14.もう一人の護衛
「で、どう言うことなんだ。エヴラールはあんたに命令されたと言っていたぞ」
私と隊長の間に強引に割り込んで座ったモイーズは、剣呑な声で隊長に詰め寄った。それでも食べる手を休めてはいない。魔法を使うとお腹が空くらしい。
隊長は一旦私の方を見て、スープを入れた椀を下に置いた。
「ことの始まりはもちろん、モイーズがミキ様を汚してしまったことです。ミキ様が聖女の力を失ってしまったと焦った神官長は、再度の聖女召喚を早々に決めました。しかし、カナコを召喚した後に、神官の一人が古い文献を見つけてしまったのです。そこには聖女の力は自ら男を求めた時に失われると記載されていたのです。ミキ様のように無理やり処女を散らされた事例は過去にはなく、ミキ様が力を持っているのか、新たな召喚を行った時点でカナコに全ての力が移ったのか、神官長にもわかりませんでした」
隊長の言葉にはモイーズへの険が含まれていた。隊長を睨んでいたモイーズは、気まずそうに目線を外す。
それにしても、皆の前で処女を散らされたとそんなにはっきりと言われると、本当にいたたまれない。これはセカンドレイプと言うやつではないだろうか。
隊長から目線を外して上を見ると、空には満天の星。大きな鍋を乗せた簡易の竈の火が時折爆ぜる音と、思い思いの場所に座って食べている聖騎士の食器の音くらいで、辺りは本当に静かだった。
「神官長は侍女となっていたミキ様を聖女に戻そうと考えたようですが、カナコは最初からミキ様を嫌っていました。自分の地位を奪われると恐れていたのかもしれません。二人仲良く聖女を務めていただくことは無理だと判断した神官長は、とりあえず静観することにしました。そこで、エヴラールがミキ様に暴行を働くという事件が起こったのです。聖騎士を恐れ憎んでいるミキ様に魔王討伐の旅は無理だと考え、神官長はミキ様を侍女のままとすることにしました。しかし、カナコの力は安定せず、彼女だけでは不安だったのです」
「だから、ミキ様を侍女として同行させようとしたのか! 俺しか護衛がいない状態で」
夜空にモイーズの怒声が響く。私はその声をぼんやりと聞いていた。満腹になると急に眠気が襲ってきて、目を開けていることも困難だった。
「もちろん、我々はミキ様のことも護るつもりでした。嘘ではありません」
そんな隊長の声が遠くなっていく。
目を閉じていても、強い光を感じてしまう。不思議に思って目を開けると、そこはありえない程広い草原で、どこを向いても地平線だった。太陽は半分以上地平線から姿を現していて、星空は青空に変わっていた。
私は話の途中で眠ってしまったらしい。知らない間に大きな毛布にくるまって横になっていた。
聖騎士たちは朝食の用意をしているらしく声が聞こえるが、その姿はすぐ側にある大きな背中に遮られて、私からは見えなかった。当然彼らからも見えないので、明るい中で皆に寝顔を見られるという恥ずかしい思いをしなくて本当に良かった。
私の気配を感じたのか、モイーズが振り返る。
「ミキ様、目覚めたのですね。本当に良かった。急に倒れてしまったので、心配したのです」
「ごめんね。凄く疲れていたみたいで」
毛布から出て立ち上がってみると、まだ少し頭がぼんやりとする。
「癒しの力をあれほど使ったから、疲れて当然です。ほら、エヴラールはもう元気に歩いていますよ」
モイーズが指差す方向には確かにエヴラールが歩いていた。色素の薄い髪が朝日に輝いて、やっぱり美形だと思ってしまう。年下なんて好みじゃないけどね。性格は悪いし。
「エヴラールは不死身なの?」
やっと私の頭が動き出し、昨日のことを思い出すことができた。エヴラールはモイーズの剣に胸を貫かれ、体中の血が全て流れてしまうと思う程の出血だったのだ。必死で傷を押さえて、何とか血を止めたたけど、一晩で動けるようになるなんてあり得ない。
「いや、ミキ様の癒しの力が凄いだけだ。あのままじゃあいつは確実に死んでいた」
「それをわかっていて、胸を刺したの。エヴラールは仲の良い後輩なのでしょう?」
モイーズはエヴラールと楽しそうに剣の訓練をしていた。エヴラールだって尊敬する先輩だと思っていたはずだ。それなのに、真剣で勝負するなんて、本当に死んでしまったらどうするつもりなのだろうか。
「手を抜けば俺が殺られていた。それに、ミキ様に剣を向けるなど許せるはずはない。ミキ様を傷つけるような奴は、誰だろうと殺してやる」
あの時、エヴラールは本当に私を殺そうとしていたのだろうか?
