我々は無益な戦いを望みません
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レーディア王国の王・ディランダーは、窮地に立たされていた。それは自分の息子のせいでもあり、王自身のせいでもあった。
話は数時間前に遡る。
「単刀直入に言いましょう。何故、神子の存在を教えずに居たのですか?」
教皇の長い髪が、さらりと肩を流れた。彫像のように整った顔が王に圧力をかける。
王の目の前には、一人の若い男性がいる。彼は、この国で広く信仰されている宗教の頂点に立つ人間である。
そして、教皇でありながら建国した稀有な才能の持ち主だ。多くの国が彼の下についている。
かく言うこの国も、その多数の内の一つに過ぎない。
「神子の存在を教えなかったのではなく、あまりにも急に現れたため連絡が遅くなったのです」
申し訳ないと謝罪しながら、王が頭を下げる。
教皇はソファに座ったままそれを見ていた。国王の禿げ上がった頭がよく見える。
「頭を上げなさい。私は謝罪ではなく説明を受けに来たのです」
教皇がそう言うと、王は頭を上げソファに腰掛けた。額には汗が滲んでいる。
王と王子、そして教皇の間にはしばらく沈黙が落ちる。しかしその沈黙は長くは続かなかった。
「教皇様、恐れながら申し上げます」
そう声を上げたのは、王国の王子であるスレイガーだ。彼はこの話に大きく関わっているため、同席することとなった。
教皇が話すように促すと、王子は芝居がかった動きで話し始めた。
「神子は確かに現れました。しかし、私と彼女は愛し合っているのです!」
そういった王子が合図を送ると、侍従が扉を開ける。そこには、見目の麗しい少女がいた。
「初めまして、教皇様。神子のルリアです!」
小柄で目の大きい、小動物のような少女だ。黒髪黒目という珍しい容姿をしている。小さな歩幅でスレイガーの隣に行くと、ちょこんと腰かけた。
それを愛おしそうに見届けた王子は、教皇に向き直って話し始める。
「ルリアとは、王都の森にある泉で出会いました。彼女は様々な動物に囲まれており、初めは精霊様かと勘違いするような美しさでした。しかし話を聞くと、どうやら森に迷い込んでしまったそうです。
そこで、王城で少し預かることにしました。ルリアが王城にいる間に私たちは惹かれあい、愛し合う仲となりました。
教皇様が我が国に神子を探しに来たと聞いた際、ルリアの事だと確信しました。
しかし私とルリアは、見てのとおり愛し合っています。神子としての仕事をさせるのは、結婚が済んでからにしていただきたく存じます。」
王子が頭を深く下げる。こちらはまだ禿げる予兆がなさそうだ。
王子の様子を見て、「私からもお願いします!」と、ルリアも頭を下げる。
「愚息が申し訳ありません。しかし、ご理解いただけませんでしょうか」
王が言った。そして王が目の前の教皇を見ると、教皇は優雅に紅茶を嗜んでいた。
「……あの、教皇様?」
戸惑った王の声に、王子がゆっくりと頭を上げる。
そして王と同じ光景を目にし、
「教皇様、我々の言葉は聞く価値もないのですか?」
怒りを隠せない様子で教皇に問いかける。なおも教皇は紅茶を嗜んでいる。お茶菓子に手を伸ばした教皇が、ようやく王たち3人に目を向けた。
「ああ、話は終わりましたか?それとその娘は神子ではないので、あなた方の好きにして結構ですよ」
教皇が、何でもないようにそう言い放つ。
王子は拍子抜けしてしまったようだ。ぱくぱくと動く口からは言葉ではなく空気が漏れている。
「あ、あの……私、神子じゃないんですか?」
この状況でまず動いたのは、ルリアだ。散々神子だと言われていたのに否定されては、混乱するだろう。
「あなたは違う次元から来ただけの人間で、神子ではありません。詳しい理由を話した方がいいですか?」
「教えてください!」
誰でも、常識を知らない者に常識を説明するのは苦手だろう。教皇だってそうだ。
無知な眼差しを向けられた教皇は、小さくため息をついた後に話し始める。
「では話しましょう。まず、神子の存在についてから話した方が……良さそうですね」
ちらりとルリアの方を見て、教皇が続ける。
「神子とは、この世界に存在する神々の代理人としてこの世に顕現します。覚醒する年齢は10代が多いですが、過去には70代で顕現した例もあります。
神々は、神子を通じて世界を見ます。そうしてみた世界が良いものであった場合、神子を通して祝福を与えることがあります。反対に悪いものであった場合、天災などをもたらします。
そして神子はその役割からも分かるように、神々に最も愛されている人間が選ばれます。
顕現した神子の目は、創世神様の目と同じ緑色です。黒髪黒目のあなたが神子の可能性はありません。あなた達は、そんな初歩的なことも忘れて彼女を神子だと持て囃していたのですね」
目線を向けられた王が、びくりと肩を震わせた。
「…説明はここまでにします。ここからは今代の巫女について話し合いましょう。」
ここで話を区切ると、教皇は立ち尽くしたままの王子に声をかけた。
「座ってはどうですか?立ったままがいいならそのままでいいですけど」
「...お気遣いありがとうございます」
王子がゆっくりと腰を下ろす。
王子が座ったのを確認した教皇は、部屋の中にいる人々を睥睨する。その一瞬で、空気が重く冷たいものに変化した。威圧に慣れていないルリアは今にも倒れそうだ。
「さて、話を続けます。あなたたちはレニィ・フーウィールドという人物を知っていますね?」
笑顔の教皇。しかしその目は笑っていない。
「……ええと、それは確か侍女だったはずです」
「それ?」
教皇の笑みが深くなる。それに比例して、威圧がさらに強くなった。
「いいえ!彼女です!彼女はたしか、王城仕えの侍女の一人でした!」
冷や汗が止まらない中、教皇と会話する王。先ほどまでとは違い、人ではない何かと話しているような感覚に襲われていた。
眼の前にいる教皇の姿をしたこれは、一体「何」なんだ?
