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裏取り

 良太は唇の縁を指先でなぞりながら思案した。

 中村由佳は白宮のウカガイ様――松本千春を知らないという。久我硝子がもちだした名前なのだから、ウカガイ様に選ばれたとき同じクラスだったか聞けば嘘かどうかわかる。


「――中村さんは三年生のとき久我さんとは違うクラスだったの?」

「三年生のとき……? あっ、小学校の? うん。違うよ。久我さんと一緒のクラスになったのは五年生のときから」


 胸の前で合わせた手にぎゅっと力を込め、由佳は視線を落とした。


「たぶん久我さんは覚えてなかったと思うけど……」

「もしかして……小学校のころは仲良くなかったの?」

「えと……うん……私、小学生の頃はあんまり……中学でも、だけど……」


 由佳の自らを嘲るような苦み走った微笑に、良太は質問を重ねてもよいものか迷った。けれど、久我硝子の話の裏を取るには由佳に聞く以外にない。

 一つ小さく息を入れ、良太は尋ねた。


「アルバムっていうか、文集っていうか……ともかく、六年二組のやつを見て気づいたんだけど、聞いてもいい?」

「……久我さんのこと? だったら――」

「いや、違うんだ。なんて言ったらいいか……中村さんのいた六年二組で、イジメがあったりしたのかなって思って」


 サッと顔を強張らせ、由佳が半歩ほど距離を取った。

 良太は慌てて呼び止める。


「待って! 逃げないで! 犯人捜しをしようとか言うんじゃないし、答えたくないなら答えなくても全然かまわないから!」

「に、逃げたり、しない……けど……なんで菊池くんが神隠しのこと、知ってるの……?」

「見つけたアルバムの、六年二組の胸像写真の数と、似顔絵の人数が合わなかったんだ。だから、誰か一人、存在を無視されてる子がいると思ったんだ。でも、そっか……神隠しって本当にあったことだったんだね」


 最低限の裏は取れた。久我硝子は嘘をついていないのかもしれない。

 教えてくれてありがとう、と礼を述べてから、良太はさらに質問を重ねる。


「それで、ウカガイ様――松本千春さんなんだけど、最初のうちは今みたいな感じじゃなかったって言うのは本当?」

「それは……うん。そう。もっと綺麗な感じの子だった。でもその、六年の時、五年の終わりくらいからかな? 一人の子がちょっと……イジメっていうか……」


 由佳は言いにくそうにポツリポツリと話した。

 ウカガイ様は目に見えないし、声も聞こえない。存在しない。小学校に入る前からそう教わっており、実際に学校で遭遇してからは誰もが懸命に守ってきた。ところが、五、六年生にもなってくれば、奇習に逆らう生徒も現れる。


 神隠しにあったのが、まさにそういう、逆らう子だった。


 まるで度胸試しのようだった。ウカガイ様は目に見えないのだから、躰や物がぶつかっても不注意ですらない。廊下で鈴の音を聞いたら駆けつけ、走ってきた勢いそのままに躰をぶつけて転ばせる。物を投げつけ、いま空中で跳ね返らなかったかと叫ぶ。足をひっかけ大げさに騒ぐこともあれば、バケツに貯めた水をかけもした。


「でも、誰も止められなかった」

「……目に見えないし、声も聞こえないから」


 良太が言いにくそうな言葉を継ぐと、由佳は泣きそうな顔で頷いた。

 止めればウカガイ様の姿が目に見えていることになる。声が聞こえていることになる。止めなくてはと思ったけれど、クラスで目立たない存在だった由佳は、同じ行為が自分に向かうのを恐れた。


「クラスの中には、最初、笑ってる子なんかもいた。でも、いつだったか、その子がいつもみたいにウカガイ様にちょっかいだして、クラスの子に話しかけたら、無視されたの」


 神隠しの始まりだ。

 ウカガイ様に対してやってきたことが、祟りとして生徒に返った。違いがあるとすれば、直接的な暴力が含まれなかったことくらいだろう。クラスの誰もが生徒を無視した。存在も声すらも無視した。その生徒がウカガイ様にした仕打ちを皆が知っていたために、教師すら黙認した。いわば罰だった。


 どのみち、あと半年も経たずに進学する。余計なことはせず、淡々と存在を無視して過ごしてしまえばいい。もちろん、いない場所では神隠しにあった生徒をわらっていた。


「私、こんな子たち同じ学校に行きたくないと思って、必死に勉強して、それでなんとか白宮に入れたんだけど……でも私が変わったわけじゃないから……白宮ではじめ、神隠しにあいそうだったの。あのとき助けなかったから、それで、祟りかなって思ったりもしたよ」


 泣きそうな声だった。由佳の瞳は潤んでさえいた。

 良太は掛けるべき言葉を探す一方で、激しく混乱していた。


――久我硝子の話と違う――。


 神隠しにあった生徒は、松本千春を助けようとしていたのではなかったか。

 だが、それを問い質そうとすれば、久我硝子の名前を出さざるを得なくなる。あの小学校から白宮に来た生徒は、由佳と久我硝子、萩原沙織、それにウカガイ様の四人しかいないのだ。


「祟りのほうがいいってことも、あると思うよ」


 良太はやっと見つけた言葉をふわりと放った。えっ? と由佳が顔を上げた。


「あの、僕ちょっと、子どもの頃に色々と調べたから思うんだけど……祟りっていうのはつまり、自分が原因ではあるんだけど、でも自分のせいではないってことでもあるから」

「自分のせいじゃない……?」

「うん。自分が悪いことをしたから酷い目にあってるなら、行いを正せばいいっていうのが祟りの考え方なんだ。理由がないほうが……何も悪いことをしてないのに酷い目に遭ったらどうしようもないし、そっちの方が怖いよ」


 祟りも罰も、ある種の救いを得るためのシステムだ。信仰が広がるのも現実の不条理や非道に対し、意味や理由を与えて恐怖を取り除けるようになるからである。

 由佳が胸元で重ねた手を僅かに緩め、その微笑から自嘲を抜いた。


「そうかも。自分のせいって思いたかったのかも。――一年の、梅雨の頃にね、サオちゃんが同じ小学校だって気づいて、声をかけてくれて。最初はびっくりしたんだけど――」


 由佳の話は、図書室の扉が開かれる音で途切れた。

 良太と二人そろって、天敵の足音を聞いた小さな獣のように首を振った。


「ユカー? いるー?」


 まさにいま話にのぼった、萩原沙織の声だった。図書室では静かにするという不文律など知らないかのように、大声で呼びかけながら足音が近づいてきて、


「あ、ユカ! 無事!?」


 と由佳を見つけるなり両肩を掴んで自分の方へと向かせた。萩原沙織は部活の途中で抜け出してきたのか、上下とも深緑のジャージを着ていた。


「えっ!? あの、さ、サオちゃん!?」

「――やっぱり、こういうことだろうと思ったんだ。あんた、ユカに変なことしたら、殺すよ?」


 沙織は由佳と良太の間に立ちふさがり、今にも殴り掛かりそうな目つきで睨んだ。

 なぜこうも敵意をぶつけられるのかまるで分からず、良太は咄嗟に両手を小さくあげた。


「し、してない! してません! ちょっと話を聞いてただけで――」

「話ぃ? 外部生が由佳に何の話を聞こうっての? 小学校に行ったとか、私らの卒アル見たとか、キショいんだよ、お前」


 それはそう――と、事実を突きつけられれば、良太も納得せざるをえなかった。

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