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身内の疑惑

 父・直幸が話した怪談噺の大筋は、学内で人気を得ていたウカガイ様――父の学校ではメグルくん――が嫉妬に駆られた生徒に暴行され、自らの手で罰を与えるというものだ。


 ウカガイ様=メグルくんに暴行を働いた生徒は、ウカガイ様のルールを悪用していた。つまり、目には見えない、声は聞こえない、そこに存在しないことにするという風習だ。殴ろうが蹴ろうが風習を守る限り誰も助けに入れない。


 教員はそうするよりほかになく、当該生徒が暴れているという方便で自宅謹慎を命じた。そして、ウカガイ様はルールに則り、雨どいを使って当該生徒の自宅に侵入、天罰として鈴――空雛ではなく金属棒を束ねた鈴を使って刺傷を負わせた。生徒は家族もろとも人知れず東京を去る。


 途中までは中村由佳が六年二組で見たのとまったく同じ構図だ。

 唯一の違いは天罰が下されなかったこと。当該生徒はクラスメイトたちによる神隠しに遭ったが、ウカガイ様の手による物理的な暴力には晒されていない。


 何故なぜだ。

 三十年前と六年前で、いったい何が違うというのだろう。


 もっとも単純な違いは性別だが、入学前の面談でウカガイ様と対峙したとき、彼女は空雛の先――割れた卵のように尖った先端を瞳に近づけてきた。そのまま押し込めば良太の目玉を抉り出すこともできただろう。


 六年二組で攻撃されたとき、なぜウカガイ様は――松本千春は反撃しなかった。

 浮かんだ疑問を怜音に送信したのとほとんど同時に、先のメッセージの続きが届いた。


 怜音:そしてここからがとても重要だよ。

    

 数秒の間を置いて、良太の送った疑問への返信があった。


 怜音:予想はつくけどまずはこっちからでいい?

    良太のお父さんの正体に関わることだし。


 父の、正体?

 文面を表示する液晶に薄っすらと映りこむ良太の顔は知らず知らず怪訝そうに歪めらていた。


 良太:正体って、どういうこと?


 怜音:忘れてない?

    さっき送った記事はこっちの新聞。

    もちろん同時期の全国紙も調べたんだよ。

    結果からいうと、全国紙にはそんな事件の記事はなかった。

    

 良太:ウカガイ様が関わった事件は記事にもされない、とか。

    そんなことできるのかわからないけど。


 怜音:記事が見つからない以上できると仮定するしかない。

    それよりも問題なのは、怪談話の出どころだよ。

    

 だんだんと言わんとしていることが見えてきて、良太は文字を打ちこもうとする親指がうまく動かないことに気づいた。もしや――ありえない――でも――悩むうちに、良太は頭に浮かんだ恐ろしい想像を振り払いたくなっていた。


 良太:そんなのクラスメイトあたりじゃないの?

    本人が漏らしたのかもしれないし。

    状況を知ってれば誰だってウカガイ様の仕業だと思うよ。


 怜音:ところがそうでもないんだよ。

    まさにそのウカガイ様が関わってるからね。

    ウカガイ様はいないことになってる。

    写真も撮れない。

    ウカガイ様の話をすることすら許されない。

    そして事件は謹慎中に起きたんだ。

    教員たちは生徒たちになんて報告すると思う?


 答えは分かりきっていた。刺傷事件が事実だとして、教師が誰々くんが自宅で刺されましたと伝えるはずがない。ウカガイ様が関わっているなら何も言わない可能性すらある。


 いや、むしろシステムをより強固にしようと思えば何も言わないほうがいいか。ウカガイ様に手を出した生徒が、その日以来、二度と学校に現れなかった。教員たちは尋ねられても答えない。もしくは、いないものとして扱う。


 良太:神隠しだ。

    そうしたほうがウカガイ様の祟りがリアルになる。


 怜音:だよね。少なくとも刺されたなんて言わない。

    病院に運び込まれたとして

    医者や看護師が事件の話を漏らすとは思えない。

    ウカガイ様が関わってると写真の現像すらできないんだから。


 良太:怪談話が出てくる可能性があるとしたら二つ。

    一つは、事件後にウカガイ様が自分から発信した。

    もう一つは、父さん自身がウカガイ様だった。


 最後の一文を打ち込むとき、良太は強い抵抗感を覚えていた。怪談噺の元ネタになりそうな事件を示唆する地方紙の記事がなければ、そうは思わなかっただろう。全国紙に同じ記事がでていれば別の可能性を探したはずだ。けれど――、


 良太:ただの想像にしては怪談と事件の内容が似すぎてる。

    ウカガイ様が自宅で刺したと話すとも思えない。

    でも、だとしたら、なんで。


 怜音:なんで東京を離れたのか、だよね。

    実は、すごく簡単に辻褄が合うんだよ。

    やりすぎたと考えたらね。


 良太:父さんが?

    そんなこと。

    でも。


 怜音に送ってもらった大量の新聞記事の写しを見れば、そういう時代だったと分かる。父の話によれば、東京の川を渡った先の学校は治安も悪かった。ウカガイ様が少年犯罪の抑止力として機能していたと仮定すれば、自身に暴力を向けてきた生徒は恰好の的だ。


 父の話が本当なら、当時のウカガイ様――メグルくんは、女生徒から人気があった。言い換えれば抑止力としての機能が低下していた。回復するには絶好の機会だった。


 しかし、やりすぎた。


 自宅にまで侵入し、抑止すべき暴力をウカガイ様自身が振るってしまった。下手をすれば殺していたかもしれない重大事件だ。たとえ背後にどんな構造を有しているにせよ、教育機関で運用されている限り、無法の存在として在り続けることは許されない。


 良太:もし何をしても許されるなら

    不平不満が溜まり続けて

    いずれはシステムに対する反抗が始まる。


 怜音:その通り。

    人が運用する権力システムなんだ。

    警察に内部監査がいるように

    ウカガイ様というシステムにも自浄作用が必要だよ。


 良太:父さんがやりすぎたせいでシステムが刷新された。

    ルールが書き換えられウカガイ様自身も手が出せなくなった。

    だから松本千春は反抗できなかった。


 怜音:かもね。

    でもまだ仮説だよ。

    おじさんがウカガイ様と確定したわけじゃない。

    もちろん確かめる方法は分かるよね?


 良太:学校に行く。

    卒業アルバムを探して父さんを確認すればいい。


 そこまで送り、良太は、ああ、と思わず弱弱しい声を漏らした。振り返ってみれば、一度も、良太は父の卒業アルバムを見たことがなかった。母親のも。どんな学校だったかも、学校の名前すら聞いたことがなかった。ただ東京にあるとだけ聞いていたのだ。


 怜音:それともう一つ。

    松本千春さんが実在するのか確かめる良い方法があるよ。

    かなりのリスクを伴うけどね。


 続いて送られてきた具体的な手段に、良太は背もたれを軋ませ天を仰いだ。

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