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そうは問屋がおろさない

作者: 橘霧子

「あ、ヤバッ!!!」


 淑女らしからぬ言葉と共に、わたしは全てを思い出した。


 私はノンノピリカ王国のとある貴族の娘、パンジー。家名はない。ないが、貴族であることは間違いない。

 れっきとした貴族である私は、令息令嬢のための教育機関、王立貴族学院高等部三年生に所属している。


 と同時に、私は日本人のOL花村水菜でもある。

 事務作業の合間に、毎日クソみたいな客のクレームに頭を下げる。会社にはお客様相談窓口の電話番号として総務の直通番号が設定されていたから、くだらない文句が山のように届く。

 総務課の二十代は私だけで、他はおっさんとおばさんしかいなかったから、たいてい人がやりたがらない仕事をするのは私の役目だった。


 職場では、お茶くみ、掃除、職場の電球の取り替え、備品補充に来客対応、なんでもやった。

 毎日ヘトヘトに疲れた私を癒やしてくれたのが、恋愛シュミレーションゲーム『花王国と七人のイケメン』だ。花の聖女の力を発言させた平民の女の子が、特例として王立貴族学院に入学し、王太子をはじめとする容姿端麗で将来有望な七人の貴族令息との恋愛を成就させる。


 そのストーリー自体はありがちな二番煎じなのだが、キャラクターのリアルな個性、聖女としての能力を上げつつ貴族社会にとけこむ努力や、ただノルマをこなすだけでは好感度が上がらないなど、ゲームの難解さに四苦八苦するユーザーたちが、SNSサイトを用いて情報交換したことで爆発的ブームになった。

 私もコツコツ課金しては全ルートをやり込み、さらに難攻不落と言われたハーレムルートに挑んでいたところで、なんと花村水菜としての人生を終えてしまった。


 もうお解りだろう。

 ある日、仕事を終えて車で自宅に向かっていた私は、ハンドル操作を誤って事故ってしまった。そしてなぜか魂だけが『花イケ』の世界にモブ令嬢パンジーとして転生し、たった今、それを思い出したところなのだ。


 作中のパンジーは、一箇所にしか登場しない。

 ハーレムルートを開くには、複雑に入り組んだ数多くの条件を達成しなければならない。その最後にあるのが、【卒業式のあと最も好感度の低い攻略対象の居場所をパンジーに尋ねる】というものだった。


 ハーレムルートは最悪のバッドエンドと表裏一体で、最後の条件をクリアできなければ最も好感度の低い攻略対象による革命ルートに突入し、ノンノピリカ王国が消滅してしまう。

 残りの攻略対象のうち、あるものは失脚または処刑され、主人公も聖女として国を守れなかった責任を問われて国外に追放。

 革命後も国は乱れ、暴徒による略奪と権力争いの果てに多くの人々が断頭台の露と消える。恋愛シュミレーションゲームとは名ばかりの、血みどろで凄惨なエンドロールで締めくくられるのだった。


 今日はその卒業式。式典も終えて級友との別れもすんだところだ。あとは学院の停車場で迎えの馬車をだけ。

 そうして停車場で迎えを待つという体で、主人公がやってくるのをぼーっと待つのが、モブである私に課せられた唯一の使命。


 ━━あら、パンジー。…………を探しているんだけど、知らない?

 ━━…………なら…………に居たのを見たわ。

 ━━ありがとう、行ってみるわ!


 たったこれだけ。


 ゲームは三年間という設定なのだが、パンジーがキャラクターとして表にてくるのは、このワンシーンだけなのだ。


 あまりに雑な扱いではないだろうか。

 ただのモブではあるが、パンジーは主人公や攻略対象と三年間、クラスメイトだった。

 毎日の授業はもちろん、文化祭といった学内のイベントの他、魔獣討伐の校外訓練も一緒だったし、有料コンテンツのサマーキャンプの思い出も、三年間の出来事の全てがしっかり記憶に残っている。

