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はだしのシンデレラ

作者: 雨宮ヤスミ

 

 

 昔か未来か、ここではないどこかに、シンデレラという不幸な女の子がおりました。


 シンデレラは幼い頃に母を亡くし、お父さんと二人で暮らしていました。


 シンデレラが12歳の頃、お父さんは二人の娘を持つダントンという女性と結婚しました。


「デレちゃん、デレちゃーん!」


 お父さんが事故で亡くなり、義理の母娘と暮らすようになってから、シンデレラの生活は一変しました。


 義理の母であるダントンと二人の姉、ドリゼラとアナスタシアはシンデレラに辛く当たるようになったのです。


「今日の朝ご飯はお母さんが作るわー」


 全ての家事を押し付けられたシンデレラは辛い生活を送っていました。


「いや、義母さんいいって。食事用意すんのはあたしの仕事だから」

「どうしてー? 今日はお母さん、とっても気分がいいのよー。何せ占いで一番だったから! 美味しいご飯が今日こそ作れる気がするわー」

「いや、占いて。そんな根拠で料理しないでくれ。ほら、座ってて! アナ姉! 義母さんを連れてってくれ!」

「えー、あったま痛いのに……」

「昨日遅くまで飲んでるからだろ……、って義母さんやめろ! 鍋にジャムを瓶ごと入れるな!」

「アナ! 役に立ちなさい! ったくもう、これだから無職の酒カスは……」

「ちょっと、ドリちゃん、どうしてお母さんを羽交い締めにするの! 親不孝な子だわ! そんなだから離婚することになるのよ!」

「うるさい! あんただって一回離婚してるだろ!」

「まあ、ひどいわ! やっぱり大学なんて行かせるんじゃなかった! 弁護士なんかになっちゃって、理屈ばっかり捏ね回して、ちっとも可愛くないんだから!」

「うるさーい、頭痛いんですけどぉ?」

「あんたが頭痛いのは二日酔いの自業自得でしょうが! いつまでやるのよ、酒飲みおしゃべり配信なんて……」

「アナちゃん、ドリちゃんが母さんをいじめるのー、助けてー?」

「ヤダし。てか台所に入るなよ。あんたがまたやらかさないかヒヤヒヤすんだけど」

「ひどいわー!」

「あー、もう、うっさい! 今から作るから全員リビングで待ってろ!」


 継母や義姉たちから理不尽にいじめられながらも、つつましい生活を送っていました。


「シンデレラ、あんた出勤は?」

「今日は遅いシフトだから。あ、ドリ姉のお弁当そこ置いてあるから持ってって」

「ありがと。じゃあ先行くわね」

「おー、行ってら」

「じゃあわたしはもう一眠りしますかね……」

「アナ姉、寝る前に洗濯物出しといて」

「えいえい……」

「じゃあお母さんは洗濯機を回そうかしらー」

「やめて。洗濯機が爆発するから」


 正直者で純粋なシンデレラは、いつか必ず報われる日が来ると信じ、耐え忍んでいました。


「お、ドリ姉のシャツのポケットに100円入ってんじゃん……、おやつ代にしよっと」



 そんなある日のことです。


「シンデレラ、知ってる、これ?」

「何それ? チラシは紙ゴミのとこに捨てといてよ」

「じゃなくて、内容だよ内容」


 お城の王子様が舞踏会を開くというお触れが、国中を駆け巡りました。


「第四回・王子の婚活パーティ?」

「そ。王子様がついに四人目のお妃を募集するんだって」

「この国王子とかいたんだ……」

「立憲君主制だから、割と名ばかりだけどね」

「ただいま……、ってアナ、何そのビラ?」

「あ、ドリ姉。これどう? ドリ姉向きじゃね?」

「王子様の婚活パーティ!?」


 舞踏会で王子様に見初められれば、お妃になれるのではないか。国中の女の子たちは大はしゃぎしました。


「あの王子も懲りないわね……。どんだけ国費投入する気よ……」

「もう四回もやってんだ」

「知らないのシンデレラ? この国の王子って三回結婚して三回離婚してるのよ?」

「ヤバいヤツじゃねえか……」

「ドリ姉の3倍ヤバい」

「アナ!」

「ドリ姉、どうする? 四人目になりにいくの?」

「うーん、次はわたし失敗したくないからな……」

「一回離婚するのも二回離婚するのも一緒じゃね?」

「特定の彼氏がいたことないやつに言われたくない!」


 シンデレラの二人の義姉は、王子に夢中でした。


「あんたこそ行きなさいよ、アナ。彼氏の一人でもできたら、あんたも生活の安定ってものを考えられるんじゃないの?」

「えー。でもあたしの好みじゃないしなあ。イケオジがいいんだよねえ、50がらみの。ドリ姉こそドンピシャじゃないの? 同い年だし、高学歴だよ?」

「うーん……、確かに顔も学歴も年齢も条件に合致している。長男だけど、家はこの国で一番しっかりしてるからむしろアド……。でも三回結婚に失敗してるわけでしょ……?」

