており、口にはパイプ煙草を咥えている。
さながらシャーロック・ホームズのコスチュームプレイのような格好のその男を見て、彗は固まった。
(え?誰?警察の人じゃないよね?変な格好……)
「そこか!!」
男は地面の足跡がちょうど途切れているあたりを目掛けて、白い粉のようなものが詰められた袋を投げつけた。
「ぶへっ!!ゲホッ!ガホッ!!なにごれっ……!!」
そしてそれは「ボフッ」という音と共に彗の胸元に直撃し、激しく白い粉が舞い上がり、粉は彗の呼吸器へと吸い込まれ、彼女は激しくむせ返った。
彗は透明化していたが、男が投げつけた白い粉が体に付着し、そこには一人の少女の白いシルエットが浮かび上がる。
「やはりな、何かしらの光学迷彩で姿を消していたのか。私の推理通りだ」
『ん!?彗、どうした!大丈夫か!?』
彗ではない誰かの声を聞いた宵は、心配して彗に声をかけた。
「んげほっ、がほっ!!わかんない……なんか、探偵のコスプレみたいなのをしてる人に、白い粉を投げられて……」
「ふっ、そしてやはり二人組か。私の推理通りだ」
「ッ……!」
彗は他人がいる前で宵に返事を返してしまったという失敗に気がつき、声を詰まらせた。
「貴様……いや、貴様らの犯行の動画を解析した。物理的にあり得ないことばかりだ。人は飛ばないし、消えない。当然のことだ」
男は続ける。
「そして何より、毎回現れるドレスの女には『影が無かった』。それは物体として光を遮蔽していないということだ。つまり現れる女は、実体がない立体映像かホログラムということになり、本物はその技術を応用して今のように光学迷彩で姿を消して現場に隠れている……違うか?」
「……………?」
『なっ………!!』
男の推理を聞き、彗は訳がわからなかったが、宵は驚愕した。
「魔法」という言葉が出てこないだけで、この男が言っていることは、自分たちがやっている満月鏡によるトリックの原理そのもの。
現代科学で満月鏡の魔法を再現しようとすれば、この男の言っている通りの方法となるだろう。
警察が見破れなかった彗の魔法によるトリックを、この男は見破ったのだ。
「姿が見えないと戦いようもないものでね。足元には石灰を撒かせてもらったよ。透明人間でも足跡は残るだろう?」
彗は先ほど白い粉を正確に投げつけられたのはこの足跡のせいか、と気がついた。
「そんな大きなダイヤを持ったまま公共交通機関は使えまい。必ず『運転手』がいる。そしてあの博物館からある程度離れており、運転手との合流に最も使いやすいのはこのショッピングモールの駐車場。貴様がここに現れるのは必然だったのだよ」
男は勝ち誇った笑みを浮かべながら、彗に向けて真っ直ぐに指を突きつけた。
彗は相変わらず男が言っていることがよくわからなかったが、宵は内心驚いた。
この男は「怪盗Witch Phantom」の正体と犯行の流れをほぼ完璧に推理し、当てている。
唯一当てられていないのは満月鏡による魔法に関する部分のみだ。
『彗、もう奴にお前の姿は見えている。怪盗の姿に変身できるか?』
「う、うん」
彗は宵の言葉に返事をし、月光色の光を放ちながらカクテルドレスとマント、マスカレードマスクを付けた格好へと変身した。
「おお、これはこれは麗しいお嬢さんだ。動画で見るのとは訳が違うな」
男は「はっはっは」と笑う。
「さて、怪盗Witch Phantom。非常に残念だが、今日が貴様の命日だ。怪盗としての貴様は今夜、死ぬ。この名探偵───」
男は怪盗Witch Phantomに向けてニヤリと笑顔を浮かべ、言った。
「───明智江戸川金田一の手によってなぁ!!」
『いやお前あのアンチかよぉ!!!!』
宵の言葉は夜空へと響くことはなく、彗の耳元にのみ響いた。
──────────────────
SNS上で怪盗Witch Phantomに関して肯定的な投稿をする者に粘着し、ひたすら自分の推理と怪盗の悪口を書きまくる。それが「明智江戸川金田一」というアカウント。
そのアカウントの主であると思われる男が、彗の目の前に立ちはだかっている。
「貴様らは私が必ず捕まえる。マm…母の名にかけてな!」
「そういうのって、普通『じっちゃん』とかじゃないの?」
『あとこいつ今『ママ』って言いかけなかったか?』
「ふっ……逃げられると思うなよ?怪盗」