 主要キャラとの絡みこそなかったけど、パンジーだってちゃんと三年間、この王立貴族学院に在籍し、彼女の時間を過ごしていたという証だ。


 しかしモブゆえに、学校生活の最後にしても、主人公からは一言の別れの言葉もない。

 下手すると、多くのゲームプレイヤーにとっては、たまたまそこに居た通りすがりの人物となんら変わらない。


 ちなみにだが、この何でもないシーンにこそ、この『花イケ』最大の罠がある。


 主人公が最も好感度の低い攻略対象の居場所をパンジーに尋ねた後、会話ウィンドウをすぐに閉じず、30秒静止していると、会話ウィンドウの上にアイテム選択画面が出てくる。

 その中の一つ、『心のアルバム』を選択することが、ハーレムルートに行くための絶対条件なのだ。


 主人公が心のアルバムを開くことで、三年間の思い出を振り返る。

 のだが。

 主人公、攻略対象のところに行く道すがら、思い出を振り返ってくださる。つまり、いかにもモブのクラスメイトとの別れの最後に、三年間を振り返るかのような演出にしておきながら、その実、全くもっておひとり様で思い出の世界に没頭し、三年間のおさらいをなさるわけだ。


 哀れ、家名もないモブ令嬢のパンジーのことなど、誰が気にしていよう。

 ここまでたどり着くプレイヤーは、おしなべて重課金者だ。『心のアルバム』は、一定のアイテム課金と全ての有料コンテンツを開放しなければ、ショップに並ばない。

 そんなプレイヤーが考えているのは、いかに早く難関のハーレムルートを攻略できるかであって、停車場に残された令嬢の存在意義など、どうでもいい。

 私だって、そんなプレイヤーの一人だったのだから、その気持ちはよく解る。


 だが残念。

 今の私はモブ令嬢のパンジーであると同時に、日本人OLの花村水菜だ。

「お客様は神様です」神話と絶対的年功序列という日本の悪しき慣例に精神面をボコボコにされた私は、モブの運命を素直に全うするほど優しくはない。


 私は友人との別れを惜しんだ花園から、再び校内に戻り、購買部をのぞいた。


「おや、今日は何の用かな?」


 と、カウンター越しに話しかけてくるのは、緑色の髪を緩やかにまとめた好青年、ミモザ。

 彼はストーリーには一切関係のない、アイテム販売のためのキャラクターだ。無償アイテムも有償アイテムも、プレイヤーはここで購入する。


「今日は卒業式よ。買い物なんてしないわ」

「じゃあ、何をしに来たのかな?」


 ミモザの花を思わせる、黄色い瞳を細めて、ミモザが笑った。


「あなたを誘いに来たのよ。この後、一緒に食事でもどう?」


 チュートリアル担当の主人公の友人は女子だし、ヘルプ担当の担任教師も女性だ。私がゲームから脱線するパートナーにふさわしいのは、ミモザが一番だと思った。


「そうだなあ……今日はどうせ店の片付けをするだけだし……いいよ」

「本当に!? 嬉しい。私、行ってみたい店があったのよ」

「ははは。女の子と食事をするなんて、いつぶりだろう? 支度をするから、ちょっと待ってて……」


 と言って、ミモザはコートを羽織ってカウンターから出てきた。

 並んで立つと、見上げるほどの身長差があった。


 ミモザと共に停車場に戻ると、迎えの馬車が私を待っていた。一応はこの程度のことはプログラミングされていたらしい。

 予定では一度自宅に戻り、卒業を祝う宴に出席するために、メイド総出で私をドレスアップすることになっていた。

 もちろん、私はそんなものに出るつもりはないし、たぶんゲームのルート上にいたモブの私は、詳細を割愛されてしまっていたはず。

 従者に手紙を託し、馬車は家に帰した。


 プレイヤーがハーレムルートに進むと、七人の攻略対象者の婚約者全員がその宴で断罪されるのだ。


 王太子殿下の婚約者、公爵令嬢のローズ様。

 宰相令息の婚約者、侯爵令嬢のリリー様。

 騎士団長令息の婚約者、伯爵令嬢のアイリス様。

 魔法省長官令息の婚約者、伯爵令嬢のガーベラ様。

 王家の刺客にして辺境伯令息の婚約者、子爵令嬢のマーガレット様。

 国内最大の商団の会長令息の婚約者、男爵令嬢のジニア様。

 隣国の王子の婚約者、隣国の公爵令嬢のウィロー様。


 三年間も同じ学び舎にいたのだから、皆様がどのようなご気性の方々なのか、うっすらではあるが見聞きしている。

 その上であえて言わせてもらう。


 そりゃ、全くの白ではないかもしれないけど、婚約者がいるくせに、よその女に骨抜きにされている男の責任はどうなのよ!?


