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[前編]

この物語はフィクションです。

 ここは何処なんだろう。

 四角い場所に入れられ、そこから見えるのは、なにかしら長細い石と、それに巻き付いている糸のようなもの。あと四角がいっぱい付いている背の高いもの。でも頭は三角だ。そして、一面灰色の世界だけだ。

 僕は叫ぶ。しかし誰も気づいてくれない。たまに聞こえる楽しそうな声、ブルルと大きな音を出してすぐに消えてしまう音。

 全部が僕の事を無視してる。ここにいるぞ。僕はここにいる。

 灰色の世界から冷たいものが落ちてきた。君は誰?冷たいものは答えてくれない。ただただ、灰色の世界から、落ちてきて、僕の回りで、弾けて消える。

 きっと僕も冷たいものと同じなんだろうな。なんとなく出来て、誰にも見られず、誰にも気付かれず、一瞬で消えていく。

 どうせ僕なんかそんなものだ。

 そう思っていた。

「大丈夫?」

 突然暗くなる。僕は驚いて灰色の世界が見える場所に顔を上げる。

 そこには黒色の長いさらさらとした髪、真っ黒のクリクリとした真ん丸の目。僕が初めて見るものだ。

 僕は体を出来るだけそれに近付けるように壁に前足を付けてそれをマジマジと見る。

 するとそれが僕を四角い世界から出した。そのままそれに抱かれた。

「君も1人か。」

 温かい。それは真っ白い歯を見せた。一本無かったけど。

「君、冷たいね。」

 ピンク色に変わった空を見て、それの温もりに埋もれてみた。

 そのうちそれは動きだしザアザアという音だけが耳に入る。

 ガチャ。その音に驚き顔を上げる。

「ただいま。」

 それは元気よく叫ぶ。

「おかえり。ってなにを拾ってきたの?」

 どこからともなくそれに似たものが飛んできて僕を見てそう言う。

「なにって猫。」

「わかってるわよ。飼わないからね。」

「えぇ!いいじゃん。」

 それは僕の耳元で叫ぶものだから僕は飛び上がった。

「あ、ごめん。」

 それは僕を見てそう言った。別に大丈夫だよ。顔を擦り付ける。

「だいぶなついてるわね。」

 驚いたようにそれに似たものは呟く。

「ね、いいでしょ。」

 んん〜と唸ったあと、

「いいわよ、」

 と言った。

「ただし、ちゃんとお世話するのよ。」

 近寄って怖い顔でそれに言う。

「うん、ありがとうお母さん。」

 それはまた動き始める。

「まずお風呂入っちゃいなさい。風邪引くわよ。」

「はぁい!」

 それに似たものは段々と下に消えていく。

 そしてまたガチャ、となり動く壁が手前にくる。僕は驚いてそれにしがみつく。

「どうしたの?始めてだから怖い?」

 それは動き赤い四角い物を投げて動く壁を元に戻した。

「一緒にお風呂行こ。」

 お風呂?なにそれ?