「必死だな、ドリ姉……」

「分析がガチのヤツ」

「うるさいな! で、シンデレラはどうなの?」


 舞踏会に行ってみたい! シンデレラは強くそう望んでいました。


「お城でどんなラーメンが出るのかは気になるな……」

「いやいや、ラーメンは出ないっしょ」

「履歴書持参して、ブースで話す感じね。婚活というより就活みたいだわ」

「そうなんか。じゃあ興味ねえわ」


 しかし、二人の義姉と義母はシンデレラが舞踏会へ行くことを許しませんでした。


「まあまあまあまあ! ドリちゃんは婚活パーティに行くのね! アナちゃんとデレちゃんは?」

「ニコニコで生中継するから、それリスナーと見る配信やるわ」

「あ、この日うちの店でイベントやる日じゃん。どのみち無理だったか……」

「何のイベント? 王子様婚活パーティ記念味玉無料?」

「四回目よ? せいぜい海苔の一枚じゃない?」

「いや、この日ってクリケットの国際試合やるだろ? それでスポーツバーみたいなことやるんだよ。そんで人手がいるから、って」

「まあ残念! 二人にもドレスを買ってあげようと思ったのにー」

「お母さん、モデル時代のお金はもうそんなに残ってないんだから、節約しないとダメよ」

「口うるさい子ねー。そうだわ、ドリちゃんだけじゃ心配だから、わたしも一緒に行こうかしらー」

「はぁ!? 親同伴の婚活パーティなんてありえないわ! わたしもう30歳よ?」

「もしかしてお母さんが見初められちゃったりしてー! きゃー、どうしましょうー!」

「五十路でも綺麗だもんな、義母さん。ありえるかも……」

「むしろドリ姉より女子」

「それ」

「アナ、デレ、聞こえてるわよ!」


 こうして義母と二人の義姉は、可哀想なシンデレラを置いて舞踏会へと出かけて行きました。



「シンデレラ、もう今夜は上がっていいぞー」

「うーッス。てか店長、全然盛り上がらなかったッスね、クリケット」

「相手の国の、あの『ニトーリュー』とかいうのが反則的だったな……。まさかコールドを食らうとは……」

「投げるし打つし走るし、一人で全部やってんじゃないッスか。ヤベーッスよあいつ……」


 舞踏会の夜、一人家に残されたシンデレラは暗い部屋で必死に掃除をしていました。


「床掃除も俺がやっとくわ。今日はご苦労さん」

「あざーッス」


 家の中で一人で泣いているシンデレラに、声をかけたものがいました。


「ただいまー、ってアナ姉は配信中か。ニコ生、盛り上がってんのかな……」


 シンデレラ。


「あ? 誰?」


 今、わたしはあなたの心に語りかけています。


 可哀想で不幸なシンデレラ。私は魔法使い。


「30越えの童貞ってこと?」


 違います。そもそも声が女でしょう。いいですか……。


「ヤベェ、幻聴が聞こえるとか、最近シフト入れすぎたかな……」


 ええい、もうまどろっこしい! これならどうですか!


「うわっ!? 何このおばさん!?」


 わたしは魔法使い。あなたを不幸から救いに来たものです。


「突然目の前に出てきてなんなん? 宗教とかは間に合ってんだけど……」


 宗教勧誘ではありません。いいですか、シンデレラ。あなたを今から舞踏会に行かせてあげましょう。


「ブトーカイ、って何?」


 お城で今やっているやつです。


「婚活パーティか。別に興味ないけど」


 興味がないはずありません。あなたは舞踏会にとても行きたかったはず。それはあなたの運命の人が舞踏会で待っているからです。


「運命の人!?」


 そうです。運命の人である王子さ……。


「あたしが自分のラーメン屋を開店する資金をくれるパトロンが!?」


 違います。違いますが、あなたがいいならそれでいいです。


「マジかよ。王子の婚活だし、やっぱベンチャー女社長とかが来てんのかな……」


 とにかく続けますよ。カボチャを用意してください。


「カボチャ? 明日煮付けにしようと思ってたやつがちょうどあるけど……」


 そうでしたか。ならばそれを冷蔵庫から出して。そうそう、ええ、よいカボチャです。では、これに魔法をかけて……。


「ちょ、カボチャが……何これ? 車輪ついてんだけど……」


 馬車です。


「はぁ!? 何でカボチャが馬車になってんだよ!」


 それは魔法で……、痛っ! 痛い! どうして蹴るのです、シンデレラ! それも膝の裏に巻き付けるように!


「怒りのローキックだ……。戻せよ、お前これ!」


 いた、痛い! 痛いです! やめなさい! 立っていられない……!


「明日の食卓から一品消えただろうが! 義母さんは今も美容に気を使ってんだよ! ドリ姉もあたしも体が資本だし! 緑黄色野菜をうちの食卓から奪うんじゃねえ!」


 無理、無理です! 一回魔法をかけたものは、その期限が切れるまで元に戻せないのです!


