月夜の怪盗は夜空に舞う
9月18日深夜23時59分。
グランドジュエリーミュージアムの最上階最奥の部屋にて、警察官が「女神の落涙」を囲むようにずらりと並んで立っていた。
展示品として置かれている「女神の落涙」は厚いガラスのケースに入れられており、床に固定されている。
ガラスを破ることも、ケースごと運び去ることは難しいだろう。
いったい「怪盗Witch Phantom」はどうやってこれを盗み出すというのか。
警察官たちはみな緊張した面持ちで、少し汗をかいている者もいた。
「……チッ!」
東条刑事は小さく舌打ちをし、博物館の窓から地表を見た。
博物館の外には大勢の群衆がおり、テレビ局がカメラを構えて待っている。
群衆は怪盗のファンとかいう輩で、警察がいくら解散するように言っても聞く耳を持たず、怪盗を一目見ようと毎回集まってくる。
(泥棒なんぞに喜びやがって……世も末だな)
一際強い正義感を持っている彼は、犯罪者を応援するような人間が大嫌いであった。
(む、そろそろ予告の時間か)
時計の針はゆっくりと進み、秒針は9,10,11……と上っていく。
そして秒針が12を指して日付が9月19日になった瞬間、ケースの中にあった「女神の落涙」は突如姿を消した。
「なっ、なっ、なにいいいいい!?」
現場にいた東条刑事と警察官達は驚愕した。
いったいどんな方法を使って、ケースの中から宝石を盗み出したのか。
東条刑事が鍵を使って慌ててケースを開けようとしたところで、突如として部屋の中に不気味な声が響き渡った。
「フフフ……フフフフフッ!」
そしてその声が聞こえると共に、警官達の頭上には月光色のカクテルドレスを着て、夜空色のマントを背に、顔にはマスカレードマスクを付けた女……「怪盗Witch Phantom」が姿を現した。
彼女の右手には、「女神の落涙」がしっかりと握られている。
「お巡りさんたち、今夜もご苦労さま。……それでは♪」
怪盗はそう言って彼らに深々とお辞儀をし、盗んだダイヤを持ったまま窓に向かってふわりと飛んでいった。
そして彼女は窓を割ることなくそのまま通り抜けるように外へ飛び出したあと、空中でくるくると体操選手のように回転し、群衆の前に着地した。
自分たちの目の前に怪盗が華麗に降り立った群衆たちの興奮のボルテージは最高となり、大歓声が上がった。
「き……キャアアアアアアアアアッッッッッ!!ウイィッッッチ、ファントム様ああああああああぁぁぁぁぁっっっ!!!」
最前列にいた一際熱心なファンが悲鳴に近い歓声をあげると、それが合図のようにパシャパシャとシャッターが切られる音が続き、いくつものライトが怪盗少女を包んだ。
「追え!!追ええええええ!!!!!」
刑事と警官達は慌てて博物館から飛び出していき、怪盗を捕まえようと格闘した。
しかし彼女は彼らを嘲るように、そして舞うように、月光色のカクテルドレスと夜空色のマントを翻しながら、警官達の隙間をするすると縫うようにかわす。
警官達に囲まれて一斉に飛びかかられた際には、彼女は月光色の光の粒子となって飛び散って姿を消し、その粒子は別の場所に再び集まり、それが彼女の姿となった。
追えば素早くかわされ、捕まえたら光となって消え、再出現。
警官の一人がなんとか怪盗の手を掴んだと思ったがすり抜けてしまい、彼女は「フフフフ♪」と笑いながら月光色の光を放ち、姿を消した。
そして彼女は彼の背後から優しく囁くように「ほら、こっちよ」と言いながら再び光と共に姿を現した。
警官は彼女の人間離れした様子に背筋が寒くなり、「怪盗Witch Phantom」が「魔女」であることも、「幽霊」であることも理解させられた。
「キャー!!Witch Phantom様!!キャアアアアー!!!えっ!?!?!?」
最前列にいた熱心な女子が叫んでいると、怪盗少女は警官達の間から突如姿を消し、彼女の目の前に現れた。
そして怪盗少女は彼女に向けて「クスッ」と微笑んだあと、硬直している女子の頬に自分の唇をゆっくりと近づけていき───
「えっ!?うそっ!Witch Phantom様!?はわっ!?わたし、そんなこと、されたら、はわっ!!死ッ!?」
───優しく、キスをした。
「─────キャアアアアアアアアアッッッッッ!!」
その瞬間女子は奇声をあげながら鼻血を天高くまで吹き出し、失神した。
怪盗はそれを特に気に留める様子はなく、背後から追ってきた警察官をひらりと避け、再び警官達を弄ぶように彼らの手をかわし始めた。
怪盗という犯罪者でありながら、舞台女優のように優雅な仕草。
彼女のそんなギャップは、観客たちは心を掴んで離さない。
手に負えない警官達が息を切らしながら必死に追っていると、彼女はふわりと夜空に舞い上がり、群衆と警官達を見下ろすような位置となった。
そして彼女は右手に持ったダイヤを左肩のあたりに掲げるようにしながら、深々と頭を下げ、口を開いた。