 それは来た道を戻りまたガチャと動く壁を動かす。今度は中に入って僕をおろした。

「ちょっと待っててよ。服脱いじゃうから。」

 と言うと赤いものを体からはがし、大きな箱に入れた。次々にはいでいき、大きな箱に入れていき、全てをはぎ終わると、

 ガラガラ、

 ムッとなる空気。動く壁の先には…

「ほら、入って。」

 それにいれられ、動く壁をまた動かし、ここの空間から出れる場所は無くなった。

「じっとしててね。」

 それがなにかを動かすと、細いものから灰色の世界から落ちてきた冷たいものが出てきた。

 ただ違ったのは、それが温かい事だった。

「気持ち良いでしょ。」

 気持ち良いよ。スゴく。

「じゃぁ、私も。」

 と言ってそれも温かいものを浴びる。

「お風呂入ろっか。」

 抱かれてそれは四角い場所にゆっくりと入っていく。

 そのうちまた温かいものに触れた。

「気持ち良いね。」

 そうだね。

「そうだ!」

 いきなりそれは叫ぶ。お願いだから耳元ではやめて。

「自己紹介がまだだったね。私は千華(ちか)って言うの。皆はちーちゃんって呼んでる。」

 ちーちゃん?ちーちゃん。

「君はねぇ…」

 名前なんかないよ、僕。

「君はテン!よろしくテン。」

 テン。僕の名前。僕はなんだか嬉しくなった。

「にゃー。」

 ホカホカになった体とのどの奥の方。安心したらお腹空いてきた。

「ちー、早く出なさい!ご飯出来たわよ!」

 どっからかお母さんの声が聞こえたものだから僕はビックリして飛び上がった。

「テン、大丈夫だよ。」

 ちーちゃんは頬を上げてまた前歯が一本ない白い歯を見せてくれた。

 ちーちゃんは温かいものから出て、動く壁をあけ、そこから出る。

 ちーちゃんはもふもふのなにかで体を擦る。僕はそこで体を全部震わせる。

 ちーちゃんが終わるとちーちゃんはそのもふもふで僕を擦ってくれた。

「はい、おしまい。ちょっと待ってね。」

 ちーちゃんは床に置いてある白い小さなものを履く。次にピンク色のものを被る。次はさっきと同じものを履く。最後にさっきのもふもふで頭をごしごしする。

「よし、いこう!」

「ニャー!」

 ちーちゃんは僕を抱いてくれて動く壁を開けて走って明るい方に行く。

 明るいところは良い匂いがする。

「その猫か。」

 ちーちゃんみたいだけどなんか違う気がするそれが僕を見て目を真ん丸のさせて言う。

「あ、お父さんお帰り。」

 ちーちゃんが嬉しそうに言うから僕も嬉しくなった。

「いいでしょ、飼って。」

 不安そうに首を傾げるちーちゃん。僕もそれにあわせて首を傾げる。

「名前はなんて言うんだ。」

「テン!」

 一本ない前歯がちらついた。するとお父さんは、

「テンか。良い名前だ。よろしくな。」

 お父さんのゴツゴツした手で僕の頭を撫でた。ちょっと痛かったけどなんだか嬉しくなった。

「ごはん出来たわよ。」

 みんなイスに座った。僕はちーちゃんの膝の上で美味しそうな匂いを追う。

「いただきます!」

 いきなり手をあわせて叫んで言うものだから飛び跳ねてしまった。

「はい、テン。君はこっちだよ。」

 お母さんはちーちゃんの右の方の地面に僕のごはんを置いてくれた。僕は飛び付いて食べる。初めて食べた。

「ごちそうさまでした!」

「ニャー!」

 美味しかった。ちょっと足りないけど。

「ちー、宿題やりなさいよ!」

「はぁい!」

 僕はちーちゃんの細い細い腕に抱かれ、赤いものを投げたところにかけていく。僕はお腹いっぱいで頭がぼんやりしてきた。

 思わずあくびをする。

 それを見てちーちゃんは笑う。

「眠いの?ちょっと待っててね。」

 ちーちゃんは僕をふかふかの場所に置いて、またイスに座って机に向かってなにかをする。たまに手を止めて頭を掻く。

 あれが宿題なのかな?

「終わった!」

 と叫んでちーちゃんがなにかを押すといきなり暗くなる。そして僕の座っていたふかふかの場所に来て、上の毛布に潜って、僕を近くに寄せた。

「おやすみ、テン。」

 ちーちゃんはそう言ってあくびをする。そして目を閉じた。

 おやすみ、ちーちゃん。

 これが僕とちーちゃんが出会った秋の事だった。






「ちー!起きなさい!」

 その声で起き上がる僕。気持ち良さそうに寝息を立てているちーちゃんが隣にいる。

「起きなさい!」

 お母さんは毛布を剥ぎ取った。

「寒い…」

 ゴロンと寝返りを打った。

 お母さんを見ると何やら燃えている。怖い。

「いい加減に起きろ!」




 朝ごはん。たんこぶを頭に付けた、まだ寝癖のある髪、眠い顔。ちーちゃんは寝起きが悪いようだ。僕は昨日のようにちーちゃんの右の方でごはんを食べる。

「お母さん、コーヒーおかわり。」

 新聞と言うものを読んでるお父さんが、その紙に隠れていた顔を出した。

 その顔ときたらまるでちーちゃんのように頭にたんこぶを付けて、寝癖があり、眠い顔。

 僕は笑ってしまった。

 親子ってこんな感じなのかな?

「行ってきます。」

 ちーちゃんは動く壁を開ける。

「行ってらっしゃい。」

「にゃー。」

 お母さんと僕はそんなちーちゃんを見送ろうとした。

「ねぇ、お母さん。テン連れてっていい?」

 行きたい!僕はそう思った。でもお母さんの顔は驚いてた。そして急に暗い顔をしたかと思うとさっきみたいに怖い顔をする。

「ダメです!学校に猫を連れてっちゃダメなのよ。」

 ちーちゃんはさみしそうな顔をする。なんで?

「わかった。行ってきます。」

 ちーちゃんは学校とやらに向かって行った。

 お母さんはため息をついた。

「お父さん、」

 お母さんはごはんを食べる所に行ってイスに座る。

「私が悪いのよね。」

 お母さんがこすりあわせる手を見て言う。

「なにを言ってるんだ。そんなことないよ。」

 お父さんは新聞を閉じてコーヒーを飲む。

「でも、あの子がああなったのも、あの時気付いてあげられ無かったから…」

 お母さんは目から冷たいものを出す。

「泣くなよ、まだ決まった訳じゃ無いんだ。」

 お父さんはお母さんに抱きつく。

「テン、」

 僕は急に喋りかけられたから背筋がピンと張る。

「ずっと友達でいてやってくれ。」

「にゃー。」

 意味がわからなかったんだ。ちーちゃんがどんな状態なのか、知らなかったんだ。

 夕方、ちーちゃんが帰ってきたらまた昨日みたいにお風呂に入ってごはん食べて、宿題やって、寝る。

 その時に必ず、学校の事を言ってくれなかった。ちーちゃんは学校でなにをしているんだろ。






 翌朝いつものように叩き起こされるちーちゃん。寝癖を付けたまま学校に行くちーちゃんを見送る。

 ちーちゃんがいないと暇なのでお母さんについてまわる。

「ねぇテン。」

 陽気が気持ちいい窓際にねっころがっていた時にお母さんが話しかけてきた。

「今日、ちーちゃんの学校に行く?」

「にゃー!」

 行く!

