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12.カナコの錯乱

 旅は概ね順調だった。

 カナコほどでもないが、そこそこの宿に泊まることができていたし、カナコと会う機会もほとんどなくてそれなりに快適だった。

 聖女を連れて旅をしなければならないために発達したという浄化魔法は、聖騎士ならば誰でも使えるらしい。もちろんモイーズも使うことができて、定期的に私にかけてくれる。癒しの効果はないらしいが、さっぱりした気分になり、疲れも取れるようだ。


 魔物の襲撃は度々あったけれど、聖騎士は思った以上に強いらしく、速やかに撃退していた。

 私は相変わらず魔物にも無視されているようで、一度として近寄ってきたことがない。もちろんそれはとても有難いことだった。魔物は日が経つに連れ大きく醜悪になってきている。間近で見たいとはとても思えない。

 そんなわけで、私はまだモイーズの炎を纏った剣というものを見たことがなかった。


「魔王に近づくに連れ、魔物の等級が上がってくるんだ。また、魔人と呼ばれる人型の魔物も出没するようになる。奴らは変化や混乱、魅了の魔法を使ってくる。気を引き締めなくては」

 モイーズを魅了したのは最上級の魔人だったらしい。ただし、あまり長い間魔王から離れていると弱体化するらしいので、通常は魔王の近くにしかいないようだ。


 そんなモイーズの心配は本当だった。

 段々と聖騎士たちが魔物を倒すのに時間がかかるようになっていく。

 そして、人が住む町や村が(まば)らになり、初めて野営をしなくてはならなくなった。


 まだ日が暮れないうちに一行は停止した。そして、見渡す限りの草原の中に、立派なテントが張られていく。それはカナコ用らしい。

 近くには川があり透き通った水が流れていた。テントを張り終えた聖騎士たちは、水を飲ませるために馬を川べりまで連れていく。モイーズも川に向かったので一緒について行った。


 川に手をつけると、本当にきれいな水に見える。少し冷たくて美味しそうだ。馬は嬉しそうに水を飲み、柔らかそうな草を食べていた。

「この水、飲んでも大丈夫かな?」

「ああ。大丈夫だ。宿屋でもらう水よりきれいなくらいだぞ」

 そう言ってモイーズは金属製のコップを馬に載せた荷から取り出した。


 やはり水はとても美味しかった。これでもっと冷えていれば言うことがないのだけど、モイーズは火属性なので、温めることはできるけど、冷やすことができない。ちょっと残念だ。

 


「申し訳ありませんが、馬なので天幕は運べませんでした。ミキ様には毛布にくるまってお休みいただくことになります」

 私がカナコのテントを羨ましそうに見ていると思ったのか、モイーズは小さな声でそう言った。本当に悪いと思っているようだ。

「覚悟していたから、大丈夫よ」

 そうは言ったけれど、魔物がいるようなこんな場所で寝るのはちょっと怖いかもしれない。


 カナコのテントから少し離れたところでモイーズが野営の準備をしていると、隊長のオディロンがやって来た。

「申し訳ないが、もう少し我々の近くで野営をしてもらえないだろうか? 聖騎士に怪我人が多く、手が足りないのだ」

 オディロンは申し訳なさそうに私に礼をした。命令ではなくて、本当にお願いらしい。

「俺が護るのはミキ様だけだ。聖女を護るのは聖騎士の仕事だろう。俺はミキ様から離れない」

 モイーズは私に決めろと言うようにこちらを見た。


「怪我人が多いって、どうしてですか? 聖女様は癒しの力を使えるのでしょう?」

 カナコに魔を払う力はなくても、癒しの力はあるはずだ。それはこの目ではっきりと見た。

「それが、聖女様の癒しの力は未だに安定せず、ほんの数人の聖騎士にしか効かないのです」

 それはお気に入りのイケメン聖騎士に違いない。本当にカナコらしい。

「わかりました。侍女として同行したのですから、できることがあるのであればお手伝いします」


「ありがとうございます」

 オディロンは本当に嬉しそうに笑って、テントの方に歩いていく。


「俺たちは今まで一度も魔物に襲われていない。まさかな」

 モイーズはそんなことを言いながら首を傾げていた。

「それは聖女が囮みたいになっているからよね。あまり近づくと危険かもしれないけど、夜なので、皆といた方がいいと思う。だって、モイーズが寝てしまったら私一人じゃ戦えないもの」

 聖騎士は交代で見張りに立つだろうから、いきなり襲われることはないと思う。聖騎士が私を盾にする危険はあるが、その前にモイーズを起こせば何とかなるはず。

「俺は寝なくても大丈夫だが、万が一の場合がある。そうだな、天幕の近くで寝ることにするか」

 モイーズはオディロンを追うように歩き出した。



 テントの近くには大柄な聖騎士が三人寝かされていた。カナコの癒しの力が効かない聖騎士らしく、脚や腕から血が流れていた。その傷は今できたばかりのように見える。魔物の襲撃があったのは朝だった。その時傷を受けたのなら、なぜこんなに血が流れるのだろうか?


