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1.残酷な事実

目が覚めると、裸の男が私に覆いかぶさっていた。

「カレン、愛しているよ」

 目の前の男は蕩けるような眼差しで私を見ている。その目線を追うと、胸の膨らみが見えた。なんと私まで服を着ていない。


「カレンって、誰なのよ? 私の名は未希(みき)。とりあえず、そこを退()いてよ」

 私は力を込めて男の胸を押すが、びくともしない。

「そうか。カレンも俺のことを愛してくれているのか。嬉しいよ」

「だから、私はカレンではないと言っているでしょう」

「俺もカレンが大好きだよ」

 そう言って、彼は私にキスをした。私は慌てて頭を振って彼の唇から逃れた。


「そんなに真っ赤になって、キスも初めてなのか? カレンの初めてをもらえるなんて、俺は本当に嬉しい」

 男は焦点の合っていない目で私に笑いかけている。

「だから、私はカレンではないの。お願い放してよ」

 キスの経験はあったけれど、それはもっと軽いものだった。

「カレン、愛している」

「だから違う。私はカレンじゃない。退いて、お願い」


 足や手をバタつかせても、男はビクともしない。

「止めて、お願い」

 何度も懇願して身を(よじ)るが、男の手が緩むことはなかった。

 男は私を認識すらしておらず、蕩けるような眼差しで違う女の名を呼び、愛していると言い続けた。


 他の女と間違われたまま処女を奪われるのだけは嫌だった。


 今年で二十四歳になる私は、そんな機会がなかっただけで、大切に守ってきたわけでもない。でも、最初の時には夢も希望もあった。少なくとも私を求めてくれる人でないと嫌だ。


 他の女の代わりに抱かれるなんて、いくら顔と体が良い男であっても受け入れられない。

 確かに私を組み敷いている男は、筋肉質の立派な体格で、顔もかなり整っている。こんな出会いでなかったら、私は憧れを抱いたかもしれない。

 私に触れる唇も指も本当に優しい。気を抜くと愛されているのではないかと勘違いしそうになる。

 でも、男にとって私はカレンという女の代替えでしかない。


 必死で抵抗した。でも、無駄だった。

「カレン、愛している。絶対に大切にするから」

 そんな言葉を聞きながら、私は気を失ってしまった。


「おまえは誰だ!」

 男の怒鳴り声で意識が浮上した。体中がだるい。それでも重い瞼を何とか持ち上げる。目の前には厳しい顔つきの男がいた。

 貴方こそ誰よ! 私は何回も名前を名乗ったでしょう。それなのに、こんなに無理やり、私は初めてだったのに」

 私は泣くしかできなかった。


 男は慌てて立ち上がり、床に散らばった自分の服をかき集めている。私もベッドの周りを見たが、私の服も下着もない。男が隠したのか、それとも裸のままここへ連れて来られたのだろうか。


 改めて周りを見ると、ここはまったく未知の場所だった。かなり広い真っ白な部屋の中央に私が寝ているベッドがある。それ以外何もない部屋だった。身を隠す布団も毛布すらない。

 私はベッドを降り、しゃがんで胸を手で隠すことしかできなかった。

 私は状況が何もわからず、不安で涙を止めることができなかった。


 すると、私の上から紺色の布が降ってきた。慌ててそれを身に巻き付け顔を上げると、困ったような男の顔が見えた。

 相手を間違え処女を奪っておいて、今更そんな顔をしないで欲しい。どうせなら最後まで蕩けるような顔をして去ってくれたら良かったのに。

「出て行って!」

 無理やり抱いておいて、そんなに風に後悔されるなんて、あまりにも惨めだった。


 男は何も言わず部屋を出て行った。

 脚が辛くなってきて立ち上がる。そして、泣いている場合ではないと思い出す。とにかく妊娠だけは避けないと。それにはアフターピルを手に入れなければならない。

 私には子どもを一人で育てる余裕はないし、知らない男の子だとしても、堕胎するのは抵抗がある。


 私の記憶は自分の部屋で眠りに就いたところで途切れている。就寝中に拉致されレイプされたことは明らかなので、とにかく警察に行こうと思ったけれど、服がどこにもない。家具一つない部屋なので、探すまでもなかった。


 裸の上にこんな布一枚巻いただけで外に出るのは不安だったけれど、私は思い切ってドアを開けようとした。

 しかし、押しても引いても開かない。もちろん引き戸でもない。

 鍵穴もないドアだが、外から鍵をかけられてしまっているようだ。

 