「いつ切れるんだよ、その期限ってのは!」


 0時! 午前0時です! その時になったらカボチャは自動的に元に戻りますから! だから、やめて! ローキックを、やめてください……!


「チッ、何だよ魔法って……」


 ハァ、ハァ……。あなたを幸せにする力ですよ……。


 それで、馬車を動かすためにですね、馬が必要なんですけども。


「馬ぁ? 馬刺しなんてうちの冷蔵庫にはないぞ」


 いいえ、そんな生々しいものではありませんよ、魔法というのは。


 必要なのはネズミです。いいですか、ネズミを集めて……、痛い! 痛いです! どうして背中を蹴るのです! 痛い! 背骨を、的確に……!


「怒りのミドルキックだ……。ネズミだぁ? うちの家にそんな害獣がいるように見えるってのか!」


 痛い! 痛いって! 見えま、見えません! 見えませんから! やめて!


「確かにアナ姉は部屋に引きこもりがちだし、義母さんは掃除機を触ったら爆発するほど片付けが苦手だよ。でもなあ、ネズミがいるような衛生状態に、このあたしがするわけねぇだろうが!」


 すいません、すいません! 分かった、分かりました! 馬車はあきらめます! 呼びます! 呼びますから、車! 自動車を! だから、やめて、やめてください!


「車呼べるんだったら最初からそうしろよ。何だよ魔法って」


 仕方ありません。この魔法の板で……。


「スマホじゃん」


 もしもし、わたしです。ええ、お疲れ様です。早速ですけど、配車をお願いしたくて……。ええ、ええ……、え、出払ってる? ベンツは? ロールスロイスも? え、じゃあ、はい、いいです、一番高い車を回してください。はい、ドライバーはアレで。はい。はい、失礼します、よろしくお願いします。


「どこのサービスで呼んだん?」


 魔法です。魔法の配車サービスです。


 ほら、現にすぐ来る。


「あのランクル?」


 そうです。ナンバープレートが「魔」から始まっているでしょう? あれが魔法の配車サービスの車の印です。


 それにしてもランドクルーザーとは……。どれだけ車が出払っていたのやら……。


「いいじゃん、ランクル。まああたしはヴェルファイアの方が好きだけど」


 趣味がヤンキーじゃないですか。あ、ほら、こっちですよ下僕。


「うわっ! 運転手の人、コスプレ?」


 彼は正真正銘のトカゲ男ですよ。このわたしの忠実なる下僕です。


「リザードマンとかこの世界にいたのか……」

「いいや、俺は人間だ。この魔法使いの魔法で頭をトカゲにされた上で下僕になっている」

「何でそんなことなってんの?」

「借金だ」

「どんだけ借りたらそんなことなんの……」

「いいから乗れ」


 おっと、その前に。シンデレラ、あなたに魔法のドレスを。


 魔法のステッキを振ると、シンデレラは素敵なドレス姿になりました。


「スゲェ! これメルカリで売れるかな?」

「魔法の期限が切れたら消えるから無理だな」

「チッ、小銭が稼げるかと思ったのに……」


 そんな話を聞くと心配になりますが、このガラスの靴に履き替えてください。そのボロボロのスニーカーは舞踏会には向いていませんから。


「こっちは実態? じゃあメルカリで売れるな」

「ヤフオクで5000円スタートの方がいいと思うぞ」


 余計な話をしていないで、とっとと行きなさい! 舞踏会が終わってしまいますよ!


