過去を辿る
良太は事前に調べておいた資料をスマートフォンで確認、机にノートを広げた。
小学校の図書室は、やはり地元と比べれば悲しくなるほどに新しく、多数の文献を揃えていた。大きくとられた窓から日差しが差し込み、真新しい本の背表紙を照らす。一方で壁を背にして日陰になる書架には古い文献。
書架分類番号に従って並べられているだけに、通路でぐるぐると回る形になるが、おそらく古書を紫外線から守ろうと配置した結果なのだろう。
よし、と一つ息をつき、良太はさっそく民俗学の棚の前で屈みこむ。
新しいものは低学年向けらしき『学校のおばけ』から高学年向けの『東京民話』などなど。
探していた本は日陰の棚に忘れられたように差さっていた。
一九七六年版『妖怪ずかん』。
子供向けかつ半世紀ちかくも昔に書かれた文献だけに白宮学園の図書室にはなかった。もちろん、ウカガイ様の調査に役立つとは思っていない。ただkoshokosho_3の特定を済ませるまでの偽装になってくれればそれでいい。
本命は怜音と相談した通り、卒業アルバムか卒業文集――それもなければ部誌や図書館だよりのバックナンバー、学級新聞など、五年以上前のものだ。
ありそうな場所といえば児童が興味を持たなそうな書庫の端、日陰の書架の最下段だが――、
「――嘘でしょ?」
良太は思わず呟いた。図書室の最奥、いかにも廃棄予定の文献をまとめ置いているかのような分類番号すら無視して並ぶ書架、その最下段を卒業アルバムが占有していた。その数、およそ三十年分。あまりにもあっけなかった。
けれど、本題はここからだ。
「いたらいいけど」
久我硝子。その名を探して、良太は卒業アルバムを開いた。むっと鼻につく埃臭さ。ずっと誰も開かなかったし、抜かなかったのだろう、一ページ目から端が黒カビに汚れている。校歌に続いて六年生全員を集めたのであろう集合写真は、校庭で撮られたものだろうか。
――いない?
良太は胸の内に尋ねる。ざっと見た限りでは、久我硝子らしき顔はない。
とはいえ、結論とするには早い。男子にしても女子にしても五年もあれば顔は変わるものだ。
ページを送り、クラスごとの写真を眺める。一組。すぐに気づいた。
「萩原沙織……」
久我硝子の取り巻きの一人、つい先日、洋介と揉めかけた女生徒の名があった。今とは違い全体的に丸みを帯びた雰囲気をもっており、溌溂とした笑顔を見せていた。これでは全体集合写真で分からないはず――ということは、と良太は急ぎページをめくる。
「久我硝子……中村さんもいる……」
二人は六年三組に在籍していた。久我硝子は今よりも少し幼い顔立ちをしているが、薄っすらと化粧をしているのか他の生徒に比べて一回りほど大人びて見えた。一方、中村由佳は今よりもさらに気弱そうで、胸像写真の笑顔すらはっきりとぎこちなく見える。
――三人とも同じ学校……同じ進学先……。
同じ小学校だ。とりわけ珍しい話でもない――と思いたいところだが。
トップ層とまではいかなくとも白宮は名門といっても差し支えない学校だ。三人が三人とも入れたというのは珍しいのではないだろうか。
良太の脳裏に、以前、洋介から聞いた話が過った。
白宮の一‐Cは内部生と外部生が混在する。外部生は優秀で、内部生は下の方――邪推だ。小学生の姿から高校生の姿を予想するのは簡単ではない。
良太は念のため図書室に人がいないことを確認し、スマートフォンを取り出した。
萩原沙織はダンス部の端に笑顔で並び、久我硝子はテニスクラブの中央で今にも面影が通ずるどこか超然とした姿で立ち、中村由佳はたった一人、手芸部で教員と並んで写っていた。胸元で大事そうに持っているのは、たぬきのぬいぐるみだろうか。
良太はそれぞれの写真を撮り、ページを繰る。
欲しいのはkoshokosho_3に繋がる情報だ。罠にかけられそうな情報と言い換えてもいい。本人にしか知りえない情報をぶつけて揺さぶりたい。
続く写真は自然教室、次は社会科見学。日光の東照宮だろうか。それから運動会に修学旅行に授業中の写真。とりあえず見開きの状態で一枚ずつ写真に収めていく。
やはりというべきなのか、久我硝子は目立つ存在なのだろう。
服装や髪型こそ毎度のように違うが、数えあげられるほどの写真しかないというのに、どのページにも必ず一枚以上は写り込んでいる。
ただ、今と少し違うのは、取り巻いているのが毎回のように違うことだろうか。小学生時代の久我硝子の周りには、萩原沙織も中村由佳もいない。特に中村由佳に関しては同じクラスであるにも関わらず、一緒に写っている写真がない。ふむ、と良太が唸ったその時、授業終わりを告げる予鈴が鳴った。
――急がないと。
とつぜん現れて小学校の卒業アルバムを開き写真を撮っているなど完全に不審者だ。誰かに見られるわけにはいかない。良太は慌ててページをめくった。
――記念文集。
これだと良太は思った。校長と教頭の文章を飛ばすと、生徒たちが書いたであろう拙い似顔絵と一緒に六学年分の教員が並んでいた。次は六年間の行事目録。これも手書きだ。飛ばす。
やっと目当ての一組が来た。生徒たちが書いたであろうデフォルメされた生徒の姿。続いて将来の夢。萩原沙織は――
『LA! コンベンションセンター!』
まるで意味が分からず、良太は苦笑まじりに写真を撮った――と、同時に違和を感じてページを戻す。何か途中、妙なものを見た気がした。一組の生徒たちの似顔絵。違う。行事目録から教員の似顔絵。違う。
――いや、行事目録。
良太はページを戻し、写真を撮った。
三年時の行事一覧、春の『徒歩遠足』と夏の『夏祭り』のあいだに、こう書かれていた。
『祭祀』
他が歪な文字列であるのに対し、その二文字だけ異様に整った字体だった。