この部屋にいる誰もが思っていた。本能的に「これは人ではない」と感じていたが、その正体が何なのかはわからずにいた。
「レニィは、今代の神子です。その彼女にあなたたちがしたことを全て言いなさい。今全て言うのなら、罰を軽くしてあげましょう」
その一言で、皆が「今教皇は、神とともに在る」と理解した。才能にあふれた教皇ともあれば、神降ろしをすることも可能なのだろう。
事前に指定されていた侍従たちはレニィに関係がある者ばかりだということに気が付いた王子は、全身の血が一気に引いた。青ざめた王子を見て教皇が言う。
「あなたはレニィに何をしましたか?全て知っているのでごまかした場合は即刻有罪とみなします」
「俺...ええと私は、レニィに、王城に仕える侍女としては見目がよくないと、何度も、暴言を吐きました...」
ガタガタと震えながら告白した王子を皮切りに、部屋のあちこちから懺悔の声が生まれる。
「私はレニィに掃除を押し付けました!それと、レニィが大切にしていたリボンを奪いました!」
「僕は、レニィの読書の邪魔をしたり暴言を吐いたりしました!」
「私はレニィに、2階から水を掛けました!初めはただ手が滑っただけなんです!本当です!!」
「俺は、俺はレニィの分のスープにはあまり具が入らないようにこっそり嫌がらせをしていました!」
どれも陰湿ないじめの内容であったが、泣き崩れた一人の告白に誰もが驚愕した。
「私は、私は……彼女が王城にいられないように彼女の悪い噂を流しました」
「レシラーナ……?」
「お母様!?」
それは、王妃であるレシラーナであった。
先程までいなかった彼女がここにどうやって現れたのかも謎だが、それよりも大きな疑問があった。
「ふふ、それは何故かな?」
教皇が尋ねる。この誰もが気絶してしまいそうな状況で、彼が笑っている。それは、王城に飾られている「神による断罪」という題名の絵と酷似した光景だ。
「私はフーウィールド家のミラディアに勝って王妃になりました。しかしミラディアは夫のことをあきらめていなかった。
だから、ミラディアの娘であるレニィが王城で侍女をすると聞いて……彼女は王城を滅茶苦茶にするために来たのだと確信しました。
それを防がなくてはならない。でもミラディアがそう簡単にあきらめるはずがないから、彼女が自らやめるように仕向けたんです」
誰も言葉を発しない中、王妃の泣き声が部屋に響く。
「なるほど、家族そろって仲良く思い込みが激しいようだ」
うんうん、と頷きながら教皇が言う。
「つまり、レニィがそんなことをすると思っていたわけだな?」
目を見開いて笑う教皇。狂ったように見えるが、恐ろしいほどに美しい。
誰も教皇から目を外せなかったその時、威圧が消えた。それと共に、教皇の目に理性が戻る。
「やはり、神降ろしは負担が大きいうえに難しい。…重要な証言はとれたことだし、次の話に移ろうか」
嫌な汗も速い鼓動も治らない様子の人々を見ながら、教皇は言った。
「あなたたちは戦争を起こすつもりだった。私相手にね」
その通りだった。
絶対的な地位にいる教皇に反逆しようと、秘密裏に計画した戦争。王が宗教などに興味がなかったこと。これが、戦争を起こそうとした大きな理由だ。
自分が誰かの下に付いていることが、王よりも教皇を敬愛する国民たちが、王は許せなかったのだ。
世界最大級の皇国への反逆など、露見したらどうなるかなんて火を見るより明らかだ。計画が教皇に知られていたと分かった王は、震えが止まらない。
「私は”平和を望み世界を癒す”という平和的な思想を掲げた宗教の頂点に立つ者です。故に我々は無益な戦いを望みません」
教皇は穏やかな笑顔で続ける。
「しかし、有益ならば喜んで戦います。そして有益なものはどんな手を使ってでも手に入れる。
私の愛する神子の故郷を神子が平和にいられるようににするためなら、喜んで戦いましょう」
〈数ヶ月後〉
舗装された道を、豪華な馬車がゆっくりと走っている。
それは、新婚旅行に出た教皇夫婦が乗る馬車だ。
「教皇さま、もうすぐでレーディア王国に着きますよ!」
「レニィ、そろそろ私のことはレイドと呼んでくれませんか?」
「!分かりました、レイド…様」
「レニィは本当に可愛いですね。愛してます、私のレニィ」
「もう、レイド様……私も、レイド様を愛しています!」
2人を乗せた馬車は、平和なレーディア王国へと向かっていった。
レイド・カリメラ
第13代教皇であり、現在のカリメラ教の礎を築いたとされる。皇国を建国したのも彼だ。
人の身でありながら神降ろしを行ったなど、信じられないような伝説が多く残されている。
また、歴代教皇の中でも一、ニを争うほどの愛妻家として知られている。妻であり神子のレニィ・カリメラ(旧姓:レニィ・フーウィールド)を一生をかけて愛したという。
久しぶりにいいものを思いついたので勢いで書いてみました!面白いと思っていただけたなら嬉しいです!
連載版始めました!気が向いたら読んでみてください
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