 と。


 いや、私だってプレイヤーだったのだから、解る。それを言ったら、ゲームが成り立たないってことは。

『花イケ』は、か弱き存在である一人の平民少女が、聖なる力という特殊能力を得ることで、絶対的価値観である身分制度さえ超えた、至高の幸福を叶えるゲームだ。だからこそ身分の上位にいる令嬢は、ことごとく主人公を負けなければならない。


 解るんだけど、浮気した婚約者をたしなめ、浮気相手の女子生徒に苦言を呈し、その言い方がちょっとキツかったくらいで娼館おくりはないでしょうよ?

 しかも場末の不衛生な最底辺娼館を選ぶなんて、どれだけ性根が腐ってんのよ!?


 私の中の花村水菜の魂が、そう叫ぶ。


 私は主人公のハーレムルートなんて絶対に認めない。だから、主人公を待つのをやめた。どうせ、私は主人公の名前さえ知らない。その程度の関係だ。


 ミモザとのんびり徒歩で繁華街に向かい、女子生徒たち憧れの店で食事をし、買い物を楽しんだ。やがて日が暮れ、学院ではおそらく卒業を祝う宴が始まった頃、芝居小屋に飛び込んだ。

 貴族が通うオペラ座とは程遠く、裕福な市民が好む芝居小屋よりもさらに簡素な芝居小屋で、演技も内容も全く低俗な短編喜劇ばかりが繰り広げられていた。一度入ってしまえば、何本見てもかまわないシステムで、私とミモザは男と女が繰り広げる痴話喧嘩や滑稽な恋のすれ違いに、涙をこぼしながら大いに笑った。


「あー、面白かった。初めて来たけど、劇場でこんなに笑ったのは初めてよ!」


 劇場で大笑いの後は、喉の渇きを潤しに酒場に入った。そこで初めて、ミモザに勧められてエールを飲んだ。アルコールに慣れていない体は、すぐにふわふわした浮遊感に包まれた。


 今頃、宴はどうなっているだろうか。

 ざまあみろ。私に会えなかった主人公がハーレムルートに進むことはない。

 主人公は無事に誰かとの恋愛を成就させたのだろうか。

 それとも、攻略対象とは全員お友達の、ノーマルエンドを完成させたのだろうか。

 どちらに転んでも、ノンノピリカ王国は存続する。エンドロールの先にあるのは、今日と同じ穏やかな日常のはずだ。


 ストーリーを逸脱してしまった私は、明日からどう生きよう。

 私のために敷かれたレールは、今日の卒業式まで。設定されていたのは、主人公のと会話の後、ストーリーの進行通りに正装して、宴の群衆の一人としてそこで繰り広げられる物語を見守ること。

 詳細が設定されていない私には、卒業式後に帰る家もないし、頼る両親も居ないし、卒業後の進路も白紙だ。


 エンドロール後にまたニューゲームがスタートするのか、この世界が続く限りここに留まるのか。それは今は分からない。考えたところで、どうにもならない。だから考えるのは止めた。


