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疑念

 良太は久我硝子の話をノートにまとめなおし、そっくりそのまま怜音に送った。

 奇妙な話だった。


 やりとりを終える間際、久我硝子は誰にも言わないように念を押してきた。どこから話が漏れてしまうか分からないから、家でも校内でも話してくれるな、と。


 当初、彼女がkoshokosho_3のアカウントを使い、正体を隠していたのも、良太がウカガイ様と繋がっているかもと疑っていたからだと。


 ――僕が怖がってるのが演技に見えたってこと?


 良太は聞きそびれた疑問を胸の内に唱えた。それぐらい警戒しているということか。わが身を振り返ってみれば、なるほど、当初は怯えていて助けの手を差し伸べたものの、しばらくすると雰囲気が変わって見えたとしても不思議ではない。


 それに、久我硝子が良太を疑う理由はあった。

 彼女は松本千春――同一のウカガイ様と九年も一緒に過ごしている。そのあいだ一人の人間にここまで執着することはなかったのだという。何かあると睨むのは当然だった。


 怜音:読んだよ。


 たっぷり時間をあけて、怜音から返信があった。


 怜音:正直な感想を言わせてもらうと

    すごく怪しい。


 良太:どこが怪しい?


 自分の意見は述べず、怜音の答えを待った。良太自身の主観を先に伝えてしまうと、素直な意見をもらえないような気がしていた。


 怜音:どこがって言われると難しいね。

    でも話が出来すぎてる気がする。


 良太:出来すぎてるっていうのは?


 怜音:久我さんがkoshokosho_3のはまあ予想通り。

    ウカガイ様と友だちだったっていうのもまあ分かる。

    そこから先は何かおかしい。


 ある日とつぜん友だちが神様になった。これまで教わってきたとおり存在を無視する。向こうは慣れていないし、まだ子どもだったから、急に神にされておかしくなっていった。


 ところが最後の一年になってクラスメイトがウカガイ様――というより、松本千春を救おうと教育委員会を持ち出し、その結果としてかかわりを持ちたくないから無視された。


 怜音:その子はなんで急にそんなことを言い出したのさ。

    丸一年も八分はぶにされてきたのに

    なんでその子は久我硝子に写真を送ったの?

    松本千春を救って欲しかったとしてなんで久我硝子?

    久我硝子は受験のためにその子を無視したんでしょ?

    せっかく白宮に進学できたのに危険をおかすのはなぜ?


 良太:僕に聞かれたって分からないよ。

    なんでそんなに疑うのさ。

 

 矢継ぎ早に送られてきた疑問の数々が糾弾の言葉のようにも思え、良太はついムキになって反論していた。


 良太:目の前の問題が解決したからかもしれないよ。

    選べば、いつか必ず後悔するんだから。


 たとえば、いまの良太のように。

 後悔は先に立たないというが、数多ある選択肢のうちいずれかを選べば、必ず後に悔いが残るものだ。結果の良し悪しは関係ない。折に触れ、あのとき別の道を選んでいたらと感傷的になるのが人間という生き物だ。


 地元で進学していればこんなことに巻き込まれなかったのでは。

 さっさと無視するようになっていれば。

 調べるべきだと誘われ、乗ってしまったから――


 良太:いいよ。久我さんのことは僕が調べる。

    どっちみち裏取りできるのは僕だけだし。

    そっちは何か分かったの?


 口調がキツくなっている。これでは八つ当たりだ。分かっていても、良太の疲労した脳に新しい文面を組み立てるほどの余力はなかった。


 怜音:ごめん。


 返信が届くまで、良太の想像よりずっと時間がかかった。


 怜音:おじさんの怪談話はもうちょっとかかるかも。

    資料を探すところからはじめなきゃいけないし

    量が多すぎるんだ。

    あるかどうかもわからない情報を探すわけだしさ。


 良太:言い訳ばっかりじゃん。


 バチバチと叩くように文字を打ち込み送りつけ、返信も待たずに僕なんか白宮の授業についていきながら……と途中まで書き、ようやく我に返った。胃の内容物まで出てきそうな重いため息をつき、良太は文字通り頭を抱える。書き途中の文章を破棄し、液晶の上で何度も指を彷徨わせながらメッセージを作った。


 良太:ごめん。

    完全に八つ当たりした。


 認めがたいけれど、認めざるをえなかった。自分の読みが外れたのもあるかもしれない。ようやく終わると思ったことに続きがあると知ったからかもしれない。もっといえば、良太の心の奥底にある功名心や、善意の皮を被った好奇心が、久我硝子のやろうとしていることに共感を覚えていたからかもしれなかった。


――ウカガイ様を――松本千春を救いたい――。

  

 九年だ。九年ものあいだ、正常とは言い難い学生生活を強いられてきたのだ。

 旧知の友人を名乗る人間に助けたいと言われれば、良太は協力したいと思ってしまう。それをあっさりと否定されたのが腹立たしかった。そう言わなければ嘘になる。


 東京に来てからというもの、良太は嘘ばかりついてきていた。

 せめて地元の、共働きの両親よりも長い付き合いのある友人に嘘はつきたくなかった。


 良太:さんざん怖がらせられたのにさ。

    ウカガイ様とかやめさせたいと思って。

    そうしようとしてる久我さんの話を怪しいって言われて

    なんか僕がおかしいって言われてる気になった。

    本当にごめん。


 謝罪というのは、ときに信じられないほどのエネルギーを必要とする。肉体的にも、精神的にもである。頼るしかなく、事実そうしてきたことを情けなく思っているはずが、まだ甘えようとしている。その自覚がさらなる重荷となり良太の背中に絡みつく。しかし――いや、だからこそ、


 怜音:いや良太はおかしいよ。

    だから好きなんだけどね。

 

 そう軽々と返されてしまうと、良太は思わず吹き出してしまう。

 調査は継続。ただし目標に微修正を加える。

 ウカガイ様という奇習を暴き、松本千春という()()()を救いだす――。

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