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対立と監視

 ウカガイ様が去り際に口にした、また来る、とはいつのことを指すのだろう。

 ほんのちょっとしたことではあるが、良太はまた入学当初に似た、落ち着かない環境で授業を受けざるをえなかった。


 また奇妙なのは、教室の空気が――具体的には良太に向けられる視線が――先日とはまた違っていた。内部生からは腫れ物に触るような気配を、外部生からは同情や憐憫、あるいは応援するような気配を感じた。


 それらがウカガイ様の暴露した良太の小学校調査に起因するというところまでは理解できたが、なぜ内部生と外部生でこうも温度差が生まれているのか――、


「……いや、そりゃそうっしょ」


 ほとんど恒例となっている学食で、洋介が日替わり定食の唐揚げをつつきながら言った。


「まあそりゃそうって言っても、俺だって多分そうじゃねってくらいの感覚だけどさ。要はほら、《《アレ》》はさ、俺たち外部生からすると、内部生の象徴みたいなもんっしょ?」

「象徴って……僕はそんな風に思ったことないけど……」


 言って、良太は今ではすっかり東京色に変わった弁当に箸をつける。

 洋介が唐揚げを頬張り、白米で流し込みつつ、胡乱げに良太を上目見た。


「マジで? 本気で言ってる? だって《《アレ》》さ……確実に俺らを《《見張りに来てる》》じゃん。サッカー部の先輩にも聞いたけどさ、分かるって言ってたよ。何か――」


 洋介はそこで言葉を切り、周囲を窺ってから声を低めた。


「先輩たちの教室とかにも来るらしいんだけどさ、昔っから外部生の前で止まって窓とか叩いてくるんだってさ。そんなんもう、狙いは絶対、俺らじゃん。そりゃ授業の邪魔とかしてこないなら変だと思っても別に放置だけどさ、良太とか実際メンタルやられてんじゃん。あんなのいくらなんでもやりすぎだし、そっちがその気ならって感じになるって」


 なるほど、と頷き一旦は礼を言ったが、良太の意識は内部生と外部生の対立よりも、見張りという表現に向かっていた。


 それまで何の目的で見回っているのか疑問だったけれど、内部生の手による外部生の見張りなのだと解せば、ウカガイ様が生まれた経緯も朧気ながら見えてくる。


 内部生と外部生ではなく、東京者と地方者としてくくるのだ。

 古くは江戸の時代から、地元の人間は地方からやってきた人々を田舎者と疎んじていた。江戸大火により町人と武家人が混在するようになればなおさらだ。


 両社の関係は明治維新が加速させる。

 町人と武家人、支配される東京人と支配する田舎者の関係は冷え込んだに違いない。

 

村社会の構造は単純だ。地の者が素性の分からない余所者を監視し、必要なら排斥する。排斥の基準は村のルールを知っているかどうか、守れるかどうか――地の者と余所者を区別するための識別子のうち、最も簡単なものは方言である。次に祭りや行政のローカルルールとされるもの。


 江戸っ子が三代続かなければとまことしやかに言われてきたのは一連のルールを習得するのにそれだけかかると脅すためだろう。


 簡単に受け容れてなどやるものか――そういう、疑い、監視しようという意志が、ウカガイ様を生んだ――。


「――ってかさ」


 洋介が良太の思索を断ち切るように笑いかけた。


「《《アレ》》の話はもういいよ。面倒くさいしさ。それより今度の休み、気晴らしに一緒にどっか行かね? 俺まだ良太と一回も遊んでないじゃん」


 ふいの誘いに、良太は鼻白んだ。遊びに行くのが嫌だというのではない。しかし、日中を授業で拘束される今、図書室や資料館を利用するなら休日以外は難しい。


「――えっと……でも、ヨウくん、部活は?」


 そうするより仕方なく、良太は角を立てずに断ろうと言葉を選ぶ。

 けれど洋介は呆れたように笑って食い下がった。


「部活が休みじゃなきゃ誘わないって。何? ダメなん? 別に旅行に行くわけでもないしさ」

「いや、えと、ダメじゃないんだけど……何をするのかなって」

「何って……ブラブラ? 俺もう、かなり東京くわしくなってきてるからね」


 自身満々にいう洋介に、良太は頼もしいねと愛想笑いで答えた。


「じゃあ、あの、調べたいこともあるから、午後からでもいい?」

「調べたいこと? 何? 手伝おうか?」

「いや、どこに調べに行けばいいか、まだ決まってないっていうか……」


 どうしても歯切れが悪くなった。見る見るうちに洋介の口角も下がっていった。


「あのさ、なんでも言ってくれって……はあ、まあいいわ。とりあえず今度の休み、午後ね」


 ため息交じりに両手を合わせ、洋介が御馳走さまでしたと小さく唱えた。

 嬉しくもあり、悩ましくある事柄が増えていく。


 しかし、今日の良太は他にもやるべきことがあった。

 放課後の予鈴とともにいつものルーティーン――洋介が席を立ち、じゃあ俺は部活だからと言ったすぐあと、良太はすかさず口を開いた。


「僕はやっぱり図書室、かな」


 ぱちくり瞬く洋介に笑みを向けつつ、横目で隣席の様子を探る。


――よし。

 

 と良太は内心で拳を握った。きちんと久我硝子の周りに中村由佳と萩原沙織が来ていた。また同時に、明らかに聞き耳を立てているようだった。


「……ああ、さっき言ってたやつ?」


 洋介が言った。


「何かよく分かんないけどさ、手伝って欲しいことあったらマジ言ってな? 本当、部活マジで緩いし、授業の予習とか言えば平気っぽいから」


 そう苦笑まじりに良太の肩を叩き、洋介は教室を出て行った。残された良太も一つ息を入れてから席を立ち、久我硝子たちに顔を振り向ける。


「それじゃあ、久我さん、中村さん――と、萩原さんも、また明日」


 手を振りながら、三人と視線を交わす。

 久我硝子は先日までとまるで変わらず涼し気に答え、中村由佳は身を守るように胸元で手を合わせたままごく幽かに頷いた。

 そして萩原沙織は、何だコイツとばかりに眉を寄せて、小さく顎を上げた。


「ん。また」


 たったの一言ではあったが、敵意に似た感情が乗っているようにも思えた。

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