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第4話 赤ちゃんを毒す


 ナクアは暗黒空間に飲まれた瞬間、意識を失い、肉体を失い、記憶を宿した精神だけの情報体になった。そして幾星霜の時空を超え、世界の境界すら超えてつい新たな命として異世界で覚醒を果たした。


 目を覚ますとまたしても暗闇。体全体を暖かいとろみのあるお湯が包み込んでいる様な懐かしさを感じる優しい感覚。

 ゆっくり手を伸ばすと柔らかい毛糸とシルクを足して2で割った様な不思議な感触に当たった。足の先にも同じ感触がある。グルっと全体を確認すると球体の中にいる事が分かった。


(どうしよ。下半身蜘蛛じゃないけどアラクネに転生したって事かな? 多分ここって殻の中だよね。……もう割っていいの? タイミングが分からない。)


 何となくペチペチ叩いていると外から女の人の声が聞こえる。


「が……れ!……ばれ!あーし……余裕しょ!」


(えっ?言葉がわかる!さすが神様、酔っててもやる事やってくれてたんだ!なんか言葉遣いがアレだけど、多分お母さんだよね!……こんの、おりゃああ!!!)


 全身をジタバタさせると少しづつ殻が解れていく。その隙間から明かりが徐々に差し込み、ぼんやりだが漸く今いる場所の様子が見えた。それは細い糸が一面に張り巡らされ、球体状に形成されたまさしく卵を守る蜘蛛の卵嚢を内側から見た景色。

 隙間に手を伸ばし押し広げる様に割いていくとクリアな音が耳に届く。


「あーしの赤ちゃん、マジ天才じゃね? ていうかめちゃくちゃもがいててウケるwwwww 」


(えっ私のお母さんってギャルなの!? 眩しくて顔とかわかんないけどなんかショック!!)



 それから、かれこれ二十分かけて卵嚢から脱出したナクアは現在母親に抱かれていた。卵嚢の外はどうやら屋外の様だがひんやりとした岩肌と蜘蛛の巣に囲まれた鍾乳洞を彷彿とさせる雰囲気がある。そして岩に生えた不思議な鉱石が優しく光り辺りを照らしていた。

 母親は驚いた顔でナクアを見詰めながら話し掛ける。


「あーしの子まじスパダ(※スーパースパイダー、凄い的な意味)じゃね?あのガンジ(※雁字搦めの略、手が足りない忙しい時にも使う)から自力で抜け出すとかヤバない?あと顔wwwwなんで無表情wwww泣けよwwww」

「……。」


(いや、私のお母さん若くない??あと予想の3倍はギャルなんだけど!!!ていうかアラクネってこういう感じの見た目なの!?)


 アラクネという種族はナクアが想像していた下半身が蜘蛛の姿ではなく、普通に二足歩行の人にかなり近い見た目だった。

 ナクアの母親でいうとまず2本の足はベージュ系ファーの様な毛が生えた甲殻で膝から下は覆われていて一見するとファーロングブーツを履いている様に見える。

 上半身は人間と変わらない様に見えるが背中から下半身同様のファーが生えた蜘蛛脚が六本伸びていてそれで局部を隠す様に体に巻き付けている。

 例えるならファーで出来たクロスワンピース水着という感じでかなり刺激的な見た目をしている。

 顔は普通に人間のパーツ、ただ両目尻に3つずつ黒いラインストーンの様な複眼が並んでいる。

 髪の毛は黒とピンクのグラデーションのロングヘアをセンター分けにしていて、総合的に見て20歳そこそこのギャル過ぎる見た目のお母さんだった。


「おかあさん、ぎゃるすぎ」

「ちょマ?? あーしの子もう喋れてんだけど!? 赤ちゃんじゃなくて赤さんだわwwwていうか何気にあーしディスられてね?ウケるwwwww」


(おっ舌が回らないけど喋るじゃん!まあお母さんはギャルすぎるけど美人だしいっか!!ていうか、おっぱいもデカイし、蜘蛛っぽい脚もあるし最強では??)


 ここで少し落ち着いたナクアは自分の容姿を確認する。足は少し起毛したタオル地みたいなグレーの甲殻に覆われていて長いルームソックスを履いてる様な見た目。背中から生えた脚はまだ短いのか脇腹に噛ますのが精一杯だった。2歳くらいの体の大きさで女の子だった。


「おとうさんは?」

「はあ?いませんけど何?」


(なんか複雑な家庭環境なの? ギャルだしお父さんはちょっとヤンチャ系で逃げられたとか?……いや蜘蛛なら食べちゃったとかも有り得るかも……変な事聞いちゃった。)


「ていうか、あーしらは交尾しなくても子供産めんの。これ常識しょ?ていうか赤さんにこの話題はまだ早いかwwww お前早熟すぎなwwww」

「んだよそれ」

「キレててウケるwwwww」


 蜘蛛というか生物には哺乳類の様に有性生殖だけが子を産む手段ではない種類も存在している。それは単為生殖と呼ばれていて交わることなく子を産むこの様な生物はミツバチやアリ、蜘蛛の中にも存在する。

 そしてアラクネは雌しか産まない産雌単為生殖でオスが極めて少ない生態といえる。本来単為生殖は交配しない為クローンに近い存在で個体の多様性がなく、環境の変化に対応できないなど欠点も多い。しかしアラクネはこの欠点を異世界固有のもので解決していた。


「ていうか飯食わん?つーわけで赤さんはここで寝ててくんない?」


 そう言いながら母親の腹部を覆っていた脚が2本解け、ビキニの様な見た目になると足先から糸が伸び、数秒で洞窟に即席のハンモックが完成した。


「おかあさん、すごい」

「いやいや赤さんの方がスパダしょwww ナチュボ(ナチュラルボーンの略、天然で最強的な意味。)すぎて逆に引くわwww」

「……ごはんなに?」

「あーしは魚、秒で取ってくるけど、……赤さんはとりま乳しょッ??違うん?」

「ううん、ちちいったく。はよくれ。」

「赤さんオモロwwww 子供作るの初めてだったけど正解だったわ。じゃあちょっと近所で魚狩ってくっから乳はその後でよろ!」

「うん、いってらっしゃい」

「……あーしの子可愛いすぎね?マジここにガンジ寸前だわ。ヤバすぎ。」


 そう言い残すと母親はナクアをハンモックに寝かせ落ちないようにクルクルと蜘蛛糸で優しく包み、何処か名残惜しそうに時々振り向きながら奥に歩いて行った。



読んで頂いてありがとうございます!

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