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5. 侯爵令嬢ロロノアの決意

 タロート大臣もご存知のように、ここ数年ほど、隣国が属国になるようにと我が国に何度か使者を送ってきています。


 あろうことか、国王はこの隣国からの属国話に前向きでした。


 属国となる代わりに、王家と国王派の貴族たちに利益がもたらされる条約を結ぼうとしていたのです。


 この話を聞いた時、私は怒りで我を忘れるほどでした。


 我が侯爵家の領地では、小麦を栽培しています。収穫前の黄金に輝く小麦畑はとても美しく、私の大好きな風景です。


 あの美しい風景と、それを作り出す領民を守りたい。


 そう思った私は、行動を起こすことにしました。

 

 まず私は父を説得し、マローン王太子殿下との婚約を破棄することにしました。


 殿下と婚約したままでは、私も国王派の利益を与るひとりになってしまいます。


 国王と隣国の条約調印を、なんとしても阻むと共に、殿下との婚約破棄もせねばならないと思いました。


 それでも私の方から婚約破棄はできません。国の慣例として、婚約の解消は上位のものからしか申し出られませんから。


 もし私の方から婚約解消を申し出れば、国王派の貴族たちがここぞとばかりに大騒ぎするでしょう。


 国王派の貴族との不用意な摩擦は、今後のことを考えれば避けた方が良いと考えたのです。


 そこでマローン殿下の方から婚約破棄を言い出すような案を練ることにしました。


 そして父には中立派をやめ、反国王派の取りまとめをお願いしました。


 父は最初、私の考えに反対していました。なにもそれほどまでに事を荒立てることはないと考えたようです。


 ですが国を売ろうとしている国王に、忠誠を誓ってなんとなりましょうか。


 私は父に決断を迫りました。中立をやめ、反国王派の旗手になるようにと。


 隣国に奪われるくらいなら、父がこの国を奪ってしまえばよいのです。



「父上、貴方がこの国を奪わないのなら、私が奪います。私がこの国を守る騎士となります。さあ、お覚悟くださいませ」



 私の決意を見てとった父は、最後には了承してくださいました。


 そこで私は国王派のことを父にまかせ、私自身はマローン殿下との婚約破棄に専念することにしました。


 私の考えた案とは、殿下好みの女性を作り出すというものでした。


 いま流行りの『真実の愛』の相手が見つかったと殿下が思えば、別に好きでもない私との婚約など、すぐさま解消したくなるでしょう。


 殿下好みの女性の役は、私自身が演じることにしました。


 侯爵家に仕える侍女や女性騎士に頼むことも考えましたが、幼い頃から殿下の婚約者だった私は、殿下のことをよく知っておりましたから。


 好みの話題、好きなフレグランス、触れてはいけない話題、褒めて欲しいこと。


 私は婚約者として学んできた殿下の情報を、余すことなく利用しました。


 殿下好みのピンクゴールドのカツラを被り、目を強調した可愛らしい化粧を施し、元平民の男爵令嬢ミーアになりすましたのです。


 学院長が反国王派だったのは幸いでした。学院長の助けを借り、学生ミーアとしてマローン殿下に近づくことができました。


 殿下との最初の出会いは、学院内の廊下でした。


 高く積み重ねた本を運ぶふりをしながら、廊下を歩く殿下にわざとぶつかり、その勢いで私は吹き飛ばされて倒れるという演出をしました。


 学院内には、配下の者を多数入れておりましたので、殿下と偶然を装って出会うことは簡単でした。


 木に登った子猫を助けようとしたり、噴水に落ちてみたり、東屋で本を読んでみたりと色々な事をしました。


 ちなみに助けた子猫は、侯爵家で引き取り可愛がっていますよ。


 仲が深まってからは、お忍びで学院の外に遊びに出かけ、平民の使うマーケットの屋台で串焼き肉を食べたりもしました。


 殿下の側近の方々もいつも一緒でしたので、その中でミルニア様とも言葉を交わす事になりました。


 ミルニア様を始め、側近の方々は皆さん国王派の高位貴族のご子息でしたので、雑談の中から国王派の細かい動きも分かり、情報戦の上でも優位に立つことができました。


 マローン殿下との関係は順調で、本当の私、ロロノアとの婚約破棄も話に出てくるようになっていたほどです。


 そんな中、あと一歩というところで、国王派に大きな動きがありました。


 国王が利権確保と金銭的な援助を条件に、隣国の属国となることを決めたのです。


 そしてその条約の調印のため、極秘で外遊することが分かりました。


 それが分かったのが、卒業パーティーの1週間前のことです。


 事は急を要します。すぐにでも婚約破棄をしなくてはなりません。


 その方法について私が頭を痛めていたところ、マローン殿下から思いもかけない情報がもたらされました。


 今回の国王の極秘外遊中、マローン殿下が国王代理となるというのです。


 その話を聞いて、私の頭にひとつの案が浮かびました。


 それがパーティーの余興として寸劇をし、劇中の一場面として婚約破棄の書類にロロノアが署名をするというものでした。


 寸劇の内容は、王子が公衆の面前で婚約者の令嬢に婚約破棄を宣言し、王子の恋人を虐めたとして断罪、国外追放するというものです。


 タロート大臣がご存知かどうか知りませんが、この寸劇の脚本には元になった小説があり、その小説は現在この国の女性達の間で大流行しているものなのです。


 もちろん殿下や側近の方々も流行には聡い方々ですから、私の提案はすぐに受け入れられました。


 しかし、この計画には大きな問題点がありました。


 ロロノアとミーアは同一人物です。同時に同じ場所に立てません。


 そこでミーアのほうがロロノアよりもマローン殿下に相応しいことをはっきりと見せたいという理由をつけて、殿下にはミーアとロロノアに同じドレスを贈るようにお願いしました。


