第十二話 城塞都市炎上
人生楽ちぃ!人生楽ちぃ!!人生楽ちぃ!!!
(受験生となった自分の運命から眼を逸らすカニ味噌男)
堅牢たる城壁に囲まれ、外部への守りは十全であった城塞都市ザッサスだが、どうやら内側からの攻めには、どうにも弱かったようだ。
あちこちに火が燃え上がり、逃げ惑う、もしくは争う人々の悲鳴が響き渡る。まるで、地獄が形を成したような光景だった。おお、神よ。何故、我らに罰を遣わすか。
この地獄絵図を描いた者共は、私達だ。
そう、ポリティマは余計な思考をする。ポリティマの眼前には、敬愛する伯父の死体があった。
伯父……ノミズマは、自らに剣を向けるポリティマに対し、一切の抵抗を示さなかった。ただ、一つの、ごく短い遺言を遺しただけだった。
「『疑え。』かぁ。」
彼は最期まで、遺された姪を、例え、殺されるとしても想っていたのだ。
ポリティマの頬には、涙の跡がくっきりと残っていた。
彼女は今、ノミズマの亡骸に背を向け、いつかは守る使命があったはずの市民を殲滅しに向かう。
「私は、これから何を信じればいいんだろう?」
ポツリと呟いた彼女の言葉は、血と炎の臭いに掻き消された。
***
サレムニールと城塞都市ザッサス間の森林のザッサス側にて、数百人もの人型が無個性的に整列していた。
「諸君、血も涙も無い化物諸君。よくぞ集まってくれた。」
何処からともなく、幼い少女の声が響く。
「人は、死を恐れる。何故か?死んだ事が無いからだ。しかし、諸君らは、死を知り得ている。」
その声は何処までも透き通っていて、それでいて聞く者の心を鷲掴みにする力強さがあった。
「故に、諸君らの役目は、二度目の死を知る事だ。安心しろ、皆等しく死んでいく。」
少女は朗々と演説を続ける。
「けれど、けれども、諸君らは死を知っている!だからこそ、諸君らは死を恐れず、無知なる常人に恐ろしく、素晴らしい死を知らせられるだろう!」
少女は、興奮気味に、早口になっていく。
「さぁ、あの愚者共に、知らしめようじゃあないか。」
そして、少女は叫ぶ。
「死の恐怖を!!」
『「「「ヴオオォォォッッツッ!!」」」』
その瞬間、数百にも及ぶ化物共は一斉に雄叫びを上げた。
「さて、それでは、幕開けだぁ!」
少女の号令と共に、化物共は進撃を開始した。
***
「お、おい、何か叫び声みてぇなの聞こえなかったか?」
突如発狂し、暴れ出した兵士達を城壁の上から狙撃しながら、一人のまともな弓兵がまともな同僚に問いかける。
「あ?耳イカれてんのか?」
「いやいやいや、あっちのほ……」
叫び声のした方角を見てしまった弓兵は絶句した。
「おい!お前も真面目にやれ!」
「て、敵襲だぁっ!」弓兵の絶叫により、他の兵士の視線が集まる。そして彼らは見た。否、見てしまった。故郷に攻め入る化物共の群れを。そして理解してしまった。自分達が既に手遅れである事を。
「う、撃てっ!」
誰かが叫んだと同時に、幾百の矢が放たれる。いくつかの化物が倒れ伏す。
だが、化物どもの勢いは全く衰えない。
まるで、恐怖などどこにもないかのように。
「クソッたれ!サンドイッチかよ!」
事実、ザッサスは現在、内側からと外側からの襲撃に晒されているのだった。
***
ポリティマは迫り来る化物の群れ、いや、今の仲間達を眺めながら、思考する。
(おじさんは、私のことを想ってくれていた。)
それは分かってる。けど……
(それでも私は、私のために戦う!)
ポリティマは、少女の意志で尊敬する伯父と守るべき市民を何人も殺した。
ただ、少女を盲信し、ただ、従う。そうして、彼女は自分の居場所を手に入れようとする。それが、今の彼女にとって最も合理的な生き方なのだから。
「私は、もう止まれない。」
そう呟くと、彼女は殺戮へ向かう。
彼女の濁った瞳には、決意の色があった。
***
ポリティマを除いた三人のカニス達は、思うがままに殺戮を楽しんでいた。
「アっチィィィッッ!」
イグニスは遠距離から大砲のように城壁に巨大な火球を投げつけている。火球の火力は凄まじく、石造りの城壁は溶け出し、防城塔に命中したものは塔内に潜んでいた弓兵を見事にローストした。
「あのクソ鳥を殺せ!」
弓兵達が一斉に矢を放つ。
「へへっ、当てる気あんの?」
上空のヴェントゥスは、大鷲の姿で空中を飛び回り、時折急降下し人間を鷲掴みにしては、そのまま空高く舞い上がり、地面に叩き落としていた。
「ホッホッホ、いい景色ですな。」
後方からアクアが惨状を嘲笑う。
「どれ、そろそろ私も動こうかな――」
少女がそう言い、セウルスを屈ませて作った椅子から立ち上がろうとした時、突然、嫌な予感を感じ取った。
「ま、まさか……」
少女の予感は正しかったようだ。次の瞬間、セウルスの大群はぶつ切りになり、少女の胴体は両断された。
「“聖剣”か!!」
***
北部戦線、パルヌテ王国側の砦にて、一人の騎士めいた、輝く剣を持つ男が頭を抱えていた。
「“聖剣”様。いかがなさいましたか?」
彼の部下が問う。
「ん〜、ようやっと、動き出したか。」
「何の事ですか?ヤグルサ帝国の方はもうしばらく動けないかと。」
部下は怪訝そうな視線を向ける。
「いや、ちょっとした因縁がね。少し離れてくれないか?」
そう言い、彼は砦の外へ歩き出す。
「は、はぁ。」
部下は嫌嫌ながらも彼に付いて行く。
「よし、ここらでいいか。」
そう言うと彼は、腰の“聖剣”を抜いた。
「ちょ、何を!?」
部下の静止を待たず、彼は南に向けて“聖剣”を二度程振るった。斬撃は空を切り裂き、彼方遠くまで飛んでいった。
「これで良し。」
「な、何が良しですか!?」
腰を抜かしてしまった部下はキレて“聖剣”を問い詰めようとするが、見事な程にのらりくらりと躱されてしまうのだった。
ぅゎ“セ イ ケ ン”ょっょぃ




