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第九話

 私たちは丘の下にある町に入るとひときわ大きな家に向かった。

 家の前では井戸から水くみをしている優しげな顔をしたおじいさんがこちらに気づきエドワード様に一礼をすると話し始めた。


「ほっほっほ。領主様、視察にこられたのですね。お話はギヨームから聞いております。いつものように馬を預かりますので、おーいリタ!領主様の馬の管理だ。それでは領主様とお嬢様はこちらにどうぞ。」


 そういうとリタという青年がエクトールを連れていき、おじいさんの後ろをついていき家の中に入った。どうやらこの家はこの町の町長の自宅兼町の顔役が集まり会議をしたりする役場であるらしい。普段会議で使うであろう大きな木製のテーブルにエドワード様と並んで座ると一人のおばあさんが飲み物を出してくれた。


「うちの裏庭で育てたハーブをブレンドしたハーブティーです。すでにはちみつで味を調えていますのでそのままどうぞ。」


 一口飲むと甘くさわやかな風味が口に広がりとても飲みやすかった。はちみつの優しい甘さとも相性が良かった。普段私がお茶に入れてる白い砂糖は高級品で庶民には基本的に手が出ないため庶民は純度の低い砂糖やはちみつを代替品にして暮らしている。


「このお茶とてもおいしいです。どのハーブを組み合わせてるんですか?」


「カモミールを中心としてジャスミンとかを少しずつ混ぜてるわよ。気に入ったならお土産として少し用意するわね。」


「うれしいです。わざわざありがとうございます。」


 そういうとおばあさんは部屋を出ていきおじいさんが私たちの対面に座った。


「ところで初めて見るお嬢さんですな。私はルークと申します。ギヨームの昔からの知り合いで形だけではありますがこの町をまとめるまとめ役としてエドワード様からお役目を頂いております。」


「初めまして。アニエスと申します。一応エドワード様の婚約者として公爵家にお世話になっております。」


「ん?私とアニエスは婚約者ではないぞ。うちに来た頃は婚約者だったがこの前君との結婚についての書類を王都へ送った。まだ返信が来てないから確定していないが一応あの書類を提出した時点で私と君は夫婦となった。そういや君にすっかり伝え忘れていた。すまない。」


「え゛っ?」


 私はエドワード様の衝撃の発言に固まってしまった。ルークさんも困惑しているようで固まっていたがすぐに元に戻ってエドワード様に話しかけた。


「失礼ですがエドワード様、数週間前見知らぬ家紋が入った馬車が通ったと噂になりましたが町長である私ですら知らなかった領主様の結婚をこの地の民はだれ一人知りません。お伺いしますが書類は提出されたそうですが式はどうされたのですか?」


「まだしてない。」


「ドレス等の準備は?」


「まだしてないこれからやろうと思っていた。」


「ギヨームはこのことを知っているのですか?」


「ギヨームはその時いなかったから知らないと思う。」


 ルーク様は眉間のしわをどんどんと深めていった。最後にふとため息をつくと「わたしからギヨームに話しておきます。」と言って大きくため息をついた。


「まぁこの話はここまででいいでしょう。それではエドワード様、これが今年の麦の収量を大まかにまとめたものです。まだ収穫しきっていない部分は去年の量をそのまま当てはめておりますが今年も豊作で大きくは変わらないと思います。それとこちらがほかの野菜や果物です。」


 そういうとルークさんは複数枚の紙を取り出した。それには今年の小麦の収穫量が書かれているようで実家にいたころに見ていた小麦の収穫量と比べ明らかに面積当たりの収穫量が多かった。


「あのエドワード様の執務室で書類を見たときも聞いたのですがどうしてこんなに全体的に作物の収穫量が多いのですか?」


 私がそう聞くとヨーク様が話してくれた。


「この公爵領に来る途中にも通ったと思いますがこの地には大きな川が流れていてエドワード様がそのお力で支流を作られこの町を通るように川を作ってくださったんです。それだけではなく灌漑用の水路まで作ってくださり、そのおかげで安定した水を確保できるため天候に左右されず毎年多くの小麦や野菜、果物を収穫できているというわけです。まぁ、ほかにもこの町の人々の噂ですがエドワード様が倒した神が豊穣をつかさどる神様でもあったためその力ではないかという話もありますが信憑性がないただの噂話です。」


