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ウカガイ講

 父・直幸は頭蓋の内側にある言葉を探すように髪の毛をかき混ぜ、絶句している母・奈々子に向きなおった。


「あー……ごめん、奈々ちゃん。ちょっと良太と二人だけで話をさせてもらっていい?」

「二人、だけって……直くん――」

「言いたいことは色々あると思うんだ。うん。それは本当に」


 直幸は顎を上げるようにして缶ビールを一息に呷ると、空き缶の底でテーブルを叩いた。


「ただ、ここから先の話は……本当は、俺が元ウカガイ様だってことも含めて、ウカガイコウの人間以外は知ってちゃいけない話なんだ。万が一にでも外に漏らすわけにはいかない」


 母・奈々子は下唇を巻き込むようにして噛みながら良太に振り向き、また直幸の目をまっすぐに見つめ、視線を下げながら言った。


「妻にも話せないことなの? 母親にも? 私、直くんが何の話をしようとしてるのか――」

()()当事者にしか聞かせられないってだけだよ」


 直幸が言った。


「どこまで話していいのかはっきりしたら、そのときに話すから」

「……わかった」


 と重い息をつきつつ席を立ち、奈々子はいたわるように良太の肩を撫でてリビングを出た。

 壁掛けの時計がコツコツと秒針を刻んでいた。

 よし、と小さな声で呟き、直幸が立ち上がった。


「まずどこから話そうか――」


 言いつつ、リビングのドアを開いて奈々子が盗み聞きしてないことを確認し、キッチンから新しいビールの缶を持ってきた。三本目だ。平日ではまず見ない光景だった。


「まず、ウカガイコウって何?」


 良太は直幸が口に漏らした単語を問い詰める。

 直幸は意外そうに瞬きながら缶のプルタブを起こした。溜まっていた気の抜ける音がした。


「何だ、そこまでは調べきれなかったのか。――まあ、調べようにも手がかりがないか。それなら、先に知ってることを話してみて。それから父さんが知ってることと、これからどうするかも話そう」

「……分かった。じゃあ、まず……僕が白宮に入ってから起きたことから――」


 良太は入学前の面談の話から今日に至るまでをすべて隠さずに話した。怪談に怯えてしまったことも、怜音に助力を頼んでウカガイ様について調べ始めたことも。そして今日、白宮のウカガイ様に告げられた言葉の意味について推測したことも。さらには――


「僕が松本さんに狙われたのは、たぶん、父さんが……父さんのやったことが、ウカガイ様の形を変えてしまったからなんだと思う。……僕が調べたのはこれで全部」


 なるほどね、と直幸はビールの缶をテーブルに置いた。缶の中ほどより上には霜がつかなくなっていた。


「良太が調べたのは――分かったことって言うべきか。それはウカガイ様って風習の元々の意味のほうだな。でも本当は……本当っていうか、今のウカガイ様にはもう一つの役割があるんんだ」

「……もう一つの役割?」

「そう。それがウカガイコウ。それがじゃないな。()()()()()()()()()()()


 直幸は天井を睨みながら言った。


「ウカガイコウは、大学の講義とかの講――言偏の、あれを使ってウカガイ講って書くんだ。調べたことないか? 法華信仰の法華八講とか。法要の一種で、何ていったらいいかな、信仰でつながった、結社って感じかな。西洋で言ったらたとえば――フリーメイソンとか。ちょっとオカルトっぽく聞こえるだろうけど、良太なら分かるだろ?」

「……調べたことはあるよ。でもあれは石工ギルドの――」


 良太が言いきらないうちに、直幸が人差し指を振った。


「そうそう、それ。つまりあれは仕事がらみで生まれた秘密の互助会ってわけだ。宗教にも似たような組織――というか、構造があるんだな。表立って名前を出していない組合みたいな。あるだろ? キリスト教の何々派とか、仏教でもなんちゃら宗のうんたら派、とかな」


 日本であれば平安貴族同士の勉強会に始まり、武家社会の個人的な繋がりを生み、信仰の広まりとともに町人たちへと下りていく。講はそこに属する講員によって組織化され、上では武家社会の政治のために、下では民の不平不満を解決するために、元になる寺社に集い決起することもあった。


「たとえば、一揆だ。信仰なり職能なり、土地の縁に血縁、集まり方は色々だけど、基本的には互いに互いを助け合おうっていう、なんというか、村社会的なあれだな」


 信仰と生活が密接に絡み合っていたころは、総本山が山深くにあれば代参拝といって信仰者の代理で参拝に赴くこともある。講の参加者――講員は労力に報いるため講に金を奉納し、蓄えられた財は困難が訪れた折に再分配されることもある。

 良太が調べたことのおさらいだけど、と直幸は苦笑交じりに言った。


「江戸っ子は宵越しの金をもたない主義だ。下町の出身者……つまり純粋な東京村の出身者は職人の倅なんかも多いし元から金なんか持っちゃいない。蓄えもない。だから街に災害が起きれば誰もかれもが路頭に迷う……というのは表向きで、そういういざってときに、講が暗躍するわけだ」


 ウカガイ講の大元は良太が調べた通り岡っ引きにある。さらに元を正せばやくざ者だ。かつて博徒が廃寺などを賭場に用いたように、信仰に金を納めて御目溢しに預かってきた。信仰から生まれた講は古い東京者の集まりとして自警集団のウカガイ講をつくり、講員に奉公を求めると同時に寄与してきた人々に利益を再分配した。


「ウカガイ様って稼業は昔から過酷だったんだ。町人とお侍さんじゃあ、命の価値が違うからな。だから、危険で疎まれがちなウカガイ様を担った家は、ウカガイ講の目録に名前を載せてもらえて、将来的には何かと便宜が図られる仕組みが生まれた」


 警察という自治組織が生まれてからも、内部の大半を田舎者≒余所者が担ったためにウカガイ講は生き続けた。なかには転身した者もあったが、講の拘束力は陰に陽にと機能する。


「ウカガイ様がらみの事件を封じ込めておけたのはウカガイ講のおかげでな。お役目を終えた人は覚えのある人――覚者かくしゃというんだが、都内のあちこちで講員同士つながっていて、講を存続するために手を回してくれるってわけだ。なんでそんなことするかというと――」

「いずれは、自分の家にも便宜を図ってもらえるように……」


 そういうこと、と直幸は残りのビールを呷った。


「父さんがウカガイ様に選ばれたのは、父さんのひい爺さんが材木屋として色々とウカガイ講に手を貸したからだよ。目録に名前を載せてもらうために助けたともいえるし、善意から助けた結果、菊池家の名前が載ったともいえる。――で、父さんの父さん、良太の爺さんは息子をウカガイ様として使ってもらうよう申し出た。高度経済成長期を目で見てきた人だからな、講のなかでのくらいを上げておくほうが将来的に得だと思ったんだろう、たぶん」


――ところが、時代の流れとともに、ウカガイ講の性質は変わっていた。

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