心模様 《リアス・ルイマ・ミチル》
リアスは帰り道、1人電車に揺れながら、つらつらと考え事をしている。
ーーーオレのクラスのパパラッチ砂区 さんの情報によれば、真夏多さんは新入生の美少女として、他の学年にも一部知られ始めているらしい。
特に3年の美術部部長からのアプローチがヤバいらしい。
その部長は甲斐 雅秋 といって校内一のイケメンと称されてる人気の男子らしくて、しかも彼女のローテーションが早いことでも有名だと言ってた。
真夏多さんに美術部の絵のモデルになってくれとしつこく迫っているらしかった。
もちろんオレはそれってどうなってんのか個人的にキリルに即刻聞いたに決まってる。
『へー、ザッカリー、知ってたんだ、その話。そんなに広まってるの? ミアが望まないことは私だって望まないんだから、この私が盾になっているに決まってるでしょ! この私が代理で全力で毎回お断りしてあげてるよ。あの部長と連れ二人の美術部。ミアにはこの切取ルイマがついてるって!』
なーんて、どや顔された。
3年の男子3人に、1人で互角に立ち向かうキリルは確かに課金勢並の勇者だよ。
キリルがいてくれて助かったな。甲斐雅秋‥‥‥今度どんなやつか探りに行こう。
オレの女神の真夏多さんは、出来ることならどこかにしまって置きたいよ。これ以上注目される前に。
あ~あ、オレも1組行きてー‥‥‥
‥‥‥そういうわけにも行かず。
ミッくんはいいよな。真夏多さんとは幼なじみで幼稚園からの仲良しだったなんて。
オレはここに来て初めて知ったその事実。
二人が友だちだと言うことは中学の頃から知っていたけれど、そこまで昔からの縁だったとは、マジんこ羨ましい。
ミッくんとは、普段ほぼ直接会うことはないけれど、あれからはSNSでお互いの様子は知れている。
あの亜月というマウントくんは相変わらずらしいけど、ミッくんが思うには、成績も今んとこ彼と互角だし、一番の原因は、注目を浴びてるイケてる女子二人組の真夏多さんとキリルと仲がいいことを知って羨んで嫉妬されているんじゃないかって。
確かにな、真夏多さんに関してだけはオレだって羨ましい。
だからって人を下げて嗤うなんてろくなやつじゃ無ぇ。
そんで、ミッくんは、『僕、先輩に誘われたから部活に入るかも‥‥‥』、なんて言ってたっけ。何部って言ったっけ? う~ん? マイナー過ぎて忘れちゃったなぁ。
オレもバスケ部やらバレー部やらに誘われているけど、1年なんてどうせ雑用させられるだけだし興味は無い。
オレは真夏多さんを近くで見るために努力してここに来たんだからな。目的はただそれだけだ。今んとこ。
他にこの勉強の苦手なオレが熱中出来る事なんて?
あ~あ‥‥‥なんか、今日は妙に疲れたな‥‥‥
これって島田先生の取材の手伝いのせいだ。
オレ、キリルには真夏多 さんがいるグループSNSに無理矢理入れても貰ったからさ、流石に断れないじゃん‥‥‥? 島田先生に取材するから補佐をして欲しいって頼まれたら。
キリルがいてこそ真夏多さんの近くへ行けるってのに。
俺たち4人で共有したキリル編集の『落花生高校の七不思議』。
まあ、ああいう出所不明の噂話から生まれた たわいのない怪談話って、暇潰しの話題には面白いかもしんないけど‥‥‥
実はオレ、ホラー、スプラッター系苦手なんすけど‥‥‥
んなこと仮にも真夏多さんの前では言えやしない。他の3人は平気みたいなのに。
ああ、いつの間にか空が雲で覆われている。
家に着くまでもってくれたらいいな‥‥‥
折り畳み持ってたっけ?