「ミキ様、おはようございます。体調はいかがですか?」
私が起きていることに気がついたのか、隊長がにこやかな笑顔を浮かべてこちらにやって来る。
こんなに優しそうな隊長だけど、その実態は怪しい牢番で、処刑人でもあり、拷問を得意としているのだった。普通なら絶対に知り合いにはなりたくない人種だ。
「おはようございます。ぐっすりと眠ったので、疲れは取れたようです」
あれほど疲れていて良かったのかもしれない。テントもなく外で寝るなんて、普通なら絶対に寝付けないはずだ。
「それは良かった。それではカナコのことでご相談がありますので、あちらへお願いいたします。その前に浄化魔法をおかけいたしましょうか?」
そうだった。まだ寝起きで顔も洗っていない。せっかくだから隊長に頼もう。
「お願いしてもいいですか?」
「ちょっと待った。それは俺の役目だろう」
そう言うやいなや、モイーズは浄化魔法をかけてくる。体が少し暖かくなり気持ちがいい。でも、地面に寝たせいか体のあちこちが痛いので、隊長のピリッとする浄化魔法の方が効いた気がする。まあ、贅沢は言えないけれど。
「だって、ミキが聖女の力を私から奪おうとしたのよ。力を失えば私は不要になってしまう。怖かったのよ。こんなところで放り出されたら死んでしまうもの」
カナコは私の顔を見た途端に泣き出してしまった。まるで私の方が悪いような言い方だ。
「私は悪くないの。ミキが悪いのよ。私から全てを奪っていくんだもの。沙耶と同じよ」
「私を殺せと命じたカナコが悪いと思うわよ。それにね、力を失えば放り出すとカナコに思われている聖騎士たちもね」
そう言っても、カナコは聞いていない。ただメソメソと泣き続けている。
「カナコは元の世界であまり愛されていなかったのかもしれませんね。聖騎士がどこまでわがままを許すのか測っているようなところがありました」
隊長は哀れむような眼差しをカナコに向けた。私も隊長の推測が当たっているような気がする。
「ところで、聖女であるミキ様を殺めようとしたことは、第一級の罪人に値します。貴女が望むならば、この場で処刑しましょう」
さっきまで哀れんでいたカナコを、にっこり笑って処刑すると言う隊長はやっぱり怖い。
「いえ、結構です。とにかくカナコは連れ帰ってもらえませんか?」
こんなところで死なれてはあまりにも目覚めが悪い。
「貴女様がそう望むならば、カナコは次の町で騎士団に預けておき、帰りに回収することにしましょう。ところで、更に深刻な問題があるのですが」
隊長の目線の先には大破した馬車の残骸が転がっていた。モイーズとエヴラールが闘っていた場所は、土がめくれてボコボコになっている。せっかく美しい草原だったのに、かなりの惨状だった。
「馬車が壊れてしまったのですね? これから先、旅をするのは難しいのですか?」
カナコが乗っていた馬車はともかく、荷馬車が使えなくなったのは大変そうだ。
「馬は避難させたので無事ですし、荷馬車に積んでいたのは聖女様の天幕やベッドで、我々の荷物は馬に載せていますので、旅に支障はありません。しかし、ミキ様には今まで通り馬で移動をしていただかなくてはなりません」
「今まで通りなら、それで大丈夫です」
今更何を言っていると思うけれど、隊長が怖いので口に出せない。
「それは良かった。それでは朝食後に出発することにいたしましょう。馬だけで移動するなら、今夜は野営ではなく町まで行けそうです。ミキ様が了承してくれて本当に良かったです」
隊長はとても嬉しそうだ。私が嫌だと言っても馬車はどこからも出てこない。誰かが馬車を調達してくるまで、ここで待つつもりだろうか?