「魔物の爪や牙で傷を受けて、怖いのは病魔が体に入り込むことだ。だから定期的に浄化魔法をかけて病魔を消し去る。放っておくと傷が膿んで高熱が出るからな。しかし、浄化魔法をかけると、こうして血が流れ出るんだ」

 モイーズの説明に納得した。浄化魔法は消毒の代わりにもなる便利なものだけど、血管を塞ごうとしている固まった血小板まで、不要なものとして消滅させてしまうのではないだろうか。


「あの、こうして傷を強く寄せていると、血が止まりやすいと思います。凄く痛いと思うのですが、少し我慢してもらえますか」

 私は膝をついて、脚を怪我している聖騎士の傷を両手で挟み込み強く押し付けた。

「うぅ」

 聖騎士は顔を(しか)めて小さな悲鳴をあげたが、それからは歯を食いしばって耐えている。しばらくすると、本当に血が止まった。聖騎士の顔も穏やかになっている。

 そろりと手を離してみても、血は流れ出ることはなかった。


「もう痛みも殆どない。これは癒しの力なのか?」

 不思議そうにその聖騎士は私を見上げている。私は思わず首を振った。

「違うわよ。血には固まって流れ出るのを防ぐ機能があるの。押さえていると、血が止まって固まるのが早いから」

 癒しの力があると期待されるのは困ってしまう。私はもう聖女ではなく普通の女なのだから。


 私は慌てて立ち上がり、そそくさと他の怪我人のところに行き、同じように傷を押し付けた。するとやはり血は止まった。この治療法は間違っていないようで一安心だ。もっと出血が酷くなったらどうしようと思っていた。


 随分と緊張していたらしく額が汗っぽい。拭おうとして手を上げると、その手も着ている服も血で汚れてしまっていた。

「モイーズ。浄化魔法をかけてもらえませんか?」

「ああ。いいぞ」

 私の体が淡く輝くと、血の汚れも汗もきれいさっぱりなくなっていた。モイーズは炎属性だからか、彼の浄化魔法は少し暖かくて、風呂上がりのように気持ちがいい。


 ほっとしていると、痛いほどの視線を感じた。いつもは私を無視している聖騎士から凝視されているのはわかっていた。でも、この射るような視線はエヴラールのものだ。振り返って見ると、テントから出て来たらしいエヴラールが私を悔しそうに睨んでいた。


 そして、そんな不機嫌なエヴラールの後ろからカナコが顔を出した。

「ミキは侍女としてこの旅についてきたのでしょう。私の食事の用意でもしなさいよ。早くテントに入って。エヴラールも来て」

 そう言って私をテントに誘うカナコもかなり不機嫌そうだった。


「でも……」

 私はモイーズを見上げた。やはりカナコとエヴラールがいるテントに入るのは怖い。

「おまえは侍女なのでしょう? 仕事を放棄するの? この役立たず」

 カナコは相変わらずの暴言を吐いている。でも、慣れることはないし、仕事を放棄すると言われて、本当に悔しかった。

「ミキ様を護るのは俺の役目ですから、中へ行くならご一緒します」

 モイーズがそう言ってくれたので、さっさと食事の世話をして終わらせることにする。エヴラールだって、モイーズの前では乱暴したりはしないのではないかと思った。


 カナコに続いてテントに入ると、中はかなり広い。小さな組み立て式のベッドも置かれている。天幕は魔法で輝いているので暗くもなかった。


「こら、通せ! ミキ様、無事ですか」

 そんなモイーズの怒鳴り声で、彼がこの中に入って来ていないと気づく。

「無駄よ。このテントには神官長の結界が張られているから。私に悪意のある奴は入ることができないのよ」

 薄笑いを浮かべるカナコの様子はとても普通ではない。

 逃げなければ。私は入り口の向かって走り出そうとした。


「エヴラール、その女を捕まえなさい」

 そのカナコの声と同時にエヴラールが私の手首を掴んだ。

「放して! お願い」

 腕を振るが、その手は振り払えない。


「エヴラール! 貴様何をしている。ミキ様を放せ。ミキ様はおまえを恐れている。触れることは俺が許さん」

 モイーズの怒鳴り声と、テントを殴っているような音はするが、テントはビクともしない。


「その女を殺しなさい。そうすれば、私は覚醒するはず。その女が私の力を邪魔しているのよ」

「違うわ。私は関係ない」

 そう言ったけれど、カナコは私の言うことなど聞いていなかった。


「全部おまえが悪いのよ。決まっているわ。だって、私が好きになる人は沙耶が全部奪って行ったのよ。だから私は処女のままで、本当は私のことを笑っているのでしょう? とにかくその女を殺して。でないと、私は聖女の力を使えないままなの。それはエヴラールだって困るでしょう? お願い、早く殺して」

 沙耶って誰? とか、私だってこの間まで処女で、他の女の名を呼ぶ男に無理やり奪われたのだから、カナコのことを笑うはずはないとか、色々言いたいことがあるが、カナコはもう錯乱状態で人の言うことを聞くような状態には見えなかった。

 この旅はここまでカナコを追い詰めたのだろうか。


 私の手首を掴んでいるエヴラールは、まるでスローモーションのように剣を抜いた。青白く光る剣は、周りの温度を一気に下げる。

 カチカチと耳障りな音が響いてくる。それは私の歯同士がぶつかる音だった。それがわかっても止めることなどできない。とても寒くて怖い。エヴラールに掴まれた手まで凍りつきそうな気がした。


「聖女様は錯乱しているのよ。エヴラール、お願い、落ち着いて。私には何の力もないから、私を殺しても聖女様は覚醒しないと思う」

 でも、その説得は無駄だと思った。私を殺してカナコが覚醒すれば儲けもの。駄目でも聖騎士にリスクは何もない。


「エヴラール、馬鹿な真似は()せ。ミキ様に指一本触れてみろ、ぶち殺してやるからな。その腐れ聖女も同じだ。切り刻んでやるからな」

 モイーズはそんなことを叫んでいた。

 その声にも怯むこともなく、エヴラールは剣を私の首筋に当てた。髪の毛が何本か床に落ちる。


「いい気味だわ。沙耶。もうすぐ死ぬのよ」

 カナコはまるで幼女のように無邪気に笑っていた。


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