第三話
「それではエドワード様。アニエス様がお待ちです。お入りになってください。」
ギヨーム様がそう言うと一人の青年が部屋に入ってきて私の対面のカウチに腰かけた。
美しい銀髪は短く切りそろえられて青い目は貫くように鋭い。まるで物語から出てきた王子様のようだった。しかしそれとは対照的にその手の指は節くれだっていて苦労を感じさせる手だった。
「初めましてアニエス嬢。私はエドワード・カルマンだ。見ての通りこの公爵領を管理している。今回の婚姻は君の家が娘の結婚相手を探していると聞いた王家が無理やり私にあてがった、いわば拒否権のない政略結婚というわけだ。正直私は継承権はあるがどうせ二人の兄のうちのどちらかが王を継ぐだろうし死ぬまでここで暮らす気でいる。来る途中に見ただろうがほとんど開拓されていないド田舎だ。君のような年端のいかない令嬢にとってつまらない場所だろう。私も無理に妻としての仕事を求めないそれこそここが嫌というなら何とかして王都やその周辺の家をあてがってやってもいい。まぁ、こんなもんだろう。何か聞きたいことはあるか?」
急にまくしたてられてポカーンとしてしまったがふと我に返って
「ご挨拶ありがとうございます。わたくしはロシェール家の長女アニエスです。お気遣いいただいてありがたいのですが今回の婚姻が急すぎたので考える時間としてお返事には少しお時間を頂いてもよろしいですか?」
何とか及第点な返事はできたと思う。相手は人の手には余る力の持ち主だ正直不興を買ったら命はないだろうと思うと背筋が伸び肩に力が入る。
エドワード様は難しい表情をして
「急な婚姻であったため長旅もあって疲れているだろうに急にまくしたててしまった。すまなかった。だが私は正直忙しい身だ。邪魔にならなければ好きなだけここにいても別にいい。ただ繰り返すが私の邪魔だけはするな。邪魔をしたら問答無用でどこかに追い出す。わかったな?」
そう脅しのように言われ少しひるんでしまったがここに来た目的を果たさなくてはと意を決して私は声を上げた。
「あの今回の婚姻について差し出がましいお願いですが支度金のほかに我が家への支援をしてもらうようにと言われております。どうかよろしくお願いいたします。」
怒られるだろうかと少し体を小さくしながら頭を下げた。すると急にエドワード様はため息をして冷たく
「あぁ、お前がうまく妻としてやっていってくれるというのなら出来高で支援してやろう。この土地は人は少ないが金は生み出せる土地だからな。我が家は金には困ってないのだ。なんとなく事情は察した。頭を上げろ。」
そういわれて頭を上げるとエドワード様は無機物を見るような冷たい目でこちらを見ていた。生きているという安堵と、あぁ、金にしか目がない下品な女だと思われただろうかという憂鬱さで心はぐちゃぐちゃだった。
「あぁ、言い忘れていたが3食食事には顔を出せ。時間は決まっている9の刻と12の刻と18の刻だ。その時間にギヨームが鐘を鳴らすから鐘の音が聞こえたら来い。見ないと思っていたら死んでいたでは正直困るのでな。」
そう言葉をかけるエドワード様の顔はどこか優しく見えた。あれ?なんかおかしいこれが俗にいう飴と鞭なのかと思っていると
「では仕事に戻る。夕食のときにまた。」
そう言い残してエドワード様は応接間を出て行ってしまった。
うまく挨拶できたかしら?いいえそんなことないわよね、でもなんか不思議な方だったわそう思っていると
「奥様、旦那様が変わって申し訳ございません。」
急にギヨーム様に頭を下げられてしまった!?私がどうしたらいいかわからずおろおろとしてると
「旦那様はこれまで歩んできた人生のせいか人間不信な部分があるのです。ですが心の根っこは優しい不器用なお方です。このギヨームが保証いたします。なので奥様は少しゆっくりとされて旦那様とコミュニケーションをとっていただきたく存じます。」
そう言って顔を上げたギヨーム様からはエドワード様に対する忠誠心を感じ、私の中で暴君というのはエドワード様をよく思わない方が流した噂なのだろうと思うとなんか納得がいった。
そのあと私はギヨーム様に案内されて自分の部屋を訪れた。
「こちらが奥様のお部屋になります。荷ほどきの際に手が必要になりましたらこちらのベルを鳴らしていただければ駆けつけますのでどうぞ夕食までごゆっくりしてください。」
「なにからなにまで。ありがとうございます。ギヨーム様。ですが荷物なんて大した量じゃないので大丈夫です。」
私の荷物なんて数着の下着と地味なドレスに数冊の本、アクセサリーは指輪とネックレスひとつずつつけてきたくらいで大した量じゃないので断って部屋に入ろうとすると
「奥様はこれから旦那様の奥方のなられるお方です。使用人であるわたくしのことは様などつけずに接してください。」
と言われてしまった。
「それではギヨーム。これからよろしくお願いしますね。」
「はい。これから誠心誠意お仕えさせていただきます。」
今のうちに荷物を片付けてしまおうと私は自分の荷物に手をかけた。