 どうやらこの土地がここまで豊かなのはエドワード様がその力で川を作られたおかげらしい。


「まぁ、ヨークの働きも大きいぞ。ヨークはな昔有名な庭師でな。枯葉や動物のフンを土の中で発酵させることによって土の状態を改善する肥料ができるらしくてな。その技術のおかげで水はけのよい土が出来上がり結果として小麦の収穫量が増えたというとこもある。」


「ほっほっほ。ありがたきお言葉でありますエドワード様。折角ですしアニエス様がそんなに気になるのでしたら町の入り口に監視塔がございますのでそれの上から農地を見てみてはいかがですかな。すでに収穫を終えた場所もございますが小麦が黄金色に色づいておりとても美しい風景がみられますしエドワード様の功績が良く見られますのでお勧めでございます。」


「これからアニエスに町を一通り見せようと思っているので馬を預かっておいてほしい。」


「わかりました。それではアニエス様この町をごゆっくりご覧ください。」


 こうして私たちは外に出て町を歩き始めた。領民が暮らす住宅通りを二人で歩きながらエドワード様は家から出てきて遊んでいる子供たちに笑顔で手を振ったりして応えていた。私はエドワード様がちゃんと領民に慕われる領主であることがうれしく自然と笑顔になっていった。


「とはいっても女性が見ていて楽しいところとは何だろう…市場くらいしか思い浮かばないのだがアニエスは興味あるか?」


「はい、市場は人が集まる場所ですしぜひとも見ておきたいです。」


「じゃあこのまままっすぐ町の入り口のほうに向かえば市場だから行こうか。」


 エドワード様は悩んだ末に市場へと連れて行ってくれた。この町の市場は開けた公園みたいなところにそれぞれ屋台を出して商品を並べていた。特にこの時間だと主婦や子供たちが多くいて小さいながらもにぎやかな市場だった。

 市場の中を二人並んで歩くと市場のみんなは突然エドワード様が現れたことにびっくりして私たちを見ていたため少し恥ずかしかった。エドワード様はなぜか広場の真ん中で立ち止まると突然私の腰を抱いて大声で話し始めた。


「皆の者!俺は領主のエドワード・カルマンだ。今日は視察に訪れたのだが皆に紹介しよう。この女性は私の妻となるロシェール家のアニエス嬢だ。皆の者新しいカルマン領の住人にどうぞ優しくしてやってくれ。」


 そうエドワード様が私を紹介すると市場にいた人たちは老若男女みんな拍手をして祝ってくれた。


「エドワード様、おめでとうございます!」

「りょうしゅさまおめでとう!」

「今日はめでたい日だ。これを機に今日は全品2割引きだ!」


 一部これを商売に生かそうとする商魂たくましい人もいてつい私は笑ってしまった。そんな私を見てエドワード様は「良かったな」と笑顔で小さく声をかけてくれた。

 騒ぎが一通り静まるとエドワード様が現れたことで固まっていた市場が動き出した。みんな今日の夕飯やおやつ、小物、服を見たりしていて市場には活気が満ちていた。


 私はそんな市場の店を一つ一つ見て回っていた。全体的には農作物や果物、その加工品といった食材を売っているが多く服や小物などの日用品系のお店は比較的少なかった。私はアクセサリーや金物を売っているお店の前で足を止めたときにとある大きな宝石が付いたネックレスが目に入った。


「このネックレスほかの商品と違って一つだけお値段がすごいですね。」


 なんとそのお値段金貨20枚、金貨1枚で庶民が数か月生きていけると考えると相当なお値段だ。私がそういうと気前のいいおばちゃんが声をかけてきた。


「それね、うちの旦那が鍛冶師をやってるんだけど依頼がないときとかに趣味でアクセサリーを作ってるんだ。銀はこの領で取れたやつを製錬して使ってるんだけど数か月前にあたしが友人と山菜取りに行ったとき川で拾ってきた石があったんだけどきれいな宝石なもんだからいつもこの領に来る商人に売ろうと思ってたらうちの旦那が使っちゃってねぇ。商人に売ろうとしても高すぎて買い取れんらしくてずっと置いてあるんだ。」


「へぇー、そんな経緯があったんですね。」


「良かったらアニエス様が買わないかい?この宝石は商人曰くアレキサンドライトって言って珍しい宝石で今は青緑色をしてるが蠟燭の火のもとで見ると赤くなるっていう面白い石らしい。ただの鍛冶師が作った品だがお貴族様たちにいかがかと思ってね。」


