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15.エヴラールの告白

「よろしければ、私の馬に乗りませんか?」

 エヴラールの馬に乗ることを躊躇(ためら)っていると、隊長が声をかけてくれた。相変わらず笑みを湛えているが、裏がありそうで何だか怖い。

「隊長は全体の指揮を執らなくてなりませんから、お忙しいですので、聖女様の護衛は俺がします」

 エヴラールが私を背に隠すように隊長の前に出る。隊長より長身の彼が目の前に立つと、隊長の姿が見えなくなった。


「ミキ様が聖女と確定されましたので、私が隊長である必要はないでしょうし、隊長職は辞任しても構いません」

「いいえ、隊長として職務を全うすべきだと思います。私の護衛は他の方にお願いしますので」

 隊長はやはり不気味で怖い。エヴラールの方が若干でもましな気がする。

「それは残念ですね。私だって魔法剣が使えるし、ミキ様の護衛を務めることは可能なのですけどね」

 そう言うが隊長はあまり残念そうではない。やはり微笑んでいるだけだ。

「隊長さんの魔法は雷ですか?」

 浄化魔法をかけてもらった時、少しピリッとする感じが雷っぽいと思った。

「ご推察の通りです。ミキ様は何でもお見通しですね。それでは隊長として頑張ることにしますか」

 そう言いながら隊長は離れて行った。



「それなら俺がお護りいたします」

 次に近寄って来たのは大柄な聖騎士。そう、脚を怪我していて昨夜止血してあげた人だ。純朴そうな青年で、悪い人には見えない。カナコのお気に入りではないので、今まで殆ど交流がなかった。もちろん無視されていたが、暴言を吐かれたり、睨まれたりしたことはない。

 彼なら許容範囲なので、承諾の返事をしようと思っていると、

「フィルマン先輩はミキ様の罪人でもないのに、割り込んでこないでください」

 殆ど喧嘩腰でエヴラールが怒鳴っている。

 だから、罪人は関係ないと思うのよ。


「そうか。悪かったな」

 フィルマンはなぜか納得したように離れて行った。

 誰もいなくなると、エヴラールは振り返ってにっこりと笑う。

「さあ、俺の馬へ」

 これ以上悩んでいると、今日中に町へ到着できないかもしれない。私は覚悟を決めて、エヴラールの後ろを歩き出す。


「ぐぐっ」

 まるで歯ぎしりの音が聞こえるほどに悔しがっているモイーズが、私のすぐ後ろをついてきていた。それでも、勝負に負けたからと、私がエヴラールの馬に乗ることを邪魔しないつもりらしい。


 エヴラールの馬は艶のある美しい青毛だった。馬まで美しいのかとちょっと卑屈になりそうだ。

 いつものように(あぶみ)に足をかけると、エヴラールが私の腰を持って鞍に座らせる。モイーズと同じ動作なのに、それがエヴラールだと思うと触れられたのが怖くて自然と体が強張ってしまった。

「本当に申し訳ありません。なるべく触れないようにしますから」

 そう言うと、彼は後ろの鞍に乗り込んだ。そして、馬はゆっくりと走り出す。

 


 エヴラールの馬は一行の中央を走っていた。カナコの乗った馬車と同じ速さで移動していた時よりかなり速度を上げているが、出発してずっと馬に乗っていた私は少し慣れていてそれほど負担ではない。今までと違って強めの風が頬を撫でていく。それが気持ち良いと感じていた。



「ミキ様、本当に申し訳ありません」

 エヴラールが突然謝ってきた。

「それは何に対してかしら?」

 謝られる覚えがありすぎる。それらをまとめて謝られても困ってしまう。


「欠員ができたからと、聖騎士に選ばれてとても嬉しかった。もちろん栄誉であると感じたが、久しぶりにモイーズ先輩に会えるのも楽しみだった。しかし、聖女様の居住地へ行ってみると、モイーズ先輩は聖女様を汚したとして、第一級罪人になっていて、新しい聖女様が召喚されていた」

 エヴラールは言い訳をしたいのだと感じた。あまり聞きたい話でもないけれど、無言でいるもの気詰まりだから、私は黙って聞くことにする。


「俺は先輩がそんなことをするとはとても信じられなかった。すると、若い聖騎士の一人が、魔王討伐の旅が嫌で、前の聖女は先輩を誘惑したと言い出したんだ。それで聖女の力を失ったと。俺はそれが正しいと思った。カナコも、カナコの側に呼ばれた聖騎士たちも皆そう信じていた。そして、先輩を罪人から解放するでもなく放置しているミキ様のことが、絶対に許せなかった」

「誘惑なんてしていない。それに、私は罪人を解放できるなんて知らなかったのよ。だって、神官長は好きなように殺せと言ったから。それが怖くて私はずっと逃げていたの」

 罪人から解放できると知っていたら、私はモイーズをどうしただろうか? 彼が魅了されていたとは聞いていた。確かに普通の状態ではなかったから、それは納得している。

 それでも、私はモイーズの罪を許せたのだろうか?


