ウカガイ様の姿
もし小学校でイジメがあったとしたら――被害者として良太が思い描ける人物は、中村由佳くらいしかいない。だが、もちろん断定はできない。たまたま知っている人物がいて、その人物が他の友人とクラブに参加していないらしいと分かるだけ。可能性があるというだけだ。
――それに、もしイジメがあったとしたら、辻褄が合わない。
仮に中村由佳が六年時にイジメられていたのなら、現時点で久我硝子の取り巻きに収まっていないだろう。萩原沙織が気遣うような様子を見せていたのもあるし、中学進学後に何かがあり、同じ学校のつながりで助け合ったというのが素直な見方だろう。
良太:これだけの情報じゃkoshokosho_3の特定は無理そうだね。
向こうがボロを出してくれないと。
怜音:だね。けど代わりにウカガイ様の正体は分かったかも。
集合写真にはウカガイ様が写ってる可能性がある。
良太:それはないよ。
ルールに抵触する。
父さんの頃なんか写真も現像してもらえなかったらしいし。
撮らせるはずがないよ。
怜音:それがウカガイ様ならね。
良太は怜音の言わんとする意味が分からず眉を寄せた。
それがウカガイ様なら?
ウカガイ様の写真を撮ってはいけない。それは資料にも書かれている禁則事項だ。だから写真撮影はできないし現像もでききない。してらもらえない。でも卒業アルバムの集合写真には写り込んでいる?
頭のなかをクエスチョンマークで満杯にして唸っていると、まさにそうなっているであろうことを予想していたかのように、怜音のメッセージが届いた。
怜音:分からないようなら名探偵にヒントをあげよう。
資料に戻って考えてみるといいんだ。
ウカガイ様をウカガイ様と規定しているのは何?
なんでも遊びに変換してしまうのが怜音の良いところであり悪いところでもある。
良太は若干の面倒くささを覚えながら資料の写真を見直す。
『ウカガイ様は生徒の皆を見守ってくださっています。失礼のないようにしましょう』
そう題されたページに学生服とセーラー服の男女のイラスト。
次のページからは注意事項が並んでいる。
……あっ。
と良太はパタパタと指を動かし答えを送った。
良太:もしかして
ウカガイ様は恰好でしか規定されてない?
怜音:ご明察。
ウカガイ様を規定する文章は題名のところだけ。
あとは何をしちゃいけないかしか書かれてない。
普通に考えればこういう格好の奴がウカガイ様って意味しかない。
良太:逆に言えばこの恰好をしていないのはウカガイ様じゃない?
怜音:と思うね。
服装はともかく一番あやしいのは鈴だよ。
空雛は宗教的な意味を持たされた道具だからね。
私服を着ていたらウカガイ様として扱われない――そんなことがありえるのだろうか。良太は乏しい知識を組み合わせて検討を試みる。
ウカガイ様が神の化身であれ、禅宗系の修行の徒であれ、服装で区別するというのは不思議なことではない。たとえば密教系の金剛鈴であれば、目に見えるところにぶら下げ、山野を歩く際のお守りとして、また神の化身として持ち歩くことで、修行僧であることを示す。
代表的な例は四国のお遍路だ。
四国八十八カ所巡りは行の一種である。過酷な遍路に際して道半ばで死ぬことも想定し白衣を纏い、経を唱えるための袈裟を身に着け、鈴を手に持ち、墓標に代える金剛杖を突く。であればこそ、近隣の住民は修験者と認めて施しを与える場合がある。
翻ってウカガイ様の場合はどうか。
そもそもウカガイ様は小学校にも現れるように作られている。言い換えれば、小学生が崇め奉れるように設計されなければならない。
そうか、と良太は独り合点する。
だからウカガイ様は無視されるのだ。
小学四年生からウカガイ様役を担うとして、それより下の児童にウカガイ様に必ず崇め奉るように言い含めても全員が全員、従えるはずがない。なかには反抗する子もいるだろう。そのとき生徒は転校の憂き目に合う。
東京には学校選択制度があるため、たとえ転校したとしても不自然はなくなる。転校の理由は明白で、ウカガイ様に不敬を働いたから。
日本の刑法には寺社仏閣に対する不敬罪が存在する。説教や葬式の邪魔をするだけでも適用され懲役刑または罰金刑が課されるのだ。
たとえば、殴る蹴るのイジメに傷害罪や暴行罪が適用されるように、ウカガイ様が神事ないし仏事であれば、本来は相応に重い罰を課されるところを転校ですますという方便が立つ。
触らぬ神に祟りなし――
多くの人々が普段、寺社仏閣に対して何もしないように、ウカガイ様はウカガイ様という存在として無視するように教示する。触れれば祟りが現れ、児童は同級生の失踪や転校という形で祟りという現象を知る。祟りは噂として広まり、対策が求められる。それも、六歳の子供でも理解できるような対策が。
方法は単純だ。
鈴の音と外見でウカガイ様を規定する。この恰好を見たら無視すること。もしいないものとして扱えなければひどい目に合うと親教師上級生から学ぶ。あるいは実際に目にする。そうして、ウカガイ様にも破れないルールが設定される――
――じゃあ、あれは。
良太は白宮の図書室を出たときに見たウカガイ様を思い出す。夕日に染まる校庭に、普段の恐ろしい眼差しとはまるで異なる、憧憬を湛えた瞳。手のひらに握りこんでいた鈴。空雛。
――あのときのウカガイ様は、人だったのかもしれない。
ウカガイ様を規定するのは制服と鈴だ。鈴を握り込むだけで神から人に変ずる。ありえなくはない。いや、むしろ現代の道理には適う。
良太:そういえば小学校のウカガイ様は学校の外に出られなかった。
自らの思考を加速させるために、良太は今日の出来事と推論を送っていく。
あのとき、ウカガイ様は追おうと思えばできたはずだ。なのに逃げるなと発しただけで敷地内に留まった。母・奈々子のしたこと、良太自身も倣ったことを思い出せば、理由は自ずと分かる。
かつて存在した辻巡り――角で何度も曲がり、ウカガイ様を撒く儀式。
校外に出られないなら必要のない儀式が、かつては存在し、今はいらなくなった。
つまり、いつかの時点で外に出られないようにしたのだ。
カメラがフィルムからデジタルに変わり、小型化し、電話を通じて簡単に世間に広められるようになったことから、ウカガイ様のルールを再規定したのだろう。
怜音:なるほどね。
見えてきたじゃん。
ウカガイ様。
良太:それだけじゃないよ。
怜音:おっと?
良太:今は便利なアプリがあるからね。
小学校の写真から今のウカガイ様の顔も作れる。
怜音:とうとうきたね、名探偵。
どうだとばかりにしたり顔をし、良太は意気揚々と写真加工アプリを探し始めた。




