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3. 王太子の側近

 マローンの収監されている地下牢を出た牢番は、建物の外へ出ると大きく深呼吸した。


 それなりの屋敷にはどこも地下室があるものだが、地下牢はそれらとはまた別物で、なんとも言い難い、重い空気感がある。



 「はあ、やれやれ、地上に戻って来れたわい」



 古ぼけたローブを脱ぎ、それを待機していた従者に預け、マローンに署名してもらった書類は、これもまた待機していた書記官に手渡す。そして数人の騎士の先導で歩き出した。


 付き従う書記官から小声で何事か報告を受けつつ、男の目は王宮内を見ている。


 王宮はいつになく殺気だった様子で、ここそこに通常はいないはずの警備の騎士が立って警戒している。


 いくつかの廊下を通り、階段を上り下りしてたどり着いたのは、質素な設えの小部屋だった。


 部屋の前にも中にも騎士が配置され、厳重な警戒体制がとられている。


 小部屋に入ると、中央には古ぼけた木製の椅子と机が置かれ、そこにマローン王太子殿下と同じ年頃の若い男が座っている。


 いかにも高級そうな服をセンスよく着こなした若い男は、牢番を見るなり勢いよく立ち上がった。



「タロート法務大臣!」



 牢番、いやタロート法務大臣は若者に座るように仕草で促してから、自らも若者の対面の席に座った。



「ほう、私のことをご存知でしたか。下級貴族出身の法務大臣など、知らぬ人も多いのですよ」



 タロートは小さく「例えば王太子殿下ですとか」と人に聞こえぬようにつぶやいた。




「それはさておき、ミルニア様、此度はまた大変なことをしでかしてくれましたね」



 タロートの第一声に、ミルニアと呼ばれた若者は唇を噛んでうつむく。



「王太子殿下に公衆の面前で、眠り薬を盛りましたね?」



 ミルニアはうつむいたまま、膝の上に置いた手をギュッと握りしめただけで、なにも返答しない。



「公爵家嫡男であらせられる貴方様が、なぜそのようなことを?王太子殿下の側近にも選ばれ、本来は殿下をお助けする立場の貴方様ですぞ」


「わ、私は…仕方なかったのです…」


「仕方なかったとは?」



 黙ったままのミルニアに、タロート大臣が優しく話しかける。



「ミルニア様、起きてしまったことはしょうがありません。ですが何も話していただけないと、私も手の打ちようがありません」



 ちらりとタロート大臣をみるミルニア。


 それに温かな笑顔で答え、しっかりとうなずくタロート。



「大丈夫ですよ、ミルニア様。私を王国の大臣だと思うから怖いのです。どうぞ、その辺にいる爺やだと思って話してみてください。なにかのお役に立てるやもしれません」



 ミルニアの目から大粒の涙がポロリとこぼれ、小さく掠れた声で「…分かりました」と答えがあった。



「ミルニア様、ありがとうございます。ではお聞きしましょう。貴方様は今日、なにをしたんです?」



 しばらくの沈黙の後、ミルニアは話し始めた。



「…今宵のダンスパーティで、マローン殿下はロロノア様を騙して婚約破棄の書類に署名をさせるつもりだったのです」


「ほう、そのようなことがあったのですか。なぜ殿下はそのようなことを?」


「殿下には他に好きな女性がいらっしゃいます。その女性と結婚したいのに、ロロノア様との婚約があるのでできないからです」


「なるほど、我が国では重婚は認められておりませんからな」


「そこでダンスパーティの余興に寸劇をすると偽り、劇中に婚約破棄の書類にロロノア様が署名をするという場面を作りました」


「ふむ、考えましたな」


「劇の小道具と見せかけた書類は本物の婚約解消の書類で、ロロノア様が署名すれば晴れてマローン殿下は自由の身となります」


「本来は国王陛下の署名も必要ですが、現在は外遊中のため、代理を務められているマローン殿下の署名だけで正式な書類として認められますな」



 コクコクと力無くうなずき、肩を落としたミルニアを、タロート大臣は優しく慰める。



「それはミルニア様も色々と大変だったことでしょう。こう申してはなんですが、マローン殿下に事前の準備などできるとは思えません。全て貴方様が手配なさったのではありませんか?」


 