 会話上手なおばちゃんにどんどんと勧められるが今の私は公爵家にお世話になっている身で使えるお金はない。必要なものがあったら公爵家の人たちがそろえてくれていたのでお金を必要とする機会がなかったのだ。私はなんとか穏便に断る言葉を探しているとずっと後ろで見ていたエドワード様が急に前に出てきて言った。


「そのネックレス私が買おう。とりあえず手持ちがこれしかないので残りは後日公爵家に請求してくれ。」


 エドワード様は大金貨1枚をカウンターに置いた大金貨1枚で金貨10枚分の価値があるとされているため前払いでポンと大金貨を1枚置いてしまうエドワード様の金銭感覚に驚愕してしまった。


「まいど!やっと抱えていた悩みが消えて今日はいい日だ!エドワードの旦那それもしかしてアニエス様にかい?」


「あぁそうだ。というわけでアニエス、俺は今まで妻になる君に何一つ贈り物をしていなかった。許してほしいとは言わないがこのネックレスを受け取ってほしい。」


 突然のことで私は困ってしまった。そもそも私自身が何か欲しいとエドワード様に言っていなかったのも公爵家での生活が満たされすぎていたからであって私自身実家でのことのせいでそもそも物欲が薄い。


「あの、ごめんなさい。私はそんなに高いものを受け取れません。今の公爵家での生活の時点で十分満足していますしこんなに高いアクセサリーなんて私には似合いません。」


 私は必死に固辞していたがおばちゃんから横やりが飛んできた。


「うちはその商品に関しちゃ返品は受け付けてないよ。この場が一番丸く収まるのはアニエス様がそれをおとなしく受け取ることだね。」


「だそうだ。しかも俺は受け取ってくれるまで何度でも君のもとに渡しに行くぞ。」


 二人にそう言われ私はあきらめて「ありがとうございます。」といい頭を下げた。するとエドワード様が私の首にネックレスをかけてくれた。

 その光景を見ていた市場の人たちは歓声を上げており、私は恥ずかしくて顔から火が出そうだった。


 ***

 私たちは市場を出ると町の入り口まできて監視塔の階段を上がっていた。長い階段を上り終えて上から町の外を見た。


「うわぁ!すごい!」


 そこには遠くまで畑が整備されておりところどころに水路がきれいに張り巡らせられていた。手前のほうはもう収穫されていたが奥のほうは黄金色の小麦畑が広がっており、収穫中であろう人々の姿が小さく見えていた。山のほうから町まで一本の川が流れて町を横断して流れておりこれがエドワード様が引いた川なんだと思った。いくら神殺しの力とは言えもう少し細い川だと想像していたがしっかりと水量が確保された幅10m近い川でところどころに製粉のための水車小屋も設置されていた。


「この土地をほめてくれてありがとう。俺はこの土地に縛られて生きていかなければならないからこの土地を君が好きになってくれるのはとてもうれしい。」


 エドワード様は私を見つめながらそう言ってくれた。今日一日エドワード様と町を歩いてこの町の人たちはみんなエドワード様のことを愛していてエドワード様もこの領の人たちを大切に思っているということがよく分かった。


「私もこの土地でエドワード様、ギヨーム、リリ、ルル、そしてこの領の皆さんと一緒にこの領を発展させて生きていきたいです。」


 私は今日の視察で思ったことをエドワード様に話すとエドワード様は肩をつかんで話し始めた。


「私は正直君が我が家に来たとき適当な理由をつけて追い出そうとしたのはもう話したな、でも君は俺の生い立ちも聞いても俺を怖がらずにそばにいてくれて昨日は俺の仕事を手伝おうとまでしてくれた。俺はそんな君を手放したくはなくなって今朝一人で勝手に結婚を承認する書類を書いて送った。無理やりですまないとは思っている。このことを聞いても俺とこの先この土地で生きてくれるか?」


 私はだれかから必要とされたのが初めてでそれがうれしすぎて涙を流してしまったが何とか笑顔を浮かべて返事をした。


「私でよければ一緒に生きてください。私を必要としてくれてありがとうございます。」


 言い終わるとエドワード様は私を抱きしめてくださり私もエドワード様を抱きしめ返した。

 しばらく監視塔の上で抱き合った私たちは町長の家に戻るとエクトールと書類を町長に受け取り公爵邸に帰ってきた。

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