 大柄な男に無理やり拘束されていたので、体中が痛くて立っているのも辛かった。しかし、椅子一つない。私はベッドに座って途方に暮れていた。


 しばらくそうしていると、ドアが開く音がした。あの男が戻って来たのかと緊張したが、入って来たのは二人の女性だったので、少し安心した。

 しかし、彼女たちの意図はわからない。

 私は身を固くして近づいてくる女性たちを見ているしかできなかった。


「何てことでしょう」

「聖女様、お可哀想に」

 二人の女性は悲痛な顔をして私を見返した。


「ご自分で歩くことができますか? 風呂場でお体を清めていただきたいのですが」

 風呂に入れるのはとても有難い。しかし、ここがどこかをまず説明して欲しい。

「ここはどこですか? 私はなぜここにいるのですか? あの男は捕まったのでしょうか? アフターピルをもらえませんか?」

 私は矢継ぎ早に質問をした。そうしないと不安で圧し潰されそうになる。


「詳しいことは後ほど神官長からお話があります。貴女に無体を働いたモイーズは、第一級の罪人として拘束されております。それから、アフターピルが何かわからないのです。申し訳ありません」

 年配の方の女性が本当に申し訳なさそうにそう言った。

「妊娠しないようにする薬です」

 そう説明すると、女性は頷いた。

「それならば、神官長に任せておけば大丈夫ですから。とにかく、湯あみを済ませましょう」

 確かに早く体を洗い流したかった。疑問は何も解消されていないし、二人の女性を信じていいのかもわからなかったけれど、私は彼女たちと風呂場に行くことにした。


 絹でできたガウンのようなものを渡されたので、私はそれに着替えた。身を包んでいた紺の布はマントのようだ。あの男の持ち物らしい。裸で放置されなかったことは良かったが、もちろん礼を言うつもりなどない。このマントを引き裂いてしまいたいほど腹が立つ。


 それよりも風呂に入りたいので、私は震える脚を何とか動かして廊下に出た。

 幸い途中で誰にも会わずに風呂場までたどり着くことができた。

 大理石でできた広い湯船に満たされているのは温泉のようだった。体を洗い流し、温めの湯につかっていると、不安も忘れていくような気がする。

 しかし、状況は全く変わっていないのだ。



 風呂から上がると、下着とロングのワンピースを着せられ、目覚めた部屋とは違う場所に連れていかれた。

 その部屋にはソファがあり、私はその一つを勧められたので、遠慮なく座ることにする。


 目の前にはゆったりとした服を着た金髪の中年男が座っていた。それほど大柄ではないが威厳はある。

「私はこの神殿の神官長を務めております。今回のことは本当に申し訳なかった。私どもの不手際で、貴女に辛い思いをさせました」

 神官長と名乗った男にいきなり謝られたが、事情はさっぱりわからない。

「ここはどこなのでしょうか。私は自分の部屋で眠っていたはずなのに、目覚めるとここにいました。貴方が私を連れてきたのですか?」

「貴女は聖女として選ばれ、私ども神官が力を合わせてこの地へと召喚したのです。聖女召喚は我々の重要な役目ですから」

 言葉はわかるものの、内容が理解できなかった。私は怪しい宗教団体にでも監禁されているのだろうか?


「私は貴方たちに拉致されたということでしょうか?」

 私の言葉は段々ときつくなっていく。神官長が拉致の主犯ならば気を遣う必要などない。

「貴女がお怒りになるのは理解できます。しかし、この世界には聖女が必要なのです。そのために界を渡って来ていただきました。聖女としての務めが終わりましたら、そのお礼として、何らかの神の祝福を与えて元の世界に帰還していただくことになっております。もちろん、この世界に留まっていただくのであれば、これほど喜ばしいことはありません」

 かなり怪しい説明だ。でも、こういう人はあまり否定してはいけないような気がする。

「私に何をさせようとおっしゃるのですか?」

 とにかく、事情をもっと知りたい。


「それが、貴女はもう乙女ではありませんので、聖女としての力を失ってしまった。そのため、何かをしていただくことはないのです」

「それならば、早く送り返してください。私の部屋へ」

 威厳はあるが普通の男だと思っていた男の口から、まるで中二病のような話を聞くと、本当に落ち着かない。用がないというのであれば、とにかく家に帰りたい。そして、早く警察へ行かなければ。


「それはできないのです。これから新たな聖女を召喚しなくてはなりません。そのためには魔力を消費します。そして、聖女が帰還を望んだ場合に備えて、魔力を温存しなければなりませんので、貴女の帰還に割ける魔力はないのです」

 それが本当のことか私にはわからない。しかし、神官長が私を帰すつもりがないことだけはわかった。


「そんな、勝手に拉致しておいて、力がなくなったから用済みで、帰すこともできないって、あまりにも酷くないですか。そもそも、なぜいきなりあんな男に襲われる状況になったのですか!」

 神官長の話が本当だとしたら、魔力を使ってまで召喚した聖女を、目覚める前に男に襲われるような状況に放置したのか理解できない。

「本当に申し訳ない。あの召喚の間には害意を排除する結界が張られていたのだが、聖騎士であるモイーズは魅了されていて、貴女を恋人だと誤認し、害意を持たないまま貴女に近づいたのだ。それを未然に防げなかったのは私の失態だ」

「魅了?」

「魅了使いの魔人が近くの町に潜り込んで、何人かの聖騎士を魅了して操っていた。貴女を殺そうとすれば、結界に弾かれていたのだが、愛する目的だったので」

 だから、あの男はあれほど優しく私を抱いたのだ。聖女の力を失わせるために。


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