お兄ちゃん、卵って完全栄養食なんだよ?つまり卵だけを毎日食べてれば完璧ってこと。知ってた?
「ん……」
宵は窓からの陽光で目を覚まし、小さなソファから起き上がった。
昨晩まで机が置いてあったスペースには敷布団が敷かれている。机は脚を折り畳まれて壁に立てかけられている。
昨日は宵がソファで、彗が床に布団を敷いて眠った。
彗は兄のすぐ下で眠ることになり、「昔の二段ベッドを思い出すね!」と興奮した様子だったが、10秒後には小さな寝息が聞こえてきた。
しかし彗は先に起きたのか、宵が目を覚ますと布団にその姿はなかった。
「……あっ」
宵は美味しそうな匂いが部屋の中に充満していることに気がついた。
この匂いは、卵焼きだろうか。
「あ、おはようお兄ちゃん。朝ごはんできてるよ。卵焼きとスクランブルエッグと、卵かけご飯ね」
「もしかして本当に卵以外の食材を知らないのか?」
「は?言っとくけど朝ご飯に女子高生の妹の手料理を食べられる大学生なんて、日本でお兄ちゃんだけだからね。ありがたく思いなさいよ」
「朝飯のメニューが全品卵料理の大学生も、日本で俺だけだぞ多分」
「でもおんなじ卵じゃないもん。この卵焼きなんて三種の卵をブレンドして作った至高の一品だからね」
「いや同じ食材を複数種類使って評価されるのはチーズだけだぞ。三種のチーズ牛丼とか……ん!?」
妹の「三種の卵」という言葉に遅れて反応した宵は慌てて起き上がり、冷蔵庫へと走った。
自分が買っておいていた卵は一種類だったはずだからだ。
「なっ……嘘だろ!?」
宵は冷蔵庫のドアを開くと驚いて目を見開き、固まった。
冷蔵庫の中には三種類どころか、さまざまな種類の卵のパックがギッシリと詰まっている。合計100玉近くあるだろう。
さらに卵料理に使うと思われる様々な調味料も詰め込まれている。
昨日のカレーの食材のあまりである玉ねぎなどの野菜はまとめて袋に詰め込まれ、隅に追いやられている。
「なっ……お前、こんなにどうしたんだ!?」
「朝4時に起きて、24時間営業のスーパーをハシゴして買ってきたんだよ。お兄ちゃんのためにね」
「その気合いは、食材の種類を増やす方向には向かなかったのか?」
「最高の卵料理を作りたかったの。お兄ちゃんのためにね」
「俺が寝てる間に大変な事に……」
「私が作った朝ごはんの香りで起こしてあげたかったの。お兄ちゃんのためにね」
「さっきから恩着せがましいな」
宵は「はぁ……」と額を手で押さえてため息をついたあと、目だけで彗を見て尋ねた。
「ちなみに卵を買うための金はどうしたんだ?」
「お兄ちゃんのカバンの中にあった財布を拝借したよ。私は一文無しだし」
「俺のバイト代が……」
宵の生活は楽ではない。
宵はこの街にある国立大学の医学部の入試をトップの成績で合格し、返済不要の奨学金を得ているため、学費はかかっていない。
しかし生活費は家庭教師のアルバイトで賄っているため、生活の収支は常にギリギリだった。
彗が「まあまあ、せっかく作ったんだから食べてよお兄ちゃん」と言うと宵は頷き、彗は昨晩自分が使った布団を片付けてテーブルを出した。
「い、いただきます……」
「さぁ、めしあがれ」
手を合わせる宵に対して彗は顎をクイと前に出し、半目で、口角を少しあげ、さながらベテランシェフの表情で兄を見た。
(その自信はどこから……?)
宵は目の前に並んだ卵焼きとスクランブルエッグと卵かけご飯を改めて見て、そのあまりにも高すぎる卵率に違和感しか感じなかったが、まずは卵焼きを口に運んだ。
「……うんまっ……!!」
それは宵が今まで食べた卵焼きの中で最も美味だった。
宵は料理に詳しくないこともあり、もはや何が美味しいのかもわからないレベルだが、強いて言えば出汁がよく効いてる気がする。
スクランブルエッグも美味で、そして卵かけご飯さえも美味で宵は驚いた。
「ふふっ。お兄ちゃん。何か言う事は?」
宵が顔を上げると、妹はとんでもないドヤ顔でこちらを見ていた。
「うまい……マジで……」
「でしょう。私ったら天才だからさ」
宵はしばらく食べ進めた後、「どこで練習したんだ?」と聞いた。
「施設で。お兄ちゃんが出た後にね、坂木先生にいっぱい教えてもらったの」
二人がいた施設は事情がある子供達の保護だけではなく、自立を支援するために家事などを指導してくれる時間もあった。
「坂木先生」というのはその施設で主に子どもたちの食事の調理を担当していた男性職員のことで、彗は料理の練習を彼に付き合ってもらったのだ。
「そうか……坂木先生は元気か?」
「うん。でも私が出る頃にはゲッソリしてたよ。『もう卵料理は食べたくない』とか言ってた」
「だろうな」
宵は、妹がここまで上手な卵料理を作れる様になるまでどれほど練習したかを想像し、心の中で感謝すると共に「いや、それならもう少しバランスも考えろよ」とも思った。
「いよいよ今日から本格始動だね、お兄ちゃん」
「そうだな。まずは情報収集だ」
朝食を食べながら嬉しそうに話し始めた彗に対し、宵は難しい顔で答えた。
「10年間、俺達も奴等を探していなかったわけじゃない。それなのに全く見つけられなかったわけだから、簡単には見つからないだろう。だからまずは見当を付けないと話にならない」
彗はふんふんと兄の話を真剣に聞いている。
彗は絶対に神器を取り返したいという強い思いはあったが、その具体的な作戦立案は自分より遥かに賢い兄にやってもらった方が良い結果になると考えていた。
「だから新聞、テレビ、ネット等のメディアだけじゃダメだ。今後はあらゆる方面にアンテナを張って情報を集めるぞ。とりあえず俺も色々当たってみるから、彗も思いつく限り色々調べてくれ。毎晩夕食のときに互いに報告しよう」
「うん、わかった!」
彗は嬉しそうに笑った。
情報収集をするしかないという状況は今までと変わらずだが、兄が自分と同じ目標を向いて動き出してくれたことが嬉しかったのだ。
「ところでお兄ちゃん!」
「なんだ?」
「今日の夕飯は何が食べたい?オムライス?オムレツ?煮卵?」
「俺が作る。卵料理以外を」




