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4.聖女の悪意

 神官長が聖女に嘘をついたかわからない。でも、真実を全て話していないのは確実だ。

 聖女はいきなり別の世界へ召喚されるという理不尽な状況に置かれている。そんな聖女に私を憎ませることで、神官長やこの世界への恨みを逸らせようとしている。

 それはあの男の時と同じ手口だ。神官長はあの男を殺させることで私の恨みを晴らそうとした。

 

 新しくこの世界にやって来た聖女の名はカナコだという。おそらく彼女は日本人だ。彼女が望めば元の世界へ帰還できるらしいので、私よりかなり恵まれている。

 ここに勤める人たちは皆お姫様のようにカナコを扱い、若く見目よい聖騎士が何人も彼女の側に侍っている。カナコは楽しそう暮らしているように私には感じていた。

 それでもストレスは溜まるらしい。カナコは私をそのはけ口にしていた。

 そして、カナコが私を(ないがし)ろにすることで、ここの人たちも徐々に私をぞんざいに扱うようになっていく。特にカナコの側にいる聖騎士たちは、私を蔑むように見ていた。別に彼らに好かれたいとは全く思っていないが、悪意のこもった視線を浴び続けていると、心が荒んでいくようだった。

 救いだったのは、五人の侍女たちの態度が変わらないことだ。カナコの暴言は止めてくれないけれど、彼女たちから冷遇されることはなかった。



 今日もカナコは機嫌が悪い。聖女の力を引き出す練習をしているが、あまり順調ではないらしい。午後のお茶の時間に部屋へと戻って来るなり、私に茶を入れろと命令した。


「お茶が熱い! わたしに火傷をさせるつもりなの」

 私が入れた茶を一口飲むなり、カナコは茶が入ったカップを私に向かって投げてきた。至近距離なのでとても避けられない。目だけは守ろうと思い、目をつぶって顔を逸らす。


 しばらくしても熱い茶もコップも飛んでこない。

「聖女様。私がお茶を入れ直しますので、しばらくお待ちください」

 冷静な声はウラリーさんだ。ゆっくりと目を開けてみると、カナコが投げたカップはウラリーさんが持っていて、茶は零れていない。おそらくウラリーさんが魔法を使ったのだろう。

 ここに勤めている人たちは皆何らかの魔法が使えるらしい。侍女も例外ではない。それを使えばすぐに済むことでも、カナコは嫌がらせのように私にさせることがある。


「手を洗いたいわ、ミキ、井戸まで行って桶に水を汲んできなさい」

「聖女様。手を洗う水ならば、私が水道でお汲みいたします」

 この館には魔法で水を汲み上げる水道が完備されていた。ウラリーさんはその水道が使えるのだ。

「聞こえなかった。私はミキに命じたのよ」

 ウラリーさんにカップを止められて、カナコは益々機嫌が悪くなっている。こんなカナコには逆らわない方がいい。

「わかりました。只今行ってまいります」

 私は桶を持って部屋を出て行った。


 井戸は庭の隅にある。館からかなり遠いが、綺麗な花が咲いている庭を眺めながら歩くのは楽しかった。

 井戸に着き、重い蓋を外した。それだけで腕が痛い。

 それから、滑車に桶を取り付けて下に降ろし、ロープを引っ張り水を汲み上げる。これかなりの重労働だ。

 手を洗うだけならそれほど量はいらないと思うけれど、桶がほぼ満杯になるほど水を汲んでいかなければ、カナコは再度水汲みを命じるのだ。かなり重たくなるけれど、一回で済ませたいので私は零れるほど桶に水を汲んだ。


 重い桶を両手で持って庭を横切り、やっと館の中に入った。すると、廊下を一人の聖騎士がやって来る。カナコのお気に入りのエヴラールという名の男だ。私は壁にくっつくようにしてエヴラールが通り過ぎるのを待ったが、彼はわざと桶にぶつかってきた。すると、水が少し零れて彼のマントにかかる。

