10.旅の同行者
魔王討伐への出発は十日後と決まった。それまでモイーズは剣の訓練をして過ごす。私も一緒に訓練場までついて行くが、聖騎士たちには無視され続けていた。とても旅の仲間になるというような雰囲気ではない。そんな状態にはもう慣れたので、彼らと仲良くするのは諦めている。
カナコも時々やってくるが、まだ聖女の訓練は終了していないらしく、不在の時が多い。
カナコがいれば聖騎士たちはモイーズのことも無視していた。しかし、カナコがいない時は、聖騎士たちはモイーズと楽しそうに談笑しているのだった。モイーズが元々聖騎士の仲間だとわかっている。気安く話をするのは当然だろう。
だけど、私一人が仲間外れになったみたいでちょっと心細い。だからと言って、カナコがここに現われても、聖騎士たちとの仲の良さを見せつけられるし、何気に嫌味を言われるので鬱陶しい思いをする。
それでもモイーズから離れるのは怖かった。昼間だって油断はできない。警備担当の聖騎士や掃除人に出会ってしまう可能性があるのだ。彼らが私を傷つけないとは限らないのだから。
一人になる勇気もない私は、モイーズの訓練をぼんやりと見ていることしかできなかった。
「ミキ様、ちょっとよろしいですか?」
そう声をかけられたので振り向いてみると、モイーズよりも少し年上らしい聖騎士が立っていた。声はとても優しそうだったけれど、今まで聖騎士に無視され続けていた私は、何事かと咄嗟に返事ができなかった。
「私は魔王討伐隊の隊長に任命されたオディロンと申します。エヴラールのことは本当に申し訳ありませんでした。彼は最近ここに来ましたので、貴女のことをよく知らなかったのです」
なぜかエヴラールのことを謝られてしまった。でも、知らなかったなんて言い訳で許せるはずはない。
「聖女様は私を小間使いのように扱っていましたから、侍女だと気づかなかったのは仕方ないと思います。でも、小間使いであっても、仕事中にいきなり水をぶっかけたり、性行為を強要したりするのは駄目だと思うのです。そんな言い訳は聞きたくありません」
モイーズは侍女相手にそんな行為をすれば最悪断罪もあると言った。侍女長は私が元聖女だから傷つけては駄目だと怒ったのだ。
私が侍女でもなく元聖女でもなかったら、エヴラールは罪に問われることもなかったらしい。
「そういう意味ではなくて」
オディロンはまだ言い訳をするつもりらしい。でも私は聞きたくなかった。
「もう結構です。お願いですから思い出させないでください。痣ができるほど腕を掴まれ、卑猥な言葉で貶められた。その上、髪まで強く引っ張られたのですよ。男性の貴方には理解できないと思いますが、本当に怖かったのです」
もしあの時、反対の方向に逃げてあの牢にたどり着けなかったら、私はエヴラールに捕まって、最悪殺されていたかもしれない。どんな理由があろうとも、あいつを許すことはできない。
「申し訳ありません。怖いことを思い出させてしまいましたね。魔王討伐にはエヴラールも連れて行きますので、ご報告しておこうと思いまして。それと、ミキ様。旅の仲間になるのですから、我々聖騎士は貴女を全力で護らせていただきます。それだけは信じてください」
「私が怖がって旅立ちを拒否するかもしれないから、安心させて来いとでも聖女様に言われたの? 心配しなくてもいいわ。旅にはついて行くから。でも、貴方たち聖騎士には何も期待していない。今まで通り無視してくれていいのよ。それの方が聖女様との関係が上手くいくでしょう? 聖騎士が私を傷つけないのならそれで十分よ」
自分の意思で魔王討伐に同行すると決めたのだ。今更魅了されたいとは思わない。
私が信じるのは誰よりも強いモイーズだけ。
でも、楽しそうにエヴラールと話しているモイーズを見ていると、私は彼に見捨てられて、二度とこの地を踏むことはないかもと不安になる。戻ってきたところで、楽しい生活が待っているわけでもないけれど。見知らぬ場所に放置されるよりはましだ。
オディロンは私が旅に同行すると言い切ったことに安心したのか、軽く礼をして去って行った。
すると、入れ替わりにモイーズがやって来る。
「隊長と何を話していたんだ?」
「魔王討伐の旅にエヴラールが同行するんだって」
「だろうな。あいつは珍しい氷剣の使い手だし、腕もいいからな」
嬉しそうにエヴラールを褒めるモイーズにちょっと苛つく。
「ねえ、本当に私を護ってくれるの?」
「当然だ。俺はミキ様の護衛だから」
即答された。それはちょっと嬉しいかも。
「でも、エヴラールが私を襲ったらどうするの?」
「あいつをぶっ殺すに決まっている」
「仲の良い後輩なのに」
エヴラールが魔王討伐に同行すると聞いて、あんなに嬉しそうにしていたのに、殺すなんて本当にできるのだろうか?
エヴラールを殺して欲しいとまでは思わないけれど、本気であいつに襲われるようなことがあれば、殺すくらいの気持ちであいつを止めて欲しいと思うから。
「そんなことは関係ない。貴女を傷けるような奴は、誰であろうとも俺は許さない」
そう言い切るモイーズを信じてみたい。もし裏切られたって、呪う相手が増えるだけだ。
「モイーズはどんな剣を使うの?」
エヴラールが格好良さげな氷だとは驚いた。でも、だから性格も冷たいのか。あの時、井戸の水を氷水に変えられなくて良かった。それでなくても井戸の水はとても冷たくて、凍えそうだったから。
「俺は炎を剣に纏わせて戦います」
「そうよね、モイーズは炎っぽい」
確かに炎はモイーズのイメージ通りだ。炎を纏った剣で戦うモイーズをちょっと見てみたいと思う。
それから、私の体力をつけるためと、気晴らしのため庭をモイーズと一緒に散歩することにした。私を護るとはっきりと言ってくれるモイーズが側にいると、やはり安心する。
未だにここから外へ出たことがない私は、この世界のことを何も知らないけれど、モイーズが側にいてくれるのなら、何とか生きていけるのではないかと思い始めていた。