「はいはい、仰せのままに……」

「口うるさいおばさんだなあ」


 こうして、シンデレラは喜んで舞踏会へと向かいました。


「ラーメン屋のパトロンになってくれそうな人、いるかなあ」

「ラーメン屋をやるのか?」

「うん。おっちゃんもよかったらきてよ。いつになるか分かんないけど」

「そうだな。いつか寄らせてもらおう」




 一方、お城の舞踏会は宴もたけなわ。けれど、王子様の顔色は優れませんでした。


「どうしよう……」


 無理もありません。お城に集まった女性たちは、みんな王子様のお眼鏡に叶うようなものではなかったからです。


「みんな可愛くて、誰にしたらいいのか分からない……! 『バツ3のヤバいヤツ』『存在が国辱』とネットで叩かれている僕なのに、こんなに集まってくれるなんて……」

「落ち着いてください、王子。ネットの書き込みを真に受けるものではありませんよ」

「そうだ、しっかりしろチャーミング。エゴサはほどほどにしろと言っただろう!」

「メイド長メアリー! それに父さ……じゃなくて国王陛下!」

「今はプライベートだからパパでいいぞ」

「父さん!」

「……今はパパともう呼んでくれんのだな。大人になったなチャーミング」

「陛下、子供とは大人になっていくものですよ」

「だが、こんなに可愛い顔の息子だ。どうしても、こう、な……」

「お気持ち痛み入りますわ」

「やめてよ! もう僕は30歳だよ! 顔の可愛さで褒められてもあんまり嬉しくないよ!」

「チャーミング。顔が可愛くて損することはないぞ!」

「そうですわ、王子! 王子の可愛さにこのメアリー、終始興奮しっぱなしで、ほら、こんなにドキドキしておりますのよ!」

「ちょ、メアリー! 僕の手を自分の胸元に持っていくのはやめて!」

「どうしてですか、王子? ほら、やわらかい、やわらかい……」

「メアリー、二人目の元妻にしてメイド長よ。もう少し自重してはどうだろうか……」

「わたしは今も王子を愛していますから、止めることはできませんのよ陛下」

「怖いんだよ、そういうとこが!」


 誰か、自分の目に叶うような女性が現れないものか。そう考えていた王子の目の前に、シンデレラが現れます。


「次の方、どうぞー。……ああ、飛び入りの方ですか。はい、こちらのブースにどうぞ」

「どうもッス。履歴書とかないんですけど、いいンスか?」

「いいですよ。その辺結構ガバなんで」

「ガバなんだ……」

「では、そろそろチャーミング王子が参りますので」


 運命の扉は開かれ、二人は遂に対面を果たします。


「何でだよメアリー! よさそうな子だったじゃないか! もうちょっと話したいよ!」

「今の女は完全な地雷ですわよ王子。あの甘やかされた雰囲気で家事上手はあり得ませんし、そもそも家事上手は求めておりません」

「メアリーの審査は厳しすぎるよ! そんなんじゃあ一人も通らないじゃないか!」

「そんなことありませんわ、王子。さっきのバツ1弁護士の女のことはわたしも評価しています。王子とも趣味の話で盛り上がっていたではありませんか」

「そうだけど、あの人怖そうなんだよな……。オタク語りも激しいし。お母さんもなんか押しが強いし……」

「あの母親は確かに懸念材料ではありますね。しかし王子、あなたもバツ3の厄物件であることをお忘れなく」

「バツの1つは君のせいだろ!」


 王子とシンデレラは、一目で恋に落ちました。


「うーッス、どうも。王子さん、よろしく。てかメイドさん近っ!」

「む、なんかハキハキした子だね……。というか、ギャルじゃないか……?」

「どっちかというとヤンキーって言われるッスけど」


 手を取り、ダンスをする二人の姿は周りの目を惹きつけました。


「ではごゆるりと。このブースは密室になっております。わたしは席を外し、外から見守っておりますので」

「いや、見てんの!?」

「そもそもニコ生で中継もされていますし。……そうそう、不埒なことをするようでしたら、飛んで参ります」

「怖いよ! 普通に入ってきてよ!」


 二人はまるで魔法のような時間を過ごします。


「えーっと、それでシンデレラさん?」

「そうッス。親父は元芸能事務所マネージャーのロビー・トレイメン。母親は、親父が昔面倒見てたアイドルのミシェル・ノートルダム。でも母親はあたしが3歳の時に不倫相手の人気男アイドルとキメセクしてオーバードーズで死にました」

「壮絶すぎる!」

「んで、親父は自分の芸能事務所の女タレントを取っ替え引っ替えしてたんですけど、あたしが12歳の時に当時スーパーモデルで二児の母だったダントンに一目惚れして再婚」

「……ん? なんか聞いたことあるエピソードのような」

「でもダントン義母さんは破滅的に料理が下手だったンス。だからあたしとアナ姉――向こうの連れ子の真ん中のお姉ちゃんと二人で家事をしてたんですけど、ある時あたしが義姉さんらと出かけてた日に義母さんが気まぐれに台所に入って料理をしたら、なんか爆発して」

「なんか爆発!?」

「親父死んで」

「死んだの!?」

「義母さんは無傷だったんですけど」

「どういうこと!?」

「まあ、そんなこともあったンスけど、今は高校も卒業してラーメン屋でバイトしながら元気に生きてます」


 美しいシンデレラに王子は今までにないほどときめいていました。


「この話鉄板ネタなンスけど、みんな微妙な顔するんですよね。どうでした、王子さん?」

「いや、ヒくよ普通に!」

「王子さんは何で三回も離婚を?」

「ぶっ込んでくるね!? 王子だよ、僕は一応! 影の薄い王室だけど、立法権と行政権はちょっとはあるんだぞ!」

「食券と割引券以外は分かんないッスね」

「……コホン、ともかく気になるなら話そう。僕は結婚相手には正直でいたいからね」

「え、あたしで決定なンスか?」

「候補だという意味だよ……、絶妙に嫌そうな顔をしたね……」


 王子の瞳にはシンデレラしか写っていませんでした。それはシンデレラも同じでした。


「僕の一番目の妻はローレンスといってね、可愛い子だったんだけど、僕のコレクションを勝手に捨てようとしたり、僕がアニメを見ていたら『いい歳してwwwアニメとかwww』って嘲笑してくる子だったんだ」