「今夜の獲物は確かにいただきました。それではみなさま……ご機嫌よう♪」
怪盗はそう言ってダイヤに優しく唇を当ててキスをし、夜空色のマントをバサリと翻し、空中に溶けるようにして姿を消した。
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「ふうっ……!」
警官達が全員外に飛び出していってしまったあと、彗は部屋の中で体を透明にしたまま、窓から外を見ながら満月鏡の魔法で「怪盗Witch Phantom」の幻影を操っていた。
満月鏡の魔法も、だいぶ使いこなせるようになってきた。
しかし今の彗に出来るのは「自分の体を怪盗の姿or透明に変える」、「自分の近くにあるものを透明にする」、「怪盗の幻影を出して操る」の三つだけ。
秋奈がやっていた、複数種類の幻影を出して同時に操りながらさらに自分の姿を変えて人形劇をする……ということは非常に高度な魔法だったのだということを彗は理解し、改めて母を尊敬した。
「なんか適当にファンサしたら一人倒れてたけど大丈夫かな……?」
彗が窓から目を凝らしてみたが暗さと遠さのせいで、自分が操る幻影にキスをされて倒れた女子がどうなったかは分からない。
怪盗Witch Phantomとしてカメラの前で目立つために彗は毎回、ああやって何かしらのファンサービスを動きの中に入れることにしていた。
「まあ、大丈夫かな?周りに人いっぱいいるし……」
彗は怪盗の幻影を消したあと、後ろを振り向いてケースの方に向き直った。
「あ、ラッキー!東条刑事、鍵開けてってくれてんじゃーん!今日はバールでケースを叩き割らなくていいね!」
今日は東条刑事がケースを開けたままにしてくれたが、閉まったままの際は持ってきたバールで叩き割るか、こじ開けるかして中身を盗み取っている。
先ほど「女神の落涙」が既に盗まれていたように見えたのはフェイクで、実際は彗が魔法で宝石を透明にしていただけ。
彗がケースの中の「それ」に触れると、それは月光色の魔力光に包まれたあと、彗の手の中に大きなダイヤモンドが姿を現した。
「さーて、持って帰って試さないと。今回は神器だといいなぁ」
満月鏡は触ってすぐに使うことができたが、「新月刀」や「三日月ノ玉」がすぐに使えるようになるとは限らない。
だから彗は宵と一度家に持ち帰って、ゆっくりと試してから警察に返却していた。
また満月鏡は母がよく自分達に使ってくれたので一目見ればすぐわかったが、新月刀と三日月ノ玉は月詠医院でたまに母が使っていたのを少し見ていただけ。
10年以上前ということもあり、見ただけでは判断がつかない二人は、「一度盗み出して魔法を試してみてから警察に返却」という手法で神器の確認をしていた。
「お、やってるね〜」
彗が窓の下をチラリと見ると、東条刑事が「検問を張れ!奴はまだ遠くには行っていないはずだ!逃すな!」と警官達に怒鳴っているのを見た。
彗が満月鏡の魔法で出した幻影と追いかけっこをしていた警官達は慌ててパトカーに乗り込み、博物館から各方面に散っていった。
『彗、油断するな。家に帰るまでが怪盗だからな』
「私、別に遠足だとは思ってないよ」
『あと警察の方々をおちょくるのはやめろよ。ただでさえ俺達のせいで迷惑かけてるんだから』
「はいはい、分かってるよ。そっちは異常なし?」
『ああ。さっきまで近くに変な奴がいたが、すぐ帰ったようだ。場所の変更は無しだ。気をつけてな』
「はいはーい」
彗は宵からの連絡に返事をし、再び宝石と共に自分の姿を透明に変えた。
あとは宵が車を停めて待っている場所まで透明な姿のまま歩いていき、その車に乗り込んで帰るだけだ。
「くそっ!!くそおーーー!!!!」
(あ、東条刑事だ)
透明化した彗が博物館から歩いて出ると、入り口から出てすぐの位置に、大きな声をあげている東条刑事がいた。
彼はたったいま自分の真横を怪盗が宝石を持って通り過ぎているとは夢にも思わないまま、地面を何度も強く踏んで悔しさを爆発させていた。
今回も報告書に、「怪盗は魔法のように消えた」とふざけたことを書いて上司に提出しなければいけない。
彼はそれが悔しくて、恥ずかしくてたまらなかった。
しかし彼は悔しがる必要も、恥じる必要もない。
何故なら───
「くっっそおおおおおおおおおおおおおおっっぅ!!!」
───怪盗は本当に、魔法を使っているのだから。
☽ あとがき ☾
第一章ではヴェルサイユ・ロゼの舞台を見て眠そうにしていた彗ですが、なぜ「怪盗Witch Phantom」としては舞台女優のように優雅な動きができるのでしょうか?
それは、劇団に潜入してアルバイトをしていた際に一生懸命働きながら一流の演者たちの動きを見ていたからです。
特に「彩光寺麗子」の演技は心に深く残っており、彗はWitch Phantomをやるときは常に彼女を思い出しながら演じているのです。