それにしても今日取材した島田先生、今までじっくり見たこと無かったけど、年だけどわりとイケメンだったな。ドラマによく出るあのイケメン俳優に雰囲気似てたし、密かに渋好みには人気かもしれないな? 調子良さそうな軽い感じもしたけど。
ありゃ昔は相当遊んでると見たね。オレは。
「‥‥‥‥はぁー」
ため息が出ちまう。なんだか気分がどんよりする。
図書室では妙な落ち着かない感覚がつきまとっていて‥‥‥‥
マジ早く終わりたかったんだよな。
誰かに見られているような気がして。
図書当番以外、3人の他には誰もいなかったのに。
あの当番の女子はきっと弓道部の人だ。あの人、カウンターの中で、弦の紐を必死でぐにぐに揉んでいて、オレらの方は見てはいなかったからあの人じゃない。
まさかオレに憧れている可愛い女子が、すみっこから密かに見つめてた‥‥‥なーんてな。いないって。
ま、取材は思ってたよりずっと早く終わったから良かったけど。
あ、次はもう日良豆駅。やっと着く。
それにしても、キリルのやつ、なんだって古文書なんて調べようとしてるんだ?
もう七不思議は編集出来たんだから、もうそこまで深く調べる必要なんか無くね?
あいつ、広報委員の仕事、妙に張り切っているからなぁ~‥‥‥
出来ましたらこれ以上巻き込まれたくねーよな‥‥‥‥ハァ。
実はオレは怖がりだなんてウイークポイントをキリルに知られるわけにはいかないしな。
お、雨降ってきやがった‥‥ついてねぇな‥‥もうちょっとで家に着くとこだったのに。
傘は持ってたっけ?‥‥えっと‥‥‥無い。しゃーない。家まで走ろう。
ーーーリアスはしとしと降り始めた雨の中に、躊躇も無く駆け出して行った。
***************
ルイマがリアスと連れだって島田に取材をした日の夜。
もうすぐ夜中の12時になろうとしていた。
ルイマは眠りに入る前に、事の発端となった自分が撮った図書室の写真を自室のベッドで寝転びながら眺めている。
ーーー島田先生は那津姫様はおてんばでいたずらが好き‥‥とか言ってたよね。だったら、ここに写っている着物姿の女の子は那津姫様に違いないよ!
年の頃もそれくらいに見えるし。
これ、信じられないよ? 心霊写真の幽霊って、すみっことか、誰かの後ろとか、ちょっとした隙間とかに小さく控え目にいるものよね? ぱっと見では気づかないくらいに。
幽霊だもの、少し遠慮ってものがあるわよね? 普通。
なのにこの那津姫様ときたら‥‥!?
こんな写真を誰かに見せたところで、本気にする人はいないに決まってる! きっと私が加工したセンスのないコラージュだと思われてしまう。
それも加算されて、誰にも言えずに1人悩んでいたの。
こんなことが公になったとしたら、私が話題作りで嘘の心霊写真を作って、下らないフェイクで注目を自分に集めようとしているとか言われかねないもの。
だからミアにも土方にも、ましてザッカリーになんて相談出来やしなかった。冗談と見なされるか、冷たい視線を向けられるか‥‥‥きっと。
この心霊写真。
ぼやけた姿とはいえ、こんな堂々と! こんなのありえないよ。
私はあの時、誰もいない図書室を撮った。たくさんの蔵書と読書と勉強のために整えられた静謐な空間を撮影したのよ?
なのに、この一枚はまるで那津姫様の記念写真よ?
うっすらした姿とはいえ、画面ど真ん中で頬の横にブイサインをしてどう見ても、ニカッて笑ってるように見えるのよ‥‥‥どゆこと?
これはほんとうにただの幽霊のイタズラなの? 姫様は私に何かを訴えているの?
無念とか怨みとか、そんな思い残しがあるようにも思えないポーズだけど。
せっかく今日、図書室の責任者の島田先生に取材出来たものの、この写真のことは言えずじまいだった。
だけど今日、ちょっと判ったような気がするの。
取材の時のことを思い返してみた。何度も、何度も。
‥‥‥島田先生は那津姫様を知っている?
ただ名前を知っているだけではないよ? 図書室に現れる那津姫様の幽霊を知っているんじゃ?