「はあ、性格の不一致ってことッスね」

「……嘲笑われてちょっと興奮したけど」

「興奮するんかい」

「二番目の妻はさっきのメイド、メアリーだ。僕より5つ上で幼い頃から仕えてくれていた」

「え!? さっきの!?」

「メアリーは妻になってからも僕に尽くしてくれたんだが、何というか色々と怖くてね……。まるで幼児をあやすように僕に接してきたり、枕のにおいを嗅いだり、トイレに入ってきたり、僕の脱いだパンツを柚子胡椒で食べたりしたんだ……」

「ヤベェ女じゃないッスか」

「……トイレに入ってきた時はちょっと興奮したけど」

「興奮するんかい」

「それで三番目の妻はジャニスといって、田舎から出てきた家庭的な女の子で、この子とは長くやっていけると思ったんだが、自分で家事をするこの子にメイドとして居座っていたメアリーが自分の仕事を奪われるのではないかと嫉妬してね……」

「まさか、メアリーに追い出されて……」

「いや、『おらとメアリーどっちが大事なんでずか!?』という問いに『もちろんジャニスだよ』と答えるのに、僕が1秒もの時間を要してしまったことに愛想をつかして帰ってしまったよ」

「判定厳しいッスね」

「ちょっと興奮した、そのタイムラグがあったんだ」

「興奮するんかい」

「二人の女が僕を取り合っていると思うと、ムフフフフ……」

「何つーか、メアリー追い出した方がいいッスよ」

「メアリーはママ……女王陛下にガッチリ食い込んでいるからクビにできないんだよ。離婚するときも大変だったし」

「ヤバすぎでしょ」


 二人の心は一つに溶け合っていくようでした。


「……ところで僕はギャルが好きでね」

「唐突な性癖語り」

「僕はギャルに憧れていると言ってもいい。それもこれも昔テレ東で夕方6時にやっていた、『鬼ヤバ合体ギャルザウラー』というアニメを観ていたせいなんだ」

「何の話ッスか?」

「最初の妻のローレンスも、『ギャルザウラー』の僕の推しのギャルトリケラ、青葉さあやに似ていたから娶ったんだ」

「いや知らないッスけども」

「ふふふ、引いているだろう。だけど、僕も気づいたんだよ。最初からオタクを出していけば、ローレンスの時のような失敗はしない、とね。現にジャニスは『ギャルザウラー』の話をニコニコしながら聞いてくれた。『よぐ分かんねーけど、王子様が楽しがったら、おらも楽しいだー』と。山奥の育ちで純朴な娘だった……」

「むっちゃ田舎から出てきて、前妻のメイドに圧かけられわ、オタクの早口語りに付き合わされるわで、挙句離婚ってむっちゃ可哀想なンスけど」

「君は知っているかい、『ギャルザウラー』を」

「いやまあ、知ってるッスけど。なんか、アレでしょ。恐竜のロボットにギャルの人格を移植してるヤツ」

「そうだ! ここにいたのか、弟と一緒に夕方のアニメを観ているから話を聞いてくれる、伝説のオタクに優しいギャルは!」

「ギャルじゃないし弟いねーし。てか観てたの義姉だし」

「そういうパターンもあるのか! 誰が推しだい!?」

「ぐいぐい来るなあ……、ポツポツとしか観てなかったけど、アレ、あの、プテラノドンの白ギャルは可愛かった気がする」

「ギャルプテラ! ピンクツインテ白ギャルの雲井まひる! いつも怠そうにしているが、その実最も仲間思いで、華奢な見た目に反してパワーファイターの! 必殺技はボルテック……」

「プテラビーク、ってよく真似してたッス」

「そうそう! ちょっと怠そうに発声するんだよ! 似ている、似ているぞシンデレラさん!」

「え、マジ? アナ姉と言い方練習したりしたんだよなあ。特徴的だったし、なんか途中から出てきたから目立ってて……」

「そうなんだよ! ギャルプテラは六人目のギャルザウラーで、リーダーのギャルティラノ・紅林みとらと対立するんだ!」

「みとら、いた! なんか結構熱血キャラだった気がする。ギャルっていうかヤンキーでしょ、みたいな」

「そうそうそう! それで表面上怠惰を装っているまひると対立してしまうんだ。二人の対立と和解を描いた26話『ズッ友! ゲキ鬼ヤバ合体!!』はシリーズでも屈指の名エピソードとして知られ……」


 しかし、夢のような時間は長くは続きませんでした。


「……そしてギャルプレシオも含む七人が揃って、グレートギャルザウラーが完成するんだよ。このグレート合体はだねえ、同じ枠で同じアニメ会社がやっていた一連の『合体』シリーズでも珍しい、合体したら絶対負けないタイプのグレート合体でね……」