 こくりとうなずくミルニア。



「そのようにマローン殿下に協力しておられた貴方様がなぜ眠り薬を?」


「…許せなかったのです」


「許せない?」


「…あのまま計画が上手くいき、ロロノア様が婚約解消の書類に署名をしてしまえば、マローン殿下は…ミーアと結ばれてしまいます…」



 下をうつむいたまま、掠れた声で話すミルニアを見ながら、タロート大臣は「ほほーん、なるほどなるほど、そういうことでしたか」と心の中でつぶやいた。



「ミルニア様、その、ミーアというのは…」


「…ミーアは殿下の恋人です…」



 顔を歪め、涙をぽろぽろこぼすミルニアに、タロート大臣は小さくため息をつく。



「ミルニア様、あなたもミーア様のことを大切に思ってらっしゃるのですね」



 タロート大臣にそう言われたとたん、ミルニアはサッと顔を赤く染めて、うつむいていた顔をさらにうつむかせた。



「…どうしても嫌だったんです。ミーアが他の男のものになるなんて…例え、例えそれがマローン殿下であっても許せなかった…」


「それで台本にはなかった葡萄酒を持ち込み、劇中で乾杯して殿下に飲ませたと言うわけですか」



 下を向いたまま、うなずくミルニア。



「立ち入ったことをお聞きしますが、貴方様とミーア様は…その…」



 タロート大臣がおずおずと口にした質問に、ミルニアはもうたまらないとばかりに机に突っ伏すと、泣きじゃくり始めた。



「私は選ばれたマローン殿下の学友で、将来の側近候補です。だから殿下の恋人に思いを馳せるなどしてはならないと、してはならないと自分を戒めてきました…」


「…切ない話ですな。ご立派ですよ」


「ですがパーティで寸劇をし、劇中でロロノア様を騙して婚約解消の署名をさせようという話が、最近、突然持ち上がってきたのです」


「ほお、急な話だったのですね」



 こぼれる涙を拭いながらも、ミルニアはタロート大臣としっかり目を合わせる。



「最初、私は反対していました。国王はお忍びの外遊中です。そんな時に、いくら国王代理とはいえ、筆頭侯爵家の令嬢を騙して婚約破棄などしたとしても認められるはずがないと思いました」


「確かに」


「王国法の上では認められたとしても、ロロノア様の侯爵家も黙ってはいないだろうし、王国内は荒れるだろう、そう思いました」


「さすが王太子殿下の学友に選ばれるだけのことはありますな、その通りだと私も思いますよ」


「…ですが反対しきれなかったのです…ミーアにどうしてもと頼まれました…。彼女のあの大きな瞳で見つめられると、私は魔法にかかったように彼女の望みを叶えてやりたくなってしまうのです…」


「うーむ、やはり魔法ですかな」


「…なにかおっしゃいましたか?」


「いえいえ、こちらのことです。それでロロノア様を騙す計画に加担してしまったと?」

 

「…はい…まずいとは思っていましたが、いつも以上にミーアと一緒にいれる状況が楽しくて…」


「なるほど。そして最後はミーア様を取られたくなくて葡萄酒に睡眠薬を入れ、婚約破棄自体を阻止してしまったと」


「…はい」



 タロート大臣は腕を組み、目をつむって考え込む。今後はどのように進めるべきか…。



「…あの、父にはもう伝わっているのでしょうか?」


「ん?ああ、正式にはまだ公爵様には伝えておりませんが、もう知っておられるでしょうな」


 

 なんと言っても王立高等学院の卒業記念パーティで、余興の寸劇の最中にマローン王太子が気を失って倒れたのだ。


 婚約破棄の件がなくても大事件である。


 しかも倒れたのはマローン殿下だけではなく、葡萄酒を飲んだ生徒全員が一斉に倒れたため、その場は大変な修羅場になったとタロートは部下から聞いている。


 恐怖のあまり叫ぶ女生徒、気を失うご婦人方が続出し、警備の騎士たちも入り乱れ、阿鼻叫喚だったらしい。


 当然、パーティに出席していた生徒や生徒の家族、来賓客などから一斉に情報が流出し、今や王都はこの事件の噂で持ちきりになっていると言う。



「ゴホン…ミルニア様は、その、ちょっと薬を盛りすぎましたな」


「…はい。少しふらふらする程度だと思っていたのです…」


「どちらにせよ、ミルニア様からお話をもっと聞かなくてはならないので、しばらくは帰れませんよ。お父上には私の方から話しておきましょう。いまどちらにおられますかな?」


「…父は王都の邸宅におります」



 タロート大臣は、すすり泣くミルニアの肩を優しく励ますように叩いてから退出した。



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