しかも何か、親しみを持っているかのように聞こえたし。これはわりと確信に近いのよ。なんの証拠も無くてただの私の勘だけど。
今ならあの先生にこの写真を見せてもいいと躊躇無く思っている。というか、これを見せて問い詰めたいくらいよ。
とにかく、できるだけ早くまた取材を申し込むつもり。その時にこそ。
七不思議の噂の中でも那津姫様は校内で、神出鬼没で過去には目撃情報もいくつかあるらしい。
島田先生の様子からも悪霊とは感じなかったけれど、でもどんな祟りがあるかわからないよ。ガチの幽霊なんだもん。いきなり豹変することだってありうる。
土方の両親はこの高校の卒業生だというので、当時の学校の怪談について伺って貰いたくて、今日の島田先生の那津姫様の話を添えて土方にメッセージを送っておいた。
『いつになるか約束は出来ないけれど、必ず聞いておくから』、と リプが来ていた。
早く聞きたいけれど、お忙しいだろうし、急かすわけにもいかない。
土方のお父さんは、詳しくは知らないけれど、なんとかなんとかっていう製菓会社の創業者で一番偉い人らしいから、すぐにって訳にはいかないのはわかっている。
とにかく、これが解決してくれないと、私、心おきなく学校で写真が撮れないじゃない。
あれ以来、シャッターを押す指に躊躇いが生じている。
思い通りになんてもう撮れないよ。
だから私、このままではいられない。
真相を知るまでは。
***************
ミチルは夕食後、1日の疲れを癒すジェットバスのバブルに打たれつつ湯船に浸かり、考え事。
ーーー今日来たキリルからのメッセージ。
なんでも落花生城の姫様のことが知りたかったそうだけど。
キリルとザッカリーが、司書教諭の島田先生を取材して、図書室の奥に保管されている蓮津姫のしたためた古文書を見せて貰って来たらしい。
僕は驚いてしまったな。
その古文書に記されていたのはピーナッツあられのレシピだなんて!
これって偶然の一致では無いって思った。
父さんはきっとそれのこと知ってるんだ!
『その姫様たちのことで改めて相談するかもしれないからよろ』、とキリルのメッセージには添えられていた。
キリルは学校のお落花生城に関する怪談を七不思議としてまとめ上げ、僕たち4人のSNSにアップしていた。
那津姫様が校内で過去に何度も目撃されていたというのは、興味深くもあるけれど、それはただの面白がった噂話に過ぎないと思う。
那津姫は僕の家にとって大事な、ぼくが物心ついたときから親しんでいる名前だ。
だって、那津姫は僕の家にとっては神様で、祠まで作って祀 っているんだから。
僕の家の広い庭には那津姫様を祀った小さな祠があり、父さんの書斎にも同じく小さな祭壇があるくらいだ。
父さんがいつも言っている。那津姫様は我が家の守り神だと。
殊に父さんは那津姫様に毎日手を合わせているし、お供えのお菓子も欠かさない。
だから、僕が小さい頃は、時折、ミアちゃんと一緒にこっそりお供えを持ち出して庭でピクニック気分で食べたりしていた。
そして、父さんが代表取締役を務める『姫印ナッツクラッシュ製菓』は父さんが起業して大成功をおさめている会社だ。
そこを代表する人気菓子は『ピーナッツクラッシュ粒餅あられ』だ。
まんま蓮津姫が那津姫様のために記して奉納したっていう、その古文書のレシピの品じゃないか!
父さんはその古文書の巻物を過去に見たことがあるんじゃないのかな?
僕の家が、わりと裕福で何不自由なく暮らすことが出来るのは、全て父さんの起業が成功したお陰だ。
その父さんは落花生高校の出身だ。
那津姫様と父さんにはどんな関わりがあるんだろう? 父さんはその古文書は知ってるの?
今までそんなこと考えたこと無かったな。だって、那津姫様の祠だって、物心ついた時から普通にあって当たり前の存在だったし、特に疑問に思うことも無かったんだ。
父さんが帰ってきたら頃合いをみて聞いてみよう。教えてくれるかな?
どうして僕の家では那津姫を崇めているんだろ?
「ねーっ! ミッくん、お風呂早く出てよ! いつまでも入ってるとふにゃふにゃになっちゃうよ? ココは小学生だから早く寝なきゃいけないの。育ち盛りに睡眠不足は身長だって余計に伸びなくなっちゃうんだからねっ! わかってるの?」
ああ、いけない。考え事していて時間が過ぎてたな。妹の濃濃夜 が怒ってる。
最近は特に生意気なんだ。
でも、仕方が無いよ。ココだってもう小学校6年生なのに、見かけはいまだ低学年なんだから。
‥‥‥これでも僕は小学校の時は9時には寝ていたんだけどね (´Д` )
「ごめんよ、ココ。すぐ出るから」
父さんは何時に帰って来るんだろう? 学校の怪談にまつわるし、母さんには聞けないな。だって母さんに怖い話は禁忌だ。すごく嫌がるから。