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ウカガイ様ら

 良太たちを乗せた車は上に下に左右にとゆったり波打つような道を進み、やがて速度を落として砂利道に入った。車が停まる。どこかの寺院の駐車場なのだろう。


 後部座席のドアが開かれ、良太は肩を引かれるようにして車から降ろされた。上向けられた手のひらの上に細帯を思わせる柔らかな布が乗った。


「それじゃあ、それを握ってもらって」


 言われるままに帯を握りしめると、ぐんと引っ張られるような感触があった。


「足元に気を付けて。段差があるからね」


 だったら頭巾を取ってくれればいいのにと思い、良太は横にいるであろう父に聞いた。


「父さん、ここどこなの?」

「――言えない。良太のことを信じてないわけじゃないぞ? 知られたらややこしい手続きが増えて面倒ってだけだ」


 なにそれ、と良太は鼻で息をついた。まさか守秘義務の書類でも書かせるのだろうか。決して表に出てこない秘密結社のような組織で紙の契約書が意味をもつとは思い難い。


「段差があるよ。気を付けて」


 良太を引っ張る中年男が言った。砂利道に靴底を滑らせるとつま先が何かにあたった。感触からして石畳だろう。どれだけ歩かされるのかと思いきや、すぐに敷居をまたいだ。


 靴を脱ぐように言われ、三和土だろうと検討をつけつつ上がる。板張りの廊下らしく足音はくぐもりたまに床が軋った。磨き上げられているらしく靴下がよく滑った。また一つ段差――おそらく敷居を越えると、ぷんと香が匂った。


――この匂い……どこかで……。

 

 あ、と良太は危うく声を漏らすところだった。学校で嗅いだ匂いだ。ウカガイ様が、松本千春が立っていたところに漂う残り香と同じ。白檀びゃくだんだ。


「もうそれ取っていいよ」


 男が言った。

 良太は握らされていた帯を離し頭巾を脱ぐ――と同時に、うっ、と思わず呻いた。

 十、二十――もっとだろうか、等間隔に並べられた燭台の細い明かりを受け、いくつもの無感情な瞳が光っていた。集まっているのはいずれも女子はセーラー服を、男子は詰襟を着こんで、板張りの堂に座布団を敷き、肩を並べている。


「う、ウカガイ様……たち?」

「ウカガイ()の一つだよ」


 直幸がため息まじりに言った。


「ウカガイ様を担う子らを集める一番小規模なやつだ。名目上――目録上かな、ウカガイ様を担う子は家を代表する形になる。現役のウカガイ様を持たない家は講員としてもう少し大きな集まりのほうに呼ばれるんだ。格としてはこっちが上で、でも難しい話はそっちでやる」

「――つまり」


 良太は促されるままウカガイ様たちの前に進み、二つ並んだ座布団の手前側を選んで正面の空の座布団と向き合うように膝を揃えた。空の座布団は三つ。中央だけ前にせり出していた。


「子ども同士の問題だから、子ども同士で話し合って終らせようってこと?」

「――か、もう家のほうには話をつけてあるかだな」


 直幸の言葉を引き取るように、引きずるような足音が暗がりから近づいてきた。蝋燭の明かりを受けて紫色の地蔵衣を纏う頬のこけた老人が現れる。左手を黒服の中年男に預け、もたもたと正面の座布団に座った。


 痩せこけた僧はしかし、落ちくぼんだ瞳に底冷えのする冷気を湛えて良太を見つめた。両手を膝に僅かに躰を傾け、見かけよりも太い声で言った。


「今現在ウカガイ講をまとめております真智しんちと申します。此度こたびは菊池直幸覚者(かくしゃ)ならびにご子息に大変なご面倒をおかけしまして、至らぬところお詫び申し上げます」


 その大仰にも聞こえる挨拶に、良太は思わず首を巡らせていた。右手側にはウカガイ様らのいくつもの瞳が並び、左手側にはからの護摩壇と手前に煙の立つ香炉があった。


「いえ、急な話をお受けいただきありがとうございます」


 と、直幸が床に指を揃えて腰を折り曲げた。良太も慌てて倣いつつ、何がどうなっているのだろう、と横目に様子を窺った。直幸はじっと目を閉じ、頭を下げ続けていた。父の躰の向こう、護摩壇の奥に仏像らしきものが見えた。なぜか牙の生えた生き物に乗っている。


 直幸が躰を起こすのに合わせて良太も姿勢を正すと、真智を名乗った老人はついと御簾の向こうを見やって言った。


「帝釈天様ですよ」


 真智は良太の視線に気づいていたのだろう。


「象に乗っていらっしゃるんです。帝釈天様は民の善行に喜び、悪行を懲らしめる天上界の王様になります。あたしらの――ウカガイ講のご本尊になりますね」


 つまり、真言宗の一派ということなのだろう。都内に知られる帝釈天は日蓮宗に属し、本尊に曼荼羅を置く。一般的な真言宗であれば本尊は大日如来だいにちにょらいだ。そのどちらでもなくただ帝釈天を祀っているというのは講の名の通り、


「……民間信仰ですか」


 良太が呟くと、真智はカカカと声を出して笑った。


「……いやあ、よくご存じだ。直幸覚者様がお教えになられたんですか」


 問われた父は、ゆるく首を振った。


「いえ。息子が自分で調べたことですよ。なぜ調べることになったのかは、電話でお伝えした通りです」


 直幸の声は冷たく尖っていた。言外に本題を催促しているのだろう。

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