「わかった。一緒に行こうね。」

 お母さんは微笑んだ。あんなに幸せそうなお母さん初めて見たかも。


 夕方、ちーちゃんが帰ってくる手前にちーちゃんの学校の前に連れてこられた。

 中から出てくるたくさんの人。ちーちゃんと同じような赤や黒のランドセルを背負ってるからちーちゃんと同じ歳なんだろうな。

 その中にちーちゃんが暗い顔をして出てきた。

「ちー!」

 お母さんはちーちゃんに近付く。

「お母さん。どうしたの?」

 ちーちゃんはびっくりしたように言う。

「ちょっと先生にお話しあるから。」

 そう言って僕はちーちゃんに渡された。

「テンの首にカギ付けといたから先に帰ってて。」

 と言ってお母さんは学校の中に入って行った。

「テン、行こうか。」

 ちーちゃんが歩き出そうとした瞬間、

「あ!ねこだ!」

 女の子が僕を指差しながら近付いてくる。

「ちかちゃんねこかってるの?」

 ちーちゃんは小さく頷く。

「いいな、抱いていい?」

 ちーちゃんはまた頷く。そして僕はその子に抱かれる。

「いいな、次私ね!」

「私も抱きたい!」

 そうして僕はたらい回しされた。やっとのところでちーちゃんのところに戻ってきた。

「いつかさ、ちーちゃんの家にいっていい?」

 ちーちゃんの強ばった怖い顔が緩み、一本ない歯があらわになった。

「うん!」

 そうして女の子達と帰った。楽しそうだったな。



「ただいま。」

「お帰り!」

「にゃー!」

 お母さんが帰って来た。元気がない声、でもちーちゃんはご機嫌だった。

「ちょっと待っててね。ごはん作るから。」

「はーい。」

 お母さんはとぼとぼと歩いていった。変だな。

 その後は昨日と一緒だった。一緒にお風呂入って、ごはんを食べる。

「ねぇ、聞いて。」

 ごはんを食べてるときにちーちゃんが喋った。

「テンと帰ってたらミィちゃんと友達になれた。後ねぇ、…」

 その後もつらつらと名前が並べられた。それを聞いてたお父さんとお母さんは驚いたような顔をした。

「どうしたの?お父さん、お母さん。」

 お母さんは口を開けたまんま言葉を放つ。

「な、なんでもないわよ。」

 それにお父さんが入ってきた。

「友達が出来て良かったじゃないか。」

 ちーちゃんの顔がさらににこやかになって、

「それでね…」

 楽しそうに話すちーちゃん。お父さんは楽しそうに聞いてるけど、お母さんが机の上を見て悲しそうな顔をしている。どうしたのかな?

「…なんだ。いいでしょ?」

「ああ、いいよ。いつでも連れておいで。ちー、もう遅いから寝よう。」

 ちーちゃんはあっとした表情でテレビの上にある丸い時計を見た。短針が「8」を指していた。

「あ、もうこんな時間。」

 ちーちゃんは大きなあくびを1つ吐く。

「おやすみ、お父さん、お母さん。」

「おやすみ。」

 ちーちゃんは僕を優しく抱き上げ、ちーちゃんの部屋へと向かう。

 僕もあくびを吐いた。

「今日は宿題ないから早く寝ようか。」

「にゃー。」

 僕とちーちゃんはベットに横たわり、上から毛布をかける。

「テン、おやすみ。」

 ちーちゃん、おやすみ。僕は温かい温かい、ちーちゃんの細い手の中で寝た。

 その日、夢を見た。楽しそうに遊ぶちーちゃん。空は青くて、緑は広くて。ちーちゃんは真っ白い服を着ていた。

 一体なんだったんだろう。起きてから頭を傾げて考える。しかし所詮は夢で、細かく覚えていない。僕は考えるのをやめてお母さんしかいない家の中を回ってみる。

 秋晴れの陽気が気持ちよくて眠くなってしまう窓際。僕はそこから外を眺めた。秋で色が変わった葉っぱが風が吹く度にヒラヒラと落ちていく。

 次にお母さんのいる台所に行く。

 お母さんはせかせかと朝のお皿たちを洗っている。

「テン?どうしたの?」

 なんでもない。僕はそう言った。

「遊んで欲しいの?ちょっと待っててね。」

 別にそういう訳じゃないんだけど。でも遊んでくれるならいっか。

 僕は元気よく鳴き、そこを後にする。

 廊下から階段を上がりちーちゃんの部屋のドアを開け、ちーちゃんの部屋に入る。

 ちーちゃんがいないとさみしい部屋。

 青いシーツのベットと、いたって普通の勉強机、そして快晴の空と人通りのない道が見える窓しかない部屋だった。なにもない、ただそれだけを言っていた。

 僕はそこを後にして階段を下り、台所に向かった。

「テンめっけ!」

 そこでお母さんに捕まった。抱き上げられそのままソファの所に行き、それに座る。

「ちーを元気にしてくれてありがとう。」

 笑顔だった。僕は意味がよくわからず首を傾げた。クスクスと笑うお母さん。

「テンが来る前はあんなに喋らなかったの。」

 そうなの?

「昨日、友達が出来たなんて聞いて驚いたわ。学校に三年間行ってて初めてよ。」

 ちーちゃんに友達がいなかったの?そうなんだ。

「友達が出来なかったの知ってる?」

 知らない。

「学校に行けなかったのよ。病気で。」

 病気?元気なのに?

「病気、もう…」

 悲しいそうな顔をする。どうしたの?

