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内気少女といにしえの恋  作者: メイズ
諸行無常な恋をして
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クリスマスイブの怪談

最終回 (*´Д`*)

 12月、クリスマスイブ。


 この頃には、雅秋は既に推薦入試で私立大学に合格内定となり、一足早く余裕の日々となっていた。



 冬休み直前の本日は既に半日日課だった。


 授業も無く、3時限消化するだけのそわついた半日はあっという間だ。


 廊下はまだ静かで、他のクラスはまだどこも終礼していないようだったが、ミアとルイマのいる1組では、正午前には帰りのSHRも終わり解散した。


 終わった途端、クラスの半分はさっさと散り、残りは数人ずつ徐々に教室から減って行く。


 ミアが持ち帰る荷物の整頓をしている間に、残っているのは数人になっていた。


 皆、置き勉も全て持ち帰り、机の回りはスカスカで、いかにも冬休み直前という風情を感じる教室内。



 ルイマは、既に帰ったと思われるミアの席の前の椅子を引き出し、横向きに座った。


「ねえ、ミアは今日はどうするの? 私はこれからちょい野暮用があるんだよね」


「私は鯉の餌当番なのよ。冬は餌はほとんどいらないんだけど、健康観察もあるの。その後は少し錦鯉研究会に顔を出してから帰る予定。今年も終わっちゃいそうだし、ミチルの書類の整頓を手伝わないとね」


「ミアったら相変わらずの錦鯉ね~。ミアは美術部に入るのかと思ったけど、結局入らなかったね」


「‥‥‥うん、人物画のモデルで美術部に友だちも出来たし、楽しいかもって思ったけど、やめたの。あそこは甲斐先輩の推しも多いから。私が入部して上級生の女子を刺激しない方がいいって甲斐先輩も言うし」


「ふうん、3年生は部活引退したもんね。甲斐先輩が見てなかったらミアは集団で標的にされちゃう可能性もあるよね‥‥‥人気者の彼氏を持つって大変だね。気を使ってさ‥‥‥」


 ルイマは、ミアが雅秋のような男子と付き合うことには内心反対なので、ついついネガティブ発言になってしまう。


「うん‥‥‥私は上級生の一部から、大和撫子ならぬ『たらし撫子』とか『つばき姫』って言われているらしいよ」


「ちょっ、何それ?」


 ミアを悪く言うやつらをまとめて教育してやりたいと、ルイマの眉間に力が籠る。


「清楚なふりをした男たらしなんだって。あと校内のイケメン男子たちにすぐ唾をつけるってことらしいの。あ~あ、話したことも、顔も良く知らない人たちにどうやって唾をつければいいのか教えてよって感じ?」


「あはは! 『撫子』とか『姫』ってついてるとこがミアだよね。そこだけは評価してあげなよ。気にすることないし! ミアをよく知るこの私はそんなこと即座に否定するから」


「ありがとう、キリル。‥‥‥言いたい人は勝手に言っていればいいの。私はもう隅っこで怯えて隠れたりはしないよ。そこまで雅秋に固執するなら面と向かって私に挑んで来ればいいのよ。私は構わない」


「おおっ、受けて立つ!? カッコいいね。ミアは防御力上げてるし、攻撃用意も出来てんだ? ま、ミアは武器は最初から備わってるもんね。よきよき」


 入学してからここまでのミアの変化にルイマは感心してしまう。あの気弱だったミアの発言だとは思えない。



 いつの間にか廊下がざわついている。他のクラスも順次終わったようだ。



「武器‥‥? あれっ、座家くんがいるよ。キリルと約束? 廊下で待ってるみたい」


 開け放たれた戸口の向こう。廊下の壁に寄りかかってスマホをいじっているリアスが見えた。

 


