プロローグ
冴えないコンビニバイト暮らしをしていた主人公は、ある日目を覚ますと、見知らぬ高級マンションのベッドで、自身の“推し声優”である早澤いのりに抱きつかれていた。混乱する中、自分の姿がイケメンに変わっていることに気づき、さらにスマートフォンのスケジュールや表示された名前から、自分がアニメ制作業界の売れっ子プロデューサー「天海悠翔」として転生してしまったことを知る。
しかも、この世界ではいのりと既に恋人関係にあり、しかもかなり親密な間柄らしい。前世ではただのファンだった彼女と突然の同棲生活(?)が始まる
【第1章:推しと始まる、転生プロデューサーの朝】
――熱。いや、重さ?
目覚めた瞬間、胸の上に何かがのしかかっていた。
ぼんやりとした意識の中でまぶたをこじ開けると、そこには見慣れない天井。白いカーテンがふわりと揺れ、上品な香水の香りが鼻腔をくすぐった。
そして、目線を下げたその先――
「おはよう、プロデューサーさん」
そこにいたのは、俺の“推し”だった。早澤いのり。大人びた声と清楚な外見で知られるトップ声優。数年前、俺が死ぬほど応援していたあの彼女が、パジャマ姿で俺の胸に顔を埋めていた。
何が起きている?
「ちょっ……ちょっと待って!?」
慌てて上体を起こすと、彼女が少し困ったように微笑んだ。
「また夢の中かと思った。最近、ちゃんと寝てなかったから……でも、やっぱり現実だったのね」
柔らかな微笑み。だが俺の頭の中は大混乱だった。何故俺が彼女の隣で目覚め、なぜ彼女がこんなに距離が近いのか。そもそもここはどこなんだ?
ベッドの両脇にあるサイドテーブル、間接照明、クラシックなインテリア。どれも高級感がある。
俺は、確か昨日の夜――
……そうだ。
俺はコンビニの深夜バイトを終え、フラフラになりながらアパートに帰り、カップラーメンを食った後、眠気に負けて布団に倒れ込んだ。
そのまま、朝を迎えるはずだった。
だが、ここはあの四畳半のアパートではない。
目の前にいるのは、テレビやイベントでしか見たことのない早澤いのり。
「まさか……転生?」
そんな漫画みたいな話があるわけ……と自分で思いながらも、現実味がまるでなかった。
するといのりが、やや不安げな目でこちらを覗き込んできた。
「具合、悪いの? 今日もレコーディングだし、無理なら言ってね。私、プロデューサーさんが倒れたら本気で泣いちゃう」
プロデューサー?
俺が? この俺が!?
混乱は頂点に達していた。
そのとき、サイドテーブルに置かれていたスマートフォンが振動し、通知が表示された。
【本日の予定】
・午前10時:スタジオ収録(CV:佐宮真礼、小倉沙織)
・午後1時:新企画会議(制作チーム・監督同席)
・午後4時:いのり主演ラジオ番組収録
名前の羅列に目を疑った。どれも俺が知っている……というか、現世で“推し”だった声優たちの名前。
まさか、これは……
確認しなければ。自分が誰なのか、どうなってしまったのか。
震える手でスマホを開き、カメラアプリを起動する。
画面に映ったのは、どこかで見たような、いや、全く見たことのないイケメンだった。目元は鋭く、髪型はナチュラルにセットされていて、肌もツヤツヤ。確かに、冴えないバイト暮らしだった俺の顔とはまるで違う。
自分の名前を確認すると、そこには「天海 悠翔」と表示されていた。
聞き覚えがないが、どこかで聞いたような……。
「……あれ、悠翔? やっぱり変だよ。いつものあなたなら、まず私にキスするでしょ?」
――キ、キス?
「ちょっ、まって!? いのりさん、それはどういう……」
「もう……いのり“さん”なんて他人行儀」
彼女が唇を尖らせた。
……どうやら、俺はこの“天海悠翔”という人物として、アニメ制作を仕切る売れっ子プロデューサーに“転生”したらしい。そして、この世界では、推し声優・早澤いのりとすでに――
恋人関係、いや、それ以上の関係になっている。
これって、もしかして……
「人生、チートすぎないか……?」
つぶやいたその声に、いのりが「ふふっ」と笑って、そっと唇を重ねてきた。
俺は目を見開いたまま、その現実を受け入れきれずにいた。
読んでいただきありがとうございます。評価ブックマークしていただけると今後の励みになります。
したスクロールで気軽に☆ボタンから評価していただけます。ありがとうございました。