母の娘が気になってしまうお年頃なのです
僕には幼い頃から気になる女の子がいるんです。
あ、僕はイストーニ王国の第一王子アーネストという者です。
気になる女の子というのは、僕の母の娘さんなのですけれどもね。
いや、この言い方は誤解を招いてしまいますか。
僕の乳母で幼児期の教育係を務めてくれたのがブライアという女性です。
マーカス子爵家の当主夫人で、王妃である母上の学生時代の親友でもあります。
僕にとっては実の母にも等しい女性でした。
先ほどの気になる女の子というのはブライアの娘さんで、名をリバティと言います。
僕がリバティの存在を知ったのは五、六歳の頃でしたでしょうか?
「ブライアにはむすめがいるんだね?」
「はい。リバティと言うのですよ。元気過ぎるくらい元気な子です」
ブライアがお母さんなんていいなあと、その時は思ったのです。
でもすぐに気付きました。
そのお母さんを僕が独占してしまっているではないかと。
僕の実の母は王妃という重職を担っています。
だから僕に母代わりの女性が必要というのは、よく理解できるのです。
でもそのしわ寄せがリバティに行っているのでは?
何だかとても申し訳ない気持ちになりました。
「ねえ、リバティにあえないかな?」
「えっ? 躾もできていないサルみたいな娘ですよ? 殿下に会わせるにはちょっと……」
「いいから。あいさつしたいんだ」
躾ができていないのも僕がブライアを取ってしまっているからかもしれない。
謝りたいと思ったのです。
「そうですか? ではリバティの行き届かない点は御容赦ください」
「うん、わかった」
「天気がいい日に連れてまいりましょう。王宮邸でピクニックいたしましょうかね」
わあ、ピクニックだって!
楽しくなりそう!
次の日に王宮にやってきたリバティは、予想と全然違う子でした。
母であるブライアを奪ってしまっている僕を恨んでいるか。
それとも王宮や王族に委縮して縮こまってしまうか。
どちらかかなあと思っていたのです。
「こんにちはー」
あっ、来た。
ニコニコの笑顔が印象的な可愛らしい子です。
「こんにちは」
「あんたがアーネストおうじかな?」
「そうです」
「ふうん、いいおとこだね。あたしのけらいにしてあげるわ」
「えっ?」
「これっ! リバティ!」
普段自分と一緒になる同年代の子は、皆僕にへりくだってくれていました。
いきなり家来にしてやるなんて言われたのは初めてですから、すごくビックリしました。
リバティがブライアからものすごい拳骨をもらっています。
ブライアは淑女中の淑女だと思っていましたので、これもまたビックリ。
「あいたたた。あたしがいしあたまじゃなかったらしんでいたにちがいない」
「ぶふっ」
「あ、おもしろかった? おうじはわらっているとかわいいね」
「ありがとう。きみもかわいいよ」
「おうじにほめられちゃったわ。なにしてあそぶ?」
とても楽しい一日だったなあ。
リバティはすごく足が速くて、駆けっこしてもぜんぜん追いつきませんでした。
木登りもすごく上手で、するすると登っていって捕まえたセミをくれたんです。
……そう言えばブライアが、サルみたいな娘って言ってたな。
最後にリバティに謝りました。
「ごめんね。ぼくがブライアをどくせんしてしまって。さびしいでしょう?」
「え? おうじはつまんないこときにするね。あたしはこれでもいえでけっこうべんきょうしているんだ」
「そうなの?」
「うん。このうえかあちゃんにしぼられたら、いのちがしんでしまうわ。かあちゃんとのべんきょうじかんは、おうじにつつしんでしんていするわ」
難しい言葉は勉強の成果だったのかなあ?
