いにしえの恋 未来の恋
ミアの頭の中はグラグラだ。
「雅秋は‥‥‥甲斐先輩はどうなってしまったのッ!? まさか‥‥‥!」
「大丈夫。ほんの少しの間、甲斐くんの体を借りるだけだから」
「‥‥‥やめて‥‥‥こんなこと。甲斐先輩は無事なのよね?」
顔面蒼白のミアの頭に、名波索は悪霊だと言った島田の言葉が過る。
「甲斐くんはここにいるよ。大丈夫。意識は白濁した夢の中だろうけど」
「お願い。ダメ! 甲斐先輩に迷惑をかけないで‥‥‥」
索を信じているが、雅秋のもしもの可能性を思うと恐ろし過ぎた。
「ゴメンね。他に方法が見つからなくて。僕はミアに無事を知らせたいだけだった。あまりにミアが僕を心配していたから‥‥」
自分の存在をミアに伝えたかったが、方法が無かった。頼れるのは島田と地衣だけだった。
しかし、生徒の安全第一の島田は索には非協力的だし、地衣は索にとっては、お目通りも畏れ多い天上の人だった。このような個人的な色恋事で言づけを頼める人物では無い。
そこにちょうど、ミアの居場所を密かにスマホで捉えていた雅秋が登校して来た。
具現体を失った索は雅秋を見つけ、しばし体を拝借したのだった。
「名波先輩の存在が確認出来たことは嬉しいけれど、でも‥‥‥」
「怒らないで。僕は辛うじてこうして残ったけれど、具現体にはほど遠い状態だ。元に戻れるのかも定かじゃない。時間が開いたらミアは僕のことを忘れてしまうだろ? だから焦っていた‥‥‥ごめん」
ミアにとって、今は索も雅秋も二人とも大切な人だ。
「‥‥‥知らせてくれてありがとう。でも、これでは甲斐先輩が‥‥‥」
雅秋が悲しげな笑みを浮かべる。
「ミアの言いたいことはわかってる。心配しないで。こんなことはこれきりだ。甲斐くんの意識はすぐに戻る。ただ、ミアとの別れは僕にとって暴力的に急過ぎたから‥‥‥」
あの時の切なさが甦り、ミアの胸が締め付けられる。
「それは私もです‥‥でも、良かった。名波先輩の魂が無事で‥‥‥」
索が無事だった実感が一歩遅れて湧き、ホッとしたら、じわっと目頭が熱くなった。
「ミア‥‥‥あの時、キミの気持ちが聞けて嬉しかった。僕たちは想い合っているけれど、現世では結ばれることは無い。だから約束だ。現世では甲斐くんと結ばれてくれ。だが黄泉ではミアは僕のものだ。僕の守護の呪は、ただ一人ミアだけに捧げた」
「名波先輩‥‥‥」
「ミアが天寿を全うしたら、僕はそれを目印に迎えに行くよ。その時まで‥‥‥忘れないで。僕のこと」
雅秋の瞳はいつしか索の瞳の色と化していた。あの琥珀を思わせる金色を帯びた美しい瞳。
「忘れるわけないです‥‥‥ありがとう‥‥‥でもその頃は私、おばあちゃんかも知れないね‥‥‥」
「ふふ、黄泉では過去の自分の姿に戻れる方法がある」
「ならちょっと安心したかも‥‥‥」
涙を滲ませながら、恥ずかしげにミアも微笑む。
「僕はミアに出会うために古の恋を経て、そして城跡に戻ったんだね‥‥‥」
「私たち、時を越えて奇跡的に出会えたの‥‥‥あり得ないほどの時間を隔てた恋。嘘みたいな本当。‥‥‥話したとしてもきっと誰も信じてくれないわ」
ミアの頬に一筋の涙が伝った。
「‥‥ミア、やっと見つけた僕の愛おしい人。‥‥‥‥信じてる」
雅秋の姿の索はミアにふわっと笑みを見せた。
ミアの胸にズキンと痛みが走る。
この笑みこそが、二人の長い長い別れの始まりを告げたのだと瞬時に理解したから。
「‥‥‥名波先輩‥‥‥私‥‥‥」
「‥‥‥見守ってる。ミアを‥‥‥ずっと‥‥‥」
見つめ会った二人は自然に抱き合い、そっと口づけを交わす。
──待っている。ミアには良い人生を過ごして欲しい‥‥‥忘れないで‥‥僕のこと‥‥‥‥
「‥‥‥んんっ‥‥‥やめてっ」
急にディープに変わり、ミアは驚いて雅秋を押し返す。
「わわっ! おっと‥‥‥‥んん?」
雅秋が押し返された姿勢のまま瞬時、固まった。
そのまま、目だけをキョトキョト動かした。
「俺‥‥‥? ‥‥‥ミア? これ、いやに本物っぽい‥‥‥」
狐に摘ままれたような顔になる。
左手の指でミアのくちびるをなぞり、右手の甲で自分の口許を拭う雅秋の眉根は寄っている。
「あっ、あの‥‥‥?」
ミアには、恥ずかしさと、もしかして‥‥が混じり合う。
「あばばば((((;゜Д゜))) 夢じゃないっっっっ!? これ、リアル ミアッ!!」
慌て出す雅秋。
「‥‥‥甲斐‥‥‥先輩?」
ミアが怯えているような、不安げな瞳で雅秋の顔を見ていた。
「何で俺はこんなところで堂々と?‥‥‥ミアとの妄想の続きを‥‥‥?」
雅秋が頭を抱えた。
「‥‥‥どうなってんの‥‥‥俺? 狂った?」
「甲斐先輩?」
ミアが心配げな顔で雅秋の瞳を覗き込んだ。
「俺、そんなにたまってたのかよ‥‥‥ミア、俺‥‥‥今、何してた? 夢と現実がゴッチャゴチャ‥‥‥自分がコワッ!」
雅秋の瞳は元の褐色に戻っている。
ミアは雅秋が元に戻ったことに心からホッとして、じわっと涙が滲み出る。
「ミア、ゴメン! 俺‥‥‥夢の中みたいにふわふわしてて‥‥‥いや、キマッちゃってたわけじゃないぜ? 俺、なんで‥‥‥?」
顔を両手で覆って泣き出したミアを前にして、素に戻った雅秋は混乱している。
「マジゴメンって! 俺がどうかしてた。許してくれッ!」
焦りの雅秋を前に、顔を覆ったまま首を横に振るミア。
はた目には、二人がイチャイチャしているように見えていたのが現実だった。
3年の雅秋は既に校内の有名人。『推し』も多数いる。1年のミアも、知る人には知られる存在で、ミアを遠くから黙ったまま見つめている密かなるファンがいる。
今の二人の姿が噂になる可能性は高い。
噂はSNSで仲間内で拡散され、夏休み明けには、さらに校内の噂の的になるであろうことは想像に難くないことだった。