「聖騎士のマントを汚すとは、何と言う無礼な奴だ」

 エヴラールはそう言うと、私が持っている桶を無理やり奪い取ると水を私にぶっかけた。

「廊下を掃除しておけよ」

 彼はそう言うと、魔法でマントを乾かし桶を投げ捨てて去って行った。


 魔法など使えない私には、魔法で服を乾かすこともできない。廊下の水たまりが広がっていくので、とにかくモップが必要だ。しかし、掃除道具がどこにあるかもわからない。


「何てことをしてくれたんだ。この役立たず!」

 濡れた侍女服のまま呆然と立っていると、いきなり怒鳴られてしまった。館の掃除をしている男らしい。

「申し訳ありません。モップを貸してもらえませんか」

 そう頼んだが、男の目が益々厳しくなった。

「掃除は俺たちの仕事なので、ここの掃除はしてやるが、追加の仕事だからな、金が必要だ。お前の給金から引いてもらうからな」

「はい、わかりました」

 どうせ給金をもらっても使うところもない。お金で済むのであれば助かった。

 それにしても、エヴラールは私が水を汲みに行ったと知って、嫌がらせのためにやって来たのに違いない。本当に嫌な奴だ。


 悔しいけれど、私は桶を拾って井戸まで戻ることにする。

 庭に出て濡れた侍女服を絞ると、少しは歩きやすくなった。それでも、体は重い。途中で何人かの男に会ったが、もちろん手伝ってくれる人はいない。邪魔をされないだけましだと思うしかなかった。


 水を汲んでカナコのところに戻ると、エヴラールは何食わぬ顔でカナコの側にいた。

「遅い! 何をしていたのよ。本当に男を誘惑するくらいしか能ないのね」

 カナコが私をあざ笑う。それでも、私は泣いたりしたくはなかった。



 その日の夜、私は庭へ出て空を見上げていた。星に詳しくない私にはわからないけれど、地球から見る星空とは全く違うのだろう。

「帰りたいよ」

 思わず呟いてしまう。

 カナコはもうすぐ魔王討伐のために旅立つらしい。それまでの辛抱だと自分に言い聞かせてみても、この状態はかなり辛かった。

「はぁ」

 私は何度もため息をついていた。


「男が欲しいのか? 俺が相手してやるぞ」

 いきなり乱暴に手を引っ張られた。驚いて見上げると、思ったより間近にエヴラールの顔がある。

「嫌よ、放して!」

 私は掴まれた手を何とか振りほどこうとしたが、エヴラールの力は強く、びくともしなかった。


「聖騎士の俺が相手をしてやると言うのだから、素直に喜べ。お優しい聖女様が、男を求めて悶々としているお前を慰めてやれとおっしゃったのだ。感謝しろよ」

 そう言いながら、エヴラールは私を引きずるようにして歩き出す。

「何ですって、そんなの嫌! 放して」

「抵抗するなら、ここでするぞ」

 聖女に命じられたからって、こんなことまでするとは、本当になんて奴なんだ。

 私は許せないと思った。魅了されていたあの男より罪は重い。


 私は怒りに任せて、私の腕を掴むエヴラールの手の甲に思い切り噛みついてやった。

「何をする!」

 エヴラールは反対の手で私の髪を引っ張り引きはがそうとしたが、私はその隙にエヴラールの股間に膝蹴りを入れた。それほど力は入らなかったけれど、それでも怯んだようで、エヴラールの手が私の髪から離れた。私は奴の手から口を放し、手を振り切って走り出す。


「待て!」

 エヴラールが追ってきたが、もちろん待つつもりはない。

 

 私はひたすら走った。捕まれば命さえないかもしれない。


 すると、目の前に倉庫のような建物が現われた。あの男が囚われている牢獄だ。

 エヴラールに捕まる寸前に私は牢のドアを開けた。


「待て! うっ」

 ドアが開いたままなのに、見えない壁に阻まれるかのように、エヴラールは中に入ってこなかった。

 神官長の言ったことをあまり信じていなかったが、この牢獄に結界が張られているのは本当らしい。


 私は思い切りドアを閉めた。エヴラールの姿が見えなくなり、安心したためか私の脚から力が抜けていく。私はその場へ座り込んでしまった。


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