「なんでもない。ごめんね。寝ていいよ。」

 今度は笑ってどこかに行ってしまった。病気、なんなんだろう。もうって。





 そんな感じで寝ちゃってちーちゃんが帰ってきた音で目が覚めた。

 僕は玄関にすぐに向かう。

「可愛い〜。」

 驚いた。来たのがちーちゃんだけじゃ無かった。

 靴を脱いで上がってくる皆を見て僕は後退りする。

「テン、平気だよ。」

 両手を差し出すちーちゃん。僕はそこに向かって走り、胸に向かって飛ぶ。

 ちーちゃんは上手い具合に抱いてくれた。

「ちーちゃんになついてるね。」

 青い服を着ている、ちーちゃんより一回り大きい女の子が僕の頭を人差し指でくりくりしながらちーちゃんに喋りかける。

「ちょっと怖がっただけだよ。」

 ちーちゃんが一本ない歯を見せて言う。

「私、美千子(みちこ)って言うんだ。ミィだよ。」

 あ、昨日ちーちゃんと一緒に帰った子だ。よろしく。

「私の部屋に行こう。」

「うん。」

 僕たちは二階のちーちゃんの部屋に行く。

 そこで今日あったのだろう出来事を面白可笑しく話していた。良くわかんなかったけど。

 ある話しに変わった。

「ちーちゃんって最近まであんまり見なかったけど、会わなかっただけだよね。」

 ミィちゃんは前の話しの流れで聞いてきた。ただなんとなく聞いた。そんな表情だった。

「それは…」

 今まで楽しそうに喋っていたちーちゃんの表情が曇り、言葉は口でこもる。

 その様子を見てミィちゃんは焦り、

「なんでもない!気にしないで!」

 と、とっさに言う。

 しかし、それっきりちーちゃんに笑顔が戻って来ることはなかった。

 ミィちゃんは頑張って面白話しを隣で話すが、ちーちゃんは適当なあいづちを打つだけだった。

 僕はちーちゃんの腕の中から出てミィちゃんの近くに寄る。

「どうしたの?テン。」

 ちーちゃんはなんで暗い顔してるの?聞きたい。

「そっか、そう言えばこんな時間だね。」

 僕は猫。人間に想いを伝えられない事は当たり前。僕もちーちゃんの気持ちがわからないように。

「ちーちゃん、帰るね。」

 勢いよく立ち上がって持ってきていた手提げ袋を肩にかける。

「ちーちゃんまたね。」

 ミィちゃんたちは片手を左右に大きく振る。

「またね。」

 ちーちゃんは俯いたまま片手をゆっくりと左右に振る。

 ミィちゃんはさみしそうな目を僕に向けた。僕はただ僕にもバイバイを言ってくれてるのかと思った。

 なんとなくだけど、ミィちゃんはなにか知ってたのかな?

 今日、ちーちゃんが笑う事はなかった。

ずっとふさぎ込んだまま。

 そしてベットの中で、

「テン、もっと学校に行きたいよ。」

 寝ようとして閉じていた目を開け、ちーちゃんの顔を見る。ちーちゃんはすでに寝ていた。でも確かに呼ばれた。よく見るとちーちゃんの閉じられた目から涙が一筋流れていた。

 僕はそれをなめる。しょっぱい。下を刺す味だ。そして悲しい味だ。

「テン、また学校に行けるよね?」

 行けるよ。明日行くじゃん。

 僕はそんな意味にしかとらえられなかった。

 いつのまにか寝ていた。翌日、ちーちゃんは元気になって笑顔で学校に飛んでいった。

 また、窓越しに外を見る。庭の木の最後一枚の葉っぱが落ちていくのを見た。

 ゆっくりと落ちていく。地面にはそれとまったく同じものがたくさん落ちていた。そのなかに最後の一枚が音もなく入って、そしてどれがそれなのかわからなくなった。

 ちーちゃんとあってから1週間も経たない金曜日の話だった。その日もミィちゃんは遊びに来た。昨日の事は忘れて2人は笑いあっていた。

「ちーちゃん、明日も遊ぼ。」

「いいよ。」

「あそこの公園はどう?」

「いいね。1時で大丈夫?」

「うん。じゃぁ1時に迎えに来るね。」

「わかった。」

 一連の流れで明日も遊ぶ事になった。公園ってなんだろ?

「時間平気?」

 ちーちゃんはミィちゃんを見て首を傾げた。ミィちゃんはちーちゃんの部屋にある丸い時計を見る。短い針は「5」を示し、長い針は「3」を示していた。

「やば!」

 いきなり立ち上がるもんだからビックリした。ミィちゃんは手提げ袋を持って、

「また明日!」

 と言って走って部屋を出ていった。そして遠くで、

「おじゃましました!」

 と聞こえた。

「ミィちゃん早いね。」

 きょとんとした感じだった。なんか、いなくなるの早かったな。

「ちー!お風呂入っちゃいなさい!」

 また遠くで今度はお母さんが叫ぶ。

「はーい!テン行こう。」

「にゃー!」

 ちーちゃんは僕を抱いたまま立ち上がりゆっくりとお風呂場に向かった。

 ざばぁ、

 珍しくちーちゃんが入るとお湯が湯槽から出ていく。

「テン、公園だって。私初めてなんだ。」

 へぇ、そうなんだ。

「私、ブランコってやつやってみたい。あとすべりだいとか、シーソーとか、」

 ちーちゃんは遠い目でそこの公園を想像しているようだった。その中では今、ちーちゃんはなにをしてるのかな?