 でももし、この世界に留まるのなら。

 パンジーという名さえ捨て、ゲームとは全く無関係な繁華街のどこかの店で、住み込みで働いて。

 休日にはミモザとこんなふうに食事をして、楽しいことを共有し、やがて恋人になれたら素敵だ。


 しばらく気分良く、ミモザと他愛のない世間話をしていた時だった。


「あぁ、どうやらこの物語も終わりがきたようだよ。パンジーちゃん」


 突然、ミモザがそんなことを言い出した。


「なに? どういうこと?」

「いやね、僕には聞こえるんだ。宴が終わってエンドロールが流れているのがね。その様子じゃ、君には聞こえないのかい?」


 言われて耳を澄ますも、私に聞こえるのは酒場の雑音だけだ。

 それより、なぜ、ミモザがエンドロールという言葉を知っているのだろう。


「私には聞こえないわ。あなたがなぜ、エンドロールを知っているの?」

「どうしてだろうね……」


 ミモザはもったいぶった様子で、組んだ両手の上に顎を乗せた。


「あなたも私と同じ転……生……」


 最後まで言うことはできなかった。

 急激な眠気に襲われ目も開けられなくなる中で、「おやすみ」と言うミモザの声が聞こえた。





 気がつくと、私は真っ白な世界にひとり立っていた。

 ミモザもいない。酒場も跡形もなくなった、真っ白な中に、私ひとりきりだ。

 歩いて回れば、誰か見つけられるだろうか。でも、怖い。足元も真っ白で、一歩先に床や地面が見えない。一歩踏み出したら底のない真っ白な奈落に深く深く落ちていってしまいそうだ。


「誰かー! 誰か居ますかー!」


 どれほど叫んだだろう。

 しばらくして遠くに豆粒ほどの人影を見つけた。やがてそれははっきりと姿を認識できる距離まで近づいてきた。


 緑の髪を緩やかにまとめた、背の高い男性だった。


「ミモザ……? やっぱりあなたも転生者だったの?」


 私の問いに、ミモザは困ったように眉尻を下げた。


「僕は転生者ではなくて、『花王国と七人のイケメン』の世界を管理するもの。わかりやすく言ってしまうと、ゲームの神様、かな?」

「じゃあ、私の魂をこの世界に呼び寄せたのも、あなた?」

「そうだね」

「なんで?」

「それは最初に説明したはずだけど、あの時の君は事故のパニックもあって冷静じゃなかったからね。きっと覚えていないだろうと思って、もう一度説明しに来たのさ」


 ここは居心地が悪い、と言ってミモザは指を鳴らした。

 次に現れたのは、学院の花園。クラスメイトと毎日過ごしたガゼボに促され、座った。


「さっき僕は自分のことをゲームの神と言ったけど、正確には少し違う。僕はゲームとゲーム会社とゲームクリエイターを守る神だ」


 つまりはゲーム全般に関わる神、ということだろうか。それが何だと言うのか。


「君は生前、このゲームのことで何をしたか覚えている?」


 何をしたか?

 何度も繰り返しゲームをした。

 全部のストーリーを解放するために、課金した。

 細かなルートの条件を知るために、ネットの攻略サイトを利用した。

 好感度を上げるため、聖女の修行のためのアイテムに課金した。


 そう告げると、「そうだけど、それだけじゃないよね?」と、ミモザが言った。


「君は熱心なプレイヤーだった。熱心すぎて、やがてプレイヤーとしての節度を逸脱した。きっかけはハーレムルートの難易度だ。君はハーレムルートを攻略するのに必死だったが、どうしてもたどり着けなかった。

 攻略に必要な『心のアルバム』は全アイテムを購入しなければ出現しないし、購入価格も高い。しかも一度使えば無くなってしまうから、プレイする度に高額な課金が必要になる。

 たとえ『心のアルバム』が手に入っても、使い所が分からない。パンジーとの会話後の30 秒間の静止は、公式にもネットの口コミに出ていない情報だ。

 今のところ、偶然でもそれを見つけたプレイヤーはいない。

 君が知っているエンドロールの話は、ゲームのキャストとして与えられた知識だよ」


 そうだったの……だろうか……?