「ごめん、ちょっと着信。……もしもし?」


『俺だ、トカゲだ』


「はいはい、おっちゃん、どうしたん?」


『時間がないので単刀直入に言う。魔法使いの魔法が切れる』


「期限ってやつ? 明日までなんじゃないの? まだ10時前だけど」


『今、魔法労基が来て分ったのだが、魔法使いは深夜割増料金を払わず魔法を使っていたらしい。22時以降に魔法を働かせた場合、法定の2割5分増の賃金を魔法に対して払わないといけないんだが……』


「そんな労働基準法みたいなんがあんの!?」


『ともあれ22時で魔法が解ける』


「解けるとどうなんの?」


『ドレスが消えて君は裸になる。王子とニコ生視聴者の前でストリップだ』


「マジ!?」


『急げ、あと5分しかない。着替えは車に置いてある』


「いや、持ってきてよおっちゃん」


『すまん、魔法労基に対応していて動けんのだ』


「クッソ、あの魔法使い……!」


 魔法が解けてしまうことに気づいたシンデレラは、引き止める王子の手を振り切って走ります。


「ごめん、王子さん! あたし行かないとダメだ!」

「そうなのか! せっかくここから『病み垢合体ゴスセイバー』や『パパ活合体バイドクス』の話をしようと思ったのに!」

「また今度な! うちの店に来てくれ!」

「『麺どころ マッパで飛び込め!』……。インスパイア系か、好物だよ!」

「それ見せたら100円引きだから!」


 シンデレラは大広間を走り、城の外へと出ました。


「クソ広いんだが! てか歩きにくいなこの靴! 持って走るか……」


 前庭に続く階段に差し掛かった時、追いかけてきた王子がシンデレラを呼び止めました。


「すみません、魔法労基の者ですが、あなたにかかっている魔法についてお話を伺いたいのですが……」

「今急いでるんで! てかあと30秒もねえ!」

「いや、急いでるとかじゃなくて……」

「とかじゃなくてじゃなくて……、ああもう、退け!」

「ぐわっ! ガラスのヒールが額にぃ!」

「車に飛び込め、お嬢ちゃん!」

「おっちゃん!」


 ガラスの靴の片方を残して、シンデレラは馬車に乗って城を飛び出したのでした。




「まったく、靴を投げつけるなんてどういう教育を受けてるんだ、最近の子は……」

「失礼、魔法労基とやらの方。その靴いただけますか?」


 残されたガラスの靴を王子が拾い上げます。


「あなたは?」

「この城のメイド長のメアリーと申します」


 ガラスの靴を手に入れた王子は一計を案じます。


 再び、シンデレラに会うために――。


「落し物は城で管理することとなっていますので」

「あ、そうなんですね」

「あと、王子のTwitterの更新ネタにも使えそうな物ですので」

「大変ですね」




「いやあ、ギリギリセーフ!」

「すまんな、調達できたのがジャージしかなくて」

「家に取りに帰ってくれてたんだ、あたしの部屋着」

「ああ。真ん中のお姉さんか? 家を訪ねたら、あの子が持ってきてくれた。トカゲの顔にも驚かない剛毅なお嬢さんだな」

「あの人、割と動じないんだよ。しっかし……」

「どうした?」

「ガラスの靴、片方魔法なんとかに投げちゃった。惜しいことしたな……」

「片方だけでも価値があるさ。価値ってのは見出すもんだからな」

「そういうもん? ……てかおっちゃん、顔が!」

「ん? ああ、トカゲの魔法が解けたらしい。魔法使いの魔法が労基に停止されたからかもな」

「その割に嬉しそうじゃないね」

「トカゲになって25年だぞ? 俺の人生、人間の頭だった期間の方が短い」

「どんだけ借金してたンスか……」

「正確には奨学金だ。魔法使いから借りたら、大学卒業後にトカゲにされて下僕扱い。お陰で一向に減らなかった」

「暴利すぎん? 大学出てまでさ」

「程度の差はあれ、奨学金を借りたらそんなもんだ」

「てか渋いじゃん。おっちゃんモテるよ」

「よせよ、こんなおっさんをからかうもんじゃないぜ」




 翌日、王子様は早速おふれを出しました。


 このガラスの靴とサイズが合う女性を妃とする、と。


「Twitterでバズってんだけど、王子」

「え、何で?」

「何か、『昨日の忘れ物の靴です』って画像をアップして、『#お妃選定中』って書き込んでんだけど」

「おはよう。アナ、どうしたの?」

「これ、あたしが昨日魔法何ちゃらに投げたガラスの靴の片っぽじゃん!」

「え、マジ? タグと画像のせいで、ガラスの靴の持ち主と王子が結婚するんじゃないかって話になってんだけど」

「えー! そんなこと書いてないじゃん!」

「書いてないことで盛り上がるのが、ネット民の悪い癖だし」

「仕方のない連中ね……。ネットの書き込みを巡る訴訟事案が絶えないわけだわ」

「てか、『結婚相手=ガラスの靴の持ち主』でほぼ確定みたいな空気だよ。『#ガラスの靴の持ち主を探せ』とかで大騒ぎになってるし。これ、ガラスの靴の女と結婚しなかったら暴動起こるかもね」