 女性の夜会用のドレスは着付けに時間がかかりますから、殿下が同じドレスを贈ったことを皆に周知させておけば、あとはカツラの着脱だけでミーアとロロノアの間を行き来できるのです。


 奇しくも卒業パーティーの日が、国王一行が外遊に出かける日となりました。


 父と我が侯爵家の騎士団が、国王の身柄を王都を出たところで拘束し、その後、既に王都近辺に密かに集結していた反国王派の貴族の軍で、王都と王宮を制圧する計画でした。


 卒業パーティーには慣例として卒業生のご家族もご出席なさいます。ですからマローン殿下の側近の方々のご両親、国王派の中心的な大貴族の面々が集うのです。


 国王派の大貴族の方々は、決して無能な方ばかりではありません。国王外遊中の王太子の婚約破棄劇に、不審なものを感じる方もいらっしゃるでしょう。


 そういった方々をパーティーに引き止めておくため、国王の身柄を確保できるまでは、不審を抱かれないように通常のパーティーを装うことにしていました。


 ですので父から無事に国王を拘束したという知らせが入るまではミーアの姿で、国王派の面々の様子を監視しておりました。


 父からの知らせが来た後は、少し疲れたので休むと殿下に断りを入れ、ロロノアが現れたらミーア抜きで寸劇を始めてほしいとお願いしておきました。


 すぐさま用意しておいた控え室に入り、ピンクゴールドのカツラを取り去り、侍女に簡単に髪を直してもらってから、今度はロロノアとしてパーティー会場に入りました。


 私を見つけるなり、いつになくにこやかなマローン殿下が、余興の寸劇をしたいのだが手伝って欲しいと頼みに来ました。



 「貴女は立っているだけでいい。そして私が指示したところに署名をして欲しい。演技するのはそれだけだ。簡単だろう?」



 そう言って劇の粗筋を教えてくれた殿下に私はすぐさま賛同し、参加することになりました。


 劇中、まだ婚約破棄の場面の前に、ミルニア様が葡萄酒を持ち出されて乾杯しようと言い出したときは驚きました。


 ミーアとしても聞いてなかった演出であり、先にも述べたとおり、あまりにもミルニア様のご様子がおかしかったので飲むふりをしてやり過ごしました。


 寸劇に参加していたマローン殿下と側近の皆様は気分が高揚されていたのでしょう、皆さん、葡萄酒を一気に飲まれていましたね。


 そしてすぐに様子が変わり、その場で嘔吐したり、倒れて動かなくなったりしたのです。


 ミルニア様が顔を真っ青になさって、その場から離れようとされたので、私は自分の護衛騎士に指示して取り押さえさせました。


 あとはマローン殿下と側近の皆さんの看護を名目に、学院内の救護室に運び入れ、父から王宮を制圧したとの連絡が来てから殿下たちを王宮に移動させました。


 まだ眠っていらした殿下は地下牢に、他の皆様は尋問用の小部屋にそれぞれ入っていただきました。


 なぜマローン殿下を地下牢に入れたのかですか?


 以前、殿下が自分は地下牢であっても光り輝けるのに、機会がなくて残念だと仰っていたからですわ。


 他の王族の方々は、問題のある王族を幽閉するための塔に移動してもらっております。


 無事に国王と国王派の重鎮たちを確保し、王都と王宮を制圧できました。ですがミルニア様の葡萄酒のせいで、婚約解消の書類にマローン殿下からの署名はいただけておりません。


 どうしたものかと思っていたところ、父の側近である貴方、タロート大臣が制圧後の王宮管理の責任者だったことを思い出し、ご相談した次第です。



※※※


  途中から焼き菓子を食べるのをやめ、腕を胸の前で組み、目をつぶってロロノアの話を聞いていたタロートは唸り声を上げた。


「うーむ。なんともまた凄い事をなさいましたな。お父上を説得する下りは胸が熱くなりましたぞ」


 タロートの賛辞にロロノアはちょっと顔を赤くして照れたような微笑みを見せた。



「タロート大臣、私からも聞きたいことがあるのです」


「なんでしょうか?なんなりとお聞きください」


「貴方は今日、私のような小娘の願いを、制圧後の王宮管理という大変なお仕事の傍ら、自ら時間を割いて叶えてくださいました。無理をお願いしたと承知しております」


「いえいえ、なんのなんの」


「私はてっきり、大臣の配下の方に仕事として割り振るのかと思っておりました。まさか、ご自分で動かれるとは思いもよりませんでしたわ」


「今回の件は一言で言ってしまえば、貴方様の父上、侯爵閣下の国の簒奪です。そうなりますと、貴方様とマローン殿下が婚約関係にあるかどうかは非常に重要な政治案件となります」


「確かに、そうですわね」


「そのように重要な事柄だと判断したからこそ、部下任せにせず、自ら動くのがよいと思ったわけです」


「なるほど、よくわかりましたわ」


「それと…」



 タロート大臣は年甲斐もなく、少し顔を赤らめ、頭をかきながらこう言った。


「私の妻もロロノア様のようにブラウンの髪なのですよ。若い頃はその艶やかさに、つい見惚れてしまったものです」



 それを聞いてロロノアは、予想外の答えについ笑ってしまった。


「うふふふ。素敵な奥様なのですね。今度ご紹介くださいませ」


「いやいや、今ではすっかり尻に敷かれておりまして、まったく頭が上がりません」



 楽しそうに笑うロロノアを見て、そういえば若い頃の妻も大きな瞳に魔法を宿していて、自分もそれにかかってしまったななどタロートは思うのであった。



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