日常は、絶えず変化し流れて行く
ミアがいなくなると、3人は気まずく顔を見合せた。
「ミアに‥‥‥僕の知らない交遊がいつの間にか増えていて‥‥‥なんか急に遠くへ行ってしまったみたいに感じる‥‥‥」
ミアの出て行った開いたままの戸口を見ながら、ミチルが呟くように言った。
リアスがミチルの肩を後ろからポンと叩く。
ミチルは涙をこらえ振り返り、無理に微笑んだ。
「僕ももう行くよ、また明日ね。ザッカリー、キリル」
ミチルは、笑顔で手を振ったが、廊下に出た時には、その笑顔の仮面は剥がれていた。
ミチルが去ってから、ルイマがはーっ‥‥っと、長いため息をついた。
「あーあ、夏休みの間にこんなことになっているとはね‥‥‥。ザッカリーも土方も‥‥‥‥残念だったわね。まあ、ザッカリーには初めから高嶺の花、無理だって知ってたけど~?」
「ちっ、ひっでぇ言い方だなぁー、キリルはさー」
そこにあった机の角に座りながら、リアスが渋面を作る。
「だって、そうだもーん」
ルイマはつんと横を向いた。
「ふーん‥‥‥じゃあさ、お前はこうなることがわかってても敢えて俺が真夏多さんに振られたら、『や・さ・し・く慰めてあげるから』って言ったんだよな? 夏休み前に確かに言ったよなー?」
リアスはふふん、と勝ち誇ったようにルイマを見た。
「やーね、まだ覚えていたの?」
眉根を寄せてリアスを横目で見た。
「ま、俺だってこれで真夏多さんを諦めたわけじゃないぜ? だって、あの甲斐雅秋って人、彼女のローテーションすげーって噂じゃん。だったら真夏多さんはすぐにリリースされるはずじゃん。傷ついた真夏多さんを俺が慰めればチャンスはあるって」
「あんたのさもしい計画はともかく‥‥‥ミアったら、とんだ男子に捕まっちゃったよね。ミアはピュアだからさ、心配よ」
「あー、くっそー!! キリル、カラオケ行こうぜ! 俺、めっちゃ叫びたい気分」
「仕方ないわね。付き合ってあげる。確かに慰さめるって約束はしたもんね。ちょっと? 二人きりだからって変な気起こさないでよねっ?」
「‥‥‥お前、男」
「‥‥‥は?」
ルイマの顔からスッと表情が抜ける。
もしかして、リアスは、自分のミアへの想いに気づいているのではと内心ビクりとした。
「俺にとって、キリルは男友だちのカテゴリーに入ってるんで、安全だから気にすんな」
リアスがニカッと不敵に嗤う。
ルイマは、ミアに殊更憧れを抱いているとはいえ、女子を捨てた覚えは無い。
「へー‥‥‥(#・∀・)なら安心ね。いざ、勝負よ! 持ち歌1曲勝負で、私より点数低かったらザッカリーのゴチってことで!」
「ええっ! 俺を慰める会じゃないのかよ~」 (´∀`;)
「この私をつき合わせるのよ? すっごい感謝しなさい。さあ、行くよ!」
バレていないことにホッとしたルイマは、さっさとリュックを背負い、リアスを急かした。
******
一方、ミチルは錦鯉研究部の部室としている生物室の片隅で一人、パンをかじりながら、ミアのことを考えていた。
幼なじみの自分が、ミアに一番近い存在なんだと自負していたが、いつの間にかそうでは無くなっていたことにショックを受けていた。
──僕が幼稚園の時にミアちゃんのナイトになるって決心してから、どれくらい経ったんだろ‥‥‥
あっけなかったな。
‥‥‥美しい姫を見初めていた花形イケメン騎士は、護衛が南の島でリゾート中に、姫を堂々と連れ去っていましたとさ‥‥‥はぁー‥‥‥
胃が重たい。菓子パンを半分かじっただけでもう食べられない。
突然、生物室の引戸がガラッと開いた。
「やっほー! ミチルぅ、元気だったかー?」
テンション高く、部員の中村一深が現れた。
「うわっ! びっくりした」
物思いに耽っていたミチルは現実に呼び戻された。
「よお! 会いたかったぜぃ、ミチル!」
「久しぶり、ヒトミ。相変わらずだなぁ‥‥」
中村の屈託のない笑顔で、ミチルの気分は一時紛れる。