「テンも一緒に行こうね。」

 え!いいの!僕は驚いてちーちゃんのまんまるいクリクリおめめを見た。

「にゃー!」

「決まり!楽しみだな。」

 うん、楽しみ。僕は鼻歌を気持ちよく歌うちーちゃんを見て、それに合わせて首を左右に振る。

 お風呂から出て、体をゴシゴシと拭くちーちゃん。僕は体を震わせて体の水を飛ばす。

 寝間着に着替えたちーちゃんに抱かれて台所に行く。

「ただいま、ちー。」

「お帰り!お父さん!」

「今日は元気だな。」

 お父さんは笑いながら言う。

「うん。」

 ちーちゃんも一本ない歯をお父さんにこれでもかってくらい見せていた。

「食べましょう。」

 ちーちゃんはイスに座る。その右隣に僕は位置付く。

「いただきます!」

「にゃー!」

 そして食べ始める。

「あのね、明日ミィちゃんと一緒に公園で遊ぶんだ。」

 味噌汁を飲んでいたお父さんはそれを聞いて咳き込んでいた。

「よかったわね。」

 本当に驚いたように、だけどすごい喜んだようにそう言うお母さん。

「うん。」

 強く頷くちーちゃん。

「ボールとか飛んでくるから気を付けろよ。」

「ボール?」

 ちーちゃんは首を傾げた。

「まあるい、ほら、野球とかサッカーとかのあれだよ、」

 んー、と唸るちーちゃん。

「なんとなくわかったかも。」

「とにかく、怪我をしないようにな。」

 お父さんの笑顔は輝いていた。

 冬に入る手前、お風呂上がりだからかなんだかこの部屋が温かく感じた。決して電子機器は使われていない。でもなんか温かいのだ。

「ごちそうさまでした。」

「にゃー。」

 皆両手を合わせて頭を少し倒す。それに合わせて僕も頭を下げる。

「テン、もう寝よう!」

「にゃー!」

 走って二階の部屋に戻るちーちゃんを追いかけて僕も駆け出す。

「こら!少しは落ち着きなさい!」

 お父さんの怒る声がきっと近所迷惑になるだろう大きさで家中に響いた。

「ごめんなさい!」

 それの答えをちーちゃんが叫ぶ。こっちもきっと近所迷惑なんだろうな。

 部屋に入りいきなりベットに倒れ込むちーちゃんの顔の辺りに飛び移る。

「楽しみだね、テン。」

「にゃー!」

 ちーちゃんは僕を見て満面の笑みを見せる。

「初めてだよ。外で遊ぶのは。」

 目線が僕から天井に移った。さっきの笑顔は空虚に変わり、

「早く寝なきゃね。」

 また僕の方に笑顔を見せて電気のスイッチを切りに行った。

 真っ暗、とはいかないが、外の街灯の明かりがうっすらと入り、ちーちゃんがベットに戻るのを見るのも簡単なものだった。

 ちーちゃんがまたベットに仰向けに寝る。

「おやすみ、テン。」

「にゃー、」

 お互い、目を閉じた。










 朝、鳥のさえずりで目を覚ます。ガサゴソ、ガサゴソ、そういう音が気になり立とうとした。

 その僕を上から何か赤い軽いものが覆い被さる。もがいてなんとか這い出る事が出来た。

 それはきっと音のする方から飛んできたのだろう。

 そう思い音のする方を向いた。

 そこには必死にタンスの中身をひっくり返しているちーちゃんが丸くなっていた。

 この部屋全体をちーちゃんの洋服やらズボンやらスカートやら靴下やらさらには髪止めまで散らばっていた。

 僕はなるべくそれらを踏まないようにちーちゃんに近付くが、前から緑色の洋服が飛んできた。咄嗟に避ける。避けたら白い洋服を踏んでしまった。

 あぁやってしまった。僕は何も無かったようにどこうとする。

「あ!テン!おはよう。」

 いつものように元気に毎朝の挨拶をする。

 困った。きっと怒られる。そう思った。

「テンはそれがいいの?」

 まだ寝間着のちーちゃんが立ち上がり僕の近くまで寄ってきた。僕はその服から体をどかした。そしてちーちゃんはそれを持ち上げて自分の体に合わせて見る。その姿を体全体が写る大きな鏡を通して見る。

