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追及

 自宅へ戻る道すがら、良太は中村由佳から聞いた話を思い返していた。

 六年二組で起きたイジメ事件の首謀者――より正確に言えば、ウカガイ様=松本千春を攻撃していた生徒を排斥する風土を醸成したのが久我硝子であるという話だ。


 確たる証拠はないが、今となっては中村由佳の証言と推理を疑う理由もなかった。

 現に、良太自身もかつて六年二組で()()()あるいは()()にされた生徒と同じ扱いにされかけたのだ。それをすんでで阻止してくれたのは萩原沙織で、彼女が協力してくれた背景に中村由佳がいたのだから。

 ――それに。


「どっちだっていい」


 良太は自宅マンションを見上げて呟いた。

 仮に彼女らの態度や行動のすべてが演技であり、久我硝子の指示の下で行われているのだとしても、良太にとってはもはやどうでもいいことだった。


 東京に来てから初めてできた友だちが因習による苛烈な暴力を受けた。自業自得の側面がないとはいえない。洋介が振るった暴力には良太も恐怖を覚えた。


 しかし、罰を与えられるにしても因習による私刑であってはならない。


 それは村社会では誤った信念かもしれない。

 けれど、良太には巻き込んだ者としての責任があった。はじめは見知らぬ因習に怯えていただけだった。怜音を頼り立ち向かうことを選び、喉元まで迫った。松本千春は言っていた。


『やったのは君。君たち。菊池くん。菊池良太くん』


 奇妙な言い回しだが、まさしくそうとしか言いようがない言葉だった。

 あれは、()()()()()という意味ではない。

 ()()()()()()()()()の二人がやったという意味だ。


 父・直幸がウカガイ様あるいはメグル様だったころに下した祟りが後の因果を生み、巡り巡って良太の身に返ってきたのだ。


 おそらく、そうと気付いているのは現時点で良太だけ――いや、もう一人か。

 目をやると、待っていたとばかりにメッセージが届いた。

 

 怜音:急転直下だね。

    正直に言わせてもらうなら

    ここで手を引くべきだと思う。


 親よりも長い時間を過ごした親友の苦々しい顔が瞼の裏にはっきりと浮かんだ。被害後の洋介の姿を思えば、より深みに入れば次に暴力の対象に選ばれるのは良太自身だろう。でも、だからこそ、引くわけにはいかない。


 良太:僕はやめないよ。

    他人の血が流れた以上は、

    手打ちにするなら向こうにも同等の出血を望む。


 法の至らぬ因習の掟に従うなら、こちらも古い仕来しきたりで挑まねばならない。

 ややあって、怜音からの返信が届いた。

 

 怜音:良太が決めたならしかたない。

    支持するよ。

    それじゃ、対決前に最後の確認だ。


 良太はカーテンで閉め切られた窓の向こう、ずっと遠くの友人と頷き合った。勉強机に父の母校の九九年度卒業アルバムを置き、怜音の気付きと自身の推理をまとめながら父を待つ。そしてまた、理由をつけて先延ばしできないタイミングを待った。


 先に帰宅した母・奈々子と夕食を共にし、遅れて返ってきた父・直幸が食事を終えて人心地ついたかどうかというとき。二本目の缶ビールに口をつけたところだった。


 良太はスマートフォンを録音状態にしてポケットに忍ばせ、卒業アルバムを片手にリビングダイニングに戻った。ちょうど奈々子と談笑しているところだった。


「父さん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


 声の固さを不審に思ったのだろう、直幸と奈々子はどちらともなく顔を見合ってから振り向いた。


「良太? どうした? ……学校で何かあったか?」

「あったよ。友だちが大怪我させられた」


 奈々子が目を見開いた。だが、まだ続きがある。


「――ウカガイ様にやられたんだ。父さん、何かしらない?」

「……なんだって?」


 直幸が訝しげに眉をひそめた。


「何か知らないかって……何を。何も知らないよ。父さんが何を知ってるっていうんだ?」

「何も知らない? 本当に知らないの? 父さんもウカガイ様だったのに」


 言って、良太は直幸の前の席に座り、テーブルに卒業アルバムを置いた。


「ここ最近、ずっと調べてたんだ、ウカガイ様のこと――」


 奈々子がサッと顔を青ざめ声を漏らした。


「――良太……! あなた――!」


 直幸が左手を伸ばし説教を遮った。

 良太はアルバムを開いて見やすい様に向きを変えて押し出す。


「これ、父さんが通ってた中学校のアルバム。卒業年だよ。でも、父さんの写真がない」

「……それは、まあ、そうだろ。父さんは中三のときに――」

「違うよね。高校進学のときにお爺ちゃんの家に戻ってきた」

「どうだったかな……あんまり……」

「卒業した学校のことなんて忘れるわけないよ。誤魔化さないで。もし転校したり神隠しに遭ったりしたんなら、きっとこれが原因だ。違う?」


 そう尋ねつつ印刷した事件記事を押し出した。


「父さんが前に話してくれた怪談話……梅雨の夜の話。あれやったの、父さんだよね? 東京ではどう調べても出てこないけど、()()()()()()記事が残ってたんだ。もし事件化されてないなら怪談が生まれる余地はないよ。事件がないんだから。でも記事があるってことは――」

「良太」


 直幸が鼻を鳴らした。


「忘れてないか? あの怪談は奈々ちゃんも知ってた。奈々ちゃんのお母さんが新聞で見たっていうの覚えてないのか? ――ねえ?」


 と視線をくれられ、奈々子はきょときょとと視線を彷徨わせ小さく頷いた。


「う、うん。そう、お母さんが言ってたの覚えてるもの。良太ったら急に変な――」

「母さん、僕、調べたって言ったよね? 全国紙も、東京の地方紙も、この日の近辺の記事は全部に目を通したって。たぶん、おばあちゃんが言ってたのは、この辺の記事のどれかだよ」


 同時期の別の少年事件記事を並べた。あのときに聞いた、川っぺりの学校で起きた傷害事件の記事もいくつか含まれている。当時はどこも競うように少年事件の報道をしていたのだから些細な喧嘩を大事件のように書いているものもある。


「ウカガイ様は元々こういった事件を未然に防ぐために用意された存在だった。おばあちゃんは地元の人だから意味も知ってたんだ。だから、そう教えたんだよ。そして――」


 良太は直幸を見据えた。感心したような様子で腕組みをしていた。


「当時ウカガイ様だった父さんが窓から入って、三界を模した棒鈴で祟りを与えた。でもやりすぎた。そのせいでウカガイ様のルールが変えられ、後にウカガイ様になった人たちが辛い思いをするようになり――戻ってきた僕にすべての咎が返ってきた。違う? その証拠に――」


 良太はアルバムと一緒に抜いてきた文集を開いた。構成はどこの学校もそう大きくかわらないのだろう、小学校で見たように中学校三年間の行事が並んでいる。


「三年時に祭祀が行われてる。今は小学校三年時にあるだけなのに」

「……良太は小さいころから調べだすと止まらないんだなあ……負けたよ」


 直幸は苦笑まじりに長い息を吐きだした。


「そうだよ。父さんは元ウカガイ様だ。――正確に言うとメグルくんかな?」

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