ウルトラマンでも3分持つというのに、俺の妹ときたら1分しか持たない
彗は順調に勝ち進み、ベスト8をかけた試合が始まった。この試合に勝てば、彗は昨年の記録を超えたことになる。
(頑張れ、彗!)
宵は観客席で妹の試合を見て心の中で応援をしていた。
彗は赤い襷を背中に付けており、審判の赤い旗が上がれば彗が一本を取ったことになる。
宵は、審判が赤い旗を上げることを祈っていた。
「白……小手……か……」
「?」
宵の斜め後ろの席に、一人の男が座っている。
この男は確かに「白、小手か」と口にした。宵は何のことだろうと思いながらも、妹の試合に集中した。
次の瞬間、一斉に審判が持つ白い旗が上がった。
「小手ありっ!!」
彗が今日、初めて相手選手から一本を取られたのである。
「なっ……!!」
宵は驚いた。彗が一本を奪われたことではなく、背後の男がそれを言い当てたことに。
「あ、あの!俺……あそこで試合をしている中村の兄なんですが、あなたは……?なぜ妹が小手を取られるとわかったんですか?」
宵が話しかけた男は、宵が見る限り歳は20代中盤ほどの男であったが、その雰囲気は老人と言えるほどの貫禄もあり、不思議な容貌をしていた。
男は「ああ、言葉になっていましたか。失礼」と宵にゆっくりと頭を下げたあと、「名乗るほどのものでもございません」と答えた。
そして、「こうして剣道を見るのが好きでね。少しわかるんですよ」と話を続けた。
「赤の中村選手は……そうですね、例えるなら『月』のような選手です。集中力の変動が月の満ち欠けのように大きい」
宵は男の言葉に聞き入っていた。
「誰よりも深く集中できている『満月』の状態から少しずつ集中力を欠いていき、『新月』のときにはほとんど集中していない。そしてまた集中力を回復していき『満月』へ。1分ほどの周期で繰り返しています」
宵は目を剥いて驚いた。
何故なら、宵もそれを知っていたからだ。
妹の集中力は1分程度しか持たない。
だから、先月勉強を教えるのにあんなに苦労したのだ。
「だが中村選手はそれを本能で自覚しており、『満月』状態のときに勝負をしかけ、『新月』状態のときにはちゃんと退いている。しかしある程度のレベルになれば……相手にその隙を突かれてしまう」
男はそこまで話すと試合に目線を戻し、話を続けた。宵もそれに合わせて彗の試合に目を戻した。
「彼女が『新月』のときに相手に攻め込まれると、体が守りに入ってしまい手元が浮く。ベスト16まで来る選手ならそこを見逃さない」
男がまるで予言したかのように彗は手元を浮かせ、そこに再び小手を打たれていた。二本目を取られた彗は、去年と同じくベスト16で敗退してしまった。
「とても才能がある子で、真っ直ぐだ。見ていて気持ちが良い。しかし、師には恵まれなかったか。我流の剣であそこまでの練度というのも驚きだが……」
男は、悔しそうに試合場から出る彗を眺めながらそう言うと「では、私はこれで……」と立ち上がった。
宵は「待ってください!」と叫ぶように、立ち去ろうとする男を止めた。
男が「……なんですか?」と言うと、宵は大きな声を出してしまったことを少し心の中で反省しながら、言葉を続けた。
「あ、あの、彗と……あ、いや、妹と稽古していただけませんか!?妹は……あなたの言う通りちゃんとした指導者がいないというか……だから、あなたみたいな実力者に指導していただければ……!」
宵はこの男の剣道に対する理解の深さは只者ではないと判断しており、この男にどうしても彗に稽古を付けてほしいと思った。
中学3年の頃に全国大会で準優勝した彗は、多くの強豪校から推薦入学の誘いが来ていた。
しかし彗はそれらを全て断って望が丘高校に進学した。
理由は単純。宵が住むアパートが近いからだ。
妹は自分の才能を伸ばすことよりも、兄と暮らすことを選んでしまったのだと宵はすぐに気がついた。
(彗は……去年から実力が伸びていない。頭打ちになっている……)
事実、1年生の頃にベスト16まで勝ち進んだ彗だが今年も同じ順位で敗退した。
宵はそのことに負い目があり、彗を強くしてくれるような師匠がいてくれればとずっと考えていたのだ。
怪盗として神器を取り返すとは決めたが、妹の幸せな人生も同じぐらい大切なものだと宵は強く思っていた。
「私もぜひあの子と稽古がしてみたい……だが、この話お断りさせていただこう」
「な、何故ですか?」
宵が追い縋るように聞くと男は一度目を瞑り、再びゆっくりと目を開いた。
深く、暗く、冷たい目だった。
「私のような者と剣を交えては、彼女の純粋な剣が穢れる。関わらない方が良いのだ」
「そ、そんなことは!」
宵は食い下がろうとしたが、男はそのまま背中を向けて立ち去り、振り返ることはなかった。
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「ちょっと、遅かったじゃない鬼坊。何してたのよ」
「申し訳ない。少し、話を」
「鬼坊」と渾名で呼ばれた男が試合会場から出るとそこには真っ黒な日傘を差している女が待っており、二人は並んで歩き始めた。
「あんたのしょーもない趣味に、この私が付き合ってやってるんだからね。ほら」
女は背中に背負っていた棒状のものを収納するためのケースを男に押し付けるように渡し、男はそれを背負った。
「それ、大切にしなさいよ。それと私、どちらかが無くなったらあんたは死ぬんだからね」
「無論……。夏波様から賜った『新たな命』と『刀』……我が身より大切に扱わせていただいております。そしてそれを私に与えていただいた夏波様には、身命を賭して尽くす所存」
男が背負ったケースからは、汚れた血の様に赤黒い光が少し漏れ出ており、その光の何割かは男の体の中に吸い込まれる様に入って行った。
「ふふっ」
夏波は男が自分に遜る様子を見て、気分が良くなった。
夏波はそういう気分になると、さらに男を制圧・束縛し、男を自分の下に敷くような発言をしたくなる性格であった。
「しばらくあんたの自由時間は無しね。あんたは私の下僕なんだから、死ぬまで私にだけ尽くしてればいいのよ」
夏波がそう言って笑うと、後ろを歩く男は再びこうべを垂れた。
「申し訳ない。夏波様……しかし、先ほど武道館にてとても良いものが見られたので、しばらくは健体康心でおられそうです」
男は中村水の溌溂とした楽しい剣道を見たことと、妹の為に必死になっていた兄のことを思い出した。
妹の美しい剣技と、それに劣らず美しかった兄の愛。
ヤクザ女の下僕になり果てた自分からすると、眩しすぎる兄弟であった。
「ふーん…まあ、どうでもいいわ。今夜も『仕事』よ。ターゲットは最近うちのシマでおいたをしてる日輪組。事務所にいる人間、全員斬っちゃっていいから」
「……承知した」
男は顔を上げ、明るく晴れた夏空を見た。
あの兄妹にはまたいつか会える気がする。
そしてそれは今すぐでなく、随分と先の話。
男は不思議とそう思った。