「頑張った君は、やがてゲーム会社を攻撃するようになった。

 ゲームを徹底的に分析し、誰よりも詳細な攻略ルートを許可なくネットに公開して、ゲームの骨組みをさらけ出してしまった。

 会社が削除要求をすると、無視したあげく、一日に大量のクレームの電話やメールを送りつけて業務を妨害した。

 それはやがて呪詛の言葉にかわり、ネットに嘘や悪意をばらまいて、会社とゲームの信用を貶めようとした。覚えている?」


 私が。そんなことを? 全く記憶にない。

 ミモザはさらに続けた。


「最後は会社の爆破予告や従業員への襲撃予告までに至り、会社は君に対して法的措置を取ることを決めた。その矢先だよ。君が事故を起こして亡くなったのは。

 それでも未練を残して彷徨っていた魂を見つけて、僕がこの世界に閉じ込めたんだ」

「じゃあ、私がパンジーになったのは……」

「ゲームのプログラムと人間の魂を融合することで、予測不可能なゲーム難易度を実現するため。

 実際に君は自分の気持ち一つで、ハーレムルートの入口そのものを閉じてしまった。

 今回のプレイヤーは『心のアルバム』を持っていた。つまり、初めてのハーレムルート到達者になったかもしれないのに、君がそれを勝手に阻止してしまったんだ」

「そんな……だって、私は聞いていない……」

「初めに説明したけどね。僕と会ったことも忘れているんだから、仕方ないよね。

 でもいいんだ。むしろそうやって、ゲームを引っかき回してくれる方が。

 このゲームは君によって骨組みが解明され尽くされてしまったから。以前のような手探りや、他人との交流でルートを見つける楽しみはなくなってしまった。

 君の死後、会社はご遺族と話し合って君が流した情報は全てネットから削除してもらったけど、既に広まってしまったものを完全に消去することはできない。

 解るよね?」


 私の中の花村水菜の記憶を必死にたどる。

 仕事の合間に掛け続けたクレームの電話。

 ダラダラと長文で送りつけたメール。

 全て思い出した。


 ある時、電話口に相手が居ないことに気づいてから、私の感情は怒りに変わった。

 私は熱心な『花イケ』のファンだと自負していたから、粗雑な扱いをされていることに腹が立った。

 ゲームは私のような重課金プレイヤーがいるから成り立つのに。その貢献を会社にもっと評価してもらいたかった。

 私の言葉を金言として真摯に受け止めてもらいたかった。

「大変申し訳ございません。貴重なご意見ありがとうございます。ぜひ参考にさせていただきます」と、心の底から私に感謝して、頭を下げてほしかった。


「私はクレーマーだった? 違う……違う……そんなハズない……」

「そうだね。クレーマーではなかったよね。というより、もっと厄介なストーカーだったよね、もはや」


 ミモザが微笑むのが怖い。

 ザッと体温が低下し、冷たい汗が体中から吹き出すのを感じた。


 立ち上がり、逃げ出そうとする私の腕をミモザが掴み、力強く引き倒す。

 地面に倒れ込んだ私に馬乗りになって、頭を鷲掴みにし見下ろす姿は━━まるで悪魔。


「君はやりすぎたんだ。その分は返してもらうよ」

「あ……あ……っ……なに……を」

「大好きな『花イケ』の世界を盛り上げてくれ。君の魂が擦り切れて無くなるまで」








 今日は王立貴族学院の卒業式。

 既に式典は終わり、私は停車場で迎えの

 馬車を待つ。


 ゲームの神に管理され、私は花村水菜でありながら、パンジーとして作中の三年間を過ごす。

 何千何万回と、プレイヤーが操作する世界を繰り返し生き続ける。 


「君の好きにしていいよ。役目を果たすのも、放棄するのも君の気分次第でいい」


そう神は言った。

そうやってゲームを盛り上げるのが、私の仕事。

さんざんプレイヤーを振り回して、笑っていたのも初めだけ。


ハーレムルートにたどり着くまで、プレイヤーがどれほどの大金をこのゲームにつぎ込んだのか。そのあげく、いるはずのキャラクターに出会えず、焦り、落胆する姿を想像するのは楽しかったけど。


ゲームは必ず終わりを迎える。

エンドロールのその先は、また新たなゲームが始まる。

解りきった展開。何一つ変わらない日常が、延々と続いていく。


 前回の主人公は私にたどり着くことなくゲームをクリアした。

 今度の主人公は、ここまでたどり着くことができるのか。

 ……もう、どうでもいい。

 ただ私は待つだけだ。

 この先もずっと。

 魂が消滅するまで。










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