「あ、ほんとだ。今日はザッカリー含め数人で野暮用なんだ」


「ふ~ん? なら早く行ってあげて。待たせたら悪いし」



 ミアとルイマが見ているのに気がついたリアスが、手を上げて合図し、またスマホに向いた。誰かと連絡中のようだ。


「あ、うちら他とも合流があるんだよね。じゃあ、また明日ね、ミア! よいクリスマスを!」


「うん、キリルもね! うふふっ」


 ミアはルイマに手を振る。


 たぶん、ルイマたちは皆でクリスマスパーティーをするのだろうと推測している。


 ミアのイブは、彼氏の雅秋と過ごすのが言わずもがなだったために、ミアには詳しく言わなかったのだろうと思った。



 置き勉も入れ、いつもより重たいリュックを持つとミアも教室を出た。


 ルイマとリアスが廊下で立ち話している。


 壁に寄りかかり、長い脚を斜めに構えたリアスの横に、長身で均整のとれたスタイルのルイマが立っている。


 スラリとした二人が並んでいると、雑誌のモデルのような見栄えで、皆がちらちら見て通り過ぎて行く。


 ミアから見ても大変お似合いに見えるが、二人からちらりと聞こえて来たのは、何かの日程のような事務的な話のようだ。広報委員の仕事の話だったのかも知れない。



 ミアに気がつくと、二人揃って笑顔でバイバイと手を振った。


 こちらも微笑んで手を振り返す。





 ミアは鯉の餌を持って中庭に出た。


「寒いわね、鯉さんたち。今日も全員元気かな? お腹は空いてた? でもね、水温が低いからこれで当分餌はあげられないの。冬にたくさん食べたら健康に良くないから」


 ミアに気づくと、鯉がわらわらと寄って来た。


 餌を吸い込むように食べていく鯉の姿に、夏の日の索との光景が甦る。想いを馳せぼんやり眺めていると、突然声をかけられた。



「やあ、真夏多さん。久しぶり! 今、偶然見かけてさ、飛んで来た」


 美術部の先輩の久瀬ゼツガだ。最近では見かけることも、会う機会も無かった。


「どうしたんですか? そんなに慌てて‥‥‥」


「ごめん、ちょっと聞いていいかな? 夏休み以来、全く名波を見かけないんだけど、今日もいないのかな? 真夏多さんがいたから、もしかして近くにいるかと思って‥‥‥」


 ゼツガは軽く息を切らしている。


「‥‥‥‥久瀬先輩は、名波先輩のこと覚えているんですか?」


 自分以外はもう忘れているのかも、と思っていた。


 以前聞いた島田の話によれば、索に対して余程の想いとか濃い印象を持たない限り比較的短時間で忘れて行くらしいので、覚えているということは、それがある、と言うことだ。



 雅秋に限っては、もう話にも出て来ない。


 雅秋の記憶の中の名波索はどうなっているのかは謎だ。確かめるのもリスキーな気がするし、ミアも敢えて口に出すことは無い。



 ──久瀬先輩は、あの朔の夜の目撃が印象的で覚えているのかな。だからってなぜ、あのスケッチブックのデッサン?


 描きかけの名波先輩もあった。あの時、中庭で、久瀬先輩は名波先輩を思い出して描いていたのよね?



「え? 何で忘れるんだ? 確かに余り見かけることはないけど、それはたぶんアイツは密命を持っているからで‥‥‥あ、いや、何でもない」



 ──密命って? そう言えば久瀬先輩と名波先輩は二人きりで会ったことがあるよね。一体何を話したのかしら? よくわからないし、余計な発言で墓穴を掘ったら大変だし、ここは深入りは無用かな‥‥



 ゼツガは索が、落花生(おかき)城藩士の幽霊だということは知るわけはないし、ましてこの鯉たちを助けるために霊力を失い、姿を現せなくなっていることは、ミアと島田しか知らないはずだった。



 久瀬先輩の意味不明な発言には触れないでおく。

 久瀬先輩は相当索に会いたいらしい。

 久瀬先輩は名波先輩の姿はもう見ることは出来ない。


 ミアはどう反応すればよいのか咄嗟に判断する。



「ええと‥‥‥その‥‥知らなかったんですか? 名波先輩はアメリカ留学されたんです。向こうは9月から始まりますから、夏休みが終わる前に旅立ちました。当分帰らない様子でしたけど‥‥‥」 


