婚約解消よりも、意見が採用されなかったことにガッカリしました
「殿下、そこ違っておりますよ。八日前にも指摘させていただきましたところですが」
「もうたくさんだ!」
勉強の最中に大声をあげてしまった。
王子らしくもないことだ。
何もかもカリンが悪い。
カリン・ワイズマン伯爵令嬢は、マイラフ王国第一王子たる僕の婚約者だ。
伯爵家の令嬢と少々家格が足りないのにも拘らず僕の婚約者に抜擢されたのには、もちろん理由がある。
抜群に優秀だからだ。
一度見たことは忘れないとすら言われている。
「しかしセイモス様……」
「何だ!」
カリンが優秀なことは認める。
だがこいつは美しくもないし、喜んで僕の婚約者になったわけでもない。
正直どうして、という違和感半端ない。
「セイモス様が王になるために必要な教養でございますよ」
教育係と同じことを言う!
僕より年下なのに!
もう嫌だ!
「僕は君との婚約を解消する!」
「はあ……それは正式な決定になりますか?」
「もちろんだ!」
何を言ってるのだカリンは!
僕達の婚約は父陛下の決定だから覆らないとでも思っているのか?
ふざけるな!
僕を舐めるのも大概にしろ!
「君との婚約は必ず解消になる!」
「了解いたしました。しかし正式に婚約解消となるまでには時間がありますね?」
「えっ?」
「もちろんわたくしは婚約が解消になるからと言って、セイモス様の勉強にお付き合いいたすことを疎かにしたりいたしません」
「ええと、えっ?」
「最後までビシビシ行きます!」
「ひえええええ!」
し、姿勢としては正しいけれども!
◇
――――――――――カリン・ワイズマン伯爵令嬢視点。
王宮からの帰り道、ガタゴトと揺れる馬車の中でお父様に謝ります。
「お父様、申し訳ありませんでした」
「いや、考えてみれば最初からムリのある話ではあった」
本日、第一王子セイモス様との婚約がパーになってしまいました。
お父様もワイズマン伯爵家から将来の王妃を出すとなれば晴れがましかったでしょうに。
一転笑い者です。
いえ、わたくしも傷物と呼ばれてしまうのでしたか。
はあ。
「殿下との婚約は、カリンも乗り気じゃなかったじゃないか」
「乗り気でないこととミッション失敗は別です」
王立貴族学校創設以来の秀才などと言われ、いい気になっていた頃でした。
セイモス様との婚約話が持ち上がったのは。
わたくしの頭脳は創造的な分野に使われるべき。
将来の王妃にはわたくしみたいなちんちくりんじゃなくて、もっと美しくて見栄えのする人を据えるべきじゃないかなあと思っておりました。
しかしやり甲斐のあるポジションではあります。
セイモス様はとっても美男子ですし、その婚約者は憧れですよね。
よろしい、ならばわたくしが王国の繁栄を現出するのだと、それなりに意欲はありましたとも。
外からはそう見えなかったのかもしれないですけれども。
「……教育係とは難しいものなのですね」
「何の話だい?」
「セイモス様の話ですよ。わたくしは失敗しました」
セイモス様は優秀という話だったのです。
二人でマイラフ王国の未来を構築していくつもりでした。
セイモス様の婚約者になったばかりの頃、こんなことがありました。
『は? ちょっと何言ってるかわからない』
『ですからトフラスを有効活用すべきなんですよ。トフラスは魔境じゃなくて、魔物という資源を産出する地だと考えればいいんです』
『ち、ちょっと待て』
『魔物から取れる魔石は将来必ず需要が増えます。トフラスを有効活用できれば、その向こうにある山岳国フージヤにまで街道を伸ばせるかもしれません。さらに我が国の王都と港を絡めれば、発展は間違いないと思います』
『……』
『海外に進出したいですね。魔物のせいで放置されているエリアを植民地にしましょう。ですからまず、トフラスで魔物退治に関するノウハウを手に入れ、魔石を利用する魔道具の開発に投資することが肝要かと思います。マイラフを世界一の強国に押し上げるために、わたくしから提案できる最も自信のあるプランのアウトラインです』
わたくしとしては、どや、という思いでした。
優秀と言われるセイモス様にならわかっていただけるだろうという、思いがありましたから。
完全に見込み違いでしたが。
『カリン、君は勘違いしているようだが』
『はい?』
『王妃の職責は王宮と社交界をまとめ、また王を支えるマイラフの顔として国内外に君臨することだ。計画を立案することではない』
もちろんわかっていましたとも。
だからこそ権限のあるセイモス様に提案させていただいたのですが。
えっ? わたくしに期待されているのは、アイデアをセイモス様に吹き込む係ではない?
