喪失
冬の夜の公園は、異様なほど静かだった。
ブランコは止まり、滑り台は月明かりに白く浮かび、人気のない砂場には誰の足跡も残っていない。
その公園を囲うように生えている茂みの中に、二人の子供が並んで隠れていた。
「……寒いね」
彗が小さく呟くと、隣に座る兄──宵は、指を立てて自分の口に当てた。
「しっ。動くな。じっとしてろ」
「でも……」
彼らはコートも着ておらず、靴すら履いていない。
パジャマのままの体に、夜風が容赦なく突き刺さっていた。
宵も同じだった。
急いで家を飛び出したせいで、二人とも着の身着のままだ。
公園の向こう側──
住宅街の一角で、巨大な炎が赤く揺れている。
「……」
宵と彗はその光景から目が離せなかった。
失望と絶望が入り混じったまま、ただその光景を目に焼き付けている。10歳と7歳の兄妹には、あまりにも残酷な光景だった。
燃えているのは、彼らが生まれ育った家なのだ。
月詠家。
代々、魔女を生んできた一族の家。
祖父母も、父も、母も、そこにいた。
「……お兄ちゃん」
彗は、ぎゅっと膝を抱えた。
「お母さんたち……どうなったのかな?」
宵は答えなかった。
答えられなかった、の方が正しい。
代わりに、強く自分の拳を握りしめる。
家を燃やしたのは、彼らの母の姉妹だった。
同じく魔女の血を引きながら、後継に選ばれなかった3人。
彼女たちは自分たちが生まれ育った家に火を放ち、家族を殺し、月詠家に代々伝わっていた「神器」を盗んで姿を消した。
「……私たち、これからどうなるのかな」
「……」
妹の言葉に宵は何も答えられなかった。
幼い彼らにとって、今夜はあまりにも奪われたものが多すぎた。
家も。
家族も。
未来も。
3人の叔母たちに、全てを奪われた気がした。
「……」
彗は唇を噛みしめてしばらく黙り込んでいたが、やがて顔を上げた。
その瞳に涙はなく、代わりに不思議なほど澄んだ光が宿っていた。
「ねえ、お兄ちゃん」
「……なんだ」
「月詠の魔女ってさ」
彗は、ゆっくりと言った。
「もう、終わりなの?」
「……ああ。ばあちゃんも、後継者だった母さんも殺された。月詠の魔女は……終わったんだ」
「……ふふっ」
それを聞いて、彗は小さく笑った。
それは子供らしい笑顔だったが、どこか場違いな、確信に満ちた表情でもあった。
「大丈夫だよ」
「彗……?」
彗は、月を見上げた。
今夜は、憎らしいほどに綺麗な満月だった。
雲一つない夜空に白く、静かに輝いている。
「月詠の魔女はね──」
彼女は、はっきりと言った。
「──まだ、生きてるよ」
その言葉が、冬の空気に溶ける。
遠くで何かが崩れる音がした。
家が、完全に燃え落ちたのかもしれない。
けれど彗は、もう振り返らなかった。
ここから始まるのだと。幼いながらにそう理解していた。
──叔母たちと戦い、神器を奪い返す。
魔女の物語が。




