第一話 奴隷・契約・解放
処女作です。
荒野にて、
一人の少女が走っていた。
少女は、奴隷だった。
露天掘り鉱山の労働に耐えかね逃亡したのだ。
だが、逃亡奴隷の運命など知れている。
彼女は追われていた。
追うのは鉱山の番兵たちだ。
彼らは弩を持って、少女を追い立てる。
その数は、五人ほど。
「おい! 止まれ!」
先頭を走る男が大声で叫んだ。
しかし、少女はその声を無視し、走る。
そもそも少女は喋れない。
懲罰として舌を切り落とされたのだ。
「ちっ……」
先頭の番兵は不機嫌そうに舌打ちすると、立ち止まり、弩を構えた。
そして、引き金を引く。
乾いた音と共に、矢が発射された。
矢は少女の足を無慈悲にも貫く。
「ッ…!」
苦痛により微かな悲鳴が上がる。
少女は地面に倒れ伏した。
「ったく、手間かけさせやがって」
番兵の男は倒れた少女に近づくと、髪を掴んで無理矢理顔を上げさせる。
少女は男を睨みつけていたが、抵抗する素振りは一切見せなかった。
「リーダー、これどうします?」
少女を掴んでいる男が、リーダー格の男に声をかけた。
「一旦持ち帰れ、“生贄”にする。」
「了解です。」
男はニヤリと笑うと、髪を掴んで、少女を引きずっていく。
少女は為す術もなく、運ばれていく。
鉱山へはすぐに着いた。
少女の逃亡地点は鉱山の直ぐ側だった。
男は少女の着ていたボロ布を乱暴に脱がすと、裸のまま、死なないように木に吊るす。
それから鞭を持った男がやって来た。
男は少女の身体を鞭で打ち据える。
ピシィという音が鳴り響き、少女の肌に赤い筋が出来る。
「ん~♪いいねェ~」
男は楽しそうに打ち続ける。
ピシィ! バチィン!
何度も、何度も、
労働する奴隷達は少女に目を向けない。
下手をすれば、自分もああなると知っているからだ。
少女は、ただ耐えるしかなかった。
何時間も打たれ続けた後、一旦解放される。
少女は全身傷だらけになり、血まみれになっていた。
それでも、運悪く死ねなかった。
そこに、先程の男が近づいてきた。
「さてと、磔刑の時間だ。」
男はそう言うと、少女の腕を縄で縛り、木板を括りつけ、歩かせる。
何度も転び、土まみれになっていたが、少女は歩くことしかできない。
やがて、刑場に辿り着く、そこには、一本の木の柱が立っていた。
「おーい、誰かアレ持ってるかぁ。」
男が大声で叫ぶと、鉱山で働く奴隷の一人が金槌と杭を急いで持ってきた。
奴隷の目には確かな哀れと罪悪感があった。
彼は少女を押し倒し、
少女の手首へ杭を押し当てる。
少女は必死に暴れるが、男の力には勝てない。
奴隷は杭に金槌を振り下ろす。
何度も、杭が木板に突き刺さるまで振り下ろす。
少女が絶叫する。
悲鳴を聞いた他の奴隷達も顔を歪めた。杭は少女の手を貫き、木板にまで食い込んだ。
「後は俺がやる。お前は仕事に戻れ。」
奴隷はすぐさまその場を去っていった。
残った男は、少女を片手で持ち上げ、木の柱に抑えつけ、足首に杭を打ち込む。
少女は再び絶叫した。
「愉快、愉快!」
男は笑いながら杭を突き刺し、少女を柱に釘付けにしていき、それが終わると、男はすぐにその場を去っていった。
後には磔にされた少女がだけが残された。
偶然にも、磔の横板は小柄な少女の身長に合わせたためかやや低い位置にあり、逆さ十字架のようになっている。
少女は苦痛に耐えながらも、必死に逃れようと試みる。
だが、逃れられるはずがない。
やがて日が沈み、夜の帳が下りる。少女はその小さな体を震わせ、寒さに耐えていた。
少女はただ迫りくる死に恐怖していた。
そんな時だった。
刑場に異様な鉄臭さが漂う。これは、濃厚な血の臭いだ。
少女は辺りを見渡す。そこには、冒涜的な姿の悪魔が居た。
かなりの大柄で、二足歩行をしているが決して人間ではないだろうと思わせるような、異常な雰囲気を纏っている。
そして、その印象を確定させた決め手は、腹部だった。本来なら筋膜に包まれているであろう内臓が殆ど露出しておりぶらん、ぶらん、と揺れている。そこから強烈な血生臭さがし、鼻腔を刺激する。
また、不気味なことに顔は獣、特に狼に似ている。しかし、体毛が無かった。
少女は、憎しみを抱いていた。
目の前の怪物に、番兵達に、そして無力な、抵抗をできない自分に。
少女は憎悪を抱く。
それは今までの少女の人生からして当然のことだった。
だが、この瞬間、少女は短き人生で初めて明確な意思を抱いた。
殺す! 殺してやる!
絶対に復讐すると。
悪魔は少女の眼をちらりと見ると、少女にゆっくりと歩み寄る。
少女は悪魔を殺意を込めて睨みつける。すると、悪魔はニィッと笑ったように顔を歪ませた。
『アァ、良い目ダ。生贄風情ダが、気に入ッタ』
悪魔の言葉はまるで、獣の吠え声のようで聞き取り難いものだった。
「ゔぁ…?」
少女は自分の舌が無いことすらも忘れ、問いかけようとしたが、当然喋れない。
『喋れもセヌか、畜生めイてイルな。』悪魔はそう言うと、少女に近づく。
「…………」
少女は無言で抵抗の意思を見せる。
しかし、どうしようもない。
悪魔は少女と目を合わせる。
『ソウか、何モカも壊シたイか。』
「あぅ、う!」
少女は言葉にならない言葉で、肯定の意を示す。
悪魔は満足げに笑うと、少女に語りかける。
『ナらバ我ガ力を貸そウ。お前ハ何を殺ス?』
少女は鉱山を見て、それから悪魔に視線を向けた。
『良かロウ!』
悪魔は少女を抱きしめると、少女の心臓に手を当てた。
『我が名は"サングィス・ウィンクルム"』
少女の胸が熱い何かで満たされていく。
少女の血液が燃えるように熱くなる。
少女の口から悲鳴が上がる。
少女の血液が沸騰していく。
少女は悶え苦しむ。
だが、少女は耐えるしかない。
やがて、少女の体に変化が起きる。
まず、切り落とされたはずの舌や鞭打ちによって付いた傷が再生していく。
次に、少女の手足の末端が黒く染まり、硬化していく。
最後に爪が鋭く伸び、日焼けした肌が陶器のような白に染まっていく。
そうして、少女の体は、完全に変化を終えた。
『フぅム、マずはコノ程度デよかロう。』
悪魔が少女から離れ、腕を組む。
『お前ノ名前ハ?』
「ない。」
少女は答えたが、その声は低く、威圧感のあるものだ。
『デは名ヲ与えヨウ。お前は”リベルタス“ダ。』
「リベルタス……」
少女が呟く。
『そウダ。さテ、デは行ケ、殺シ尽クせ』
悪魔はそう言うと血煙となって荒野の風に消えていった。
後に残ったのは、磔にされた少女だけだった。
「……あ、ああ、あああああ!!」
少女―――リベルタスは叫び、杭と縄を筋力で引き千切る。
そして、彼女は歩き出す。
向かうは鉱山、目的は殺戮。
彼女の心には復讐の二文字しかなかった。