セイモス様の仰る通りの婚約者を求めるなら、わたくしより相応しい方がおりますよね?
『提案は却下だ』
『……』
いや、諸事情を勘案した挙句却下なら仕方ないんですよ。
だからこそセイモス様を経由して上奏してもらいたかったのです。
うまいこと通ればセイモス様の評価も上がるでしょうし。
いきなり却下とは……。
意欲が萎んだ出来事でした。
「……セイモス様の婚約者になった時は、わたくしもやる気があったのですが」
「そうだったのか。カリンも淑女だな。見ているだけではよくわからなかった」
最初はですよ?
セイモス様の求めていた婚約者像と実際のわたくしとの間には大きな隔たりがあると知りました。
それでもセイモス様を操縦できるものと考えていたんです。
思い上がりでした。
セイモス様は年下のわたくしにガタガタ言われることがお気に召さなかったようで。
完全にヘソを曲げてしまわれました。
ここに至ってようやくわたくしも関係修復不可能を自覚しました。
「お父様、申し訳ありませんでした」
「ハハッ、またかい?」
「ワイズマン伯爵家に泥を塗ってしまいましたから」
「いや、セイモス殿下の癇癪は、知る人ぞ知るところだったからね。またカリンは頭でっかちと思われていたろう? うまくいくと考える者は少なかったと思う」
「そうなのですか?」
知りませんでした。
いや、当事者であるわたくしに、婚約がうまくいかないなんて言うわけないですね。
自分のことなのに見えていませんでした。
「しかし陛下の決定で反対もできなかっただろう? カリンは気の毒にと、むしろ同情を受ける側だったよ。どちらかと言うと」
「安心しました」
いや、安心する場面ではありませんでしたか。
「まあ結構な慰謝料ももらった。ワイズマン伯爵家としては損はない」
「お父様。その慰謝料をわたくしに投資してもらえませんか?」
「おっ? 早速やる気だね。貴族学校卒業前に動き出すつもりなのかい?」
「はい。当てがありますので」
「よろしい、任せた」
やりました。
活動資金を確保できました!
◇
――――――――――王都内の魔道具ラボにて。カリン視点。
「ハハッ、婚約解消かよ。カリンちゃん災難だったな」
「本当ですよ」
貴族学校の魔道クラブの先輩のラボにやって来ました。
リアム先輩は天才です。
わたくしも魔道の基礎を教えてもらい、カリンちゃんカリンちゃんと可愛がっていただきました。
「で、今日は何しに来たんだい?」
「先輩に投資しに」
「実にありがたいね」
リアム先輩は貴族学校を卒業後、すぐに魔道具ラボを開店しました。
しかし経営はうまくいっていないようです。
二つの理由があると思います。
開店したばかりで信用がないこと。
先輩の天才性が理解されにくいこと。
つまり今は先輩を使い倒せる絶好のチャンスなのです。
「要するにオレに仕事をくれるんだな? 何をすればいい?」
「わたくしとともに世界を征服しましょう!」
「おお、デカく出たな」
かつてセイモス様に語ったことのある、魔境トフラスでの魔物退治を軸に据えた開発計画を話しました。
先輩は興味深そうに聞いてくれます。
「ふんふん、面白いじゃないか。つまりオレは魔物狩りのハンターが便利に使える魔道具を開発すればいいんだな?」
「ああ、そういう手もありますね。さすが先輩です。わたくしは魔石需要を作ってもらえば十分だと考えていましたが」
「せっかくだからガンガン相乗効果を狙っていこうぜ」
先輩と話しているとワクワクしますね。
「いや、オレはデカい計画は大好きだし、噛ませてもらうのは嬉しいんだけどさ。これはインフラの整備まで含めた、国家事業としてやるべきなんじゃないか?」
「ですよね。わたくしも同感です」
「殿下の婚約者だった時、王家に提案すればよかったじゃないか」
「セイモス様には話したんですよ。そうしたら王妃になるべき者が考えることではないと言われてしまいまして」
「ええ?」
リアム先輩呆れたような顔してますよ。
「その却下の仕方は頭が固いだろ。セイモス殿下って、できる男という話じゃなかったか?」
「ううん、コメントは控えますけれども」
「……新しいことに積極的になる方ではないってことか。精一杯好意的に解釈して」
陛下は革新的な方だと思うのですけれどもね。
わたくしをセイモス様の婚約者に指名したことから考えますと。
「状況はわかった。魔物ハンターさえ確保できれば、すぐ動きそうな案件だな」
「うちの領地にも魔物はいますので、ハンターには心当たりがあるのですよ」
「ああ、だから魔境トフラスがどうこうなんて発想が出てきたのか」
「先輩には初心者でも魔物を狩れるようになる魔道具の開発をお願いします」
「無茶振りだね。まあアイデアがないこともない。ハンターに会わせてくれよ。意見を聞きたい」
わあ、わたくしへの慰謝料が有効に活用されそうな気配ですね。
楽しみです。
◇
――――――――――王宮にて。セイモス第一王子視点。
「……様ったら、大笑いなさっていて」
「なるほど」
カリンとの婚約が解消されたこともあり、より高位の貴族の令嬢とのお茶会を順次行っている。
皆よく知っている令嬢だ。
僕の次の婚約者なんてすぐ決まると思っていた。
ところがどうだ。
話が圧倒的につまらない。
ファッション、美食、ゴシップ等々。
そんなので僕が満足できるとでも思っているのだろうか?
