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保健室

 遠慮会釈もなしにウカガイ様は繰り返す。


「ねえ、ねえ、菊池くん、菊池良太くん。土曜日、小学校に、何を調べに行ったの?」


 それはほとんど脅し文句で、かつ良太の立ち位置を窮する攻撃でもあった。


「大丈夫だよ。調べたことを教えてよ。ねえ、ねえ、知りたいことを教えてよ。菊池良太くんに教えてあげる。大丈夫だよ――」


――()()()()()()()()()()()()()()


 耳から入った言葉が良太のはらわたをかき混ぜる。面接試験の前よりもこらえがたい圧迫感。面接と異なるのは、一言一句おぼえていること――いや、忘れられないことだ。

 背中を丸めた良太の姿に満足したのか、ウカガイ様は、ガシャン、と叩いて窓を離れた。


「また来るね、良太くん。()()()()()()()()()()

 

 限界だった。良太は顔じゅうに脂汗を垂らし両手で口を塞いだ。そんな彼を嬲るように鈴の音を響かせ、足音が遠くなっていく。やがて音が消え去ると、すぐに声があがった。


「先生、すいません」


 洋介だった。片手を伸ばして気遣うように言った。


「ちょっと良太――菊池くんの具合が悪そうなんで保健室つれてっていいですか?」


 教師は教卓に置かれたノートPCから目を上げ、良太を一瞥、頷いた。


「頼んだ。――大丈夫か、菊池?」


 事務作業のような確認に、良太は口を塞いだまま頷き返した。

 洋介の手を借り冷え冷えとした廊下に出ると、つい先ほどまでそこにいたウカガイ様の体温を感じたような気がした。窓を挟んで良太の席を見下ろせる一点だけ妙な湿り気を帯び、ほのかにこうが匂っていたのだ。


「……白檀びゃくだんかも」


 保健室のベッドに横たわったあと、最初に良太の口を突いて出たのは香木の名だった。地元の祭事か、あるいは仏事か、どこかで嗅いだ記憶があった。


「――お? びゃく……何?」


 と洋介が横から顔を覗き込む。


「……何でもない。ごめん、ヨウくん。ありがとう」

「いや、いいって別に」


 洋介は肩越しにベッドを囲うカーテンの外――学校保険医の気配を窺い、声を低めた。


「名前を呼ぶのは反則だよな」

「……だよね」


 やっぱりそう思うよね、と良太は口角をあげた。笑えたが、笑えなかった。小学校で調査をしていたことを知っているし、クラス中に知られた。これではkoshokosho_3の特定に使えなくなってしまう――が、



「――なあ良太、小学校って何の話? ()()に何かやったん?」

「……違うよ。ちょっと調べものに行っただけ」


 良太にとっては、koshokosho_3に知られたことよりも、洋介に知られたことのほうが問題った。元々が体育会系で、田舎つながりで親近感を持ち、外部生という同じ村意識をきょうゆうしている友だちに知られたのだ。


「はあ? そんだけであんな詰めてくんの? それなんか――」


 だ良太は目を瞑り深く呼吸した。

 白宮で初めてできた友だちは、()()()()()()()、ちょっとやそっとじゃ引き下がらない。


「――ちょっと? 君?」


 と尋ねつつ、中年の女性保険医がカーテンを薄く開いて首を突っ込んできた。


「その子――菊池くん、だっけ? 見たとこただの貧血だから、あなたはもう教室に戻りなさい。友だちを授業サボるダシに使わない。いい?」

「――えっ、や、違くて。俺そういうんじゃないッスよ」

「そのつもりなくても先生にはそうとしか見えないの。君、サッカー部の子でしょ? 朝そこで走ってるの見たよ。顧問の先生に報告してもいいんだけど、どうする?」

「マジすか!? いや俺、良太のことが心配で――けっこう繊細っていうか――」

「見れば分かるから。いいから戻る! 元気いっぱいな君が横にいたらうるさくて寝られないでしょ?」


 ぐっ、と唸って口ごもり、洋介は振り向きざまに言った。


「んじゃ俺、教室、戻ってっから。後でまた見に来るわ」


 その嬉しくも押しつけがましい優しさに、良太は地元への郷愁を覚えつつ首を縦に振った。


「ありがとう。でも大丈夫。ちょっと休んで動けそうなら僕も教室に戻るから」


 洋介は不満げに鼻で息をつき、保険医にお願いしますと付け加えて背を向けた。名残惜し気な足音が遠ざかり、扉の開閉と一緒に部屋に静寂が戻った。

 ふっ、と肩を僅かに落とし、保険医が良太に振り向く。


「どう見ても君よりあっちの子のほうが繊細そうだよね」


 冗談のつもり――なのだろうか。良太は判断をつけられず曖昧な笑みで返した。保険医はしばらく彼の感情を探るように見つめ、ふいに半身をカーテンの内側に入れて言った。


「とりあえず残り二十分くらいかな――寝ておきな。意外と単なる寝不足だったりするから」


 返事をする間もなかった。ジャッ、と音を立ててカーテンが閉められ、外界と良太とを分かつ白い結界が完成した。

 深く、深く息を吸い込み、瞼を閉じてゆっくりと吐き出す。言われた通り、頭から布団をかぶって眠ってしまいたかった。


 けれど、今はそんな場合ではない。

 たった一人、教室を離れてしまった自分にしかできないことがあった。


 良太はブレザーのポケットをまさぐりスマホを出した。音が出ないよう慎重に画面に触れて質問を書き上げる。


 良太:ウカガイ様が保健室に来ることはありますか?

 

 もちろん、送り先はkoshokosho_3だ。

 すぐに返答があるかどうか。返答の内容は。


 ウカガイ様のせいで――あるいは、気持ちをはやらせ小学校に調査へ行ってしまった軽率さのせいで――出たとこ勝負にいかざるを得なくなったが、良太自身がそうであるように教室に残る生徒の多くも動揺しているはずだった。


 あとは何を聞き、何を答えさせるか。

 良太は天井を睨んで思考する。


――あれは、どういう意味だったのだろう。


 一言も聞き漏らせなかったからこそ気になったこと。

 ウカガイ様の発した言葉。


――()()()()()()()()()()()()()()


 生徒たちはウカガイ様の問いかけをきこえなかったものとするのだろうか。

 つまり、良太が小学校へ何かを調べにいったということを、知りながらにして知らないフリをするのだろうか。


 もし、そうだとしたら、koshokosho_3の尻尾に手が届くかもしれない。

 なるほど、と良太は思う。


――僕はヨウくんほど繊細じゃない。

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