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証拠探し

 良太は念のため行事目録の写真を撮り、萩原沙織の文章を探した。


『舞台に立って』


 ほどなくして見つかったほんの八百字――原稿用紙二枚足らずのスペースに、一部は自筆のイラストにあてて近隣の大会に出場した際の思い出が書かれていた。内容を吟味している余裕はない。一ページに二人、見開きで四人分の文集になるが、ひとまず萩原沙織の文章だけを拡大して写真に収め、六年三組まで飛ばす。


 構成はどのクラスも同じだ。級友全員の似ているとも似ていないとも言い難い似顔絵に続いて担当教員、それぞれの夢――久我硝子は『モデルか医者』で、中村由佳は『獣医さん』としていた。


 久我硝子の超然とした様子から離れた子どもらしい二択に良太は思わず笑みを零した。一方で中村由佳の簡素な一文。現在の印象との差は流して写真に収め、良太は本文を探す。


『クラスのみんなへ』

 

 見出しの強度に、良太は一瞬、戸惑った。

 他の生徒は自分の話――それも修学旅行や個人的な体験を綴っているのに対し、久我硝子は六年三組の生徒全員に向けて文章を書いている。つい文章を目で追ってしまい、三行で当たり障りのない内容と判断、写真を撮って、中村由佳を探した。


『修学旅行に行って』

 

 生徒の声が校舎を伝わり響いてきた。読んでいる時間はない。やはり写真に収めるに留め、良太は卒業アルバムを書架に戻した。


 内容の吟味は後と決めたつもりだったが、どうしても一つ気になった。

 アルバムの、三年時の行事に書かれていた『祭祀』だ。

 後ろに『夏祭り』があったからには、祭祀をただ祭祀と書くのは異様に思われた。


 時間はどうだろうか。生徒は図書室を頻繁に利用するのだろうか。

 迷うよりは、と良太は前後の卒業アルバムを引き抜く。卒業アルバムや文集は何年も同じ構成を使っている。調べるのは手書きされた教員の似顔絵の後だけで良かった。


 あった。前の代では四年のときに、後ろの代では二年のときに、やはり『祭祀』とだけ書かれた行事が行われている。ざっと見た限り祭祀についての記述はない。


 妙だ、と良太は思う。


 ウカガイ様は三年時に決まるのではなかったか。しかし、白宮のウカガイ様――つまり新一年生から逆算すれば、小学校では四年時の頭からウカガイ様を務めることになる。


 もし祭祀がウカガイ様を決める儀式だとしたら、決めたのち譲渡に一年を要するのか。それとも全く別の儀式を意味しているのか。


 廊下の外、階下では生徒たちの元気な声が聞こえてくる。そこに混じる鈴の音も。

 迷い、手に取ったばかりのアルバムを戻しつつ、良太はあらためて久我硝子の載るアルバムを引き抜く。偽装はしてあるのだ。アルバムを借り出すのは難しいだろうから、時間が許す限り写真を撮っておくべきだと思った。


 撮って、ページを繰り、撮り、繰って、焦点や画角や解像度などなど気になるところはありつつもすべての写真を収めて書架に戻した後だった。


 念には念をで用意した『妖怪ずかん』の前に戻って手に取ったとき。

 ちょうど、寝かせた本の中腹に指をかけて持ち上げたからだろう、本が開いて、一枚の紙が滑るようにして机に落ちた。

 ここの生徒が書いたであろう、古びたメモの一ページだ。


――ウカガイ様。


 そう題された、拙いセーラー服姿の女生徒の絵。良太は全身の肌が粟立つのを感じた。それというのも、生徒たちの喧騒に混じり、その音が聞こえたからだ。


――リン、リリン、チリ、ヂリリン……


 音は、間隔を短くし、図書室こちらに小走りで近づいてきていた。良太は慌ててメモを拾って本に挟み、書架へと足早に移動した。屈みこみ、元あった場所に戻した。とき。


――ガラリ。


 と図書室の扉を開け放つ者がいた。良太は反射的に立ち、視界の端で捉えた。

 長い黒髪を後ろで一つまとめにした眼鏡の少女。

 

――ウカガイ様だ。


 おそらくは。

 少女は固まる良太に訝し気な視線を注ぎつつ図書室に入ってきた。


「え、誰ぇ……?」


 妙に間延びした幼い声。

 良太はできうる限り少女を――ウカガイ様の存在を無視して机に戻った。開いていたノートを閉じてバックッパックにしまう。


「お兄さん、誰ぇ……?」


 もし街中で声をかけられていれば振り向いていただろう。少女が、ウカガイ様が動くたびに鈴が揺れているのだろう、チリン、ヂリン、とときに澄みときに濁る鈴の音を立てていた。


「ねえ。ねえ! どこから来たの? 誰?」

 

 投げかけられる幼い惹句に下唇を噛み、良太は図書室を出た。と同時に、扉を素早く締め切った。ついてくるなとばかりに念を込め。

 けれど。

 無情にも、良太が歩き出すと同時に背後で扉が開かれた。


「ねえ、待って。誰? お兄さん、だあれ……?」


 良太は振り向かないようこらえるだけで限界だった。ウカガイ様の声色が白宮のそれより幼いせいもあるのだろう。ただ無視して階段を下りていくだけのことが山野を駆け巡る苦行に等しく思えた。


 すれ違う幼き学童たちも良太なぞいないかのように振る舞う――より正確には、良太そのものというよりは、ウカガイ様を連れて歩く良太を、そこにいないかのように過ごしていた。


 職員室の戸を叩き、来たときと同じように扉を開くと、対応してくれていた女性教師が気づいてやってきた。


 しかし、良太の背後にいるウカガイ様に気づいたのだろう。女性教師の視線は良太の背後を見通すように、すぅっと遠くなった。


「おつかれさま。もう終わったの?」

「はい。おかげさまで――」


 なんの変哲もないやりとりに、声が混じった。


「ねえ、誰ぇ? 先生この人、誰ぇ?」


 女性教師はウカガイ様の声など聞こえないかのように言った。


「それじゃ生徒証を返すからついてきて」

「ねえ。ねえってば。先生」


 取りくというより、まとわりくといった方が正しいだろう。幼いウカガイ様は女性教師の周りを回るようにしながら呼びかけ続けた。


 女性教師は応じない。良太もまた高鳴る胸を手で押さえないように気を払う。

 そして。


「はいこれ――」


 と女性教師が差し出す生徒証とビジダー証を交換しようとしたときだ。


――ヂリン!

 

 と鈴を鳴らしてウカガイ様が飛び跳ねた。卵型の鈴――空雛からびなをぶら下げた左手で、女性教師持つ生徒証を叩き落とした。


「あっ」


 と良太が声を出すのと、女性教師がごまかすようにごめんねと口にしたのはほとんど同時だった。どちらともなく拾おうと屈んだとき、ウカガイ様も一緒に動いた。


「白宮学園高校の、きくち、りょうた、さん」


 そう生徒証を読み上げ、幼いウカガイ様が良太の顔を覗き込んた。

 氏名欄に振られたふりがなを恨んだのは人生で初めてだった。

 そして、これから先もないだろう。

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