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内気少女といにしえの恋  作者: メイズ
諸行無常な恋をして
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幽霊と島田先生

 お盆明け。


 ミアはこの日が来るのをずっと待っていた。こんなにも時が長く感じられたことはないほど焦れて過ごした。


 島田に会って索の存在を確認し、この不安を一刻も早くどうにかしたい。


 あの台風の日に家に送ってもらって以来、雅秋とは会っていない。



 ミアは図書室の開く9時に合わせ学校に行けば良かったが、気が急いて早めに出たので8時半には着いてしまった。


 ミアは図書室の前で一人待っていると、ようやく島田が渡り廊下の向こうからやって来た。



「おはようございます。島田先生」


 ミアは駆け寄る。


「おはよう。ずいぶん早かったね。真夏多さん。‥‥‥さては私に用があったんだろう?」


「‥‥‥はい。お伺いしたいことがあって。今、少しよろしいですか?」


 島田は左右を見回した。


「今はまだ人がいないから言ってもいいよ。名波索のことだろう?」


 島田がカギの束をジャラリとさせて一つ選び、図書室の扉を開ける。



「島田先生は幽霊が見えるのですよね? なら、名波先輩の気配もわかるんですよね?」


 声を潜めつつ、急いた様子のミアに、島田が怪訝な顔を向けた。


「僕には霊の具現体と幽体の区別はつかなくて、いつも同じ様に見えてるからね。もちろん僕の視界に入っていたなら、名波くんが皆が見えない霊体でいる時も見えますよ?‥‥‥その顔、何かあったのですか?」


「‥‥‥はい、それが‥‥‥」


 島田は(くう)を見てビクリとしたが、すぐにミアに目を戻した。


「‥‥‥ご存知ないのですね。名波先輩はあの台風の日に、雷で感電し気絶した鯉に自分の霊力を与えたために具現化した姿が消えてしまいました。だから‥‥‥私にはもう見えないし‥‥‥話も出来ません。ですが、島田先生になら見えるのではと思って‥‥‥」


「詳しく聞こう」



 いささかそわつく島田から促され、ミアは奥側のテーブル席に座る。その向かい側に島田が座った。


 

 ミアの話を神妙な面持ちで聞き終えた島田。


「えっと、鯉に霊力を? そうか。中庭の木に雷が落ちたらしいね。すぐ横の鯉は無事だったようだが、そんな訳があったのか‥‥‥」


 島田はしばし何か思案してから続けた。


「‥‥‥あの台風の日には前日に既に図書室は閉鎖することになっていたからね。学校には待機の先生一人と用務員さんが来ていただけだった。私もいなかった。それで私は四日ぶりの出勤だ。そして、今日はまだ彼は見ていないね」


「先生、私、名波先輩が学校にちゃんといるのか知りたいんです。まさか、魂まで消えてしまっていたらと思うと恐ろしくて‥‥‥」


「‥‥‥厳しいことを言ってごめんね。でもね、これで良かったんじゃないかな? どちらにしろ、キミたちはお互い関わることが出来なくなった。真夏多さんは、このまま名波くんのことは忘た方がいい。彼は魂そのままなんだ。キミは生きている。キミの人生は死者の魂と共には歩めはしないんだから」



 ミアに言い聞かせているはずの島田の目線は、なぜか目の前のミアを通り越している。


 ミアはこらえても涙が滲んでしまう。自分は相手にされていない言葉と態度に思えた。



「先生の言うことは最もですけど‥‥‥私、名波先輩の無事だけでも知りたいんです!」

 

「まだ、僕だって出勤したところだからね。なんとも言えないな。僕だって毎朝幽霊の出席を取っているわけじゃないよ? でも、彼の安否がわかったら真夏多さんに教えてあげよう。そこまで霊力を失ってしまったのならどうなったのか僕にだって何とも言えないよ‥‥‥」


 名波索が深く生徒に関わることを嫌う島田の物言いは冷たい。



「‥‥‥ありがとうございます。お願いします」


 ミアはいたたまれず、お辞儀をしてから席を立った。



 中庭は黄色い規制線のテープが張られ、立ち入り禁止になっていた。


 後で、顧問の地衣の許可を取ってからエサやりをしようと思った。


 とりあえず、3Fの屋上渡り通路に向かった。


 索と最後に会った中庭を見下ろしたくて。




 ミアが去った後、図書室では島田が一人で喋っている。


 "独り言おじさん" と、生徒からはあだ名されていることは本人も知っている。



「うーん、僕はこれで良かったと思うけど? キミは今は、しがない人魂(ひとだま)になってしまっているじゃないか。ずいぶんと無理したもんだな‥‥‥回復までかなりかかりそうだな」



