ウカガイ探し
やるべきことが具体的な形を持つと、それ自体が恐怖に対する盾となりうる。
白宮のウカガイ様と、その傍にいたはずのkoshokosho_3を明らかにするべく小学校を調べると決めてから週末までの数日間、良太はひさしぶりに授業に集中できた。
「――ねえ。ねえ。気づいているんでしょ? ねえ……」
そう声をあげながら、ガシャン、ガシャン、とウカガイ様が廊下の窓を叩いていた時も、良太はひたむきにノートと向き合うことでやり過ごせた。無論、まったくの平静そのものというわけにはいかない。鼓動は早く、強く、呼吸は浅くなった。
しかし。
――今に見ていろ――と。
――この週末には、お前を人に戻してやるからな――と。
そういった、ある種の信念や対抗心が、良太の弱気を覆い隠した。さらにはきわめて実務的な、つまり調べに行く小学校の選定や理由づくりへの没頭が恐怖に目を向けさせなかった。
良太は白宮学園中等部の近く、江戸から明治にかけての山手にある小学校に目星をつけた。
理由は単純、koshokosho_3の正体を久我硝子と仮置きしたとき、川の手前や向こうといった下町に育ったようには思えなかったからだ。
鍵となるのは久我という苗字――氏にある。
久我というのは古来、大和朝廷に連なる名の一つであり、朝廷に召し上げられた所有者不明の土地に与えられた名であった。また、伊勢神宮を擁する長嶋藩――現在の三重県で藩の重職を務めた家としても名を残している。
もちろん、久我硝子が直系にあたるとまでは思っていない――なにしろ一世紀以上も昔の話だ――が、江戸から明治へと東京が移り変わるなかで久我傍系の一つとして東京に移り住んだ考えるのに不自然はなかった。
となれば、移り住んだと思われる土地は明治政府の定めた朱引の内側、それも朝廷あるいは地方藩主の武家屋敷ちかくとみるのが妥当だろう。
あるいは震災や戦争などで一時は地方に移ったのち、遠い先祖に縁のある土地として戻ってきたのだとしても不思議はない。
区域は文京区の近辺に絞り、江戸後期から明治期にかけて小規模ながらも町人街も形成されていたであろうあたり――つまり台地と台地の狭間を探すが、残る条件設定が難問だった。
「公立か、私立か……」
金曜日の夜、良太はタブレットに表示した地図を眺めながら呟く。
地元では学区の都合もあって選択肢はなかった。私学を選択するなら黙って一時間以上の通学を余儀なくされる。それもバスと電車を乗り継ぐか自転車で田舎道を走るのだ。両親は自分たちの経験も踏まえて良太には通学時間を優先させた。
曰く、通学にしか使えない一、二時間はかなりの無駄である。
今にして思えば、あれは二人の東京人としての感覚だったのだろう。
良太が小学校を選ぶことすらできなかった十年前、東京には学校選択制があった。義務教育期間にあたる小中学校は、自身の暮らす市区町村内から自由に選ぶことができたのだ。
当然、学校間の格差もあれば、地区ごとの格差もあっただろう。
しかし、選べるという事実は少なくない憧憬を良太に抱かせた。
もちろん、それだけでなく、調査対象の選定を難解にしてもいた。
たとえば文京区に限ったとしても小学校は二十以上あり、さらに隣接区や私立も数えれば百を超えてしまう。そのいずれもがルート選択次第で一時間以内に収まるのだ。東京で生まれ育てば、三十分ですら遠く感じるであろうことは想像に難くない。
「やっぱり、通学時間……かなあ?」
そう呟きながら、良太はタッチペンの尻でこめかみをコツコツと叩いた。続いて画面にペンを滑らせ等高線を表示する。
台地は、まるで大海の波間のようにうねっている。
山手といってもすべてが山の上にあるわけではないあ。台地にも高地と低地が存在し、基本的な法則として高台は武家に通ずる人々に、低地は町人の土地となる。
文京区内で町人街がありそうな地域と言えば、小石川や茗荷谷あたりになるのだろうか。いずれにしても、川や谷、窪、埋め立て地を含む洲がつく地名は古く町人街だったと見ていいだろう。
良太はタブレットを操作し画面に円を描いていく。
徒歩や電車、自転車など、いくつかの条件で三十分以内に収まる円だ。
白宮学園高等部と中等部の円は互いに重なる部分がある。重なった地域の外周からまたそれぞれ円を描き加えていく。すると、一つの公立校が見つかった。
江戸と東京について調べる前であったら奇妙に思えたであろう考え――かつては山手と下町が接近、隣接していても不思議ではない場所に、一つ。
公立校の特色は、あらゆる属性の子がひとまとまりに集まることだ。
その意味で、白宮を含むこの地域は、まさに父・直幸のいうところの田舎者――移住してきた人々と根っからの東京生まれがともに暮らす地域といえるのかもしれない。
怜音:どう? 調べはついた?
ポン、と短い電子音を奏でて怜音からのメッセージが届いた。
良太は見つけた小学校にグリグリと印をつけて返信する。
良太:あした行ってみる予定。
入りたい理由は三つ考えた。
小学校の図書室にしかない本があるっていうのと
授業の一環で地域の学校教育の変遷を調べてるっていうの
あと地元の友だちが東京で小学校の先生をやりたがってるからっていう。
送ると、ほとんど間を置かずに爆笑を示すスタンプが返ってきた。
怜音:学校の先生は考えたことなかったな。
でもいいと思う。
もしかしたら学校の中を見せてもらえるかもしれないし。
良太:学校の中?
怜音:そう。こっちでもちょっと調べてみてたんだ。
高校の社会科の先生が民俗学をかじってたっていうからさ。
良太のおかげでこっちじゃ有名人だし色々と教えてくれたよ。
送られてきた文面を見た途端、良太は背筋に氷のように冷たい悪寒が走るのを感じた。それは理性を超えて本能が発した警告のようにも思えた。
良太:ウカガイ様のこと話しちゃったの!?
怜音:作り話として話したから大丈夫だよ。
創作の相談って感じ。
したらウカガイ様の漢字はどう書くのかって聞かれたんだ。
良太:漢字?
怜音:そう。古い風習だからカタカナで残ってるとして漢字は?
どういう漢字で書くかで神様としての役割が変わるかもってさ。
あと鈴。
卵の中に雛の形をした舌があったってやつ。
それ空雛っていうらしい。
啐啄同機っていう仏教用語を具現化したものらしいよ。
由来は禅宗。雛が殻を破ろうと内側から鳴き、親鳥が殻を啄むことを指す。親子の気が絶妙に合うからこそ生を得るという説話だ。
転じて、教育の本質なのだという。
訴えたり突くのが早すぎれば子は死に、遅すぎても子は死ぬ。突くのが強くとも弱くともやはり子は死ぬ。
救い、悟に至るには、弟子と師の呼吸が揃わなければならないのだと。




