表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/32

9.モイーズの聖女は

「ミキ様にこれ以上何かするのならば、おまえを殺す。覚えておけ」

 モイーズはエヴラールに対してそんな宣言をしていた。私だって同じ気持ちだ。私ではとても勝てそうにないのが悔しいけれど、モイーズならあいつに勝てそうだ。 

「わ、わかっている。もう絶対にしない」

 エヴラールは余程モイーズのことが怖かったらしい。ゆっくりと立ち上がって、コクコクと頷いている。いきなり顔面を殴られたのだから当然かもしれない。カナコに治してもらわなければ、顔面が歪んでいたかもしれないのだから。

 そうなれば顔自慢のエヴラールなんて、カナコに嫌われ聖騎士から追われたかもしれないのに。そう思うとカナコが癒しの力を得たことが少し残念だった。


「エヴラールは私の聖騎士です。勝手に殺すとか、許されるとでも思っているの?」

 まるでエヴラールを護るようにカナコが前へ出てきた。女に守られるなんて本当に情けない奴だ。

「聖騎士は聖女様のものじゃない」

 それだけ言うと、モイーズは興味を失ったようにカナコから目線を外した。無視するようなモイーズの態度が気に障ったのか、カナコは射殺さんばかりに睨んでいるが、彼はもう一瞥もしなかった。


「エヴラール、おまえと訓練するのは二年振りだな。聖騎士に選ばれるほど腕が上がったのか見せてみろ」

「はい。俺、モイーズ先輩を目標にして頑張って来たんで、剣を交えるのを楽しみにしていたんです」

 そう言うと、エヴラールは人懐っこい笑顔を見せた。何なんだろう。この昔の青春ドラマのようなノリは。

 エヴラールはこれで今までのことをなかったことにするつもりなのだろうか? 顔面と腹への強烈な二発。それがあいつの所業に見合うのか私にはわからない。でも、モヤモヤが残るのは確かだった。



 私には剣技のことなど何もわからないけれど、モイーズはエヴラールより強いらしい。始まった模擬剣による訓練は思った以上に白熱していて、モイーズが圧倒しているように見える。

 屋外訓練場の端に置かれた唯一のベンチはカナコが占領しているので、私は反対側に立っていた。聖騎士たちに無視されている私の側には当然誰もいない。それは気楽だと思うけれど、ちょっと解説してくれる人が欲しい。


 闘う二人の動きがあまりに早く、何をしているのか良くわからない。と思っている間にモイーズが勝ったようだ。


「やっぱり先輩には勝てなかった」

 悔しそうに手を差し出すエヴラール。

「エヴラール、訓練は怠っていなかったようだな」

 その手をしっかりと握ったモイーズは、少し嬉しそうだ。

 本当に少年漫画みたいだ。先輩後輩の仲なんて、こんなものなのだろうか?

 そんなことを思いながらぼんやりと眺めていると、エヴラールが私の方を見てにやりと笑った。

 あいつは直接私に手を出せなくなったので、モイーズを自分の味方に引き入れて、私を孤立させようとしているのかもしれない。

 ちょっとひねくれた考えかもしれないけれど、今モイーズに見捨てられてしまうと本当に困る。旅に出てしまうと味方が誰もいなくなってしまうから。

 性格の悪いエヴラールならば、そう考えているのではないかと不安だった。


 モイーズは本当に強いらしい。聖騎士たちは次々とモイーズの前にあっさりと敗れて去った。

 一番粘ったのがエヴラールだったくらいだ。

 モイーズが牢に入れられてもう三か月は経つ。その間剣の訓練をしていなかったことを考えると、彼の強さは半端ない。エヴラールが目標にしていたというのは本当らしい。


 お気に入りの聖騎士たちがモイーズに負けたので、カナコの機嫌が明らかに悪くなっていた。側に置く聖騎士を顔で選ぶから、自業自得だ。

「そこの罪人。思ったより強いのね。私の側で護らせてあげてもいいわ。聖女の私が頼めば、おまえの罪はなかったことにできるはずよ。侍女の護衛をするより、おまえだってその方がいいでしょう?」

 カナコはモイーズが断るはずはないと思ったようだ。私に優越感のこもった目を向けてきた。

 彼女も私が一番打撃を受けるだろうことに気がついたらしい。そこまで考えておらず、ただ強い男に守って欲しいだけかもしれないが。モイーズは顔も悪くないし。


「俺を殺すことができるのも、罪から解放できるのもミキ様だけだ。俺は聖女であるミキ様を汚した。そして、人の(ことわり)から外れて罪人となった。俺にとっての聖女様はミキ様一人だ。おまえではない」

 モイーズがそう言い残して、カナコに背を向け私の方にやって来る。私は彼に見捨てられなかったようだ。安心して思わずモイーズに笑いかけてしまった。モイーズもそれに応えて少し表情を崩す。


「ちょっと、聖女の私が馬鹿にされたのよ。あいつに何とか言ってやりなさいよ」

 カナコは周りの聖騎士たちを怒鳴つけた。

「あいつらは聖女様が気にする相手ではございません。日差しがきつくなってきましたので、さあ、お部屋に戻りましょう」

「そうですよ。侍女と罪人など、放っておけばよろしいのです」

「俺が聖女様を側でお護りするので、罪人など不要ではありませんか」

 まるで八つ当たりのようなカナコの怒りにも、聖騎士たちは慣れているのか、優しく彼女を諭していた。


 私がモイーズを罪から解放できるのだと初めて知った。もし、モイーズが罪人ではなくなっても、私を護ってくれるのだろうか? それとも聖騎士に復帰する?

 自分の意思で私を襲ったエヴラールの罪が、鉄拳二発で許されるのであれば、魅了されていたモイーズの罪は、焼印を押され三か月拘束されたことで十分贖えたことだろう。

 それでも、自分のためにモイーズを解放することができない。そして、聖騎士の誰よりも強い彼をカナコに誇りたい気持ちになった。

 私の力でもないのに。他人の力を誇るなんて馬鹿なことだと思うのに。


 私はここに来てやはり性格が悪くなっている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