「よし、これに決定。」

 そう言って色々乗っているベットの上から全てをどかしその白い服を広げて置く。

「次は、ズボンにしようかな?スカートにしようかな?」

 僕にはまったくわからない話だった。ちーちゃんはジーパンとフリフリの付いている黄色のスカートを持ち上げてまた鏡で見比べる。

「スカートにしよう。」

 と言ってジーパンはまた床へ無惨な形に置かれる。スカートは白い服の下に置かれた。そのほぼ出来上がったものを見てちーちゃんは腕を組む。

「こうきたら、靴下は…」

 床に散らばっている服の中から長めの白の靴下を掘り出し、それをまた綺麗に並べる。

 ちーちゃんはそれを眺めて、

「カンペキ。」

 と呟いた。僕は安全な勉強机の上から一連の流れを見つめていた。

 ちーちゃんは散らかした服たちを綺麗にたたみ始めた。僕はそれを不思議そうに眺める。

 綺麗にたたむのになんで散らかしたんだろう。そう思っていたらいつのまにかあの汚かった部屋はどこへやら、いつもの特に特徴の無いちーちゃんの部屋に戻った。

「終わり!」

 お疲れ、僕はそんなまなざしをちーちゃんに向けた。

「テン、お風呂入ってくるね。」

 朝にお風呂入るの?今日のちーちゃんなんか変だな。

 ちーちゃんはベットの上にある服たちと勉強机の上にある髪止めのゴムを持って部屋を出ていった。

 この部屋に静寂が戻ってきた。

 まだ鳥のさえずりが聞こえた。

 もう一眠りしよう。大きく口を開けてあくびをする。そしてベットの上にゆっくりと向かい、そこで丸くなる。

 ガタゴト、一階で何か聞こえ、僕はそれのせいで目が覚めた。

 まだボヤける視界を手でこすりまあるい時計を睨み付ける。短い針が「11」の位置を越えていた。

 寝すぎた。朝ごはん食べてない。お腹空いた。

 ダルい体を奮い起こしちーちゃんの部屋から出る。階段も一段一段飛び降り、台所に向かう。

「ちー!少しはおとなしくしてなさい!」

 異様な光景だった。ちーちゃんは地面に両手を着き足を蹴り上げ壁につける。お母さんはいつものように洗い物をしていた。

「見て見て!逆立ち!」

 真っ逆さまになった顔から一本ない歯がちらりと見えた。音の原因はちーちゃんだったのか。

「わかったから座ってなさい。」

 ちーちゃんは壁を蹴って両足を地面に戻し、普通の常態に戻った。

「だって、体がウズウズするんだもん。」

 両頬をパンパンに膨らませてだだっ子調で反論する。

「ミィちゃんと遊ぶ前に疲れちゃうわよ。」

「だってぇー。」

 と言いながらフカフカのソファーに座るちーちゃん。

「楽しみなんでしょ。わかってるわよ。」

 お母さんがちーちゃんに顔を向け、にっこりと笑った。ちーちゃんもそれにつられて、パンパンに膨らませた顔が満面の笑みに変わった。

 そのときちーちゃんが僕に気が付いた。

「寝坊助テン。暇だったんだぞ。」

 ちーちゃんは僕に近付きながら細い人差し指を立てて僕の眉間に突き立てた。

「にゃぁ。」

 ごめんね。僕は尻尾を地面につけた。

 するとちーちゃんは僕を抱き上げて頭を優しくなでてくれた。

「遊んでくれたら許す。」

「にゃ!」

 そのあとボールで遊んだりおいかけっこしたりして遊んだ。

 僕たちは疲れてカーペットでねっころがり、ケラケラと笑った。

「お昼出来たわよ。」

 窓から入る光を遮るようにお母さんが真上から顔を覗かせた。

 僕は待ってましたと言わんばかりにごはんが置かれている場所に行く。

「今日なに?」

 ちーちゃんはゆっくりと起き上がり、手をエプロンで拭いているお母さんに聞いていた。さっきまでの元気はどこへやら寒気すら感じる聞き方だった。

「いつものやつよ。」

 お母さんもしんみりした声で返した。

 ちーちゃんはため息をつく。そしてダルそうにイスまで歩き、座る。

 そして目の前にある薄く丸いスナックに牛乳をかけたものをスプーンですくって口の中に運び、ゴリゴリと口の中でなる。

 僕は缶詰のやつをお皿に移しただけのものをたいらげ、なにも乗ってないお皿をなめていた。

「テンはいいね。食べたいもの食べれて。」

 横目で僕をちらりと見てスプーンをまた口に運んだ。

 なんでそんなこと言ったんだろう?

 疑問が頭をよぎった時だった。

 ピンポン

 甲高い音が家中を鳴らした。

「は〜い!」

 お母さんのやけに間延びした声も響く。

「テン。毎日お昼これなのよ。学校でも、お家でも。」

 悲しそうなめで机に置かれたものを見つめていた。いや、睨んでいた。

 それもため息と共に目は閉じられた。

「ちー!ミィちゃんが来てるわよ!」

 ちーちゃんは目を見開き、急に笑顔に戻った。そして立ち上がり玄関に向かった。

 僕はすぐちーちゃんに着いていった。

「こんにちは。ちーちゃん。」

 ミィちゃんはいつもの手提げカバンを前で両手で持っていた。真っ黒い髪に似合うように赤いお花が付いているカチューシャをしており、でも洋服は動きやすいような子供服を着ていた。洋服の真ん中にある星がやけに気になる。ズボンは青いジャージを膝下くらいまで折っていた。

