助太刀しようか
「戻れっ!戻れっ!戻れーーー!!!」
彗は魔力を込めた満月鏡を振り回しながら、大学病院の中を走り回っていた。
患者や医師、看護師に襲いかかっていた動物たちは次々に正気を取り戻して、逆に人間から逃げるように走っていく。
「キリがないよっ!!お兄ちゃん!!!」
動物の数は膨大で、彗が解除しても解除しても次々に湧いてくるように思える。
『くっ……!』
宵は思考する。
敵の本体──魔族を見つけなければいけないのに、いくら走り回っても動物しかいない。
(どこかに隠れて指示を出している……?いや、そんな様子には見えない。だが、動物たちは組織的に動いているように見える……)
動物たちは個別に動き回るのではなく、一定数の塊として動きながら、一気に集団で人間に襲いかかっている。
つまり、誰かに「指揮」されていると考えられる。
(……あの「遠吠え」が三日月ノ玉と似たような能力だとすれば、あの二度の遠吠えだけでこんなに複雑な指示を出せたとは思えない……)
宵は考えながら、彗のカメラから送られてくる映像の端で、一匹のカラスが窓から飛び出して上へと飛んでいくのを見た。
そして別のカラスが窓から病院内に入ってきて、動物たちに向かって何やら鳴いている。
(ッ……!?)
宵は一瞬信じられなかったが、一度気付いてしまえば、もうそうとしか思えない。
(カラスが動物たちに指示を出している……!?)
そしてそのカラスたちは窓の外に出て、上へと飛んでいく。
『彗、上だ!屋上を目指せ!!』
「わかった!でも階段ってどっちだっけ!?」
『そこから突き当たりまで走って右!!なんで覚えてないんだよ!実習で何十回と来た大学病院だろ!』
「うっさいなあ!もう今更だし、別にいいでしょ!!」
───────────────────
一匹のカラスが、病院の屋上にいる人狼──陽奈の肩へと降り立った。
そしてギャ、ギャ、グワ、と何度か陽奈の耳元で鳴く。
「……うん。うん……わかった。ありがとう」
陽奈がそう答えると、カラスはバサバサと飛びたち、再び病院の中へと入っていった。
「Witch Phantom……異能を解除できる異能を持ってるのか……厄介だな……」
陽奈がそう呟くと、彼女のすぐそばに強い旋風が起き、一人の男が降り立った。
「やっているな。鳥峰陽奈。首尾はどうだ?」
「あなたは、花哭家の……」
屋上に降り立ったのは、花哭家の長男。
陽奈は昔から魔族同士の交流で彼に何度も会っているが、彼があまり好きではなかった。
魔族の権威だとか気品だとか、そういったものに拘る男だったと覚えている。
「……別に。普通にやっていますよ。こうやって人間を襲って、私を止めるためにやってきたWitch Phantomを殺す。それでいいんでしょう?」
「……やり方が温い。小さな動物たちを人間にけしかけても殺せはしない。あなたが病院の中に入ってその爪と牙を使って暴れた方が、効果的に人間を攻撃できる」
花哭詩音は、ニィと嫌な笑顔を浮かべた。
陽奈はそれを見て、目を見開いた。
「私がお父さんに言われたのは、『Witch Phantomの始末』!他の人間を殺せとは言われていない!」
「いいや?こうして人間を襲って誘き寄せるのであれば、大勢を殺すような方法でも良かったはずだ。ここで魔族の存在を人間に知らしめ、奴等に恐怖を……」
「私のやり方は違う!!」
陽奈は詩音の言葉に驚き、大声をあげた。
無関係な人間を殺すという発想は、陽奈にはなかった。
だが、この男は人間などいくら殺しても良いと考えている。
「なんなら、私が助太刀しようか。今から病院の中へ入って寄生種を人間に撃ち込んで……」
「やめて!!!」
大声をあげた陽奈を見て、詩音は「ほう?」と薄ら笑みを浮かべた。
「なんだ?もしかしてあなたは──鳥峰家は人間を守りたいのか?それはつまり、我らが魔族同盟に反目するということか?」
「ち、ちがっ……!」
陽奈は詩音の意図を理解した。
この男は、自分の花哭家を鳥峰家より上の立場に立ちたいと考えており、同盟内での鳥峰家の地位を下げるための口実を探しているのだ。
「……び、病院の中で銃なんか使ったら、私の動物たちに当たるかもしれないでしょ!」
陽奈は魔族同盟には関心は薄いが、自分のせいで鳥峰家が花哭家に付けいられるのは嫌だった。
「……そうか。では、花哭家からの助太刀を鳥峰家が断った、ということで構わないな」
「…………」
陽奈は理解した。
「助太刀を断った」ということであれば、自分がWitch Phantomの始末に失敗したとき、鳥峰家の責任は大きくなる。
この男は、その状況にするためにわざわざここにやってきたのだ。
「……ええ。助太刀は要らない。私は負けないから」
陽奈は、戦闘には自信がある。
自分は鳥峰家に伝わる最強の魔具──狼霊骨を唯一使える存在なのだ。
「流石は鳥峰家の人狼。魔族最強の戦闘力は、伊達ではないということか」
鳥峰家が操る三種の魔具。
鷹の力を得る鷹霊羽。
虎の力を得る虎霊牙。
そして狼の力を得る狼霊骨。
鳥峰家に生まれた者は、三種の魔具うちのいずれか一つに適合するが、戦闘において最も強力な狼霊骨に適合するのは、数世代に一人。
陽奈は、最後に適合した曾祖父から、実に90年ぶりの狼霊骨の適合者であった。
「ええ。私は──鳥峰家は、戦闘なら負けない。むしろ、味方を巻き添えにしたくないから早くどこかに行ってくれる?」
「ッ……」
詩音は陽奈の物言いに苛立ちはしたが、助太刀を断られた時点で自分の目的は達成した。
これでもしこの女がしくじれば、花哭家が鳥峰家を糾弾する口実が得られる。
「それなら、私はいったん引くこととしよう」
詩音はそう言って、懐から取り出した風天家の異能を込めた珠──「風珠」を地面に叩きつけ、旋風を起こして夜空へと飛んでいった。
「……ふん。しょうもない男」
陽奈は、詩音のような性根の曲がった男が嫌いだった。
あんな男よりもずっとずっと、女だけど真っ直ぐな、あの先輩──中村先輩の方が直進的で筋が通っていて格好いい。
(だから──)
バァンッ!!!
屋上の扉が開いた。
月光色のカクテルドレス、宝石が散りばめられたマスカレードマスク、夜空色のマント。
聞いた通りの格好をした「怪盗」が、扉の前に立っている。
「来たのね……Witch Phantom。あなたに特に恨みはないけど……死んでくれる?」
(──また会いたいな。中村先輩に)




