別角度
所詮は無料で利用できるジョークアプリだったということだろう。もしくはすでに撮られた写真をさらに撮影して加工を試みたからか。
ひとまず胸像写真から萩原沙織と中村由佳、久我硝子の写真を五年分、老化させてみても今の面影がないでもないという程度の仕上がりで、今の姿とはまるで違った。当然のように苦労して集合写真から加齢後の写真を作ってみても結果は同じだ。
良太:今度こそって思ったんだけどね」
ちょっと甘かったかも。
怜音:ちょっとどころかって感じだけど
アイデアは悪くなかったと思う。
雰囲気くらいは出てるんでしょ?
良太:まあそれくらいなら。
でも胸像写真と同じ人か分かんないのもあって。
集合写真は画角が違う。ドローンでも使ったのか、単に高いところに上って撮影したのか、生徒たちは全員カメラを見上げているのだ。久我硝子が代表的だが胸像写真とは髪型が異なる生徒も散見されるため、撮影時期にもズレがあるのだろう。
良太:全員分の写真がないし対照も難しいよ。
怜音:足りない写真はまた撮りに行くだけでは?
良太:簡単に言わないでよ。
怜音:おや? 小学生のウカガイ様が怖いと?
良太:怖くはないけど嫌な感じ。
嘘ではない。不意を突かれて驚いたのは事実だし、無視しつづけるのに苦労したのも本当だが、憑きまとわれること自体に恐怖は覚えなかった。
――ただ、名前を呼ばれたことには強い不快感が残っている。
読み上げられたのが学校名と名前だけだったので、まだ良かった。生徒証の裏面には通学定期を購入するための住所記入欄がある。そして実際に良太の手で記入してある。もし住所を見られていたらと思うと――
良太:ウカガイ様は学校の外には出られないけどさ。
ウカガイ様役の人は外に出られるわけだから。
父・直幸の怪談話――良太は未だに窓を開けられない。帰宅と同時に遮光カーテンを引き、朝までそのままにしている。怖がりすぎというのは承知しているし、いかにも人を脅かすために作られた話に、まんまと行動を制限されている。
良太:ウカガイ様は治外法権っぽいし。
怜音:ああ、それなんだけど。
良太のおじさんの怪談話
もうちょっと正確な日付とかわかんないかな?
良太:は? 何で?
あんなの父さんの作り話だと思うけど。
怜音:かもしれない。
でもそうじゃないかもしれない。
だから別の角度から調べてみようと思ってね。
良太:別の角度?
怜音:いくら昔の話っていっても大事件じゃん。
中学生が自宅で複数回刺されたなんてさ。
当時の新聞とか雑誌を調べたら概要くらい載ってないかなって。
良太:そんなのどんだけあると思ってるのさ。
それに本当の話なら事件にもならないってことでしょ?
怜音:だから、それを調べようっていうのさ。
東京では握りつぶされる情報であっても、田舎では表に出てしまうことがあるという。いまでこそ地方紙が中央紙を出し抜くことなど少なくなったが、それこそ直幸が中学生くらいのころ――三十年も前なら、ままあったのだと。
良太:望み薄だと思うけど。
父さんの話からすると中二の六月から七月だろうね。
雨の降り続く蒸し暑い夜のこと――風鈴と雨音に混じって響く特徴的な鈴の音色――良太はブルッと身震いした。
そんな彼を察したかのように、励ましの言葉が届いた。
怜音:まあ期待しないで待っててよ。
なんとも心強い話だ、と良太はすっかり冷めたハンバーガーとポテトの残りをコーラで胃袋に流し込む。
日曜、良太は一日を空雛の調査に充てた。
有名なものなら同型の商品があるかもしれないと思い至ったのだ。
だが、目論見は外れた。
怜音が教師から聞いたという話を再確認しつつ細かな周辺情報を探ろうとしても何も手に入らない。分かったのは啐啄同機という四字熟語の説明と、金剛鈴からの連想で見つけた帝釈天《帝釈天》くらいだった。
場所は東京、葛飾、柴又帝釈天。
江戸初期に創建された日蓮宗の寺院だ。経は南無妙法蓮華経と唱える法華宗に同じ――とまとめてしまうのはあまりにも乱暴な解釈だが、良太にとって重要なのは宗派の大枠ともう一つ。
場所だ。
江戸川の手前、朱引でいえば江戸の外。江戸東京が拡大したあとに生まれた、いわば新しい下町とでもいうべき区域である。
もしウカガイ様がもつ空雛のルーツが葛飾にあるのなら、ウカガイ様が作られたのは、比較的新しい時代なのかもしれない。
煮え切れないまま新たな週を迎え、一人で歩くようになった通学路で、良太はひっそりとしかし盛んに目を光らせた。
――このなかに、ウカガイ様がいるのかもしれない。
新たな疑心は新たな鬼をも生み出す。鈴が鳴らない限りは平気だろうと思いはしても、やはり確証はない。せっかく慣れてきた通学路はまた重く暗い道になった。
koshokosho_3に尋ねるべきだろうか。久我硝子と確定させる材料にはならなそうだが、質問の仕方次第でどうにでもなる――交渉ゲームでは自分の方が上なのだから。
そんなことを考えていたからか、久我硝子の曖昧な微笑は普段よりいくらか冷え冷えとして見えた。おはようと音もなく動いた唇に合わせて、良太も小さく頭を下げる。続いて朝練の疲れか眠そうな洋介に挨拶し、中村由佳と視線を交わし、萩原沙織に訝しがられ――普段通りの日常がまた始まる。
そう思われたのだが。
チリン、ヂリン、と鳴る鈴の音が教室前の廊下で止まり、窓を叩いて囁いた。
「――菊池良太くん」
名前を呼ぶのは反則だと良太は思った。周囲の生徒の反応もいつもと少し違う。平素ならまるでいないし聞こえないものとしてやり過ごすのに、名が出たことで演技が止まった。目には見えないがしかし確実に存在する動揺が広まり、それがまた良太の顔を強張らせる。
そして。
「菊池、良太くん。――小学校で、何を調べてたの?」
ぞわり、と全身の毛が逆立った。隣の席でも、後ろの席でも、息をのむような気配があった。
知られている。
今にも振り向いてしまいそうな首の筋を軋ませながら良太は胸の内に叫んだ。
ウカガイ様は、ウカガイ様の見知った話を知っている。
まるで神の如くに。