「早く行こう。」

 首を傾け秋なのに花が咲くような笑顔を見た。

「うん!」

 ちーちゃんも元気な表情で一本ない歯を見せた。

「テンおいで。」

 すでに運動靴を履いたちーちゃんに僕は飛び乗る。

「気を付けてね!」

「はーい。」

 ちーちゃんとミィちゃんはそろって返事をした。その事に笑い合い、駈けて近くの大きな公園に向かった。

 公園に着いた。木々が列になり、その赤や黄になった葉っぱは風が吹く度にひらひらと舞い落ちる。

 木々を頼りに一本道を歩いていく。右手には人工的に造られた池があり、中には鯉さえ元気に泳いでいた。

 そして分かれ道に差し掛かった。

 目の前には寒いのに半袖でサッカーをしている少年たちが風を切って走っている。

「みんな元気だね。」

 ちーちゃんは感心したように言った。

「単にバカなだけだよ。」

 ミィちゃんはため息混じりに言った。

「あっちにすべりだいとかあるから行こう。」

 ミィは右側を指さして今度はため息をついた。

「うん!」

 ちーちゃんはおかまいなしだった。元気に叫んでミィちゃんが指さした方に走る。

「待ってよ!」

 ミィちゃんはとっさに追いかけるが意外とちーちゃんの走りが速かった。

「わぁーー!」

 歓声に近い声だった。ちーちゃんの視界には、光り輝くすべりだいやブランコ、シーソーに汽車の作り物がある。

「ちーちゃん待ってよ。」

 息を切らして両膝に両手を付いて前屈みの常態になってるミィちゃん。ちーちゃんは後ろを向いて片手で頭の後ろを掻き笑いながら、ごめん、と二回続けて言う。

「大丈夫!」

 ミィちゃんをにっこりとした表情でちーちゃんを見て言った。

「そんな事より遊ぼ!」

 そして体を起こし、右手は腰につけ、左腕をひじから折り曲げガッツポーズを見せる。

 ちーちゃんの笑顔が秋空の真上に来ている太陽より輝いていた気がした。

「うん!遊ぼう!」

 そこで僕は下ろされ、2人はすべりだいに向かって行った。僕もすぐにその後を追う。

 ミィちゃんが先導して階段を登る。その後にちーちゃん、そして僕。

 頂上に着いたら、

「先行くね!」

 ミィちゃんは、少しだけ後ろのちーちゃんを見て、すぐに前に向き直して門をくぐり消えて行った。

 僕たちもすぐに頂上に着き、すでに地上の砂場で手を振っているミィちゃんを見た。

「楽しいよ!」

 ちーちゃんは頂上から地上を見下ろした時、足を震えさせていた。

「高い…」

 そう呟いた。ちーちゃんが言うほど高くない。お父さんの顔が地上からここを覗かせる事が出来る程度の高さ。僕もここから飛び降りても大丈夫だと思える程度だ。

「ちーちゃん!大丈夫!?」

 ミィちゃんが心配したように叫ぶ。

 ちーちゃんは地上を見つめたまましゃがみ、手すりに両手をついている常態だ。

 僕はちーちゃんに体を擦り付けた。

 大丈夫だよ。

 ちーちゃんは手すりを握っていた片手を離し、僕の頭を撫で、一瞬見た。

「そうだよね。よし!」

 立ち上がる。そして門に両手を預け、ミィちゃんを見つめたようにまっすぐを向く。

 ちーちゃんは消えて行った。

 僕は門の真下まで行き、すべりだいの先に目をやるとちーちゃんとミィちゃんがぶつかり合って、下の砂場に倒れ込んでいた。

 ちーちゃんの後を追うようにすっと下りた。ミィちゃんの上をちーちゃんが被さっている。そんなイメージだった。

「すべれた!」

 ちーちゃんは体を起こして僕を見つめて感激の声を上げた。

 早くどいてあげなよ。

 僕は唸っているミィちゃんを見る。

 ちーちゃんは、あっ!っと声を発してすぐさま立ち上がる。

「いてててて、」

 ミィちゃんは体を起こして腰をさすった。

「ごめんね。」

 顔に砂が付いているちーちゃんがしゃがんで、まだうるうるしている目を少し上目使いでミィちゃんを見る。

「大丈夫。」

 片目でちーちゃんを見て手をちーちゃんに向ける。

 ちーちゃんはその手を見て頭を傾ける。

「立たせて。」

 ミィちゃんは笑った。ちーちゃんは笑顔で小さく頷き、その手を握りミィちゃんと一緒に立ち上がった。

 お互い笑い合い、服についた砂をはたき、辺りが茶色くなる。

 僕は砂を吸ってしまってくしゃみをした。

「次行こう!」

「うん!」

 2人はシーソーに向かって走って行った。僕はくしゃみをもう一回して前足で目に入った砂を出して、すぐに2人を追いかける。

 ちーちゃんが先に乗り、ミィが上がった片方に乗る。

 すると自然とミィちゃんの方が地面のタイヤに着く。

「行くよ!」

 ミィちゃんが地面をおもいっきし蹴る。ちーちゃんの方が地面のタイヤに着き、次にちーちゃんが地面を蹴る。するとミィちゃんの方が地面のタイヤに着く。


 それの繰り返しをただただ見ていた。2人は楽しそうだった。

「ブランコ行こう!」

「うん!」

 2人は飛ぶように下りてブランコの方に走って行った。もちろん僕はその後を着いていく。

 2つだけあるブランコ。2人は誰にも奪われないように乗る。

「テン!おいで!」

 ちーちゃんは自分の膝を叩く。僕はそこめがけて飛び、うまく乗る。

 隣のミィちゃんはもうすでに大きく揺れていた。

「こう…やるん…だよ!」

 行ったり来たりの隙を見てちーちゃんにやり方を見せる。

「がんばる。」

 ちーちゃんが地面を蹴る。ブランコはゆっくりと前に進んだ、と思ったら真後ろに下がっていく。

 地面が少し見えた。その時にちーちゃんは足を前に伸ばした。また前にいって青い空が見え始めたら、そこで一瞬止まりちーちゃんは膝を折る。そして後ろに戻りまた地面が見える。さっきよりたくさん。