明智江戸川金田一と名乗る男はスゥ、と息を吸い、かなりの早口で捲し立てるように話し始めた。
「私は大学生探偵の明智江戸川金田一。幼馴染で同級生はいないが、大学構内で黒ずくめの怪しげなサークルがテストの前日に飲み会を開いているのを目撃した」
「え!?な、なに?何が始まったの?」
『わからん、だが何か仕掛けてくるかもしれん!油断するな、彗!』
明智江戸川金田一は突然、謎の口上のようなものを口にし始めた。
その語り口は滑らかで、何度も練習きたのだろうということが二人にもよく伝わった。
「飲み会に誘われ酒を飲むのに夢中になっていた私は、背後から近づいてくるさらに度数が高い酒を持っている男に気づかなかった。私はその男に酒を飲まされ、翌日の昼に目が覚めたら……」
明智江戸川金田一は少し目を伏せ、突然カッと目を見開き、大きな声で言った。
「大学にもう一年残ることになってしまった!!!」
『お前それただ酔っ払ってテストの日に寝坊して留年しただけの話じゃねえか!!!』
男には宵の言葉は聞こえていないということもあり、男はそのまま続ける。
「年齢は社会人、身分は大学生!その名も……名探偵・明智江戸川金田一!!」
男は「言い切ってやった」と自慢げな顔を浮かべながら彗の方を見た。
「……お兄ちゃん。もうこんなの無視して帰ろうよぉ」
完全に緊張感が削がれた空気の中、彗は小声で宵に提案した。
『そうしたいのは山々だが、そいつに俺たちの車のナンバーが見られたらアウトだ。その男、変人ではあるが推理力は本物だぞ。そのナンバーをもとにどこまでも追ってくるだろうな』
「じゃあどうすればいいかな?」
『……奴が、俺達が逃げる車を見ることができないような状態にしてくれ。出来るか?』
「ぶん殴って倒しちゃっていいってことだよね?」
『す、彗、絶対殺すなよ?頼むぞ?』
宵は彗の運動能力、もとい戦闘能力の高さを知っている。
戦うとなれば心配になるのは妹の体よりも、相手の男の命だ。
「大丈夫大丈夫。私、いま人を殴るのにちょうど良い大きさの石持ってるし」
『それ、さっき盗んで来たダイヤだよな?それで殴るのだけはやめろよ?』
宵の忠告を聞いたか聞かずか、彗は両拳を構えた。
彗の右手にはダイヤが握られている。どうやら忠告は聞こえなかったらしい。
「ほう、怪盗。私と戦うというのか?」
ドレスを着た怪盗少女がボクサーのようなファイティングポーズを取ったのを見て、明智江戸川金田一は両手を左右に広げ、腰を落とした独特な構えをとった。
「私は探偵として必要な運動能力を身につけるため、子供の頃からサッカーをやっていたんだ」
『おい!それならせめて何か格闘技を習えよ!!何で球技にしたんだ!?その女は化け物だぞ!?殺される前に降参してくれ!!あとその構えゴールキーパーだよな!?意味なくないか!?』
宵は大声を出したが、宵の声は彗のイヤホンにしか通らないので当然明智江戸川金田一には聞こえていない。
「お兄ちゃんうるさい。黙ってて」
彗は「ハアアァ……」と息吹を腹の中に溜め、戦うための集中力を上げた。
彼女の得意スタイルは剣道であるが、素手で戦ったとしても恐ろしい強さであることを宵は知っていた。
「シッ……!!」
「へ?」
明智江戸川金田一が彗を見失った。
(また光学迷彩か!?)
彼は光学迷彩を疑ったが、違う。
彗が間合いを詰める動きが速すぎて見えなかったのだ。
「ゲフゥウウウウッッッ!!!」
次に彼が怪盗の姿を見たのは、怪盗が両足を自分の腹に叩き込んでドロップキックをしている光景だった。
腹に途轍もない威力の蹴りを喰らった明智江戸川金田一は体を「く」の字に折り曲げ、背後に吹き飛び、後方にあった車に体を叩きつけられた。
そして探偵にドロップキックを叩き込んだ怪盗は、蹴り飛ばした反動を利用してそのまま空中に舞い上がり、体を捻りながらくるくると3回転してから綺麗に着地した。
『……彗、いつも俺には手加減してくれてたんだな』
宵は彗の強烈な蹴りで5メートルほど後方の車まで飛んでいった明智江戸川金田一を見て、妹の自分への暴力はかなり優しくしてくれていたのだと思い知った。
「今更気付いたの?……ほら、終わったよ。帰ろ」
「───もう勝ったつもりか?怪盗」
怪盗が勝利を確信したとき。
石灰が舞い上がった白い煙の中から、探偵の不敵な声が聞こえた。