「うわぁ……」

「あと、『#ギャルザウラー好きと繋がりたい』『#家系ラーメン』ってタグもついてたから、検索汚染すんな! って引用ツイで怒られまくってる」

「マジかよ……。あたしが王子と結婚しないといけないのか……」

「あら、とんでもない幸運に思えるのだけど……、嫌そうね」

「あんたと王子の面談の切り抜きもバズってるし、行けそだけどね」


 シンデレラの義姉たちは、自分たちこそが妃になろうと足の一部を切り落とし、無理矢理に靴とサイズを合わせようとさえしました。


「まあ一番バズってる切り抜きはドリ姉と王子のやつだけど」

「え、どうして!?」

「一番『ギャルザウラー』の話で盛り上がってたから」

「マジかよ。じゃあドリ姉の方がいいんじゃね?」

「ぐぐ……、不覚だわ……、この敏腕弁護士のわたしが、ニコ生ごときでアニオタだとバレてしまうなんて……」

「『ギャルザウラー』の主役のユータくんについて熱く語ってるとこ、音MADの素材になってるよ」

「ショタコンもバレてんじゃん」

「姉にデジタルタトゥーが残る実績がアンロックされた件」

「最悪だわ……。弁護士人生終わった……」


 しかし、ガラスの靴は二人の足を拒みました。


「あらあら、いい話じゃないのー。デレちゃん、受けちゃいなさいよ」

「でもなあ、義母さん。あたしの夢はラーメン屋を開くことだから」

「お妃になってからもラーメン屋はできるわよー」

「それは無茶でしょ」

「うーん、やっぱ断るわ、この話。てかあたしがお妃になるって決まったわけじゃないし」

「でも、ガラスの靴がどうのこうのでネットは熱いよ? トレンドで『#ニトーリューを我が国にも』『#国辱クリケット代表の帰国を許すな』『#レターパックで現金送れ』の次だし」

「えげつないトレンドになってるわね……」


 シンデレラがガラスの靴に足を通すと、それはぴ――


「じゃあさ、ガラスの靴のもう片っぽ、ドリ姉に渡すから。ドリ姉が靴の持ち主ってことにしたらいいじゃん」

「ええ!?」

「策士現る。確かにニコ生じゃ足元映ってなかったから、誰がガラスの靴履いてたのか特定されてないし」

「でも……」

「好きなんだろ、王子のこと。気も合ってたみたいだし、だったらドリ姉がお妃になれよ」

「まあまあ! ドリちゃんがお妃様になったら、わたしも王族になっちゃうの? いやだわー、嬉しいー!」

「身内から王族出るとか草生え散らかすんだが」

「――ん?」


 その時、雷鳴が鳴り響きました。というか、鳴り響かせました。


 そして辺りが暗くなりました。というか、暗くしました。


 誰がしたのかって?


「あんたは……」


 そう、このわたしです。魔法使いです。


 物語の行く末が怪しくなってきたので再び表舞台に登場しました。


 せっかく念には念を入れ、SNS上で工作を行い、「ガラスの靴の持ち主が次のお妃」という世論を醸成したのに、それも台無しにしようといういのなら黙っていられません。


「魔法使い、お前の魔法か? てか魔法戻ったの?」


 未払いの割増賃金と罰則金を払い、どうにか魔法を取り戻しました。ここまでかけてきた魔法もすべて無効になってしまったのは惜しいですが……。


 というか、そんな話はどうでもいいのです。大事な用があるから、時を止めて語りかけているのです。


「何の用だよ?」


 ガラスの靴を義姉に譲渡する?


 シンデレラが?


 王子との結婚を?


 義姉に譲る?


 そんなストーリー改変が許されると思っているのですか?


「ストーリー? 何言ってんだ、お前?」


 ストーリーはストーリーですよ!


 この物語は、不幸で不幸で仕方ない君が、かわいそうな境遇から抜け出す物語です!


 どうしてそれを受け入れないんですか!?


「いや、物語もクソもないだろ。人生だよ、これは、あたしの。人生にストーリーなんてあらかじめあるもんじゃないし、改変とか言われてもなあ。なるようになるもんじゃん、人生って」


 馬鹿なことを! 君は、不幸なシンデレラですよ!?


 早くに母親と死に別れ、父親の再婚相手にいじめられ、その父親も死に、不幸な境遇のどん底にいた君が、その正直さから魔法という奇跡によって救われ、その姿にあらゆる人間が感動し、自分の人生に希望を持って生きていくんじゃないですか!


 その役割から逃れようというのですか!?


 そんなことが、許されるとでも思っているの!?


「知ったこっちゃねえよ」


 何を――!?


「別にあたしは可哀想でもなんでもない。よしんばそうだったとしても、今の状況から抜け出すんなら、その方法も方向もあたしが決める」


 馬鹿なことを! 王子と結婚して幸せな家庭を築く! それ以上の幸せが、ゴールがシンデレラにあるものか! 君がシンデレラならそれしかないんですよ!