もっと高尚な……。
唐突にカリンのことを思い出した。
あの一つ年下のクセに広範な知識を持っていた令嬢は、何と生意気なんだと思っていた。
しかし僕の話し相手が務まるだけの頭はあったな、うん。
父陛下が言っていたことを思いだす。
『本当にいいんだな?』
『カリンとの婚約を解消する件についてですか?』
『うむ』
『もちろんです。カリンとは根本的に性格が合いません。この先うまくやっていける気がしません』
『……若いな』
父陛下が急に老け込んだ気がした。
しかし若いとはどういうことだろう?
時間が経てば、僕がカリンとうまくやっていけるとでもいうのだろうか?
あり得ない、と思っていたが……。
目の前の社交的な笑顔だけは長けている令嬢を見て思う。
カリンを手離したのは失敗だったのか?
僕が彼女の真の価値を見誤っていただけなのか?
いや、そんなことはない。
これから僕の婚約者となる令嬢に、美点を見つければいいだけのことだ……。
◇
――――――――――一年後、王都内の魔道具ラボにて。カリン視点。
「ねえ、リアム先輩。わたくしと結婚してくださいませんか?」
「おお? 卒業間際になると積極的だね」
ハンターの意見を聞いて先輩の開発した魔道具を、ワイズマン伯爵家領の魔物に対して試用してもらいました。
大絶賛です。
回復機能付きは危険度が減ると。
また邪気持ち魔物に効果のある音響の魔道具は、魔物退治のハードルを大幅に下げるだろうと、太鼓判を押されました。
「許可が下りたのですよ。魔境トフラスでの魔物退治を、我がワイズマン伯爵家の事業の一環として行うことに関して」
「思ったより早いじゃないか」
「このタイミングでリアム先輩に逃げられると、事業が大きくなりません。ぜひキープしておきませんと」
「何なの、その理由は」
「あととっても先輩は頼りになりますので」
「もう一声」
「これ以上は先輩の方からお願いします」
「ハハッ、カリンちゃんは可愛いな。好きだよ」
「では婚約は成立ということでいいですか?」
「いや、うちは放ったらかしだからいいけど、ワイズマン伯爵家ではどうなの? 伯爵は君のことが大事だろう?」
先輩はウィット男爵家の四男なのです。
放ったらかしというのは笑ってしまいますが、男兄弟四人は賑やかなんでしょうね。
以前身の立てようが大変だと言っていたことを思いだします。
「うちも問題ないですよ。先輩のことは話してありますし」
「ええ? ビジネスの相手としてと結婚の対象では違うだろう?」
「なら先輩がお父様を説得してくださいよ」
「ここぞとばかりに甘えてくるなあ」
うふふ。
たまには甘えてみたいのです。
前の婚約は王命でしたから選択の余地がありませんでしたし。
セイモス様も甘えるような対象ではありませんでしたから。
リアム先輩とは三歳違いということもあって、大人でとても安心できます。
先輩と結婚できるなんて嬉しいなあ。
「いよいよ魔境トフラスへ進出か。遠話の魔道具を改良してみたんだ。現場の生の意見をすぐに聞きたくてね」
「露骨に話題を変えましたね」
「勘弁してくれ。伯爵には会ったことないんだよなあ。怖い?」
「優しいですよ」
「娘に優しい父親は怖いと相場が決まってるんだよなあ」
頭を抱えている先輩は可愛いですね。
新しい面を見た気がします。
もっと新しい先輩を見てみたいなあ。
やっぱりこの胸が熱くなる感情は、恋だからなのでしょうか?
「あれ? どうしたかな? 可愛いカリンちゃんが余計に可愛く見えるけど」
「……何でもないのです」
先輩は素敵なのです。
もっと格好いいところが見たいから。
ちゃんとお父様を説得して認めさせてくださいね。
わたくしは記憶力には自信があるのです。
そのシーンは一生忘れません。
心の中で再生しますよ。
何度でも、何度でも。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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よろしくお願いいたします。