 それを繰り返してたら僕は落ちそうになった。

「ごめん。テン。楽しくなっちゃって。」

 ちーちゃんがそう言うと段々と揺れが小さくなってきた。

 やがて止まり、ちーちゃんは僕を抱えて、ブランコから下りる。

 そして乗りたそうにしている髪の毛2つ結びの女の子に近付いて、

「乗っていいよ。」

 そう笑顔で言った。女の子は可愛い笑顔を見せて、

「ありがとう。」

 そう言われたちーちゃんの顔が少し赤らんだ。

「どういたしまして。」

 女の子は一目散にブランコに乗り、ゆらゆらと揺れ始めた。

 その隣のミィちゃんは勢い付いたブランコから飛ぶ。

 宙を飛び、上手く着地して体操選手見たいに両手を上げた。

「ミィちゃんスゴい。」

 素直な言い方だった。

「もう帰らない?一杯になってきたし。」

 ミィちゃんは汚れたら顔から汗を拭う。

「うん。疲れちゃったし。」

 少し残念そうな顔をした。でも一本ない歯は綺麗に見えていた。

「じゃ、帰ろう。」

「おー!」

「にゃ!」

 そして来た道を戻っていた。

「あぶない!」

 遠くから叫び声が聞こえた。僕たちはそっちを向いたが、すでに遅かった。

 白と黒の色が交互になっている大きなボールがちーちゃんの額に辺り、そのまま倒れてしまった。

「ちーちゃん!」

 僕はすぐに近寄り顔をなめた。

「ごめん!」

 ボールが飛んできた方から来た、短パン半袖のちょっと茶色がかった短髪、少しだけ日に焼けている肌が印象的なちーちゃんより背が高い男の子が息を切らしたように謝る。

「ちょっとケンゴ君!気を付けてよ!」

 ミィちゃんは右手の人差し指をケンゴと呼ばれた男の子の眉間に指した。

「だからごめんって。」

 ちーちゃんは起き上がり赤くなった額をさする。

「痛い、」

 無心の表情で呟いた。ケンゴ君はちーちゃんを見つめたようだったがすぐにボールがケンゴ君の頭に当たる。

「お返し。」

 ミィちゃんの怖い表情。頭に当たったボールを拾い、何も言わずに戻っていった。

「だから男の子ってバカなのよ。」

 ミィちゃんはちーちゃんに手を差し出した。

 ちーちゃんはそれを握り、起き上がる。

「大丈夫?」

「うん。」

 あまり大丈夫そうじゃなかった。けどちーちゃんはけらけらしていた。なんにも無かったように。

 そしてミィちゃんは僕たちの家の前まで来て見送ってくれた。

 僕たちは一目散にお風呂場に向かった。

 どろどろになった洋服を脱いで洗濯機に直接入れ、お風呂場に入る。

 シャワーを手に取って、蛇口の赤と青をひねる。まだ冷たい水がシャワーから出る。僕はそれから避けて、ちーちゃんの後ろに回った。

「もう大丈夫だよ。」

 笑った声が聞こえ、ちーちゃんの細い細い腕に抱えられる。

「じっとしててよ。」

 上から温かい、むしろ熱いくらいのお湯がかかる。濡れたところをちーちゃんが五本の指でこする。下に流れるお湯が茶色く濁っていた。

「はいおしまい。」

 と下ろされてしまい僕はちーちゃんの洗っている姿を眺めてた。

 まずは頭。長く黒い髪が全て泡立ちまるで白髪だったのかと思うくらいだ。

 シャワーで泡を流し、また頭をワシャワシャとし始める。段々とツヤが出始めた。頭皮から先っぽまでゆっくりと手を流す。

 そして、またシャワーを浴びる。

 次はタオルを取り、そこに泡を乗せ、さらに泡立たせる。それを、まず右腕、左腕、のどから体、足、その順に上から下へと泡々になっていった。

「アワアワ星人だぞ。」

 笑顔で僕を見てそういった。そしてそれらもシャワーで綺麗さっぱり流す。

 ちーちゃんはシャワーを止めた。

「お風呂入ろう!」

 ちーちゃんは僕を抱いて湯槽につかる。今日も鼻歌がお風呂場を埋め尽くした。

 ちーちゃんはごきげんだ。僕も鼻歌に合わせて頭を左右に振る。

「ちー!早く出てきなさい!ごはんよ!」

「はーい!」

 お母さんの声でお風呂から上がる。脱衣所から出て体を拭くちーちゃんと体を震わせて水を飛ばす僕。

 いつのまにか寝間着に着替えていたちーちゃん、

「行こう。」

「にゃー!」

 そして僕たちは台所へと向かった。

 僕たちはいつもの位置に座る。

「いただきます!」

 その号令と共にお箸とお皿の当たる音だけがなりはじめる。

「ちー、今日は楽しかったか?」

 お父さんが話を切り出した。ちーちゃんは元気よく頷き、

「あのね、すべりだいとか、シーソーとか、ブランコで遊んだの。」

 楽しそうに今日あった事を全部話すちーちゃん。

「でね、帰るときにサッカーボールが飛んできて、当たっちゃったの。」

 ちーちゃんのその言葉に急に静かになる。そして、お母さんがお箸を落とした。

「痛いところはないか?」

「うん。たまたま下が土だったから。」

 お母さんは震える手を必死に抑えようと胸に当てる。開ききった瞳孔がやけに気になった。

 お父さんは冷静に、ただ平気とだけ聞いたら味噌汁を一口、口に含む。

「だから気を付けろと言っただろ。」

「あんな風に飛んでくるなんて思わなかったんだもん!」

 ほっぺをパンパンに膨らませるちーちゃん。

「次からは気を付けるんだぞ。」

 それを笑い飛ばすお父さんの笑い。

 動揺を隠せない、お母さん。

 僕はベットの中で考えた。ちーちゃんの病気について。

 実はスゴく重い病気なんじゃないか。もう、治らなくて、もうすぐで消えてしまう。

 本当はそうなんじゃないか。

 でもそんな事を確信出来るほど嘘だと信じたかった。

 こんな楽しい日々が続いく。

 僕はそう信じたかったんだ。

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