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伺降之祭祀

しばしの猶予をもらったものの、良太の思いは一つだった。

 

 ――なんて無茶な申し出をするのだろう。


 ただそれだけだ。うかがい講の集まりから帰った後、母の奈々子を抜きに、良太は父・直幸と何度か話し合った。


「――まあ、ウカガイ講が、ああいうふうに言いだしたのは理由がある……と、父さんは思う。この前、電話があってな。父さん、もう一回、真智さんと話し合ってきたよ。良太をウカガイ様に推挙するのはどういう理屈なのかって、聞くだけのことは聞いてきた」


 現行のウカガイ様――特に今回の一件に関わった白宮と父の母校のウカガイ――は破戒の一味であるから解任せざるを得ない。


 一方で、遠因に菊池家直幸がウカガイを務めていたころの破戒と戒律の改定が含まれ、また当事者である良太が穏便な解決を望むからには、一足早く行を修めた覚者と置いてウカガイ行から話すべきであろうという。


「良太の言い分はわかるし、協力したいとも思う。……だけど、だ」


 そう前置いて、父は言った。


「ウカガイ講をいますぐに解体するのは無理だ。やり方を正すのだって難しい。見た目としてのウカガイ様を失くしちゃうのが一番なんだろうけど、それをまっとうできる高校一年生がいないって話になるらしい。それで――内情に詳しすぎる俺と良太は危険分子になるってわけだ」


 それが父の受けた感触だという。

 ウカガイ講の戒律に従うなら放校を装った転校になるが、目的がウカガイ講の矯正あるいは是正にある良太が何をしでかすか分からない。父親は元ウカガイ様で、息子とよく似た理由で蛮行に至り島流しになった実績もある。もっとも、どの選択をするにしても、江戸や明治ならいざしらず、現代で命までることはない。


 良太に与えられた選択肢は三つだ。

 一つは転校し、すべてを終わったこととして忘れる。

 一つは白宮に残り、新たなウカガイ様の下で何事もなかったように過ごす。

 そしてもう一つ――良太自身が新たなウカガイ様となり、他のウカガイの模範として、新ウカガイのモデルケースとして活動していくこと。


 転校や白宮への在校を望むなら、すべてのことに黙すること。要するに正しくウカガイ講なる存在を見ず、聞かず、語らないことを求められる。


 そしてまた、もし新たなウカガイを担うのであれば、白宮で過ごす残りの月日は通常の学園生活ではなくなってしまうこと。


 決断までの猶予期間は二週間。

 それより先になると、祭祀や転校手続きなどに間に合わなくなるという。


「たっぷり脅されたはずなのに、ウカガイ様なんてものに首を突っ込んだ良太が悪い」


 父は笑って言った。


「でも元を正せばウカガイ様だったことを黙ってきた父さんが悪いし、戒律を破ったせいでルールが変わって、実際に辛い思いをした子もいた。だから、父さんとしては、良太の決めたことを尊重しようと思う。受けるにしても、受けないにしても、できるだけのことはやるよ」


 決断は良太の手に委ねられた。

 けれど、そう簡単に決められるわけがない。

 相談できる相手も限られる。

 分っているのは、松本千春がウカガイ様を離れるのは規定路線であること――これは講の戒律と本人の希望に従った決定であるということだけだ。


 良太は悩んだ。

 自ら招いてしまった苦悩であり、また因習の中心にいた人を父にもった不運でもある。教室に戻っても味方らしい味方はいない。中村由佳も萩原沙織も久我硝子と良太を天秤にかけながら生活しなければならないし、洋介はいまもウカガイに言い渡されたであろう脅しを信じ続けている。


 あるいは誤解を解くような、和解に至るような説明もあったのかもしれないが、東京で残り三年の学生生活を過ごすなら良太に関わらないほうが得策だと考える。誰だってそうだろう。


 となれば、当の松本千春に相談するしかない。

 生の声を聞き、彼女はどう考えているのか確かめたい。

 しかし、最後に会ってから丸一週間と少しが立っても鈴の音は聞こえてこなかった。屋上に繋がる扉の前でも、図書室でも、どこにも彼女の姿は見当たらなかった。


 どうしたものかと思っているとき、その話は急にきた。

 梅雨入りが近づき、東京の大気も息苦しくなったころだった。

 修業のロングホームルームに現れた教員は困惑した様子を隠さず、一枚の紙を配り始めた。カツカツとチョークの音が響き、黒板に文字列が並ぶ。


『伺降之祭祀』


 回されてきたのは一枚の白紙だった。


「えー……突然ですが、来週の月曜、ウカガイオロシノサイシという行事があります」


 教員は手元のタブレットを確認しながら言った。


「日頃、みなさんを見守ってくださっているウカガイ様に、代表者をご覧いただく行事です」


 回答期限がきたのだと良太は思った。

 小学校で記述を見つけ、由佳たちから大枠を聞いた祭祀である。


「いま回してもらった紙に、みなさんが思う、このクラスを代表する生徒の名前を書いて、誰にも見えないように四つ折りに畳んでください。一番、数が多かった生徒が、クラスの代表としてウカガイ様にご挨拶に伺うことになる――そうです。とても大事なことなので、よく考えて名前を書いてください。紙は明日の朝、先生が回収します。いいですか?」


 教室がざわつく。他のクラスならまだしも、一‐Cは内部生と外部生が半数ずつだ。半分は祭祀という儀式そのものを知らない。その意味も。


 小学校以来だという声や、クラスの代表ってどういう意味か問う声があった。

 良太の隣席ですらりと手が伸び、久我硝子が教員に言った。


「誰の名前を書いてもいいんですか?」

「ん? ああ。たぶん。ただ一人だけらしい」


 教員はタブレットに目を落とし、眉を寄せながら答えた。


「あー、正直、先生も初めて参加する行事だからよく分かってないんだけど――ここに書いてある。相談しないこと。誰の名を書いたか言わないこと。書くところを見られないこと。ようするに無記名投票だな」


 また教室がざわめいた一瞬、久我硝子が薄く笑った。

 もう時間がなかった。

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