「‥‥‥いや、僕はね、意地悪じゃないよ? 生徒をここまで巻き込んだキミが間違っていたんじゃないか?」



「‥‥‥でもね、彼女のことを考えれば僕はキミに協力はしかねる」



「‥‥‥はあっ!? 婚約印を!」



「‥‥‥真夏多さんにはそれはそれは今風の素敵なボーイフレンドがいるみたいじゃないか。キミだってわかっているくせに!」



「‥‥‥もう、真夏多さんのことはそうっとしておけ。って、おい、待て! おいっ、名波くん‥‥‥待てってば‥‥‥」



「‥‥‥はぁ‥‥‥僕はなんて無力なんだ」



 ガラリと戸が開いた。



「あっ、地衣先生! あなた、どうしてどうして、幽霊たちに甘すぎませんか? まあ、あなたも同じ幽霊ですが」



 地衣はかつての落花生(おかき)城最期の筆頭家老である。


 彼も索同様、具現化した幽霊であり、見た目三十路ほどの、見立たぬ風貌の男性教師だ。


 ただし、そのまぶたの奥の眼光は気づけばヤバイ鋭い。


「名波は我が藩の藩士。それがしが藩士の肩を持つのは当然。しかも名波は、不幸にも蓮津姫様の生みの親、お蘭の方様の策謀により18という若さで命を奪われた。今回は多少は大目に見て欲しいものよ。なあ? 島田先生」


「僕ごときがあなたたちの力に逆らえる訳がないって知ってるくせに、あなたと言う人は‥‥‥」



 島田が渋面を作る。



「名波はどうやら慕ってはいけない女子(おなご)ばかり慕う運命にあるようだな‥‥‥はっはっは!」


「ちょっと地衣先生、笑い事じゃありませんよ!」


「いいか? それがしは生徒の命に関わらない限り見守るだけだ。色恋沙汰は本人たちに任せるが筋。ヤボなことは控えよ」


「それはそうと、なぜ名波くんを助けなかった?」


「それがし、藩士名波の身は案じてはいるが、名波と成瀬殿、池の鯉との繋がりは城とは無関係、個人的ことゆえ、名波の霊魂消滅の危機にも手は出さなかった。武士の決死の決断に他者が口を挟むことではない。‥‥‥では、そういうことで」 



 言いたいことだけ言うと、地衣はさっさと出て行った。



「あー、城跡に立つ高校は本当に厄介だ。ここは僕以外務まるまい‥‥‥は~」


 島田はおでこを擦り、諦めの大きなため息を吐く。



「‥‥‥だが、ここでなくともどこにでも霊はいる。私たちの生活に普通に関わって。皆気づかないだけで‥‥‥‥。悪霊に取り憑かれたまま一生を過ごしてる人だっているくらいだ。本人は気づかないままに。ここには真からの悪霊はいないだけマシか‥‥‥」



「ふふふ‥‥‥そういうことですわね」


 島田の前に突如、黒髪をなびかせた着物姿の美しい姫が現れた。



「うわっ、蓮津姫! 急になんですかっ!」


「島田。人の恋路を邪魔立てするものではありませんわ」


「し、しかし‥‥‥」


「わたくしは心ならずも索を裏切った身。索の前には現れないようにしておりますれば。ですが、私、索の心の幸せをずっと祈っているのです。だってわたくしのせいで索の人生は‥‥‥」


「だからって真夏多さんが。彼女には現実にカッコいいボーイフレンドだっているんですよっ!」


「島田。それはミアが決めることです。どうか、索が一線を越えない限りそっと見守ってあげてくださいな。索は生徒の命までは奪いませんわ。あのミアという美しくも弱々しい娘が、わたくしのちょっとしたお節介により、自分の意思を持ってようやく一歩を踏み出したのです。ミアは姿形がわたくしに似ておりますゆえ、わたくし、我が子のように見守っておるのですわ」


「それって‥‥‥自分に似ている真夏多さんをあなたの代替(だいたい)に見ていませんか?」


「‥‥‥わたくしの心の奥底に住まう索を虜にする女子(おなご)は、ミアならば、良きと思うのです」



 どうやら蓮津姫の元カレのお相手は、自分の目にかなった者しか許せないらしい。



「‥‥‥はぁ~、やはり生ける者は、なんだかんだ密かに霊から干渉されている。気づかぬままに。僕はキミたちには振り回されっぱなしだよっ!」


 島田は半泣きだ。



「おっはようございまーす!」



 本日の図書当番が時間通りにやって来た。



「ああ、もうこんな時間か。華厳さん、いつもありがとうね」


 島田は顔を咄嗟に整え、笑顔で答えた。



「いえ、図書当番楽しいですから~♪ 先生? 今、ま~た独り言、言ってたでしょ~?」


 華厳リアに、ニヤニヤ笑われた。



「いやいや、今のは朗読の練習だよ。ホラ、僕は朗読ボランティアで高齢者施設を回っているからね‥‥ハハハ‥‥‥それより、中庭は数日立ち入り禁止だから、なんと落雷であの大きな木が倒れて────」



 ごまかしに、冷や汗の島田だった。




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