直後、開いたままの扉から池中真中の声が響いた。
「うぇーい! 少年たちよ! ひっさしぶりぃー!」
夏休み明けのマナカも、相変わらずの元気溌剌モードで登場だ。
「!」
ミチルはびっくりして二度見してしまった。
以前のマナカはストレートの黒髪を後ろ首もとで一つ結びという品行方正で地味なものだったが、久々に現れたマナカはビックリするほど変わっていた。
ピンクアッシュにウェーブのついたツインテール。
新生徒会長 雪村煌の尽力により、夏休み少し前に校則が改定され、髪色が自由になったばかりだった。
最初は様子見だった生徒たちの髪色は、夏休み明けにはちらほら変わって来ていた。長期休みに染めてから、戻す必要が無くなったからだろう。
マナカは以前、おしゃれにはそれほど興味が無いようだったが、今日はリップに色までついている。
どうやらこちらの方が、おしゃべりで明るい彼女の中身をそのままに表していた。
以前のマナカは、涙ボクロの効果もあり、一見、気弱でおとなしそうな外見と中身のギャップがあり過ぎた。
初めてマナカと話す人は相当戸惑うことになっていた。
「よお、マナカ! なんか雰囲気違ってんじゃん?」
中村が驚いて、マナカを上から下まで無遠慮に見た。
マナカは髪をパサリとさせてからポーズを取る。
「どうよ? ひと夏で女の子は変わるのよ。ふふん」
☆⌒(*^∇゜)v
マナカに何があったのかは、聞かなくても後ほどたっぷり聞かされるに違いなかった。
「さあ、ヒトミ! 早速ビオトープのヤゴ対策に行くよっ!」
「ふぁっ!? 俺、昼飯まだなんだけ───わわわわわっ」
「土方くん! ヤゴ対策課主任マナカ及び助手ヒトミ、パトロール行ってきまーす!」
マナカと引きずられた中村がビオトープの世話をしに中庭に向かって数分後のことだった。
すらっとした華やかな雰囲気の女子生徒が生物室に入って来た。
「失礼します。ねぇ そこのあなた、ここは錦鯉研究部でよろしいのかしら?」
「えっ? ハイ、そうですけど‥‥‥僕は1年で部長の土方ミチルですが‥‥」
ミチルは立ち上がりお辞儀をした。上級生のようだ。
「キミが部長なの? そう‥‥‥‥」
それから女子生徒は、ミチルをじっと見つめた。
「あ、あの‥‥‥?」
「‥‥‥‥あなた、すごくいいわよ!」
「えっ??」
「ねぇ、確かここはミアちゃんが入っているのよね?」
「ミアちゃんて、真夏多ミアさんのことですか? それならそうですけど‥‥‥」
彼女は教室内を見回した。
「今日は他の部員はいないの?」
「はい、ここは鯉の世話の当番さえしていれば、来ても来なくても自由なんです」
「そうなの。いわゆる帰宅部なのね。じゃ、私とりあえず仮入部するわ」
ミチルにとっては渡りに舟だ。この人が入部してくれたら部活として認められる人数が揃う。
まさにこの刹那、錦鯉研究部は、同好会へ降格されるという危機に面していた。
「ほ、本当ですか! 見学もしてないのにいいんですか?」
「いいわよ。ミアちゃんがいるんでしょう? それにあなた、とってもかわいいのね。ミチルちゃん?」
「ミ、ミチルちゃんて‥‥‥‥」
ミチルは顔がボッと熱くなる。彼女は大人びた華やかオーラの美人だ。
「うふふっ‥‥赤くなってかわいいのね。私は2年の牧野のばらです」
「牧野先輩ですね。じゃあとりあえず書類を渡しておきますので、よく考えてからここに持って来て下さい」
「もうっ! 牧野先輩なんて言わないで。のばらって呼んで下さらない? ミアちゃんもそう呼んでくれるのよ」
「あ、はい‥‥‥‥じゃあ、のばらさんこれを‥‥‥」
ミチルは仮入部届けを手渡す。
「ありがとう、ミチルちゃん。じゃ、また明日ね」
優雅な微笑みを残し、のばらは去って行く。
ミチルはこの時は知る由も無かった。
のばらの入部によって、ミチルにも錦鯉研究部部員たちにも、忘れられぬ青春のエピソードが刻まれることを。