「‥‥‥そうだったのか。俺ら卒業目前なのにその前に‥‥‥」


 なぜだかゼツガがすごくショックを受けているのがミアに伝わって来た。


「あ、はい。時間を無駄にしたくなかったのでは。卒業後では半年空いてしまいますし‥‥‥」


「‥‥‥じゃ、もうほぼ会えないってことか‥‥‥。教えてくれてありがとう、真夏多さん。じゃ、またね‥‥‥」



 ゼツガはガックリ肩を落として去ってゆく。


 その背中を複雑な気持ちで見つめるミア。


「これで良かったのかな? それにしても謎だわ。久瀬先輩の悲壮感漂う後ろ姿。そんなに会いたい用があったのかしら? その理由(わけ)を名波先輩に確かめられないのが残念ね‥‥‥」



 ミアがゼツガと索の考察をしながら生物室まで戻る途中、雅秋からメッセージが届いた。


 今日の待ち合わせの確認だ。




 付梨駅改札前に4時。




 一旦帰宅してから付梨駅で待ち合わせた二人は、クリスマスのデコレーションであふれた駅からつながる歩道橋の通路を通り、ショッピングモールの一角にあるシネマコンプレックスに向かった。


 どこを歩いてもクリスマスソングが絶え間なく流れていた。モールの入り口の大きなクリスマスツリーの下には、スマホをいじりつつも、時折キョロキョロしている、人待ち顔の人たちが集う。



 夕方の5時過ぎ。ミアと雅秋は予約しておいた最後尾のカップル席についた。


 クリスマスの日に奇跡が起きるという、愛と夢を描いたファンタジームービーがもうすぐ始まる。その前に長い予告が続いていた。



「ミアはこんなのが好きなのか?」


 ミアの耳許で雅秋が囁く。


「ファンタジーは好きじゃないの? 優しいゴーストがロマンティックな奇跡を起こすファンタジーラブストーリーよ」


 雅秋の耳に寄せてミアも返す。


「別に何でもいいさ。ミアが見たいヤツなら。今日はミアに合わせる。俺はこの席でミアと過ごせればそれでいい」


 雅秋は左腕でミアの肩を抱き寄せた。


 ミアは照れ隠しに怒ったふりをした。カップル席はいかにもでちょっと恥ずかしい。



「もーう‥‥映画も楽しんでよ。雅秋ったら。寝たら怒るわよ」

 

「がんばる。たぶん」


 雅秋は映画はどうでもいいらしい。



 中盤に差し掛かると、雅秋がうとうと船をこぎ始め、遂にミアの右肩に頭を乗せて来た。


 ミアはなるべく肩が動かないように、首だけ向けて横を見る。


 うつ向き加減の雅秋の顔が、スクリーンからの明かりで目まぐるしくぱっぱと照らされている。



 ──雅秋ったら、可愛い寝顔。今日は私に合わせてくれてありがとう。


 ミアはそのままそっとしておく。寝てしまったからと怒る気持ちなど元から無い。



 目が覚めて来たのか、雅秋の頭がもぞっと動いた。


 雅秋がミアの右肩に顔を埋めて首筋にキスした。


 今日はそのための席で、ミアはキスまでは許す約束をしていた。


「‥‥ミア‥‥愛している‥‥‥」


 更に耳にも口づけながら、(ささや)く。



「‥‥()()‥‥側にいさせて‥‥‥」


「え‥‥?」



 ミアはぎょっとして雅秋を押し返す。


 雅秋の、その瞳は琥珀色を帯び仄かに光っている。



「‥‥‥‥名波‥‥先輩?」


 ミアは慄然(りつぜん)として雅秋を見た。



「‥‥う‥‥ん、あれ? 俺、寝てた? ミア?」


 ミアが(うつ)ろな顔で雅秋を見ている。



「ごめんって、ミア。そんな怒んなよ‥‥‥」



 ささやき声で謝る雅秋の瞳は、いつもの雅秋に戻っていた。






                                 終わり

最後まで来てくれてありがとうございました m(_ _)m  

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