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警策もどき

 真智しんちは気まずそうに唇を歪めて一礼し、ウカガイ様たちに首を振り向けた。


「こちらに」


 真智の声が闇に溶けると、二つの鈴の音が鳴った。薄ぼんやりと照らしだれたのは、幾度となく顔を合わせた白宮のウカガイ様と、川の向こうで見かけた背の高いメグルくんだった。


 二人は垂らした鈴でときに澄みときに濁る鈴の音を立てながら進み出て、真智の後ろに敷かれた二枚の座布団に膝を揃えた。ほとんど同時に指を揃えて頭を下げた。


「直幸覚者様からお話を受けまして、あたしらのほうで聞き取りをさせていただきました」


 真智が肩越しに二人を見やり、良太に向きなおった。


「発端は白宮のウカガイにあったそうです。逆恨みでも良く言いすぎですよ。そちらの――直幸覚者がウカガイぎょうを務めておられた頃の一件から、己の苦行は菊池家のせいと考えていたようです。恨みを溜めていたころに直幸覚者の……あー……菊池良太さんの名前を入学者名簿に見かけたのだとか。それで――」


 真智はため息を一つ顔をしかめながら膝をずらし、白宮のウカガイ様に躰を向けた。


「あとは自分の口で話しなさい。抱いた邪見悪口を懺悔なさい」


 説教とはいかなるものかを表す重い声だった。同時に、横に控えるウカガイ様らの良太に向かう眼差しが強みを帯びた。

 しかし。


「はい」


 と白宮のウカガイが――松本千春が返事を発し座布団から板張りの床に膝を進めると、集う眼力は松本千春の横顔に注がれた。


「……菊池良太さん」


 直近でほんの数度しか耳にしたことない、普通の少女の声音だった。

 良太は内心で動揺しながら、はい、と応じた。


「私は――白宮のウカガイは間違いを犯しました」


 と、松本千春が頭を下げ、額を床に打ち付けた。ごん、と鈍い音が鳴り、板張りの床がその衝撃を良太に伝える。


一度ひとたびウカガイ行にのぞめば人界を離れるも同じに関わらず、家と血に囚われ、かねてより身に受けた苦難を晴らす絶好の機会と、身のうちに囁く魔に耳を傾けてしまいました」


 ゆっくりと顔を上げ、松本千春は良太と視線を交わして言った。


「あなたに、私の受けた苦難と同等のものをと、邪な考えを持つに至りました」


 申し訳ございません、と松本千春がまた額を床に打ち付けた。

 良太はどう答えてよいものか分からなかった。傍らの父を見るも返答はなく、正面の松本千春を見ても頭を下げ続けるばかり。最後に真智を見やると、彼は、うん、と頷いた。


「お聞きの通り、白宮のウカガイは行の道を半ばにして誤りました。まずはその報いを菊池良太さんに見届けていただければと思います」


 ――見届ける? 何を?


 と良太が眉を寄せる合間に、暗がりから中年の僧が姿を見せた。両手で捧げ持つようにして棒を握っている。警策きょうさく――なのだろうか。それにしては太く、角ばっている。ほとんど金剛杖あるいはこん棒と評するのが相応しい六角の棒を、僧は松本千春の傍らで振り上げた。

 

――やめろ!


 と叫ぶ間もなく、また発声すら許さぬ圧をもって棒が鋭く振り下ろされた。鳴り響く打音に堂が震えたようですらあった。真智の後ろのウカガイが顔を伏せ、集うウカガイ様らも響く音に目を瞑った。一度、二度、三度――額を床につける松本千春の口元からうめき声が漏れた。


 僧は遠慮容赦なく棒を振り下ろした。

 こん棒の角が肩にめり込み、背骨を打ち据え顎をあげさせた。

 松本千春は目を固く瞑り、割れんばかりに歯を食いしばっていた。僧がこん棒の先で首を押しこみ、額を床につけさせる。


「やめてください! もうたくさんだ!」


 良太は両手を固く握りしめ考え得るすべての力を使って叫んだ。振り上げられたこん棒がその姿勢のまま静止している。


「僕は……僕はそういうことをしてもらうために、この場を用意してもらったんじゃありません。罰を与えたいと思ったこともないんです。ただ、ただ単に、おかしいだろって、そう言いたくてここに来たんです!」


 声は堂の暗がりに消えていった。

 真智が両手を膝に背筋を伸ばした。


「……では、ご堪忍いただいたということで、よろしいしょうか?」

「そんなことを聞く方がおかしいって、そう言ってるんです!」


 良太は我知らず声を大きくした。


「だいたい、おかしいじゃないですか。いま僕が見せられたのは罰です。体罰ですよ。警策の形だけ借りて、目の前で暴力を見せ、黙らそうとしている。僕にはそうとしか見えません」

「ウカガイぎょうのぞむとはそういうことです。先ほど白宮のウカガイが申したあげたとおり、ウカガイである限りは人に非ず。修験の徒として――」

「そんな良いように言い換えた屁理屈へりくつを聞きに来たのでもありません!」


 良太の声が堂に響き、伏していた松本千春が顔を上げた。血の気の引いた顔に脂汗が光っていた。真智の奥に控えていた中学校のウカガイも良太を覗き見、すぐに視線を膝に落とした。


「僕はウカガイ様の在り方を正してもらうために来たんです」

「……正す、とは?」


 真智の落ちくぼんだ眼がギラリと光った。

 良太は父のほうを見やり頷き合う。


「今回の件で、僕は僕なりにウカガイ様という存在について調べました。父がかつてウカガイ様であったことも突き止めましたし、元の形についても推測がついています。まずは、お互いに、ウカガイ様の原型について確認させていただけませんか?」

「……それを知れば講員も同じになりますが、よろしいか?」

「僕が調べたことを話します。合っていようと、合っていまいと、どうするべきかはウカガイ講をまとめる真智さんが考えてください。どうですか?」

「……まずは話を聞きましょうか」


 どうぞとばかりに真智が手を差し向けた。

 良太は、これまで調べてきたことを、考えてきたことを話し始めた。

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