淑女らしい言葉遣いを学ぶ方が先なのではと、チラッと思いましたけど。
とにかくリバティに対して抱いていた引け目は、この日ですっかりなくなったのです。
またリバティに会えるといいなあとずっと思っていました。
でも第一王子である僕の婚約者候補とされるのは、ほぼほぼ伯爵以上の家格の令嬢なのです。
だからパーティーなどで会うのも高位貴族の令嬢ばかりで。
子爵令嬢であるリバティと顔を合わせる機会などほとんどなく、話す機会は王立アカデミー入学を待たなくてはなりませんでした。
「えっ? アカデミーの入学予備試験では僕とリバティが同点でトップだったのですか?」
「そうよ。さすがブライアの娘ね。よく教育されているわ」
この頃既にブライアは僕の世話係を辞していました。
リバティを鍛えていたのかなあ?
母上が御機嫌だったけど、僕だって嬉しいです。
王立アカデミーは成績順にクラス分けされますから、リバティと同じクラスになれるのです。
どんな素敵な令嬢になっていることでしょう。
初めての講義の日、後ろから話しかけられました。
「おっす、王子!」
振り向くと見覚えのある人懐こい笑顔でした。
髪こそ長くなっていますけど、面影は記憶のままです。
「うわあ、久しぶりだね、リバティ」
「うふふ。すぐにわたしとおわかりでしたか?」
「もちろんだよ」
「不躾に話しかけてすみませんでした。六年間の学生生活、よろしくお願いいたします」
「もちろんだとも」
素敵な淑女になったなあ。
茶目っ気はそのままで。
成績も優秀なのか。
今までに会ったどの令嬢よりも好みだ。
教室へ行き、担任の先生が来ると、すぐに級長を決めることになった。
「男子の級長はアーネスト君でいいだろう」
「「「「「「「「異議なし!」」」」」」」」
「ふむ、では女子の級長はどうするか。アーネスト君が選んでくれたまえ」
「はい」
最優秀クラスには面識のある高位貴族の令嬢ばかりでした。
リバティを除いては。
誰を選んでも問題がありそうだな。
でも僕は閃きました。
「入学予備試験で最も成績のよかった令嬢に任せましょう」
「ふむ、公平でよかろう。ではリバティ君だな」
「はい、皆様、よろしくお願いいたします」
よし、ナチュラルだったと思います。
これでリバティと一緒に級長を務められます。
またリバティが女子の成績トップと知って驚いている者が多いです。
予備試験の成績は公開されていないですから。
優秀だという目で周囲が見てくれれば、リバティも少しは仕事がやりやすいのではないかな。
その後期待通り、リバティは上手に女子をまとめてくれました。
クラスの女子の中では実家の家格が一番低いのになあ。
成績が優秀ということもあって、皆が一目置くことはありますね。
明るい性格もあって、任せて安心感がすごいのです。
やがて僕の婚約者が取り沙汰されるようになりました。
結局すんなりリバティに決まりました。
呆気ないですか?
そこにドラマはないのかと、僕も思わなくはないのですが。
子爵家の出ですから、リバティでは家格が足りないのかなあと思っていたのです。
でも母方の祖父レディングヒル侯爵家当主カーティス殿が可愛がっている孫娘であり、また父の子爵トバイアス殿が若くして封爵大臣に就任したことから、ごく普通に認められて。
いえ、そもそもリバティが優秀だからなのですけれどもね。
また毎年アカデミー最優秀クラスで級長を務める僕とリバティが、なかなか似合いだと思われていた向きもあったらしくて。
「そういえば初めて会った時、リバティは僕を家来にしてくれるって言ってたなあ」
「うふふ、そんなこともありましたね」
「リバティはお転婆で魅力的で。ずっと好きだったよ」
「わたしも気に入ったものは所有したいと思いましたから、つい家来にするなどと、無礼を申しました」
あっ、リバティも僕のことを気に入ってくれていたんですね。
初めて会った時から運命に導かれていたようで、嬉しいです。
「ところで今でも私はお転婆なのですよ」
「えっ?」
「御覧になっていてくださいな」
まだリバティは木登りが得意ということが判明しました。
サルっ気って抜けないものなのかなあ?
ニコニコしながらセミを背中につけられました。
でもそんな無邪気で天真爛漫で憎めないリバティが好き。
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