「私は嫌よ。馬に乗るなんて絶対に嫌」
カナコはそんなわがままを言い始めたが、隊長が凍えそうな程冷たい目線を送ったのでさすがに黙ってしまった。
「そもそも、おまえがミキ様を殺そうとしたからこんなことになったのだ。ミキ様、やはりこの女は処刑しておきませんか? 面倒ですので」
「ひっ!」
カナコは真っ青な顔で首を振り続ける。
「この女を縛り上げて馬に括り付けておけ」
隊長はカナコの取り巻きの一人にそう命じると、
「了解しました」
その聖騎士は器用にカナコを縛っていた。取り巻きだったのに躊躇もない。
「さあ、ミキ様。俺の馬へ」
簡単な朝食が済んで、魔王討伐隊一行は次に町へ向けて出発することになった。私は当然モイーズの馬に同乗すると思い、彼の後ろについて行こうとした。
「ちょっと待った!」
すると、私を止めるそんな声がする。振り返って見ると、エヴラールが立っていた。
「俺もミキ様の罪人なのに、同じ罪人の先輩だけがミキ様を護衛するなんてずるい」
エヴラールはそんなことを言い出したが、罪人と護衛は何か関係があるのだろうか?
「俺は神官長直々に護衛を命じられたのだ。文句があるのか?」
確かにモイーズは神官長から頼まれていた。
「俺だってミキ様を護れって隊長に命じられている。だから、今まであんな女のご機嫌をとっていたんだ。これからは、俺がミキ様を護るんだ」
あの女ってカナコのことだよね。
「第二級罪人ごときが生意気な。俺はミキ様の第一級罪人だぞ。ミキ様の護衛は俺の任務だ」
「それって、罪がより重いだけだろう」
それはエヴラールが正しいよね。なぜ、モイーズは胸を張っているのだろうか?
「とにかく小僧は引っ込んでろ。俺に負けたのをもう忘れたのか?」
「昨日は先輩を傷つけないように気を使っただけだ。本気でやり合うなら、今度は負けない」
睨み合っていた二人は、少し距離をとって剣を抜いた。赤い炎と青白い光が剣身に纏わりついている。
なぜこんなことで争いになっているのだろう。とても信じられない。
「危ないから剣を収めて! 決着ならじゃんけんでつけましょう」
そう言うと、二人同時に振り向いた。
「じゃんけんって何だ?」
モイーズが不思議そうに訊いてくる。この世界にはじゃんけんがないらしい。すぐに剣を抜く人たちだから。
「グー、チョキ、パーのどれかを出すの。グーはチョキに勝ち、チョキはパーに勝ち、パーはグーに勝つの。私の住んでいた国では、素早く決着をつけたい時に使うのよ。とにかくやってみて」
手振りを交えて説明すると、二人は何とか剣を鞘に収めてくれた。そして、睨み合ったままじゃんけんを始める。
「グー」
モイーズの拳から炎が出ている。
「パー」
エヴラールの掌から細かい氷が舞い出てきた。
何とも派手なじゃんけんだ。魔法の無駄使いじゃないだろうか? その氷があれば、冷たい水が飲めるのに。
「やった! 俺の勝ちだ。ミキ様の護衛は俺だ」
エヴラールは喜んでいるけれど、本当にこれで良かったのだろうか?