「ミキ様を責めているのではありません。悪いのは誤解していた俺です。あの頃、本当に貴女が憎くて、何とかして先輩の仇をとってやろうと思っていました。だから、水をぶっかけてみたけど、それくらいではとても気が晴れない。だから、夜に会った時、貴女を誘惑しその気にさせて手酷く振ってやろうと考えたのです。貴女の価値なんてそれくらいしかないと思い知らせてやりたかった」

「襲う価値もない女が大騒ぎしたから罪人に落とされたと、私を恨んでいるの? あの時、私は殺されるかもしれないと本当に怖かったのよ」

 心底エヴラールは性格が悪い。私を責めるために護衛を申し出たのだろうか?


「貴女を恨んでなんかいません! 真相を教えられて、俺は本当に後悔しました。貴女の罪人として死ぬことは納得しています。でも、帰ることもできずこの世界で生きるしかない貴女を護るためには、魔王を討伐しなければならないし、貴女に悪意を抱いているカナコからも護るべきだと隊長に言われて、聖騎士を続けていました」

「でも、井戸で会った時だって、私を襲おうとしたじゃない。あの時も誤解したままだったの?」

 あの時は絶望して死んでしまおうと思ってしまった。侍女長が来てくれなかったら、井戸に身を投げていたかもしれない。


「違います! あれは桶を運んで差し上げようと近づいただけです。でも、貴女は俺を見て凄く怯えていて、俺はどうしていいかわからなかった。本当に申し訳ありません」

 確かにエヴラールはあの時何もしなかった。気がついた時に近くにいただけだ。

 私が勝手に襲われると勘違いしてしまっただけなのか。

 エヴラールは私のことを自意識過剰な勘違い女と思ったのかもしれないが、あんなことをした後、不用意に近寄られたら怖いに決まっている。


「昨夜、私を殺そうとしたでしょう?」

 おそらくあれは芝居だったと思うが、本当に怖かった。冷たい剣は私の首のすぐ近くにあって、身動きもできないほど恐怖を感じていた。

「カナコがもしミキ様を殺すように命じたならば、貴女を殺す振りをしろと隊長に命じられていました。隊長は幻影の魔法が使えるので、貴女の死体を見せてカナコを納得させる手筈だったのです。でも、隊長はモイーズ先輩の説得に失敗してしまって」

 それは予想通りだけど、あの時の恐怖を考えると、納得はできない。せめて、事前に教えておいて欲しかった。

「私は殺されると思って、本当に怖かったのよ」

「申し訳ありません。本当に酷いことをしてしまいました。先輩が怒るのも当然ですよね。先輩に殴られた時、もう二度と貴女を傷つけないと約束したのに、貴女の首に剣を突き付けていたのですから。先輩が結界を無理やり破って入って来た時は、俺は死を覚悟しました。でも、ミキ様は瀕死の俺を癒してくださった。俺はその恩に報いなければならない。今度は俺が絶対に護りますから」

 そう一気に言い終えたエヴラールは、少し近づいてきたような気がする。背中に体温を感じていた。


「ねえ、罪人から解放するとどうなるの?」

 私は今一番気になっていることを訊いてみた。

「職を得ることも、結婚することも許されるようになります。もちろん、もう貴女が望もうが殺されることはありません」

 ということは、今のままでは就職も結婚もできないらしい。そして、私が望めは死んでしまう運命なのだ。


「私があなたたちを解放しないまま先に死んだら?」

「当然死刑です。俺は第二級罪人なので斬首刑ですが、第一級の先輩はもっと酷い方法で殺されることになります」

「それなら、私を護るしかないわね。命がかかっているのだから。こうして私に謝って取り入ると、罪人から解放してくれると思った?」

 意地悪の一つも言いたくなる。エヴラールが私を護るのは自分のためだ。私には価値がないと彼は思っているのだから。

「そんなこと思ったこともなかった。俺は酷い目に遭ってきた貴女をこの手で護りたいだけだ」

「いくら謝られても許せないと思う。そして、あなたを信じることはできない」

 でも、私が死ねば斬首刑になるのであれば、護るしかないだろうとは思うし、そこは信頼できる。

「俺は……」

 エヴラールは悔しそうな声を出したが、すぐに言葉を切ってしまった。言い訳に飽きたのかもしれない。

 

 それからエヴラールは無言で馬を走らせた。私からも話しかけたりしない。

 やはりまだ疲れているのか、黙っていると強い眠気が襲ってくる。私は姿勢を保つのが難しくなり、エヴラールに寄りかかるようにしてうとうととしていた。


「エヴラール、ミキ様と近寄りすぎだ。もっと離れろ。第二級のくせに生意気だぞ。第一級の俺だって、そんなに近づかなかった」

 横に並んでいたモイーズの怒声で目が覚める。そして、慌ててまっすぐに身を起こした。

「ねえ、違うと思うけど、この世界では罪が重いほど偉いの?」

「まさか。そんな世界なら皆重罪人になってしまいますよ」

 エヴラールは即答した。変なことを訊くと馬鹿にされているかもしれない。 


「そうよね。それにしても、モイーズはお兄ちゃんみたい」

 私が高校生の時、文化祭の打ち上げで遅くなってクラスの男子に送ってもらったことがあった。兄は玄関で待っていて、その男子に交際は許さないと怒鳴っていた。彼氏でもないのに申し訳なくて、でも、兄の愛情を感じて嬉しかった。


 兄はどうしているだろうか。そして、義姉とお腹の子どもは元気なのだろうか?

 唐突に日本でのことを思い出してしまった私は、ぐっと涙を堪えた。

 もう二度と兄とは会えないのだ。私はこの厳しい世界で生きていくしかない。


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