第四話 アラートアラート! 目測百!!
重い足取りとさらに重いため息とともに休憩室を出る。ユリさんがすごく心配そうに私を見つめていた。
「大丈夫? わたしたちも前の子たちのときなにもできなかったことずっと後悔してて……。だから、本当になにかあったらすぐに言ってね!」
そう言ってユリさんがにこりと笑い体の前で両手を握る。もう不安しかないけど他にやることもないのでやるしかない。
ふたりしてどこか昭和を感じさせるオフィスに戻る。洗練された様子があまりない広いオフィスにいくつかの机が固まった島がある。どうやらそれぞれの島で部が分かれているらしい。
総務課の島は一番端だった。総務課では課長がアルバイトっぽい若い女の子に絡んで苦笑いされているのをウケたと思って上機嫌になっていた。
ここ異世界だよね? もうちょっとファンタジー感ある部分もそのうち出てくるよね? そうだと言って?
幸い私の机はユリさんの隣だった。ユリさんから支給品のペンやメモ帳を受け取る。デスク上にはパソコンではなくホログラム端末が……ない。
どうやらデジタル機器や近未来的なガジェットはここにはないらしい。
ちらりと見たときに誰もそんなものを操作していなかったのでもしや、と思ったがここもやはり昭和的である。
「ツボネさん、ヒヨリさんの準備ができました。よろしくお願いします」
私がひっそりとため息をつくなか、ユリさんがツボネさんに声をかけた。
どんな人だろう……。
意を決してツボネさんへと顔向き直ると、そこにいたのはいかにもベテランな女性――ではなく、長い銀髪を靡かせた切れ長の碧眼の美人だった。
「そう。アタシはツボネ。ヒヨリさん、よろしく。じゃあ早速業務の説明を始めて良いかしら」
「はっはい!」
想像の斜め上を行く衝撃の美人に私は思わず声が上ずってしまった。
だってツボネって名前が! ほら!!
ツボネさんに案内されて入ったのは小さな部屋だった。どうやら面談などで使う小部屋のようで、小さなデスクと向かい合うようにして置いた椅子が二脚あるだけだった。
「じゃあこれ、とりあえず今日やってもらいたい書類なんだけど」
ツボネさんの手から渡されたのは一枚の紙だった。見ると「ギルド共済加入書類」とあった。文字は日本語とは似ても似つかない。だけど問題なく読める。なんて素晴らしいご都合主義!
リアナから聞いてはいたけれど半信半疑だった。どうやらこの世界に転移した時点で転移者はこの世界の法則に最適化されているらしい。
書類に意識を戻す。どうやら両面あるようだが、そんなに情報量は多くなさそうだ。良かった!
「で、一番上から見ていってほしいんだけど、まずこの共済種別番号と続柄が合ってるか確認して」
「えっと、共済種別番号……?」
「ここ、あるでしょ? だから被共済者が、あ、受取人のところも問題ないか確認して、」
「え、あの、その共済種別番号があるのはわかるんですけど、」
「わかるんでしょ? じゃあこの金額が……」
「あの、続柄と合っているというのはなにで確認すれば……?」
「は? わかるでしょ、見れば? それで、この金額が種別表と合ってるか確認して、問診欄も問題ないか見て、あ、そうそう裏なんだけど」
種別表ってなに……。初耳ぃ……。
けれどツボネさんの声色が隠すことなく不機嫌になっていく。その声音と眉根のシワの圧に押されて私はもう質問できなくなっていた。
わからない……。この人がなにを言っているのかまったくわからない。
ただひとつわかったのは、この人、説明するのめっちゃ下手!! まったく伝わらない!!
たぶんすでに内容がわかってる人にしか伝わらない話し方する人だ! 私が異世界人だとか関係ないやつだ! しかも聞くと不機嫌になるタイプだ!!
私が必死に聞き取れた単語をメモしながら生返事をしているうちにツボネさんの説明は終わってしまった。三分ほどの出来事だった。
これでこの書類処理出来た人すごすぎるでしょ。
「……で、この書類を今日中にやってほしいの」
「が、がんばります……」
とりあえず返事をして、わからなかったことはあとで聞きに行こう。もしくはユリさんにこっそり聞こう……。
「そう。わかったみたいで安心したわ。それじゃあ、」
そう言ってツボネさんがデスクの下から紙束を取り出す。
……紙束?
「これ全部、お願いね」
そういって渡された紙束は、目測で百を越えていた。