「人に感動や希望を与えるなんて、そんなもんは別のヤツにやらせとけよ! そもそも結婚はゴールじゃねえだろ!」


 何を、と怒鳴り返そうとしたわたしの前でシンデレラは跳躍しました。


「まどろっこしいんだよ、このクソが!」


 そこから振り抜かれたシンデレラの足は、ガラスの靴を脱いだ裸足のそれは、わたしの首筋を強か打ちました。


「怒りのフライングレッグラリアートだ。中国四千年の秘技、ありがたく食らいやがれ」


 薄れゆく意識の中で、シンデレラのそんな言葉が聞こえました。




  ◆ ◇ ◆




 王子の四回目の婚活パーティから5年が経った。


 チャーミング王子は、ドリゼラ姉と結婚した。


 あたしがガラスの靴なんて譲らなくても、最初からドリ姉を選ぶつもりだったらしい。


 ただ、ドリ姉がガラスの靴の持ち主ってことにしたから、国民的な盛り上がりになった。


 メアリーともうまくやっているみたいだ。ドリ姉は義母さんに似て料理が壊滅的なので、メアリーとは住み分けができているようだ。人格的にも馬が合うみたいで、王子を二人で尻に敷いている。


 ドリ姉は法律の知識を活かしてお妃の職務もバリバリやっている。王室からのリッポーが倍になったとか、法律に小回りを効かせられるような改正が多くなったとか、よく分からんけど手腕が褒められている。


 一方で、国営放送でアニメが流れる時間が増えたのは「私物化だ」とか責められたらしいけど。


 義母さんはドリ姉と一緒に王宮に引っ越した。向こうで贅沢してるらしいが、厨房に入りさえしなければ無害で人当たりの良い美人なおばさんなので、王宮の人ともうまくやれているようだ。


 あたしはというと、遂に今年、バイト先のラーメン屋から暖簾分けという形で独立した。


 客足は上々だ。前の店からこっちの常連さんになってくれた人もいるし、たまに王子もお忍びで食べにくる。


 食べにくるたびカウンターに居座って『ギャルザウラー』の話をするのは困るけど。


 今日も客を捌いて、店を閉めるかという時間になっているのだけれど……。


「シンデレラは独立、ドリ姉は今や王族」


 ぐちぐちとカウンターに突っ伏してこぼしてる女がいるので、店を閉められないでいる。


「閉店だぞ、アナ姉」

「それに比べて、酒カス陰キャの喪女とか、もう誰も見向きもしてくんないんですけど……」


 アナ姉は3年前に自分のチャンネルで、連邦に反省をナンチャラみたいなダンスを酒の勢いで裸で踊って永久BANを食らってしまった。そのスキャンダルがドリ姉の足をちょっと引っ張ったので、王宮からも出入り禁止にされている。


 その後は配信業もできず、適当に単発のバイトに入ったり、生前贈与された義母さんのモデル時代の金の残りで何とか食い繋いでいる。


「酒、酒をおくれ……、命の水を……」

「もう飲むなって……」


 うううう、と唸ってアナ姉はカウンターに突っ伏してしまった。


 仕方ない、知り合いの個人タクシーを呼んでやるか。


「ごめんよ」


 あたしが電話をするとほどなくしてその人はやってきた。


「お疲れ様。おっちゃんごめんなー」

「いいよ。駅前で客待ちするのも飽きてきたとこだ」


 おっちゃん――五年前、トカゲヘッドだったあの人は、今はこうしてタクシードライバーをやっている。


「真ん中のお姉さんか」

「ああ、やけ酒が最近激しくてさ」


 おっちゃんと二人でカウンターから引きはがすと、アナ姉はちょっと寝てたのか唸って口元のよだれをこすった。


「うーん……、まだ飲めるよ……」

「飲むな」

「しっかりしな、お嬢さん。家に乗せてってやるからな」


 おっちゃんの声に、アナ姉はぱっちり目を見開いた。


「え、何? 夢……? ガチ好みのイケオジに抱きかかえられてるんだが……」

「あたしも抱えてんだけど」

「お嬢さん、こんなおっさんをからかうもんじゃないぜ」

「え、激渋いんだけど……。何これ、マジ? 語彙力が死ぬ……」


 アナ姉は夢に浮かされたみたいな足取りで、おっちゃんに支えられながら店を出て行った。


 よし、これで片付いたな。


 あたしも店の外に出て、暖簾を取り外すことにする。


 紺地暖簾に白で染め抜かれた文字は「はだし」。


 これが、ガラスの靴なんていらないあたしの店の名だ。






〈はだしのシンデレラ 完〉

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― 新着の感想 ―
[良い点] ほくそえめた。誰も不幸にならなくてよかった。オチでなんとなくいい話だなぁと思えたのでよかった。 [気になる点] 30過ぎた童貞じゃなくても魔法が使えるのか気になる。 [一言] 応援してます…
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